民間防衛と緊急事態への対応
拓殖大学大学院 特任教授
濱口 和久 氏

皆さんこんにちは。今日は「民間防衛と緊急事態への対応」というテーマでお話をさせていただきます。昨日のことでしょうか、北方領土に関して日本維新の会の丸山穂高議員が「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか、反対ですか」という発言をしてマスコミから非難され、国会でも処分が検討され始めました。確かに国会議員が「戦争によって奪われた領土を戦争で取り返す」云々といったことを話題にするのは、私もどうかと思います。しかし、世界の歴史を見れば、武力によって奪われた領土を奪い返すためには、武力に訴えた事実の方が間違いなく多いと思います。例えば、1982年に起きたフォークランド紛争のように、結局最後はイギリスがアルゼンチンから武力で奪い返しました。

 

一 領土問題に見る「国家としての気概」~領土侵犯に対するパラオと日本の対応の差~

領土問題というのは国家にとって「緊急事態」とも言うべき重要な問題だと思います。

私が若い時にマスコミを賑わせたエピソードを紹介したいと思います。自衛隊を退職した後になりますが、平成16年3月11日に島根県の竹島に、私と妻そして二人の子どもを含めて家族4人の本籍を移しました。この日、産経新聞、共同通信そして地元新聞の3社が取材に来ましたが、同日午前中にはヤフーニュースにも掲載されました。このとき何も知らない私の妻がたまたまこのニュースを目にして携帯電話で訊いてきましたので、「事前に家族に相談したら不安を与えるばかりだ」と説明し、最後は納得してもらいました。

どうしてこのようなことをしたかといいますと、当時は「竹島問題」に対する国民の関心は薄く、私はその時島根県松江市に住んでいましたので、この問題を国民にアピールすることを考え、竹島に本籍を移そうと決めました。そのきっかけは、作家の上坂冬子先生が北方領土の国後島に本籍を移したというニュースを見て「では、竹島でもできるのか」と思ったことにあります。戸籍謄本の住所は「島根県隠岐郡五箇村竹島官有無番地」となっていますが、今は市町村合併により住所は変わっています。

 

私は領土問題の本質は「自分の土地が第三者に不法占拠されたらどうするか」というところにあると思っています。国として「領土を奪われたらどうするのか」という問題を提起されているわけです。したがって、先ほどの国会議員の発言は別にしても、領土の主権問題は本来相当の覚悟をもって当たらなければならないのです。

平成24年、南太平洋にあるパラオの警察が自国領海で違法操業をしていた中国漁船に警告しましたが、無視されたため発砲して1人を射殺、25人を逮捕しました。パラオは主権を無視した中国漁船の違法行為に対して果敢に立ち向かったわけです。結果として、中国人船員一人につき1000ドル、合計2万5000ドルの罰金を受け取って釈放しました。

一方、日本はどうでしょうか。皆さんにはまだ記憶にあると思いますが、平成22年、東シナ海において中国漁船衝突事件という、海上保安庁巡視船に対し中国漁船が体当たりをした事件がありました。このとき民主党政権は罰金も取らずに、この船長をビジネスクラスに乗せて国に帰しました。このような国家の緊急事態において、パラオと民主党政権のどちらが取った行為が国家として適切かよく考えてみる必要があります。領土問題、拉致問題にしても「如何に国家が気概を持って対処するか」ということで全てが変わってくるのです。

皆さん、丹下健三という建築家をご存知でしょうか。東京都庁、フジテレビ、ドバイ空港などの建築設計を行った方ですが、彼が次のようなことを言っています。「平和は訪れてくるものではない。自ら勝ち取るものである」と。昭和20年8月6日、広島に原爆が投下された同じ日に、彼は空襲によって愛媛の実家と母親を失いました。そして戦後、広島平和公園や平和祈念資料館の設計を任されたとき、「平和は念願するものではなく、勝ち取らなければならない」ということを強く訴えるために、平和祈念資料館から原爆慰霊碑、平和の塔、原爆ドームを一直線で見通せる設計をしたといいます。丹下氏のこのような思いが、今の日本人にどれだけ認識されているでしょうか。平和を叫び、戦争放棄を宣伝するだけでは領土問題も拉致問題も何も解決しません。丹下氏が言うように「自ら勝ち取る」という意思を強く持って行動しなければ何事も解決しないという真実が今、日本人に突き付けられているのです。

 

二 自然環境上、災害から逃れられない日本の宿命 ~地震、火山、台風との共存~

そもそも日本という国は過去、多くの緊急事態やリスクを乗り越えてきました。日本は太古の昔から地形上、自然災害に多く見舞われてきました。皆さんもご存知のように、日本の国土はほとんどが山岳・丘陵地帯で、残りの11パーセントが低地です。低地とは海抜100メートル以下の地域のことですがそのうちの70パーセントは、洪水で水没する危険性がある地域です。そしてこの危険な地域の中に、国民の半数が集まって暮らしており、日本の総資産の75パーセントが集中しているわけです。

日本列島というのは4つのプレート、太平洋プレート・北米プレート・ユーラシアプレート・フィリッピン海プレートが入り組んでいるところに位置しています。そして、太平洋プレートは年間10センチから15センくらいの規模で、日本列島の下に入り込んできています。ということは将来、我われの何世代も先になると、日本列島のすぐそばにハワイ諸島が位置しているということになるかも知れません。

また、日本にはプレートに加えて活断層という問題があります。活断層は分かっているだけでも2000個ぐらいあります。日本列島のどこに行っても活断層があると言っていいと思います。プレートに加えて活断層とくれば「何が起こるか」は言うまでもありません。地震です。日本というのは世界的に見ても地震が多い国なのです。

日本では身体に感じない地震も含めて1日に何回くらい地震が起こっていると思いますか。1日に約300回です。世界で起きている地震の10パーセント、その中でマグニチュード6クラスの地震の4分の1が日本列島で起こっているのです。今、最も心配されている首都直下地震や南海トラフの地震は30年以内に、70~80パーセントの確率で発生すると言われています。

プレート、活断層、そしてそれに伴って起こる地震に加えて、日本は地形上もう一つとんでもないものを抱えています。火山です。皆さんも、箱根或いは群馬などの温泉地によく行かれると思います。美味しいものを食べたり温泉に浸ったりと、何もないときは火山というのは多くの恵みを与えてくれますが、一旦活動期に入ると噴火の危険性があります。数年前に長野県の御嶽山の噴火によって多くの方が亡くなりましたが、ひとたび噴火があると人の命が奪われ大きな被害が発生します。これらのことから「日本列島は火薬庫だ」とも言われているわけです。昔、中曽根康弘首相が「日本列島は不沈空母である」と言ったことがありましたが、「日本人は日本列島の火薬庫の上で毎日生活している」と言ってもおかしくない状態なのです。

さらに、このような地震、火山に加えてもうひとつやっかいな自然災害が日本にはあります。台風です。台風は発生する場所も進路も決まっているのです。その進路の中に日本列島が位置しているのです。我われは日本列島に居る限り、台風から逃げられないのです。

 

ここに「スイス・リー」という世界の大手再保険会社が、自然災害をはじめとした各種のリスクを考慮して算出した「世界の都市リスク」の数値があります。数値が大きいほど危険性が増しますが、東京・横浜は710です。関西の大阪・神戸・京都は92です。世界を見ると地震の多いアメリカ西海岸、サンフランシスコ・ロサンゼルスが3桁になっていますが、他の都市はだいたい1桁から2桁と小さい数字になっています。日本の首都圏、東京・横浜の都市リスクが如何に突出しているかが分かります。

今私は首都圏という言葉を使いましたが、天気予報でよく使われる首都圏とは、東京・千葉・埼玉・神奈川の一都三県を示しています。しかし国の「首都圏整備法」などでは東京を中心とする150キロ四方までを首都圏と言っていますので、この場合はさきほどの一都三県に茨城・栃木・群馬・山梨の4県が含まれます。そうすると首都圏の人口は約4300万人になり、日本の人口の3分の1がこの首都圏に暮らしていることになります。この4300万人という規模の人口が暮らしているところに、先ほど申し上げたように、30年以内に大地震が70パーセント以上の高い確率で起こるわけです。

 

三 大規模災害のリスクに曝されている日本 ~首都直下地震、南海トラフ巨大地震~

首都直下地震が起こった場合、間違いなく東京発の世界恐慌、経済危機となるだろうと言われています。南海トラフの地震でも同じです。南海トラフ地震の場合はサプライチェーンの分断が問題になります。東日本大震災のときには東北にある企業の工場が被災し、部品などの品物不足により生産に大きな影響を与えましたが、南海トラフ地震が起こった場合、伊豆半島から九州の宮崎・鹿児島あたりまでが範囲に含まれますので、その地域にある企業の工場、研究所などが被災します。そして、それらの被害によりサプライチェーンが寸断され、日本の基幹となる部分が壊滅的な打撃を受けることになります。おまけに東日本大震災の被害を拡大した津波の問題もあります。例えば高知県の黒潮町は34メートル、静岡県の伊豆地方は33メートルの津波が襲来します。東京でも島嶼部などは31メートルの津波が襲来します。

 

内閣府も首都直下地震や南海トラフ巨大地震に対する被害の積算数値を発表していますが、昨年6月にそれよりもっと深刻な被害状況を土木学会が発表しました。首都直下地震の場合、被害額が最高で778兆円。南海トラフ巨大地震の場合は1410兆円です。日本の国家予算はいくらですか。国の借金はいくらでしょうか。これだけの被害が出た場合に日本は立ち直れるのでしょうか。これはあくまでも、日本がこれらの地震に対して何の事前対策も取らなかった場合の最大の被害額ということですが、今からそれに対してきちんと個人、企業、地方や国が備えをしておかなければなりません。

 

まさにこのような状態というのは「国難」以外の何物でもありません。日本は過去多くの国難に見舞われました。11~13世紀の「刀伊の入寇」、「元寇」に始まり、或いは先の世界大戦もそうかも知れません。これまで日本はこれらの国難からすべて立ち直ってきました。しかし、先ほど述べた首都直下地震、南海トラフ巨大地震などのような国難に対してはどうでしょうか。東日本大震災の被害からの復興でさえ完全には終わっていません。2000兆円を超えると言われる被害が出た場合、はたして日本が、再び今のような姿に立ち直ることができるのでしょうか。

歴史を見ると、大きな自然災害によって立ち直れなかった国があります。ポルトガルです。1757年、首都リスボンは大地震による倒壊、そして火災と津波によって壊滅的な打撃を受けました。当時はスペインとポルトガルが世界の海を二分していた時代です。このようなときにリスボン地震が起こり、ポルトガルは災害からの復興に莫大な時間と金を費やさざるを得ない状況に置かれ、結局は衰退していきました。現代のポルトガルは貧しい国ではありませんが、世界の主要国と比べた場合、観光では評価されますが、経済的な国力では、当時のポルトガルの繁栄からはほど遠いものがあります。

首都直下地震や南海トラフ巨大地震の被害の状況如何によっては、ポルトガルと同じようなことが日本にも起こってくる可能性があります。没落とまではいかなくても国力が衰え、世界での日本の地位も低下していくことになりかねないことは十分にあり得るわけです。このようにならないためにも先ほど言いましたように、事前にあらゆる備えを整えておく必要があるわけです。

 

実は日本でも過去に自然災害によって没落し崩壊した政権がありました。といっても、東日本大震災と民主党政権のことではありません(笑)。皆さんは歴史の教科書で「江戸幕府は薩長の新政府軍と戦い、それに敗れて1968年に明治政府ができた」と習ったと思います。確かにそのとおりなのですが、徳川幕府が崩壊に至るさまざまな要因の一つとして自然災害が大きく絡んでいます。

江戸時代末期、「安政の大地震」と呼ばれる一連の地震が発生しました。安政元年(1854年)に「安政東海地震」、「安政南海地震」、安政2年(1855年)に「安政江戸地震」が起こったのです。そしてその翌年には「安政の台風」が来襲し江戸を含めて国内に大きな被害が出ました。これらの被害の復旧に相当のお金がかかり、幕府の屋台骨がおかしくなっていったわけです。

まさに現代の日本は安政年代のような状況に直面しています。2011年に東日本大震災が起こりました。そしてこのまま行くと間違いなく30年以内に首都直下地震、南海トラフ巨大地震が続いて起きると思います。これは別にいい加減で言っているわけでなく、過去の地震の周期に基づいてはっきり出ている事実です。私は南海トラフ巨大地震の方が先に来ると思っています。まさに現代版の国難が起ころうとしているのです。ですから江戸幕府の二の舞いにならないためには、繰り返しになりますが、日本もあらゆるレベルで「備え・対策」というものをしっかりとやっておく必要があるわけです。

その中で一つの手立てとして考えられ、私がいつも言っているのが「首都機能の分散」です。「首都の移転」ではありません。東京一極体制では、大きな影響を受けます。首都機能を分散することによって、最悪の事態が発生した場合でも、危機管理体制が上手く機能することができると思います。

 

四 世界の民間防衛 ~スイスの民間防衛に見る多くの教訓~

危機にはいろいろなタイプがあります。先ほどから述べてきた自然災害以外にも、大きな事件・事故、感染症・テロ関係の脅威、或いは局地紛争、核戦争なども対象になります。ではこれらの危機に備えるためには、どのような理念、体制を構築していくかということになりますが、今日のタイトルにありますように「民間防衛」が必要になってくるのです。ここで、やっと私の話も「民間防衛」にたどり着くことができました(笑)。

「民間防衛」という言葉は日本ではあまり馴染みがありませんが、諸外国ではどのように整備されているかということをまず見ていきたいと思います。「民間防衛」は一般的には「敵の武力攻撃等の緊急事態に対して国民の生命財産を守り、公共施設、産業・文化等を防護して速やかな救助・復旧を図ることを主目的とする組織的な活動」と言われており、平時における自然災害または人為的災害に対して備えるものです。そして具体的には「中央政府の計画及びこれに基づく地方冶自体の計画・指導のもとに、軍隊以外の民間人が主体となって行うもの」というように定義されています。

「民間防衛」は端的に言えば「戦争・災害に備える民間人の防護活動」を意味するわけですが、第二次世界大戦までは通常爆弾、焼夷弾による爆撃が対象でしたが、大戦後は核兵器、生物化学兵器が加わり、現在ではサイバー攻撃などもこれに含まれます。また日本には中国、ロシア、北朝鮮の工作員が数多く潜伏しており、当然、彼らに協力する日本人もいる中で、「民間防衛」というものを総合的に行い、そのために必要な備えをしていかなければならないわけです。日本の場合には防災対策とか危機管理対策というと、いまだに自然災害が中心になっています。これからの危機は自然災害だけではなくて、バイオテロ、サイバーテロなどにも備えていかなければなりませんが、これらについては、専門家が少ないことも含めて日本は大きく立ち後れているのが現状です。

民間防衛というのはどこの国もそうですが、中央政府、日本にはありませんが内務省が主管して計画を立案、それに基づき地方自治体が計画・指導して、軍以外の民間組織がこれに当たります。警察、消防がそれぞれの任務を持って支援するのは当然ですが、軍隊も通信や輸送、機械力を持って支援することになります。さらに法律により民間防衛活動に従事する民間防衛隊を義務制または志願兵制、或いはその両建てで組織しています。

日本では、国民皆兵、徴兵制を連想させる義務制という言葉を使っただけで、世界では常識となっていますがわが国では直ぐに右翼とか、白い目で見られます。国が強制的に国民を動員して活動するということに対してもの凄い抵抗感があるのです。世界の国では普通に行われていることですが、「『軍事防衛、経済防衛、心理防衛、民間防衛』の4つを柱として国として総合的な体制を構築する」ということを日本人もそろそろ理解し、協力していってもらう必要があると思います。

 

歴史的に見て「民間防衛」が最も進んでいる国はスイスです。スイスは当然徴兵制です。19歳もしくは20歳になると15週から17週間新兵訓練を受けます。訓練が終わったら支給された小銃を自宅に持って帰り、その後は予備役となり有事の際の動員要員として小銃を携行し、毎年3週間の訓練を10回に分けて受けます。訓練期間中の日当と費用はスイスの企業が80パーセントを負担します。海外生活などの理由があっても、この招集訓練に参加しなかった場合、最悪の場合、国籍を剥奪されてしまうこともあります。

日本ではスイス政府が発行している『民間防衛』という本が原書房から翻訳されてロングベストセラーになっていますが、スイスでは各家庭に配布されています。阪神淡路大震災が起きたあと、テレビ番組で木村太郎、舛添要一両氏がこの本を紹介して一躍有名になりました。

この本にはいろいろなことが書かれており、戦争や災害に備えた日頃の準備や行動については特に詳細に、例えば食糧の備蓄は4ヵ月分保有していることとかが書かれています。スイスに行かれた方がおられるかも知れませんが、スイスのパンは不味いです。美味しいパンもあるのでしょうが普通に食べるパンは美味しくないのです。なぜかと言いますと収穫した小麦の取り扱いにその理由があります。日本でお米を食べるとき、新米と古米とでは当然新米の方が美味しいわけですが、スイスでは収穫した新しい小麦を備蓄に回して、古い小麦から消費していくわけで、多くのパンは古い小麦から作られますので、どうしてもパンの味が不味くなってしまうのです。

シェルターについては、スイスではほぼ100パーセント完備されています。原則として自宅に保有しているわけですが、2012年からは自宅にシェルターを設けない場合は、自治体に1500スイスフラン、日本円で約17万円を払うと最寄りの公共シェルターに家族全員分のスペースを確保できるようになっています。それを含めてスイスでは全国民が避難できる分のシェルターを備えているわけです。

他のヨーロッパの国を見てみますと、例えばドイツでは、内務省に民間防衛局を置き、地域レベルで民間防衛組織を作り、そこに核・化学兵器班を設けて核生物化学(NBC)兵器による攻撃に備えています。スウェーデンは19世紀以降戦争を行わず中立を守ってきましたが、それを可能にしたのは徴兵制を基盤としてしかるべき軍事力を保持し民間防衛組織を構築してきたからです。

 

五 日本における民間防衛の実態 ~国民保護法の課題、シェルター設置の必要性~

では、日本では「民間防衛」はどうなっているのでしょうか。実は日本でも「民間防衛」を取りあげ真剣に議論したときがありました。米ソ冷戦構造のさなか、昭和52年12月に「日本市民防衛協会」が設立されました。この団体は政界・財界・労働界・教育界等に働きかけを行い、海外資料の調査収集、研究の実施、会報等の発行、国会及び政府に対する意見具申を行い、「万一敵の攻撃を受けた場合、日本は専守防衛を旨としている以上、国内での戦闘が避けられず、地域住民の防護、避難誘導が適切になされなければならない」として民間防衛の必要性を啓蒙する活動を行いましたが、その後下火になっていきました。今はどうでしょうか。一般の国民は「民間防衛って何ですか」というような状況です。

しかし最近、北朝鮮の核開発疑惑、ミサイル発射問題を受けて風向きが少し変わってきました。平成16年9月7日、「国民保護法」という法律が施行されました。「民間防衛」の「はしり」となる法律がやっとできたのかなと思っていますが、この法律にはいろいろ問題も残されています。

「国民保護法」は避難や救援について国民に協力を要請するとあるだけで、応じるかどうかについて国民に強制力はありません。本来、政府は「国民保護法」に義務的任務を盛り込むことを真剣に考え、この法律の内容をもっと国民に周知徹底させるべきなのです。義務制について言えば、国民の賛同を得るのはなかなか大変だと思いますが、自然環境や地政学的に見て日本はスイス以上にリスクを多く抱えている国だと思いますので、民間防衛に必要な義務的任務を国民に対してしっかりと説明していかなければなりません。

北朝鮮のミサイルについて言えば、昨年は米朝会談の開催もあり、北朝鮮のミサイル発射が一時期行われなくなったので、日本は国内で行っていた国民保護の訓練を止めました。けれども、本来は国民保護の訓練は北朝鮮のミサイル対処のためだけに行っているわけではありませんので、ミサイル発射が途絶えた途端に自治体がその訓練を止めるということは理解できません。今までの訓練の積み上げを無にすることにもなりかねません。

国民保護訓練には課題もたくさんあります。例えば訓練では学校の体育館や公民館が避難場所になっています。確かに自然災害の場合は避難場所として活用できるかも知れませんが、核・ミサイル攻撃に対する避難場所としてはどうでしょうか。常識的に考えて、核・ミサイルの衝撃に対して耐久性があるとは思えません。

それからJアラートが作動すると「建物の中または地下に避難してください」という文言が流れるシステムになっていますが、農村部に堅固な建物はほとんどありません。都市部でも屋内の施設や地下がどこにあるのか、本当に安全なのか、これらについても詳細な説明や案内はありません。このように見ていくと、全てが中途半端な状態になっていると思わざるを得ません。

ついでに言うと、この傾向は国民保護法の訓練だけではなく、一般の訓練もそうなのです。自治体が実施する訓練に自衛隊、警察、消防、消防団など実働部隊が参加していますが、参加している住民がこれら実働部隊の訓練の様子を見てそれで終わりとする訓練がよく見かけられます。本来訓練というのは地域の住民が自ら身をもって行うことで有事の際に必要な行動を体得するもので、自衛隊、警察、消防の展示訓練を見て、それを防災訓練と称して「よかったですね」では何の訓練にもなりません。しかし、多くの自治体では依然としてそのようなパターンが多く、学校での防災訓練も同じくパターン化しています。これらの訓練の見直しなど、まず身近なとこらから改善を図っていく必要があります。

 

さきほどスイスのシェルターの話を少ししましたが、私は日本で「民間防衛」を考える場合、シェルターについて真剣に考える必要があると思います。シェルターというのは「CBR兵器(化学・生物・放射性兵器)や自然災害から一次的に身を守る空間」ということですが、他の国がしっかりと準備しているなか、日本では0.02パーセントぐらいしか整備されていない状況です。ちなみにロシアはいまだにシェルターを作り続けています。これが世界の流れなのです。

シェルターは外国の攻撃に対してだけではなく、自然災害にも十分に活用できると思っています。例えば「津波地下シェルター」などです。現在、国や自治体が行っている津波対策は「とにかく高いところに逃げる」或いは「海岸から遠いところに避難する」ということで静岡県などでは「津波避難タワー」というものを作っています。しかし、津波が数分で襲ってくるというときに、青年、子どもなど足腰が元気な人ならいざ知らず、介助が必要な人、足が悪い人、小さな子どもたちが短時間で高い階段を登れるでしょうか。

一方、東日本大震災以降、海岸に沿って海が見えないような防潮堤を作っている自治体もあります。このようなスーパー堤防に掛かる費用は400キロメートルで1兆円ほどになります。海の向こうも見えず、景観を悪くしているこのようなものを1兆円もかけて作るより、確実に避難ができて津波災害だけではなくCBR兵器による攻撃に対しても避難ができるシェルターの方が遙かによいと思います。

実際にこのような発想に基づいて、新しく家を建てる場合に、CBR兵器だけではなく自然災害に対しても対応できるような防水・換気機能を備えた家庭用シェルターを作り始めている会社もあります。私のところに相談に来られた社長さんもおられます。

しかし、日本では必要性は分かっていても、何か起こってからでないと国や行政は本格的に動きません。今の日本の防災対策は災害が起こった後に何かを変えて新しいものを加えていくという後追い型の対策をやっているわけですが、地下シェルターについてはそうならないことを願っています。

 

六 東日本大震災から得られた三つの教訓 ~政府の危機管理能力の養成、自衛隊の人員不足の解消、危機管理体制の整備~

8年前に起こった東日本大震災ではいろいろな教訓が得られました。一つは「政府の危機管理能力の養成」です。司令塔となるリーダーの資質によっては自然災害が人災に変わります。大規模災害の発生を人間の力で防ぐことはできません。とすれば、起こったあとの被害を拡大させないということを考えていかなければなりませんが、その場合、政府の危機管理能力、リーダーの資質が非常に重要になります。

二つめは「自衛隊の人員不足の解消」の問題です。東日本大震災では11万人の自衛官が投入されましたが限界に近い状態でした。では、今後予想される首都直下地震や南海トラフ巨大地震に対して「自衛隊の人員だけで対応できるか」というと、被害が広域になったときに予備自衛官も含めて自衛隊のマンパワーだけで対応することはできません。しかも、自衛隊の基本任務は国防です。東日本大震災のときに自衛隊が東北地方に展開しているときでさえ、ロシアの偵察機や中国の船が日本の領海、領空に近づいてきました。国の防衛任務を果たしながら大規模災害に対応しなければならないことを考えれば、「自衛隊の人員不足」の問題は深刻です。少子化の中で募集も厳しい状況ですが、しっかり考えておく必要があります。

それから三つめは「教育・法律などの個人・国家の危機管理体制の整備」です。日本人はよく「個人の危機管理は中学生レベルである」と言われています。どういうことかと言いますと、日本で起こるさまざまな災害に関する知識、災害対応の基本となる自然災害の現象、気象の問題とかは、中学、高校で学ぶ地理や地学の授業で十分身に付けることができます。しかし今、教育の現場では社会科は日本史・世界史、理科は物理・化学・生物で、地学を教えているところはほとんどありません。地理も意外と少ない状況です。したがって知識不足が問題になり「中学生レベル」と言われるわけです。

東日本大震災では「瓦礫の処理」が問題になりました。法的根拠が不十分なため、行政が個人の瓦礫を処分できずに復旧が遅れたことがありました。また、支援物資が全国から送られても自治体が機能を喪失して十分に対応できなかった「物資の統制」の問題もあります。今、これらの問題を解決するのに必要な法律を整備するために、憲法に「緊急事態条項」を盛り込むべきだという意見があります。駒澤大学名誉教授西修先生の調査では、世界で1990年代以降制定された103カ国の憲法すべてに「緊急事態条項」が入っているということです。憲法改正では「憲法第9条に自衛隊を明記する」ということがやたらとクローズアップされていますが、同じくこの「緊急事態条項」も本来であれば憲法で明記することが必要になってくるわけです。

 

七 総合防災体制の確立 ~災害対策基本法における国の責任の明確化、防災省の新設、防災組織の整備~

「緊急事態条項」は今後の課題と考えるとして、現在、日本には「災害に対する法律の基本」となるものとして「災害対策基本法」があります。これは昭和36年、全国に大きな被害を与えた伊勢湾台風を契機にして制定されました。「災害対策基本法」は地震災害が起こってからできたと思っている人が多いのですが、実は伊勢湾台風という気象災害の結果として制定された法律なのです。昭和の60数年間は地震災害もありましたがどちらかというと、気象災害、台風の災害の方が多くて、災害対策も洪水対策としての河川堤防工事などが多かったわけです。ところが平成に入ってから急に地震災害が増え、地震対策中心の防災対策に変わってきたわけですが、おおもとになる「災害対策基本法」の改正は十分に行われていません。

まず、「国民保護法」と同じように強制力がありません。それに加えて「災害対策基本法」では、災害が起こった場合の一次対応を市町村の責任としています。国ではありません。台風による堤防決壊、崖崩れなどと異なり、地震などの自然災害は広域に亘りますから、市町村など個々の行政区、自治体などではとても対応できず、どうすることもできない状況になっているのです。

ではこういう法律の不備によって国民が犠牲になってもいいのでしょうか。平成28年5月、NHK討論で共産党の志位委員長が「一時的にでも政府に緊急権を持たせることは危険な毒薬だ」というような発言をしました。私は共産党が毒薬だと思いましたが(笑)。

 

法律のために国民が犠牲になってはいけません。ですから本来であればできるだけ早く「緊急事態条項」を憲法に明記すべきであると思います。日本は災害が多い国なのです。自然災害だけでなく原発も含めた特殊災害もあります。このようにいろいろな災害が起こってくる中で、私は「防災省」の新設が民間防衛を考える上でも必要になってくると思います。今の防災行政は縦割りです。人事の弊害もあります。現在、国としては内閣府、総務省、国交省、防衛省、文科省、気象庁、消防庁、海上保安庁など、いろいろな役所が防災対策に係わっていますが、それぞれが独自に行っているわけです。

例えば内閣府の場合、防災の部局というのはだいたい各役所からの寄せ集めで、それに加えて地方自治体からの出向組から成っており、だいたい2年から3年、場合によっては1年で交代してしまいます。防災の実務に習熟しないうちに他の部署に異動し、それが繰り返されます。縦割りの中で情報交換されているものもありますが、意外と横のつながりが悪く、うまく機能していない場合もあるわけです。今やこれだけ地震などの自然災害、その他のいろいろな災害が頻発する中で、防災省の新設によってしっかりとした防災体制を確立すべきだと思います。

 

寺田寅彦という地球物理学者が戦前の昭和9年に次のように述べています。「日本は気象物理学的に極めて特殊な環境に支配され、その結果として特殊な天変地異に絶えず脅かされる運命の下に置かれていることを一日たりとも忘れてはならない」、さらに「このように特殊な天然の敵を四方に抱えた日本では、科学的国防の常備軍を設け、日常の研究と訓練によって非常時に備える組織を作るのが当然ではないかと思われる」と。このように今から80数年前に寺田寅彦は日本の置かれた自然環境から、防災対策専門組織の必要性を訴えているのです。

それでは今の日本にはそのような組織は全くないのかというと、名前だけですがあるにはあるのです。全国に「自主防災組織」というのがあります。組織率は約80パーセントと言われていますが形だけ、名簿だけです。自治体が無理矢理に組織だけを作ったもので中身はないというのがほとんどです。同じく「消防団」もそうです。公称80万人と言われておりますが、実際には30万人程度しか活動しておらず、団員も高齢化が進んでいます。民間組織として、消防団或いは自主防災組織が民間防衛の担い手に成り得る可能性はありますが、それぞれ問題を抱えているわけです。

 

他には民間防衛の担い手となる組織として「防災士」があります。私が若干ですが期待している人たちです。防災士というのは阪神淡路大震災をきっかけとして、「自助・共助・公助」のうち、民間で共助・公助に役立つ人材を作ろうということでできました。平成13年、石原信雄官房副長官をトップとして設立され、その後に古川貞二郎官房副長官が就き、今は國松孝次警察庁長官が会長をされています。

私も防災士の養成を永年担当してきましたが数年前に辞めました。防災士養成の趣旨は非常によかったのですが、ところが、各自治体では「防災士の養成」イコール「防災対策の看板」と捉えて実際に活用していないのです。議会質問などに対して、役所として「わが市、わが町では防災対策として防災士の養成をこれだけ行っています」と説明材料になっているのです。税金を使って養成するわけですが、養成はしたものの防災士になった人を活用していないところが大半で、自治体にとって防災対策をアピールするための「人数競争」になっているのです。今、防災士は全国に17万人います。NPO法人日本防災士機構は「人数を確保すること、まずは30万人体制を目指す」という考えでしょうが、人数が多くなっても要は中身です。その人たちがどのような訓練を行い、どのような活動を行うかということが重要で、30万人を確保してもただの資格付与だけなら何の防災対策にもならないと思います。また、今の防災士の講座、研究は自然災害だけを対象としてCBR兵器に全く対応していません。これらについて改善をしっかり行っていくことによって始めて、防災士制度が「民間防衛」につながっていくものと思います。

 

日本人には「国を守る」という強い意識がまだまだ足りないと思います。これからは防災から防衛までを含めて「国防思想の醸成」を図っていく必要があると思います。私は今、大学でも教えていますが、その他に「一般財団法人防災教育推進協会」の設立に関わり、現在事務局長を務めています。この協会では子供たちを中心に防災教育を行っています。なぜこのような組織ができたかと言いますと、子どもたちに学校で国防、安全保障とかの話をしたら、まずアウトになります。それで、子供たちに「自然災害も含めて国を守る」という意識を育てるため、「君は自分の命はどうやって守るの、家族をどうやって守るの、地域はどうやって守るの」と問いかけ、「地域の先には領土があり、国境があり国がある」ということに気づき、「国を守る」ということを理解してもらえたらと思っています。

いきなり国防、安全保障とかの話はしないで、まず子どもが受け入れ易い「自分の身を守る」という身近なところから教えていくことによって、ゆくゆくは健全な国防思想の醸成につながるだろうということで、7年間そのような活動をやらせてもらっています。

今日は「民間防衛と緊急事態への対応」ということで皆さまにお話をさせていただきました。時間になりましたので話を終わりますが質問があればお答えしたいと思います。

どうもありがとうございました。

令和元年年五月十五日 公益財団法人日本国防協会 国防問題講演会講演録より