米中覇権争いと日本
元東部方面総監
渡部 悦和 氏

皆さんこんにちは。ご紹介にあずかりました渡部です。
私は「日米中の安全保障」をテーマとして研究していますが、世界では2018年にトランプ政権が米中貿易戦争を始めて、今や「米中覇権争い」或いは「米中新冷戦」という言葉が踊っています。本日は「米中覇権争いと日本」いう演題で、「日米中の安全保障」の観点からいろいろお話をさせていただきたいと思います。
私は自衛隊在職中、1991年から93年までドイツに留学させていただき、1989年の冷戦終結後間もないヨーロッパで、身をもって国際情勢をはじめさまざまなことを勉強することができました。特に印象に残ったのが、理想を謳う社会主義、共産主義の実態に触れたことでした。第2次世界大戦後同じゲルマン民族のドイツ人が東西に分かれ、片や西ドイツは経済発展を遂げ、一方東ドイツは決して豊かとは言えない状態が続き、その後東西冷戦が終結して東西ドイツは統一したわけですが、統一直後の旧西ドイツと旧東ドイツの人たちの姿を見たときに、その大きな格差に驚いたことを今でもはっきりと覚えています。
そして、自衛隊退職後は富士通システム統合研究所長として、安全保障に関して研究できる機会をいただくことができ、有り難く思っている次第です。
我われは今、平成の終わりの1ヶ月を過ごしております。冷戦終結の1989年に平成が始まったわけですが、この3年間を振り返ったときに、経済同友会の小林喜光代表幹事は「平成は失敗と挫折の30年間であった」と厳しい評価をしています。それに反発する方もおられると思いますが、令和の時代を迎える将来の日本にとって、平成の出来事をしっかり見つめることが大切なことではないかと思います。

 

一 ハーバードで感じたこと ~見捨てられ、忘れられた日本~

平成が始まってから約10~20年後、2010年にGDPで日本は中国に追い抜かれ、国防費についても圧倒的に引き離されています。私がなぜ中国、特に中国人民解放軍を研究しているかといいますと、2015年から17年にかけてハーバード大学のアジアセンターでシニアフェローとして2年間研究生活を送っていたときの体験が大きく影響しています。ハーバードの研究生活の中で痛感したことは「日本は見捨てられている、忘れられている」ということでした。
アジアセンターには日本の企業が寄付をして建てた立派な建物が2つあります。しかし日本の企業が建設に貢献した建物であるにもかかわらず、今そこを占領しているのは中国の教授、研究者、学生たちです。かつての「東アジア研究センター」が「フェアバンク中国研究センター」に名称が変わって中国研究のメッカとなり、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」で有名なエズラ・ヴォーゲル教授が週に一回、日本ではなく中国関係のセミナーを行っています。そのセミナーにおいては、中国は高く評価され、一方日本については否定的な教育がなされているのです。留学中、そのような体験を通じて「これではいけない」と切実に思いました。
今、アメリカの大学に留学している中国人学生は33万人ほどいますが、日本人は1万9000人ぐらいしかいません。この差は何なのでしょうか。中国留学生に次いで多いのが、16万人のインド留学生、7万人のサウジアラビア留学生、そしてアジアでは韓国留学生でさえ5万人、台湾留学生も2万人以上います。このような状況から明らかなように、将来の国際的発信力において、中国、インド、サウジアラビアに負けて、韓国、台湾にも後れをとっている現実があるわけです。これが平成30年間の結果ではないかと私は思っています。
ハーバードにおいては、世界で昔から語られている格言「無知の知」を実感しました。自分としては自衛隊で36年間日本の防衛に携わり、安全保障について少しは分かっていると自負していましたが、多くの体験を通して「何も知らない自分自身」というものを痛感したわけです。また自分の体験だけではなく実際に、安全保障の研究に関してアメリカと日本の格差も目の当たりにしました。例えば「東アジア戦略報告(ナイ・イニシアティブ)」を提唱したジョセフ・ナイ教授、或いは「ツキディデスの罠」で有名なグレアム・アリソン教授など彼らが講演した後に、安全保障を専門とする「日本の著名な教授」が演壇に立ったとき、彼らはいなくなってしまうのです。大きな関心を引かなかったのでしょうが、このような実態を見せられたときに私はある種の危機感を感じました。日本がパッシングされているとまでは言いませんが、日本の存在感がないのです。そこで議論されているのは中国のことで、中国の政治・経済・軍事が語られています。そこで私は米中関係、特に元自衛官ですから、その中でも米軍と中国人民解放軍を研究しようと決意したわけです。

私がアメリカにいた2016年に大統領選挙がありました。その大統領選挙においてロシアのプーチン大統領が「アメリカ民主主義を代表する大統領選挙に大きな影響を及ぼす」ことを目的として大々的な情報作戦「インフルエンス・オペレーション(影響工作作戦)」を行ってみごとに成功しました。プーチンが狙ったのは「ヒラリー・クリントン候補を貶めてトランプ候補を有利にする」ことでした。ロシアが行ったフェイク作戦は、ヒラリー・クリントン陣営を不利にするため、ヒラリーの個人的生活に関する偽情報をコンピュータで作成してツイッター、フェイスブックに投稿し、さらにユーチューブに偽動画を載せたものです。この作戦ではツイッターなどSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)と云われているメディアを使いながら「ディスインフォメーション(偽情報)」を行ったわけですが、最新の技術を使った情報作戦の重要性を世界は深く認識しました。
中国には国内及び海外の工作活動を行う統一戦線工作部というのがありますが、その工作の実態をハーバードにおいて目の当たりにする機会がありました。皆さん、孔子学院というのをご承知のことと思います。日本にも孔子学院にどっぷり浸かった大学が幾つもあります。中国の文化、中国語を勉強すると言いながら、中国共産党の宣伝機関としてアメリカの国内でも活動しています。そして、ハーバードにおいて私自身もその渦中に巻き込まれ、アジアセンターの中で中国の学生、研究者、教授に取り囲まれる羽目になりました。どうしてかと言いますと、私は毎週水曜日のエズラ・ヴォーゲル教授のセミナーに参加し、前に座ってよく質問をしていましたが、いつも中国に対して厳しい質問ばっかりしていたので、しまいには中国の人たちに囲まれて「招待するから中国に来ませんか、中国の大学で議論しましょう」と誘われたことがありました。しかし、これを真に受けてうっかり乗っかったら大変なことになりますのでお断りしました。

 

二 重視されるジオテクノロジー(テクノ地政学)~AI(人口頭脳)の重要性~

本日の講演で特に強調したいのは科学技術、先端技術の重要性ということです。安全保障を考えるときに、地理的条件・環境要素を重視した「ジオポリティックス(地政学)」、経済的な要素を中心とした「ジオエコノミクス(地経学)」ということは皆さん聞かれたことがあると思います。トランプ政権はジオエコノミクスを重視して、今中国に対して経済制裁を行っています。軍事力ではなく経済的な手段を使って中国と戦っているわけです。実はオバマ前大統領もそうでした。ロシアがクリミアを併合したときにオバマ政権は経済制裁を徹底的に行って効果をあげ、いまだに制裁が続いていますからロシア経済は大変な状況になっているわけです。また今回、トランプ大統領が北朝鮮に対し経済制裁を国連と共同して実施しましたが、これも大きな効果をあげています。
近年、安全保障に影響を与えるものとして、ジオポリティックス、ジオエコノミクスと並んで先端技術を重視した「ジオテクノロジー(テクノ地政学)」が重視されてきています。本日はこれについてお話ししたいと思います。最先端技術が今日の世界の安全保障に直結する重要な要素であるということをお分かりいただきたいと思います。

世界では今、「AI(人工知能)」の重要性が注目され、米軍も中国人民解放軍もAIを軍事のすべての分野に適用しようとしています。その点、日本の自衛隊はAIの重要性をまだまだ深く認識していないようにも思えます。昨年の防衛予算では「AIを人事業務で活用する」とありました。私も人事の補任課長をしていましたので、膨大かつ複雑な人事作業にAIを使って短時間・少人数で処理しようというのはよく分かりますが、人事だけではなく他の分野にも積極的に、例えば兵站業務で、装備品の故障確率を予測して「どのような部品が必要か」を見積もる作業などにもどんどん適用していってもらいたいと思います。
サイバー戦が今非常に重要な分野になっています。サイバー戦には「攻撃的サイバー戦」、「防衛的サイバー戦」、「サイバーを使った情報活動」の3つがありますが、AIはいずれにも適用することができます。例えば中国の過去のサイバー攻撃に関する膨大なデータをインプットして、それに基づき中国がどのような攻撃をしてくるかを予測して防御要領を検討します。向こうもAIを使っていますから、互いに相手の出方を考慮しながら、無数の組み合わせの戦い方に対処していくわけです。

日本の防衛省情報本部においては今まで、一人の担当者が膨大な情報を集めて整理、分析して多くの時間を要してきましたが、AIにテーマを与えて任せれば極短時間で同じ作業を行うことができます。これは情報、人事、兵站、作戦の分野でも同じです。今日本は少子化で人手不足が深刻で、自衛隊でも隊員の確保に四苦八苦しています。人がいないとすれば何をしなければならないかははっきりしています。省人化と無人化、この分野を無視しては将来の自衛隊は組織として成り立っていきません。「AIを軍事に適用する」ということが如何に大切かということを、声を大にして言いたいわけです。
中国の人民解放軍は「AIによる軍事革命」、これを狙っています。かつて米軍が「軍事革命(Revolution in Military Affairs)」を掲げ、IT情報技術を使って軍事革命を達成しました。その結果が湾岸戦争の大戦果につながっていくわけです。米軍が行ったITによる情報革命を、今度は中国人民解放軍がAIを使って行おうとしています。

AIの軍事適用の代表例としてはロボットが挙げられます。日本では原子力発電所の事故でお馴染みになったカメラを搭載した無人キャタピラー、運送会社の倉庫で荷物自動選別運搬ロボットなどが活躍していますが、今や世界では人間と同じ形をして、人間よりもはるかに運動能力の優れたロボットの開発が進んでいます。早く走ることができ、高く跳びあがりながら障害を越え階段を登る、そしてダンスなど繊細な運動もできるロボットなど、すぐにでも軍事に適用できる状況になってきています。AIを活用していますので、ロボット自身が周囲の環境を認識しながら移動していくことができるわけです。
空の世界においても同様です。今年の3月、ジェット戦闘機の無人機が初めて空を飛びました。「ヴァルキリーXQ-58」というステルス戦闘機です。これは本当に優れもので偵察用にも使いますが攻撃もできる無人戦闘機です。自ら判断して行動することができます。そしてネットワークで結びつけてF-35或いはF-22と連携をしながら、有人機と無人機のコラボレーション作戦ができるというわけです。これは1機3億円ぐらいですが、最新鋭機のF-35Aは100倍くらいの値段ですので経済的にも効率よく運用することができます。有人機であれば破壊されてしまえば機体のみならずパイロットも損傷を被ります。しかし、有人機が行く前方に先駆けとして無人機を飛ばすことによって、敵のレーダの状況、通信の状況、或いは兵器の展開状況を確認して情報を後方から追随する有人機に教えて人的損害を軽減し、作戦を有利に展開するということができます。また、このバリエーションとして無人の空中給油機を作っていますし、機体を大きめに設計すれば無人爆撃機も可能になります。

 

三 5G(第5世代移動通信システム)をめぐるアメリカと中国の角逐

5Gをめぐっては安全保障や経済の面から、世界はアメリカのブロックと中国のブロックに分かれていこうとしています。アメリカのブロックには日本、オーストラリア、イスラエルなどが入っており、これらの国々はアメリカの意向を受け「中国製の5Gは購入しません」ということを宣言しています。
5Gについては、中国の「ファーウェイ(華為技術)」が世界一の技術を持っています。技術に加えてコスト面など、トータルパフォーマンスで比べると誰が考えてもファーウェイの5Gを導入するというのが最も合理的な選択です。しかし、日本はアメリカから「ファーウェイは使用しないで欲しい」という要請を受けて導入を拒もうとしています。日本のソフトバンクはファーウェイの製品を一番多く導入していますので、これを日本がシャットアウトするということになると大きな打撃を受けます。
ところが今、5Gの世界においてはアメリカによる同盟国をまとめる力が弱くなってきています。例えば「ファイブアイズ」というアメリカを中心とするアングロサクソンの五つの国の情報機関の集まりがあります。アメリカの他にはイギリス、オーストラリア、ニュージーランド、カナダなどですが、この中で、5Gで明確に反中国の立場を取っているのは2カ国だけです。イギリスもカナダもはっきりとは中国製を排除するとは言っていません。NATO諸国においてもそうですから、ましてやNATO以外の東欧諸国或いは中東、アフリカ、アジア諸国などは、安くて品質のよい中国製の5Gを導入するに決まっているのです。私は5Gの戦いにおいては、アメリカのブロックは非常に難しい状況に陥っていると思っています。
ファーウェイはアメリカから拒否されたとき、トランプ政権の「ファーウェイを排除しようとする政策は合衆国憲法違反」と訴えてアメリカで裁判を起こしました。この会社は現在、情報通信では世界一の会社ですがAIの分野でも力を付けてきています。中国は半導体産業全体としてはアメリカにまだまだ敵いませんが、AI用の半導体チップに関しては、ファーウェイの子会社の「ハイシリコン(海思半導体)」という会社がアメリカのクアルコムにも匹敵する技術レベルを有していると言われ、半導体を他の会社に供給せずファーウェイだけに供給しています。
平成の30年間の衰退は半導体産業を見たら一目瞭然です。1991(平成3)年、私は留学先のドイツで世界の留学生を前にして「世界の半導体会社のベストテンに日本の会社が半分以上入っている」と胸を張ってスピーチしました。しかし今や、日本にその面影はありません。AIを考えるとき、頭脳となる半導体チップが不可欠になりますが、それを作れる会社は今やアメリカ、中国の会社などに限られてきています。
中国ではファーウェイをはじめとして、会社は中国共産党の命令に従わなければいけません。国防動員法と国家情報法第7条に規定されています。国防動員法には「いかなる人、会社も中国共産党が指示する動員に従わなければならない」とあり、もちろん中国国内にある日本の会社も対象となります。もうひとつの国家情報法第7条は「いかなる組織・個人も国家の情報活動に協力する義務を負う」というものです。これは厳格に実行されていて、日本がファーウェイの5Gネットワークを導入した場合、情報は全部持っていかれるわけです。

 

四 中国の「一帯一路」の現状と「デジタル・シルクロード(DSR)」構想で目指すもの

中国の「一帯一路」構想は習近平国家主席が展開した「大風呂敷」です。これほど雄大な戦略を描ける国は世界でも中国しかありません。この「一帯一路」戦略は中国の影響圏を拡げようというのが元々の発想です。海のシルクロード、陸のシルクロード、中国を起点として影響をアジア、アフリカを越えてヨーロッパまで及ぼそうという考えです。その構想の中では「重要な港、高速道路、空港などインフラ整備を中国が行います」といって、さまざまな発展途上国にインフラを提供しています。しかし皆さんご承知のとおり、これについては非常に評判が悪くなっています。結局「債務の罠」ということで、中国は発展途上国が払うことができない債務をインフラ整備という名目で意図的に作り、完成した港などのインフラ設備を中国の管轄下に置こうとしています。ですから現在、世界各国で反発され、中国と仲のよかったパキスタンでさえ問題視するようになり、マレーシア、スリランカなどアジア諸国、そしてヨーロッパの国々も警戒感を持って「一帯一路」の行方を見ている状況です。

この「一帯一路構想」の中で、私が「成功するであろう」と思っているのが「デジタル・シルクロード構想」です。デジタル・シルクロードというのは海陸のシルクロード沿線国に対して、光ケーブル、Wi-Fi、5G通信ネットワークなどを構築し、インターネットの世界、デジタルの世界で主導権を確立しようとするものです。
そして今国内で行っているデジタル監視社会というシステムを海外に普及することを考えているのでしょう。デジタル監視というのは社会主義国として、国民を監視しコントロールできる理想のシステムなのです。世界に対して「中国のデジタル網を導入することにより、国民を管理するデジタル監視社会が可能になります」と言って影響力の拡大を図っているのです。今、世界には独裁者が増えてきており、彼らは「国民を管理し易いシステムを如何にして構築するか」ということに大きな関心を寄せていますが、そのお手本ともいうべきものを中国は作り上げているのです。監視社会ではAIも徹底して活用されています。皆さんご承知のように、中国では国民一人ひとりが個人情報を含めて完全に把握、評価されています。評価ランキングの上位の人たちにとってはこれほど住みやすい世界はありません。就職するときも有利ですし、海外旅行など私生活面でも大変便利です。一方、ランキングの下の方に設定された人たちは、再び浮かび上がれないような不利益を被ります。敗者復活などはありません。国民はDNAレベルまで管理されます。例えば小学生のときに学校の身体検査で唾液を採取してDNAを解析します。そうして最終的には14億国民のデータを全部把握しながら、一人ひとりを管理していく恐ろしい社会、これを習近平は作り上げようとしているわけです。
中国はデジタル覇権を狙っています。サイバー空間や5Gの建設、ブロードバンドの拡大と質の向上、ビッグデータの導入などから始まり、最終的にはシルクロード沿線国をコントロールするために電子商取引を主導してデジタル化経済での覇権獲得を狙っているのでしょう。そしてこれらが「スマートシティ」の建設につながっていくわけです。「自動運転」の開発は世界的な競争になっていますが、元々はグーグルが先行し、今や中国の企業がどんどん追い上げてきています。スマートシティにおいては自動運転の車が走り回ります。アメリカの自動運転は既存の道路、道路標識などのインフラをそのまま使用していますが、中国のスマートシティにおける自動運転は人が使いやすい道路など、インフラを全部新しく作り直していますから、そこでは極めて精密に自動運転車を走らせることができるわけです。このように中国のデジタル優勢についていろいろ見てきましたが、中国版のデジタル監視社会、スマートシティなどが世界に波及することをアメリカは恐れ、阻止しようとしているのです。

ここで中国の量子技術についてお話ししておきたいと思います。最先端技術においてAIの重要性は言うまでもありませんが、このAIと切っても切れない関係にあるのが量子技術です。量子コンピュータはスーパーコンピュータより遥かに能力の高いコンピュータで、なぜこの量子コンピュータが必要かというと、AI開発のためには今のスーパーコンピュータでは十分対応できないのです。量子技術による量子コンピュータの開発、これが今世界で大きな競争となっています。また、量子レーダの開発もあります。量子レーダはF-35とかF-22といったステルス性能をゼロにします。これらについて中国は国を挙げて取り組んでいるのです。
そして特筆すべきことは、中国は宇宙衛星と地上局との間で量子暗号を使った量子通信を世界で初めて達成しました。従来の無線は簡単に傍受して解読することができますが、量子暗号は解読できないと言われています。「暗号を制する者は世界を制する」という言葉もあるように、情報収集の分野ではこれまで、暗号傍受の分野も含めて圧倒的にアメリカが進んでいましたが、中国の量子通信技術の進歩により今やアメリカの優位が崩れようとしているのです。

 

五 中国のデジタル覇権を断固として拒む、国を挙げてのアメリカの決意

中国のデジタル・シルクロードによる世界秩序の再構築に対するアメリカの恐れ、警戒感は相当なものがあります。ですから、トランプ大統領は中国に対して米中貿易戦争を仕掛けているのです。最初はZTE(中興通訊)を目標にして倒産寸前まで追い詰め、今はファーウェイがこれ以上拡大成長しないようにと徹底的に叩いています。
現在の中国の躍進には、経済建設優先の鄧小平の改革開放路線が大きく貢献しています。私が習近平を見ていて「まだまだだな」と思うのは、中国の躍進を支えてきた、鄧小平が掲げた「韜光養晦(自らの力を隠し蓄える)」という考え方をよく理解していないのではないかというところです。
習近平が国家主席になったのは2012年ですが、彼は従来の「韜光養晦」をかなぐり捨てて中華民族の偉大なる復興というアドバルーンをあげました。即ち、中華人民共和国建国100周年の2049年までに「アメリカを追い越して世界一の国家になる」という目標を掲げました。それ以降習近平は、「海洋強国として太平洋を二分する」、「宇宙強国として宇宙衛星で世界を支配する」、「航空強国としてボーイングを追い越す」、そして「2030年までにAIで世界トップになり、2049年までに世界一の科学技術強国になる」などの目標を公表しています。
そして「中国製造2025」、即ち「2025年までにAI等の半導体製造において自給率70パーセントを目指す」ということを具体的に世界に宣言したところで、それに対するアメリカの反発を買っているわけです。「アメリカに追いつく」ことから大きく踏み出し、「アメリカに挑戦する」という露わな姿勢に対してトランプ大統領が怒りを爆発させたのが米中貿易戦争、ひいては米中覇権争いになっているのです。

ここ数年、米国における反中国感情はトランプ大統領だけではなく、共和党も民主党も超党派で凄まじい勢いで湧き起っています。私がハーバードに行った2015年にはこれほどの反中国感情はアメリカ国内には見られませんでした、オバマ大統領からトランプ大統領に替わり劇的に中国脅威論が高まりました。民主党の議員たちも中国に関しては、共和党と共通の脅威認識を持っています。トランプ大統領の対中国強硬政策、米中貿易戦争は超党派の支持を受け、アメリカの多くの国民が中国の覇権を認めてはいけないと思っているのです。
アメリカはいろいろなシステムが整っていますので、例えばUSCC(米中経済安全保障調査委員会)という議会の超党派の調査委員会がありますが、中国の脅威に関して事細かく調査報告を行っています。アメリカのCIA(中央情報局)、FBI(連邦捜査局)、DIA(国防情報局)、NSA(国家安全保障局)など16の情報機関とこれらの人事・予算を統括する国家情報長官(DNI)のみんながこぞって中国の脅威というものを訴えているのです。
「対米外国投資委員会(CFIUS)」は、アメリカに投資をする外国企業をしっかりと審査しています。かつては、アメリカをはじめイギリス、ドイツの企業が中国に買収されて最先端の技術が随分流れました。しかし今は、CFIUSが厳しく中国によるアメリカ企業の買収を監督しています。またそれだけではなく、CFIUSは中国企業が日本の会社を買収するときに、その日本の会社が「アメリカの安全保障に関係していないか」についても審査をしています。例えば、中国、台湾に買ってもらっているジャパンディスプレイも、これからはCFIUSの審査により難しい局面を迎えるのではないかと言われています。このように中国の最先端技術に対して、アメリカがさまざまな手段を使って妨害する傾向はこれからも続くでしょうし、米中の派遣争いは日本にとっても無関心ではいられないことなのです。

今、中国経済が危機的な状況にあると言われていますが、国防費だけは増大しています。経済の動向にかかわらず、社会主義、共産主義の独裁国家は国防費を下げることはありません。中国の「覇権の追求」は止むことはないと私は思っています。
中国は簡単には倒れません。トランプ政権がなぜあれほどまでに中国に対して厳しい態度を取っているかというと、中国の実力を認めているからなのです。習近平が築き上げてきた独裁体制はある面から見れば危機に対して迅速、効率的に対応できるシステムとも思われます。我われが価値を置いている民主主義や自由は確かに大切ではありますが、それに勝るとも劣らないメリットを独裁体制は持っているかも知れないわけです。この問題は、これから我われが心してかからなければいけないことだと思います。いずれにしろ冒頭にお話ししたように、私は社会主義、共産主義による独裁体制は最終的には悲惨な結果を迎えると思っていますので、現在の米中貿易戦争、米中覇権争いの行方を注視しながら、最悪の事態をも想定して対応策を検討していかなくてはと思っています。

 

六 米中の狭間で日本が生き延びる道 ~原点に戻り、国を挙げて国力をつけること~

それでは結言に入りたいと思います。サミュエル・ハンチントンは「文明の衝突」の中で「日本はアメリカ側につくか、中国側につくか決断を迫られる」ということを言っています。彼が「文明の衝突」を書いたのは1990年代ですが、その時点で「中国はアメリカの強敵になり覇権を争う」ということを予言しているのです。そしてその中で「日本は蝙蝠のようにどっちつかずの対応にならないように気をつけなければならない」ということを警告しているのです。もちろん私は「日本はアメリカ側につくべきだ」と思っていますが、中国は力のないものは軽蔑して「力のあるもの」しか尊敬しません。日本がこれから米中覇権争いの中にあって存在感のある国家として生き延びるためには、日本自身がもう一度国力を復活させなければいけないと思います。それは政治力、経済力、科学技術力、国防力、人口など広範に亘りますが、国を挙げて日本の国力を上げる努力をしない限り、米中覇権争いの中で日本は埋没してしまうでしょう。「失われた平成の30年」を取り戻すことさえできない事態になるかも知れません。
日本は戦略的に思考する努力をしなければいけません。日本は国家安全保障戦略を策定していますが、今回の防衛計画の大綱、あるいは中期防衛力整備計画を策定する段階において国家安全保障戦略を改定しませんでした。私が一番危惧するのは、国家安全保障戦略では「中国が明確な脅威だ」とは書いていないことです。脅威を明確にしていない国家安全保障戦略に基づいて、防衛計画の大綱或いは中期防衛力整備計画が今回改定されました。明らかに限界があります。中国を脅威だと明確に言えない日本、これに私は限界を感じるわけです。日本の防衛費はGDPの2パーセントまでは増大すべきです。毎年7パーセントずつ日本の防衛費を増やしていくと6年後には1.5倍になります。10年後には2倍になります。10年かけて防衛費をGDPの2倍にする努力は絶対必要なことだと思っています。しかし、防衛力を如何に整備するかという議論をするときに「中国は脅威でない」と言ってしまえば説得力は全くなくなってしまいます。中国を脅威と言わずして、日本の防衛力はこれ以上強くなりようがないのです。
日本の人口はこれからどんどん減っていきます。このまま時が推移すれば、日本の国力は低下するばかりです。何よりも「失われた平成の30年」から脱皮する特段の努力が必要になります。このように考えると、これからの日本はAI、量子技術、5Gなど最先端の技術分野において、過去そうであったようにもう一度中国を追い越し、アメリカにも負けない意気込みで突き進んでいかないと、日本の将来はないのではないかと思います。
日本では「働き方改革」について議論が盛んですが、私はこれを「働かない改革」と言っています。ファーウェイの強さは何かというと、軍隊的な経営方針なのです。任正非は人民解放軍の元将校で、ファーウェイを軍隊式に経営してきました。甘さはそこにはありません。日本の1970・80年代には猛烈社員という言葉がありましたが、このエネルギーが「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われ、経済的にもアメリカの脅威となるぐらいに発展していった原動力となったと思います。そして今、日本から失われた「猛烈に働く精神」は中国の会社、特にファーウェイに見られるわけです。
今、防衛産業を見てみますと大変な状況になっています。これから国を挙げて「防衛技術イコール最先端技術」、「最先端技術イコール成長産業」と位置づけて開発を進めていかなければなりません。考えてみてください。アメリカの最先端技術は「国防高等研究計画局(DARPA)」をはじめとする国防省のさまざまな研究開発によって発展してきました。コンピュータ、インターネット、半導体、自動化の技術などすべて、国防産業、国防技術と連動しながら発展してきたものです。最先端技術の開発は軍事技術と切り離すことはできないのです。そして、最先端の技術において活路を見出さない限り日本の将来はありません。
中国人民解放軍は今、徹底的に最先端技術を導入した戦い方を追求しています。日本の防衛にも赤信号が点ろうとしています。中国の経済力、技術力、軍事力、このような手ごわい相手を前にしたとき、これまでのやり方で勝負することはできません。国を挙げての努力が必要なのです。
本日は皆さんに日本の明るい材料を提供できなくて申し訳なく思っていますが、明るい未来は閉ざされているわけではありません。そこに至る道は未知の世界でもありません。何よりも国民一人ひとりの意識改革、そして30年前の日本の黄金期を築いたファイティング・スピリットを取り戻すことが必要なのです。
以上で私の話を終わりますが、ご質問があればお受けしたいと思います。
どうもありがとうございました。
                          平成三十一年四月十日 公益財団法人日本国防協会 国防問題講演会講演録より