日本からは見えない中国の実像
拓殖大学海外事情研究所教授
富坂 聰 氏

皆さんこんにちは。本日の演題は「日本から見えてこない中国の実像」ということで、おそらく皆さんがイメージしている中国とは違う内容になるのではないかと思っていますが、だからこそ、お話しする意味があると思っています。

 

一 改善に向かう日中関係 ~変化が見られる中国の事情~

今、日中関係は改善に向かっています。これは皆さんご存知の通りだと思いますが、「これは一体どういうことなのか」というところから話を始めていきたいと思います。
2014年北京APECのときの日中首脳会談において、安倍晋三総理が話しかけても仏頂面でプイと横を向いていた習近平の顔を皆さん記憶していると思います。その時と比べ、昨年秋に行われた首脳会談の模様は随分変わったという感じがしますが、表情だけではなく言葉も変わってきています。なぜ変わったのでしょうか。ここで、会談翌日の日本の新聞社の社説を紹介しますと、「主因は米中経済関係の対立だ」というのは朝日新聞、毎日新聞は「背景に米中間の緊張の高まりがある」、要するにマスコミでは「米中対立の影響が深刻になっている中国が、あわてて日本にすり寄って来た」と見ているのです。このような見方は学生の作文としては85点ぐらいあげてもいいと思いますが「事実を正確に見る」という観点からはまだまだです。

中国はマスコミがいうように本当に日本にすり寄って来たのでしょうか。実は日中首脳会談は当初10月23日の予定だったのです。それが中国側の理由で急遽3日ほど後ろに延びましたが、その23日に、習近平が何をしていたかといいますと、まず香港とマカオと珠海を結ぶ高速道路の開通式に出席していました。次いで広東省の南部戦区を視察し、その後、北京に帰ってきて首脳会談に臨んだのです。中国の多くのテレビでは南部戦区を視察した習近平がトップに、2番目のニュースとして日中首脳会談を扱っていたのです。このような報道対応は、米中首脳会談の場合では絶対に見られません。単純に「中国がすり寄って来た」とは言えないのです。また、日中首脳会談の前後において、習近平と李克強の発言に微妙な食い違いがあります。首脳会談前日、李克強が「日中関係は正常な軌道に戻り、さらに発展していく」と前向きに発言したのに対し、習近平は「正常な軌道に戻りつつある」と言っただけなのです。中国という国は「言葉の国」ですので、この違いの意味を理解しないと本当の外交はできません。「なぜ李克強が踏み込んで発言し、習近平は踏み込まなかったのか」、このことを日本側は一生懸命分析しなければいけないのですが、そのような動きは見られません。私は「経済を所管する李克強総理に対して、政治を司る習近平国家主席は慎重に対応した」ということだろうと思っています。
さらに言えば、中国が日本に接近しても米中関係が改善する保証はありません。アメリカは貿易問題で日本をはっきりとターゲットにして一線を画していますので、中国が日本にすり寄って来たからといって、アメリカがあわてて中国との関係を改善することは有り得ないことです。

日中首脳会談の成果は双方の利害が一致するかどうかに左右されます。さきほど紹介しました「習近平がプイと横を向いた首脳会談」の5ヶ月後のバンドン会議60周年においては、習近平は安倍総理と笑いながら握手をしています。その背景には中国が打ち出した「一帯一路」構想があります。「一帯一路」については、「政治的に中国は世界支配を企図している」と言われていますが、実はそうではなくて、「将来の衰退に備えるため、経済の活力を外に求める」ということなのです。これは今まで世界で各国が行ってきたことです。

中国の経済発展は2000年にアメリカが後ろ盾になり、中国のWTO(世界貿易機関)加盟が実現してから始まりました。アメリカは自国の経済発展を維持するために中国経済の成長が必要だったわけで、実際このことで経済の減速を避けることができましたし、日本も実はそうなのです。2000年代、構造不況産業と言われていた重厚長大型の日本経済が一時的に盛り返したのを皆さんご存知でしょうか。これは中国需要によるものなのです。このように、かつてアメリカ、日本が中国経済を利用したように、中国も「一帯一路」を活用して自国の経済成長の維持、発展を狙っているのです。

今中国経済は減速期、老化期に入ったと言われていますが、一つの国が発展していく過程を見ると、同じやり方を続けていては駄目なのです。労働者の賃金上昇をはじめ諸条件が変わっていきますから。中国は今、「労働集約型」から「高付加価値型」への構造転換を目指しています。そして、そのための推進力の役割を「一帯一路」に求め、関係国との友好を図る全方位外交に転換していったのです。日本への対応もこの流れの中で対立を深刻させないようにしようということでしたが、今や、日本で憲法改正議論の動きがあっても、護衛艦「いずも」の攻撃型空母への改修についても中国はほとんど批判していません。昔ならあっという間に反日デモが起きています。

安倍総理が中国から帰ってきたあとに、中国のメディアが「怒るべきときは怒り、感謝すべきときは感謝する。日本の3兆6500億円の経済援助がもたらすもの」という記事を掲載し、どのような援助かについて詳細に書いているのです。これまでは北京の第2空港など、日本側が「日本の援助でできていると書いてくれ」と言っても十分な対応はしてくれませんでしたが、今は幾つものメディアが堂々と「日本に感謝すべきだ」と書き始めたのです。
さらに驚くのは、いつもは日本に批判的な中国の環球時報が「中国にとって最も重要な核心的利益とは何か。それは決して領土ではない」とまで言い始めていることです。これは尖閣諸島のことを言っているのですが、日本国内ではこのことについてはほとんど報じていません。おそらくびっくりして思考が停止したのかも知れません(笑)。いつもそうですが、攻められるときもびっくり、仲よく近づいてこられてもびっくりして思考が停止するのです。いつも同じ場所に立って見ているのが日本という国で、それも悪くはないのですが、国際社会の動きにはもっと鋭敏にならなくてはなりません。

中国の国際政治学者で閻学通という、清華大学で「日本には一度力で思い知らせた方がよいのでは」と言っていた人が、今では「東シナ海は共同不開発でよいのでは。中国も開発しない、日本も開発しないということでいいのではないか」と言い始めました。以前とは大きな違いなのですが、日本側はこの「球」を受け取れきれないでいます。これだけの変化が今中国に起きているということを日本側は知らないのです。

 

二 日中関係改善を図る日本の狙い ~中国に大きく依存する日本の立場~

ここで日本側の動きについて見てみましょう。安倍総理はすでにバンドン会議のときには「日中関係を正常な状態に戻したい」と言っていましたが、本格的に取り組み始めたのは2017年5月、トランプ大統領と習近平がアメリカのマールアラーゴで初めての会談をした直後からです。このあたりから日本も腹をくくって、訪中した二階俊博幹事長が習近平に安倍総理の親書を渡して、ここから日中関係の変化が始まったのです。それから楊潔篪政治局委員(中央外事工作委員会弁公室主任)が来日して谷主任と会って話を詰め、最後は安倍総理が中国駐日大使館主催の国慶節祝賀レセプションに出席して、日本側として本格的なメッセージを送りました。現役総理として15年ぶりのことですが、これが日中首脳会談の1年前になります。

このような日本側の日中関係改善に対する前向きな動きには理由があります。2018年9月、台風21号が関西を襲いましたが、このとき関西空港の滑走路が一本駄目になり、そのため関西へのインバウンド(訪日外国人旅行)がピタリと止まったのです。そのときの大阪のミナミは閑散とし、これが2ヶ月続いたら大阪はボロボロになるという話になり、「どうする。どうする」と大騒ぎでした。ざっと見ても年間、日本に来る830万人の外国人観光客が1人25万円使ったとしても2兆円近いお金が落ちてきます。「インバウンドが途絶えると日本の地方が大変なことになる」とよく言われますが、実は大変になるのは地方ではなく東京近辺、大阪畿内、福岡周辺などで、インバウンドの影響で日本の大都市圏が一気に閑散とした状況になることだってあるわけです。

さらに深刻なのは中国への輸出で、今年の2月、日本の上場企業の主要117社がそろって来年3月までの業績見込みを大幅に下方修正しました。日本電産などは大幅黒字で史上最高益となる予定が減益にまで落ち込んでしまいました。その原因は中国の需要の大幅な減少によるものですが、これが日中関係の正体なのです。中国経済の減速で中国が崩壊することはありませんが、日本にとっては中国経済が大減速したら大ダメージにつながります。
どういう仕組みかというと、中国はサプライチェーンの一つの工程を受け持っているだけなのです。OECD(経済協力開発機構)とWTOが出している付加価値貿易統計によると、米中貿易と言われる裏に隠れている貿易の実態が見えてきます。
例えばスマートフォンについていえば、アメリカの企業が中国に発注し、製造された製品をアメリカが輸入しているわけです。スマートフォンの完成品が中国からアメリカにいくので統計上は貿易黒字が中国に計上されますが、その中には日本、台湾そして韓国の部品が組み込まれています。最終的に中国が100億円儲けたとしても90億円ぐらいは中国以外の国のもので、中国に残るのは10億円なのです。ですから、トランプ政権、特にUSTR(米国通商代表部)の本当のターゲットは中国ではなく日本、台湾、韓国ではないかとも見られるのです。

今回の米中貿易戦争でアメリカが輸入をストップしたため、確かに中国企業は影響を受けていますが、日本の企業にも厳しく寒い風が吹いているのです。昨日もルネサスという半導体メーカーの大幅リストラがニュースになっていましたが、米中貿易戦争のあおりを受けて中国からの需要がなくなったからです。日本に限らず、アジアの国は一度中国を経由してアメリカに輸出しています。いわば「風よけ」に守られて直接風にあたらなくてもよかったわけですが、「風よけ」が剥がれれば、アメリカとの貿易戦争の主戦場はいずれそれらの国に移っていきます。
ただし、アメリカのある大学教授が試算しているように「中国の貿易黒字の40パーセントはアメリカ企業の黒字、利益である」ということですので、そのうちアメリカも理性を取り戻して、「中国、アメリカ双方がともに傷つき誰も得をしない」このような争いを止めざるを得なくなるでしょう。

日本との関係改善を目指す中国の思惑は上から下まで経済なのです。毛沢東の「政治は経済のため」という言葉にもあるように、中国にとっては「経済をよくする」、即ち「13億の人を食べさせていく」ということが最優先事項で、この難事業が中国共産党のトップの頭の中に常にあるのです。さきほど中国経済の「構造転換」の話をしましたが鉄を見てください。かつて世界で生産される鉄鋼の半分は中国でした。石炭についても同様で世界シェアの48パーセントを占めていました。かつて「中国の強み」であったこのようなオールドエコノミーが衰退していることが今問題になっていますが、衰退は昨日今日始まったことではなく、2007年頃からゆっくり始まり、2010年に本格化して、2012年には「これ以上はやっていけない」ということで、温家宝総理が「構造転換」ということを声高に言い始めたのです。つまり「もう野球選手としてはやっていけない」と、そして「コーチになるのか監督になるのか分からないが、大きく転換しよう」ということなのです。

 

三 中国人民に蔓延する貧困、不平等、不正への怒り ~怒りの爆発を恐れる中国共産党~

習近平は就任後、まず「反腐敗キャンペーン」を行いましたが、その当時の中国の実態を見てみたいと思います。地方の新興都市の市役所のある課長が不正で摘発されました。査察チームが自宅に入って見つけたのが、現地のお金で2憶元、当時のレートで38億円ぐらいの札束でした。しかし、彼の資産というのはこの札束だけではなく一番大きかったのは不動産で、中国国内に6000万円から最高2憶円というマンションを68件も持っていたのです。
中央官庁でも汚職は進んでいて、国土交通省の鉄道部長、昔でいえば国鉄の総裁でしょうか、報道ベースでは収賄額2000億元ぐらいとも言われました。信じられない金額ですが、裁判では執行猶予付き死刑、実質的な終身刑の判決を受けました。
今の中国の富裕層の暮らしぶりを見てみますと、ある結婚式では披露宴に14億円をかけて話題になりました。

一方、貧困層はといいますと、信じられないような話がたくさんあります。ある家族がサファリパークの見学にきて、女性と子どもはチケットを買って正規に入口から入りましたが、男性は体力がありますので裏から現地の人の誘導で入ったところ、そこがライオンの檻の中で、すぐさま襲われて死亡しました。こういう事件がこの後も続き、熊の檻に降りた人もいます。チケット代は6千円くらいですが、お金を払いたくないと厳しい生き方をしている人もいるわけです。両親の火葬費用が出せず、自分で火葬したという人もいます。また、「蟻族」といわれる、よい大学を出たけれども就職できないで、80平方メートルに25人が暮らして棒をつたって昇り降りをするという生活をしている人たちもいます。

このような社会では、貧困層の怒りが蔓延して大きくなり、航空機に対する爆破予告事件などいわゆる反社会的な犯罪が多発するのです。犯人はすぐに捕まるのですが、「自分はあと50年生きてもよいことがあるとは思えないから、最後に一泡吹かしてやろう」という話なのです。いわゆる「報復社会」になっていくわけです。
この怒りは官僚に対しても向かっていきます。中国では環境汚染が進んでいました。「PM2.5」問題もそうですが河川も汚れています。「我われの周りはどうしてこんな汚水だらけになっているのか。政府は責任を取れ」という話になり、インターネット上で「環境保護局長は川で泳げ」と追い詰められ、実際に局長以下の役人が川で泳いでいる姿がメディアでも紹介されました。

中国は「中国共産党がものすごく強い」というように思われていますが、ちょっと誤解されている面もあって、中国共産党の力の源泉は人民ですから、国民を本当に怒らせたら党だって簡単に吹き飛んでしまうわけです。天安門事件がそうですが、あれは革命前夜で、もう少しで政権は吹っ飛ぶところだったのです。国民は普段、蟻のようにおとなしいのですが、怒り始めたら止まらないのです。その怖さが分かっていないと中国の政治は分かりません。

その蟻の怖さをちょっと紹介しますと、李克強総理が地震で被害を受けた四川の現地視察に行ったときの映像がインターネットで紹介されました。注目されたのは李総理ではなく、一緒に映っていた現地の役人、村長レベルの人ですが、腕に日焼けした跡があり、胸ポケットが膨らんでいるところを見つけられて、ネットユーザーから「撮影される直前に時計を隠したのに違いないので、みんなで時計をしているときの写真を捜そう」ということになり、すぐにいろいろな情報があがりました。結局、350万円の時計だったのですが、この人の年収は党の規定では80万円です。ですから「どうして350万円の時計を買えるのか」ということで、あっという間に刑務所に入れられてしまいました。

また、30人の乗客が亡くなったバス事故の現場で一人「ニヤニヤ」していた役人が映像で注目されました。この人は安全監督局長だったのですが、年収は120万円ぐらいでしょうか。これが「人肉検索」と言われるもので、とにかくひとりの人をターゲットにして全国の人が彼について知っている情報を探すのです。その彼が実は500万円の時計をしていたのです。「120万円の年収しかないのにどうして500万円の時計を持っているのか」ということで、最初の記者会見では「私が時計好きなので、妻がお金を貯めて買ってくれた」と言ったのですが、記者会見が終わったその日の夜に、別の500万円クラスの時計を7個持っていることが暴露されました。それ以来、官僚たちは写真を撮られかねない場所では時計を外すようになってしまいました。

国民が怒って次から次へと官僚を「人肉検索」で血祭りに上げているのを見て、このままでは党中央にもいずれ彼らの怒りが向いてくると心配されたのが2012年頃のことです。経済も悪くなって格差の問題が国内で大きな問題になり、温家宝総理は3月の全人代で「文化大革命が起きるかも知れない」と発言しました。彼はリップサービスが多い人で、「オーバーに言ったのかな」と思っていたら、何と、慎重な胡錦濤国家主席までが「亡党亡国」、「党が亡び、国が亡びる」と言い始めたのです。そんな状況下でトップに就いたのが習近平です。彼は最初に「反腐敗キャンペーン」を展開して国民の怒りを収めようとしました。「虎もハエも叩く」というスローガンを掲げました。習近平はこの闘争を5年間やり通しましたが、皆さん毎日何人が摘発されたと思いますか。1日あたり処分された党員の数は880人です。虎も退治されました。最初に退治された虎は周栄康という人です。元政治局常務委員で当時胡錦濤国家主席、温家宝総理と並んで座っていました。次は徐才厚、軍人です。彼は上将、党軍事委員会副主席という制服軍人の最上位に座っていた人です。そして除才厚よりも大物だと言われていた郭伯雄になりますが、この人も副主席でした。
このように政治ショーとして官僚を叩くことによって党に対する一定の信頼を得ることはできましたが、国民の中には、実際に自分たちの懐が豊かになったと感じられない人も多く、確かに海外で爆買いできる人もたくさん出てきましたが、まだまだ不満が残っているわけです。何しろ中国には13億の人がいるわけですから。

 

四 すべての国民の共存共栄を可能にする技術革新とは ~中国の将来を約束するもの~

そこで中国がまず力を入れているのが「スマホ決済革命」です。オールドエコノミーがどんどん衰退していく中で、「新しい経済のエンジン」を作ろうとしているのです。
皆さんご承知でしょうか。大阪駅には「大丸梅田店でウイチャットペイ(WeChatPay)とアリペイ(AliPay)が使えます」と書いてある看板がたくさん出ています。日本人が見ても意味がよく分からないと思いますが、中国では2017年に国内のスマホで決済された金額の総額は1377兆円です。ブラックジョークですが、来日する観光客は「日本に来たら最初に何をするか」と訊かれると「財布を買う」と答えるということです。中国では財布は必要ありませんから、人々は財布を持っていないのです。何しろ、屋台でほうれん草を買っても「ペイ」ですし、路上で物乞いがQRコードを前に置いているような社会になっているのです。今中国ではBAT、つまりバイドゥ(百度)、アリババ、テンセントの3大企業で中国のIT化を進めています。

このように現金のやり取りをしなくても済む「スマホ決裁革命」のお蔭でライフスタイルが大きく変化し、いろいろなサービスが生まれて経済が活性化しているのが今の中国です。例えば公園のベンチで何か食べたいと思って自分の位置情報を送ると、ケータリング会社が10分ぐらいで運んでくれます。中国の高速鉄道では乗車したときに座席番号を送っておくと、途中の駅で温かい食べ物が届くようになっています。
その関連で生まれているのが「シェアエコノミー」で、GPS(衛星測位システム)とスマホアプリでニーズと供給のマッチング精度を向上させ、「使いたい人が使いたい時に、使いたいものがそこにある」状態を実現しようとしています。「シェア自転車」、「シェアカー」などが拡大しています。シェアはレンタルとは違っています。あらゆる物が対象になり、提供する人も使う人も共に利益を得ることができるのです。例えば街の中の一部屋が1時間自分のものになり、フィットネスで身体を鍛えたり、休憩スペースとして昼寝をすることもできるのです。その他には傘のシェア、スマホ充電器のシェアなどがあります。昼間ランチをしながら充電して、その後どこかの喫茶店に入ったときに返せばよいので、家からわざわざ充電器を持ってくる必要はないのです。

中国の深圳市は「中国のシリコンバレー」とも呼ばれていますが、アメリカのシリコンバレーの天才たちが「次にこのようなものを発明したら面白いかも知れない」と考えて、頭に浮かんだものを製品にするときの発注先になっています。なぜかというと産業集積度が高く、世界の工場の中の工場といわれるほどあらゆる部品が直ぐ手に入るのです。街の中には優秀な若者が集まって運営している少数精鋭で小回りの利く企業が無数にあります。
なんといっても1日に1万6000社の新しい会社が生まれているのです。日本は登録ペースで300社です。もちろんその大半は消滅していくのですが、全体としては、新しいものに対応していく力を生み出す源泉にもなっています。私が2017年、日中ジャーナリスト会議に出席しているときに、CCTVの女性キャスターから「日本では一度起業して失敗すると『その人の人生は終わりだ』と聞きましたが本当ですか」と質問されたので、「私の専門ではありませんが、大きな借金を背負うので大変でしょうね」と答えたら、「それでは、日本の未来はどうなるのでしょうか」と言われました。

それから続いて「これからは技術革新がどんどん進んでライフスタイルも激しく変化していきますが、それに対して図体の大きい企業では対応できないのです。小回りの利く企業が活躍できる環境が必要ですが、日本はどうですか」と訊かれ、次いで「中国はそれに備えて、優秀な若者は少なくとも3回はチャレンジできるような環境を5年間かけて作ってきました」と説明してくれました。それがこの深玔なのです。例えば大きいホールをパーテーションで区切り「通信費はタダですので使ってください」という所がたくさんあり、銀行も比較的容易に資金を貸してくれます。国をあげて若者がチャレンジしやすい環境を整備し、技術革新の大きな推進力になっているのです。

 

五 中国の将来を左右し、世界やアメリカを脅かす中国のAI(人工知能)技術 ~スマートシティが実現する社会~

AI(人工知能)技術を進めているアリババ総帥の馬雲(ジャック・マー)は、昨年早稲田大学で講演して面白いことを言っていました。「本日お集りの皆さんの中に、子供に一生懸命勉強だけさせている方はいませんか」、続けて「もし心当たりの方がいたら、30年後、あなたの子供さんには仕事はありません」と言ったのです。その理由として次のように説明しました。「人がいくら脳みそに知識をため込んでも機械には勝てません。これから必要なのは機械が持っている知識を使いこなす知恵なのです。それは遊びの中からしか生まれません。そこを理解できないと子供さんは生きていけません。これがAIに導かれる次の世界なのです」と。

世界はものすごく早い勢いで変わっていきます。AIにかける研究費を見てみますと、日本は経済産業省も支援して全部合わせても年間1000億円ぐらいですが、中国ではアリババ1社だけでも5年間で1兆7000億円を投資しています。さきほど中国のBATを紹介しました、アリババだけではなく、バイドゥ、テンセントも同じくらいの実力を持っているのです。
アリババの本拠のある浙江省杭州市はスマートシティ化が進んでいます。中国全土に配備されている監視カメラは1億8000万台あると云われていますが、杭州市にも溢れています。カメラには顔認証機能を持たせ、いわゆるスマート化されています。例えば主要交差点で大きな交通事故が起きたとき、どの会社のどういう人が運転していて「赤信号に変わってから何秒後に交差点に突っ込みました」というレポートが、最寄りの警察署に20秒後に届けられます。警察は現地に行って事故車を運搬するだけなのです。また、事故が起きると同時に、事故が起きた場所に向かっている車の運転手のスマホに「事故が起きたから迂回してください」というメッセージが送られます。これがスマートシティなのです。杭州市の住民は地震が発生したときには、スマートフォンで現在の位置から安全な経路を確認して、それに従って避難することになっています。その他、小荷物配達用のドローンがバス路線のように定められたルートを飛んでいます。

日中首脳会談のときに第三国市場での協力ということが話し合われたということですが、その中にタイのスマートシティ事業があります。中国と協力してこの事業を推進するとき、日本側はどんな技術を持っていけると思いますか。実はほとんど何もないのです。現在、すでに中国とは技術面で大きく差がついています。日本は若者を育ててきませんでした。大企業ばかりを優遇し、小さな企業がアスファルトの表面を割って、タケノコがニョキニョキと生えてくるような社会ではないのです。皆さん、「OKグーグル」、「OKアレクサ」という音声認識をご存知と思いますが、中国にはこれらグーグル、アマゾンが入っていく余地はもうありません。「OKバイドゥ」、「OKテンセント」なのです。

今、携帯電話から自宅の切り忘れた冷房を止める操作ができる、いわゆるスマートスピーカーが普及し始めているわけですが、さらに研究は進み、言語の壁を越えてあらゆる人の言葉を認識できる完全なAIを作ろうとしています。最終的には医療の大きな変化につながっていきます。例えば自分の子供が死にかけているときには、誰でも世界で一番優れた医者に診察させたいと思うでしょう。それが世界のすべての病例を積み込んだコンピュータに診断してもらうことで可能になるのです。

そこに向かって突っ走っているのが中国のテンセントという企業、「OKテンセント」なのです。しかし、日本には「OKパナソニック」はありませんし、「OK日立」、「OK東芝」もないのです。すでに試合場の入口で競争から降りているのです。このような事情を皆さんは知らないと思います。何しろ本屋に行くと、「中国大崩壊」という本がわんさと並んでいるわけですから。異質な隣の大国、中国の凋落を待ち望むという気持ちは分かりますが、国際社会というのは広範多岐にわたってあらゆる事項が関連していますから、ひとつの国を嫌ったり叩いたりするということは極力しない方がいいのです。絶対に損をしますから。対立により、今まで日本はずいぶん買い叩かれてきました。新幹線、高速鉄道の商談などで、相手は中国と日本を天秤にかけます。「二国間関係」ではどうしても取引重視の条件の争いになりますから、やむを得ない面もありました。ですから「第3国への協力関係」という事業が有効になるわけです。「競争から協調へ」というのは、そういうことだと思います。

中国はEV(電気自動車)に舵を切りました。この背景には「日本が強すぎた」というのがあります。日本のガソリンエンジンの性能には、中国は20年経っても追いつくことはできませんから。
EVはガソリンエンジン車と違って構造が簡単ですから、勝負は「どれだけ安く作るか」ということで、中国の強みが生きてくるわけです。アメリカのテスラが800万円で販売しているものを、中国では500万円で手に入るのです。EVの主要な技術は電池ですが、実は電池は日本のパナソニックが圧倒的に強かったのですが、去年の終わり頃からCATL(寧波梅山保税港区瑞庭投資有限公司)に負けてしまいました。日本にとっても厳しい状況になってきています。EVは既に認可された15社の他に認可待ちが45社も控えて値下げ競争が始まり、激しい消耗戦になることが予想されます。値下げする力があるところが強いわけですが、言葉を換えれば「きちっとした組織」を持っているところが弱くなるのです。なぜなら総務、広告宣伝部門などは人件費がかかってきます。中国は少数精鋭のデザイナー、技術者が2、3人で、パソコンを使って1LDKの部屋で作った設計図に基づき部品はすべて調達しますので、組み立てる場所さえあれば優れた車ができあがってくるのです。

今中国は新しい実験高速道路を造っています。道路が全部太陽光パネルになっていて、そこで発電しようというもので「原発はコストが割に合わない」として太陽光発電に大きく舵を切っているのです。高速道路で発電するので、その上を走行する車は充電が容易にできるようになります。EVの欠点は離れた都市の間を移動するときの走行距離にあると言われていますが、各都市の間を、太陽光発電を備えた高速道路で結んでしまえば問題は解決すると思っているのでしょう。
ここまで中国のニューエコノミーを見てきましたが、それではニューエコノミーだけで万々歳かというとそういうことでもありません。というのは、いくらニューエコノミーが伸びたからといっても、オールドエコノミー、例えば鉄工所で働いていた人をITの現場で採用できるかというとできません。それはそれで悩みとして残っていくのです。このようにさまざまな分野で新旧相混じり合って、悪いものは悪いものとして処理しなければいけない状況がある程度続いていくと思います。ただし、これまで見てきたように、中国はすでに助走をつけて走り始めていますので「急に止まることはない」と思って見ていくべきではないでしょうか。

 

六 アメリカが注意しなければならないこと、日本が変えていかなければならないこと

皆さん、このような中国の実像を見ていくと、アメリカが何を恐れて何をしようとしているかお分かりになったでしょう。このような中国の動きを真剣に止めようとしているのです。「『メイドインチャイナ2025』、そのような目標は立てるな。やめろ」と言っているわけです。もちろん日本にはそのようなことは言いません。日本を恐れていませんから。この問題が米中貿易摩擦の本質であり、「メイドインチャイナ2025」を目のかたきにしている理由なのです。軍事超大国のアメリカは、世界中の通信を傍受してあらゆる暗号通信を解読していますが、これからは通信傍受ができない「量子通信」が始まります。これは一種のテレポーテーションで傍受することはできません。中国はこの分野で大きく進んでいますが、中国が量子通信システムを完成させれば、すでに完成させたとも言われていますが、通信という最先端兵器面でも米国の軍事的優位が揺らいでくるのです。このように、さまざまな分野で技術優位による新しい世界を積み上げようとしている中国を、アメリカは非常に警戒しているのです。ただ現時点でいえば、私はアメリカと比べると、中国は一部、点または線としてアメリカを脅かす技術優位を保持してはいますが、面としてはまだまだ対抗できないと思います。

ただ中国としては、ことさらにアメリカと対抗しようというよりは、国内に幾つかの問題を抱えていて、それらを解決するため必要に迫られて突っ走っているのだと思います。「台湾問題」がそうですが、この問題でアメリカが中国を揺さぶってくるようなことがあると、中国はどんな犠牲を払っても対抗してきますので、アメリカは大きな戦略的ミスを冒すことになります。

私はこれからのビジネスの主要なポイントは、①「見切り発車」、②「行動しながら修正する力」、③「直ぐに捨てる力」の3つだと思っています。つまり今は、需要が次々と目まぐるしく変わるので、「身軽に飛びつき、身軽に飛び降りる」ことが必要になりますが、いずれも日本にとっては不得意なところです。慎重に考えて、長い時間をかけて信用を勝ち取り、できるだけ長く企業を存続させるという発想ではもう駄目なのです。例えば中国から来日する爆買いの観光客を目当てに、大きな「爆買いセンター」を作っていたら今頃どうなっていたでしょうか。大赤字でしょう。さきほども申しましたが、1LDKの部屋でパソコンを前にペットボトルを脇においた若者がTシャツでパフォーマンスを繰り広げている、そのような時代に我われはどのように向き合っていくのかということを問われているわけです。

日本は今までのやり方でやっていけるのでしょうか。新しい事態には新しいやり方で対応していかなければなりません。アメリカや中国はこのような事態に対応できる力がすでにカルチャーとして備わっていますが、日本にはそのようなものはありません。
今我われが抱えている大きな問題は、社会の多くの分野において完成されたシステムを作ってしまい、これを変えるには非常なストレスがかかるということなのです。例えば「スマホ決裁に切り替えよう」といっても、「笛吹けど踊らず」の状態です。なぜかというと、そうしなくても何も不便がないシステムが存在しているからです。「スマホ決裁、そんなものを改めて入れなければいけないの」という感じなのです。インドは「スマホ決済」を直ぐ導入しましたが、何しろ国内は偽札ばっかりですから一足飛びに電子決済を取り入れた方が早いのです。

以上で今日の私の話を終わりたいと思います。
どうもありがとうございました。

平成三十一年三月七日 公益財団法人日本国防協会 国防問題講演会講演録より