東アジア情勢と日本の課題
東洋学園大学客員教授 元航空支援集団司令官
織田 邦男 氏

ただ今ご紹介をいただきました織田です。今日は「東アジア情勢と日本の課題」というテーマでお話しさせていただきます。東アジア情勢というと、中国と朝鮮半島が主要な話題になりますが、中国については今、90日間の「米中貿易戦争の中休み」ですので、主として朝鮮半島についてお話ししたいと思います。

日本の安全保障環境について見てみますと、日本の周りには2つの共産党独裁国家があります。ロシアはプーチンが終身大統領としてとどまり続けるかも知れず、もはや民主主義国家とはいえない国だと思っています。このようにわが国とは体制が異なり、また核で武装している3つの国に囲まれ、しかも領土係争を抱えている状況を見て、ヨーロッパの人は日本人に「よく発狂しないな」と言うわけです。日本人というのは「能天気」というか「幸せ」というのか、どうなのでしょうか。北朝鮮が「場合によっては核で日本を海に沈めてやる」と言っているのにも拘らず平然としています。これを「オストリッチ・ファッション」というそうです。オストリッチとはダチョウのことですが、ダチョウは危機が迫ると穴に首を突っ込み、危機を見ないようにして危機から逃れたつもりになるのだそうです。真実に向き合うことなく無知による安心を得て、虚妄の平和に安住しているということなのでしょう。

 

一 史上初の米朝首脳会談の成果

半年前に米朝間で史上初の首脳会談が行われました。メディアは平和が訪れたと書きたてていますが、私は「とんでもないことだ」と思っています。米朝首脳会談の共同声明のポイントは、北朝鮮に「セキュリティ・ギャランティ(安全の保証)」を与えたことでしょう。また「朝鮮半島の非核化」も大事なところですが、「北朝鮮の非核化」ではないことに注目してください。

アメリカは会談前には「CVID Complete Verifiable Irreversible Denuclearization(完全で検証可能なかつ不可逆的な非核化)」、「米韓軍事演習は中止しない」、「朝鮮戦争の終結を目指す」と言っていましたが、首脳会談の後にはどうなったでしょうか。まず「CVID」は共同声明に盛り込まれませんでした。軍事演習については「挑発的だ」という金正恩の主張を入れて「交渉中は凍結する」ということになりました。ただ金正恩が望んでいた「朝鮮戦争の終戦宣言」はありませんでした。

「CVID」についてはどんどん変わってきています「CVID」から「PVID Permanent Verifiable Irreversible Denuclearization)」となり、今ではアメリカは「FFVD Final Fully Verified Denuclearization(最終的かつ完全に検証された非核化)」と言っています。何が違うかといいますと「Irreversible(不可逆)」がなくなりました。「不可逆は無理」だと思っているのです。ポンペオはこれまで交渉の中で「1万人の核技術者を海外移住させる」とまで言っていたわけですが、技術者の頭の中にある核の設計書とかノウハウは消え去るものではありません。また、北朝鮮は世界有数のウラン鉱脈を持っています。アジアで最も純度が高いウラニュームです。ということは一旦非核化されたとしても、ノウハウがあってウランがあれば「核は作れる」ということで「不可逆」を削除したのではないかと思っています。

北朝鮮は会談前、「段階的で同時並行的な非核化」つまり「時間がかかるよ。リビアのように一度にはできないよ」ということを言っていたのです。また「制裁解除」、「体制保証」も要求していましたが、会談後どうなったかというと、トランプが「時間がかかるのはしょうがない」と言って「段階的で同時並行的な非核化」の要求は受け入れました。制裁は解除されませんでしたが、その代わり「交渉中の体制保証」は約束しました。

 

二 北朝鮮における核兵器の存在価値

ところで、北朝鮮は核を放棄するでしょうか。私は絶対に放棄しないと思います。北朝鮮は2012年に憲法を改正して核保有国であることを宣言しています。昨年9月、DIA(米国防情報局)は「北朝鮮は小型軽量多種化された、より打撃力が高い核弾頭を必要なだけ生産できるようになった」と言っていましたが、その2ヶ月後に北朝鮮は6回目の核実験を行いました。核兵器開発は6回やればオーケーなのです。これで北朝鮮の核兵器は完成したと言えるのでしょう。インドとパキスタンも6回の核実験を行って核武装をしています。

金正恩にとって「核とミサイルはどのような意味を持つのか」ということを考えなくてはいけません。北朝鮮の核開発は金日成の時代から始まり、金正日に代わってからも着々と進めてきた、いわば「遺訓」といえます。それをないがしろにすると、独裁国家の後継者としての正当性を失ってしまうわけです。核についての金日成とのやり取りをゴルバチョフが回顧録で書いています。それによると、北朝鮮のウラン生成に関する詳細な情報を入手し、1968年にソ連を訪れた金日成に問い質したところ、金日成は「そのような意図はなく能力もない。ソ連の支援だけで十分だ」と答えたとあります。しかし類似の情報はKGBをはじめいろいろなところから入ってきていましたので、ゴルバチョフは結局「北朝鮮は信用できない。取引できない相手だ」ということを回顧録で述べています。このように建国者自らが力を入れて受け継がれてきた核を、アメリカをはじめ民主主義国の圧力などで放棄したとなると、それだけで独裁者としての権威は失墜します。金正恩はリビアのカダフィ、イランのフセインなど同じ独裁者の最後を見て「彼らの失敗は核兵器を放棄したから」と思っている節があります。本当はそうではなく、人民の蜂起によって倒されたのですが、核を持っていたら蜂起そのものがなかったと思っているのでしょう。

日本ではあまり取りあげられていませんが、核については「ブダペスト合意」をめぐる経緯が参考になります。1991年、ソ連邦が崩壊したときにウクライナに約1900発の核弾頭が残りました。ウクライナはソ連邦から独立しましたので核弾頭保有の意図を表明したのですが、それに対してロシアは大反対、アメリカとイギリスも続いて反対を表明しました。そして交渉の結果、1994年12月5日、「ウクライナはNTP(核不拡散条約)に加入して核兵器を撤去すれば、主権と領土の統一性を保証する」旨の合意がウクライナとロシア、アメリカ、イギリスとの間で成立しました。それから遅れてフランスと中国も参加し、国連の常任理事国5カ国が「ウクライナの主権、領土の統一性を守る」と保証し、1996年にウクライナの非核化が完了しました。しかしその後、ウクライナでは何が起こったのでしょうか。2014年3月、ロシアはウクライナ領のクリミアを併合しました。みごとに一夜にして、世界でも最も権威のある保証が反故にされたわけです。そのときに中国の人民日報は次のように書いています。「西側世界は国際条約、人権・人道尊重など美しい言葉を口にしているが、ロシアに対して戦争のリスクを冒すつもりはない。単なる約束には意味がなく、クリミア半島とウクライナの運命を決めたのはロシアの軍艦、戦闘機、ミサイルである。これが国際社会の冷厳な現実だ」と。

これらの一連のやり取りを金正恩はじっと見ていて、国際情勢の現実は「力」によって決まるものであり、「セキュリティ・ギャランティ」をトランプが保証したとしても、トランプ自身がせいぜい6年、或いは2年で終わるかも知れないし、次の政権になったらどうなるか分からないと考えているのでしょう。

 

三 北朝鮮の軍事力とアメリカの情報能力の実態

日本ではメディアも含めて、北朝鮮について二つの大きな認識の誤りがあります。それは北朝鮮の通常戦力とアメリカの情報能力に対する評価です。「北朝鮮を締め上げると暴発して南進する」とよく言われますが、北朝鮮は通常戦力による南進の能力はありません。過去30年、GDPの20%を国防費に充当し、そのうちの3分の2を核とミサイルに費やしてきました。国防費を6000億円と見積もると、通常戦力のアップデートには2000億円しか使用することはできません。専門家が見ると実態がよく分かりますが、戦車はT-34、朝鮮戦争で戦った戦車をまだ使っています。空軍はミグ29という第4世代の戦闘機を16機持っていますが、実際はそのうち5機ぐらいしか動いていません。海軍には見るものがありません。また、北朝鮮の脅威は38度線に並んだ1~2万といわれる長距離火砲ですが、ソウルを射程に収めるのはそのうちの700門くらいでしょう。ただ、その他に20万人の特殊部隊を有しており、ゲリラ戦には十分な威力を発揮すると思われます。何しろ彼らは物を食わずに戦いますから。

李容浩外相が非核化についてアメリカと交渉したときに「我われは無条件降伏したわけではない」と言っています。日本のメディアは触れていませんが、これの意味するところは重いものがあります。どういうことかというと、無条件降伏の次にくるのが武装解除なわけで、「核とミサイルの廃棄」は武装解除に等しいということです。武装解除を求められたとき、金正恩が「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して我われの生存と安全を保持する」と言うのでしょうか。北朝鮮にとっては金王朝の存続が最優先課題で、体制維持のために軍事をはじめ、経済、政治のあらゆる手立てを尽くそうとしているわけで、そのうち軍事的な対応をまず一番に考えているのです。「核とミサイル」がなかったら、通常戦力で金王朝を守ることはできないのです。

「CVID」プロセスはまず核のリストを作成して申告し、それに基づいて査察を受けることから始まります。そのときに「何か隠しているな。それなら特別査察をする」となって実質的な非核化が進んでいくのです。皆さんはアメリカの情報力はすごいと思っているでしょうが、確かに偵察衛星の解像度は高く、すぐれた能力を持っているのですが、核査察に一番必要な能力はヒューミント(Human Intelligence)なのです。ヒューミントの能力、つまり相手国にスパイを入れて「どこに変な洞窟があるか」、「頻繁に活動している場所はどこか」などのヒューミント情報を得られないと、偵察衛星だけですべてを捜すことはできません。言ってみればワイキキビーチで指輪を落としたので探してくれというようなもので、偵察衛星の能力がいくら高くても「この辺で落とした」ということが判らないと正確な捜索はできません。

リビアの核廃棄は2003年、イラク戦争が始まるときに、カダフィが大量破壊兵器の破棄を表明し、それに応じてアメリカなどが迅速に各種査察を行い、多くの機器を搬出して非核化を実現させたわけですが、どうしてこのようにできたかというと、イギリスは7つの海を支配してきた国ですからMI6の情報力が高く、特にリビアについては詳細な情報を持っていたわけです。

アメリカは平時から情報戦を戦っているわけですが、私が航空幕僚監部の防衛部長のときにある事案が発生し、ブリーフィングをしてもらってその一端を知る機会がありました。アメリカの偵察機コブラボールが北朝鮮のミグ29に要撃され、撃墜には至らなかったのですがニュースになりました。ミグ29は、今は5、6機しか稼働していませんが朝鮮半島の西海岸に基地を置いています。半島の東側を飛ぶコブラボールにインターセプト(妨害)するためには燃料がないので東海岸の基地に移動してこなくてはなりません。それを察知するためにはヒューミント情報が必要になるのですが、そのときアメリカは何も得られなかったのです。実際にCIAはここ30年で3000人の要員を北朝鮮に送り込んだのですが、帰ってきたのは3人だけだそうです。アメリカも最近は意図的に「ここに秘密の基地がある。あそこでウラン濃縮の工場が稼働している」などと情報をリークし、「核兵器施設の隠ぺいを図っても我われは見ている」と北朝鮮をけん制しようとしているのでしょう。最近11月の情報でも「公表してないミサイル基地が13ヶ所ある」とCSIS(戦略国際問題研究所)が民間の偵察衛星の映像を使って発表していますが、詳しい情報が必要になればなるほど「定点でどこを見る」というヒューミント情報がないとだめなのです。トランプ大統領はおそらく情報機関から「大丈夫です。すべて判ります」という報告を受けており、ですから「議論になっている施設は完全に把握している」と言っていますが、情報収集の実態について詳しいことは知らされていないのでしょう。

 

四 北朝鮮の硬軟両用の外交交渉

まず、これまで北朝鮮が行ってきた外交交渉について見てみます。北朝鮮は1992年、IAEA(国際原子力機関)の保障措置協定に署名し、実質的にNPT(核兵器不拡散条約)体制に加入したわけですが、間もなく核疑惑が起こり、それを追及されたら「NPTを脱退する」と言い出しました。そしてノドンを発射して緊張状態を作り出したのです。あわてたアメリカはカーター元大統領を訪朝させて交渉し、「枠組み合意」を締結しました。「重油50万トン、軽水炉を提供する。その代わり、核兵器の開発はしないこと、黒鉛減速炉の稼働を停止すること」などの内容です。黒鉛減速炉はプルトニウムの生成に必要なものですので、一応「プルトニウムの製造はしない」ということは約束しているのです。しかし4年後にテポドンを発射して「約束したのはプルトニウムの製造で、濃縮ウラン製造については約束していない」と主張し、次いで寧辺の核施設の再稼働、核兵器製造を発表してNTP脱退宣言を行いました。

原爆を製造する」という緊張状態の次は「合意を求めるフェーズ」に入ります。このとき「北朝鮮は1年後には情報もありましたので、ふたたび6カ国協議が開かれ「核兵器製造計画の放棄」、「NPT・IAEAへの早期復帰」、そして「北朝鮮への経済協力」などの共同声明が出されました。「取れるものは全部取る」ということでしょうが、「緊張状態から合意締結へ、そして再び緊張状態へ」というパターンはまだまだ続きます。

北朝鮮は次の年にテポドンを発射して第1回目の核実験を行いました。再び緊張状態を作り出して交渉に入るわけです。そして「核リストの完全な申告」、「既存核施設の無力化」を約束して「重油95万トンの提供」、「マカオの銀行口座の凍結解除」、「テロ支援国家指定解除」をかち取るわけです。これらの合意により北朝鮮情勢は一応落ち着いたと思われましたが緊張状態は収まらず、2009年、2回目の核実験を行い、2016年には5回目の核実験を行いました。そして2017年に入り「一気呵成にやってしまう」ということでしょうか、「火星12号ミサイル」、これは射程3700キロメートルのグアム狙いで津軽海峡を横断、「火星14号ミサイル」、これはハワイ狙いでしょうか、ロフテッド軌道で日本海に落としました。そして9月、6回目の核実験となる、大陸間弾道ミサイル搭載用の水爆実験を行いました。

その後11月に入り、火星15号をロフテッド軌道で発射しましたが、これがアメリカの虎の尾を踏んでしまったわけです。射程12000キロメートルでワシントン、東海岸に達するミサイルにトランプが怒り、12月、国連において非常に厳しい安保理制裁が全会一致で決議されました。火星15号は高度4500キロメートル上空、宇宙ステーションのはるか上を飛んで行きますが、これを見てアメリカも本腰を入れて立ち上がったという感じがします。ケリー首席補佐官は「こんなことをやっていると戦争が起きる」、トランプ大統領は「何とかする。追加制裁を科す」、そして習近平にも「あらゆる手段を駆使する必要がある」ということを言いました。習近平もこの件に関しては「対話と交渉を通じて」と言いながらも、国連制裁には珍しく同調しました。一方、金正恩にとってはこのことは想定外だったのでしょう。何しろ石油精製品の9割制限というのはガソリンがほとんどなくなるということですから、これが続くと北朝鮮は大変なことになります。今もその状態が続いており、ですから「海上での瀬取り」とかいろいろなことをやって凌いでいるというのが実態でしょう。加えて「2年以内に北朝鮮労働者を本国送還する」という制裁が発動されると外貨を稼ぐ手もなくなります。

しかし北朝鮮のしぶとい柔軟な外交は続きます。皆さんは2018年2月、平昌オリンピックにおける北朝鮮の「融和ムード攻勢」を覚えていると思います。平昌オリンピックを起点として「微笑み外交」をやると決め、それから逆算して2017年9月、核実験を始めとする一気呵成の強硬手段を行ったものと思います。「微笑み」という名前からは想像できない用意周到かつ意表をついた外交です。

 

五 容易でない「朝鮮半島の非核化」

いまや北朝鮮スポークスマンになった感のある文在寅韓国大統領が、板門店宣言で「北朝鮮の非核化」ではなく「核なき朝鮮半島」と表明しました。北朝鮮も非核化に一歩踏み出したかのような報道がなされていますが、これは間違いで、板門店宣言の1週間前に朝鮮労働党中央委員会第7期第3回総会が行われ、そこで金正恩は「核武力は完成した。もはや核実験はやらなくてよい」と言っています。金正恩は国内外をにらみながらしたたかな外交を行っているのです。実は、1991年に既に、全く同じ文言が南北の非核化共同宣言に出ています。

「核なき朝鮮半島」といっても範囲は広く、非核化の意味するところも単純ではありません。まず韓国国内のアメリカの核の傘も対象になります。アメリカの核戦略は「NCND(Neither Confirm Nor Deny)肯定も否定もしない」というのが原則で、その曖昧さをもって抑止力を保っているところがあるので、「核なき朝鮮半島、ではその検証をしよう」と言ってこられても同意できないわけです。また、「戦略原潜が韓国の釜山に入港すること、韓国の12海里を航行することはどうなのか」、「朝鮮半島に届く巡航ミサイル、グアムのB-52から撃つ巡航ミサイルは非核化の対象となるのか」など簡単に規定できない多くの課題があり、「核なき朝鮮半島」が容易に実現できるわけがありません。グアム、ハワイ、在日米軍と際限がなくなり、途方もない時間がかかります。このように朝鮮半島の非核化はさまざまな問題を含んでいますが、そこが金正恩の狙いでもあります。

南北会談の結果、朝鮮半島の南北で軍事合意書が結ばれました。これは韓国文在寅の勇み足です。現在、試験的にDMZ(非武装地帯)を廃止するため、監視施設のコマンドポストを11ヶ所ずつ、南北で22ヶ所閉鎖しつつあります。その他JSA(共同警備区域)の自由往来、NLL(北方限界線:海上に定められた軍事境界線の延長線)の平和水域化なども検討されていますが、これらが及ぼす影響にも注意する必要があります。これまでアメリカの偵察機が38度線上空を飛行し、北朝鮮の火砲の動きなど軍事動向をチェックしていたわけですが、この地域を飛べなくなるということは情報収集上大きな問題があります。情報について「ヒューミントがない」、「偵察のための航空機も飛べない」、「偵察衛星しかない」という状況になると情報能力に空白が生じてくるのです。

 

六 金正恩の「微笑み外交」のしたたかさ

北朝鮮は今「微笑み外交」をもって、制裁緩和を第一優先課題として、核実験の中止やミサイル発射場の廃棄に取り組んでいるのです。豊渓里の核実験場廃棄、東倉里のエンジン実験場の廃棄などですが、この見返りとして「我われは非核化の誠意を示しているのだから、アメリカは相応の措置を取れ」と言っているわけです。しかしこれは、「まんじゅう」に例えると「皮を捨てて餡を残す」ということでしょう。我われが望んでいるのは餡なのですから。今「制裁の効果」が北朝鮮に大きな影響を与えつつあります。2回目の米朝首脳会談が来年の1月か2月に行われるかも知れないという情報が入ってきていますが、金正恩が何を狙っているかということは、トランプ政権のスタッフは分かっています。ただトランプはスタッフの話を聞かずに自分の直感に頼っていますから、金正恩はおそらく直接会談で「トランプ大統領の口から制裁緩和という言質をもぎ取ろうとしている」というふうに思います。乾坤一擲「ブレイクスルー、行き詰まり状態の打開」を狙ってくるのでしょう。

ここで、5月に行われた豊渓里の核実験場廃棄について見てみます。外国メディアも入れて約20名の招待記者が写真撮影を許可されましたが、爆破の専門家は「あれは証拠隠滅だ」と述べています。核実験場の入口付近の放射能や残留物質を測定すると「どのくらいの威力の核爆発を行ったか」がほとんど判るそうですが、今回の爆破による閉鎖でデータは得られなくなってしまいました。グリストファー・ヒル元国務次官補は「6回の核実験で豊渓里はすでに老朽化していて使用できない。廃棄するという発表を肯定的メッセージと受け止めてはだめだ」と言っていますが、6カ国協議のときに「クリストファー・ヒルではなくキムジョン・ヒル」と言われるぐらいに北朝鮮に次々と妥協していながら「何をいまさら」の感がなきにしもありません。2008年にも同様なことが起こっているのです。寧辺の要らなくなった核の冷却塔を爆破するところを外国人に公開して「非核化」をアピールしながら、次の年には核実験を行いました。北朝鮮に何回騙されれば気が済むのかという思いがします。

ポンペオ国務長官が10月に北朝鮮に行って今年最後の実務者協議を行い、金正恩との会談で核のリストを求めましたが、「今は相互の措置を確認する段階で、今度はアメリカが誠意を示す番だ。そうすると寧辺の核施設も永久に放棄する」と言ってリストの提出を断っています。制裁緩和を念頭において交渉しているわけですが、それ以降アメリカが余りにもかたくなな姿勢を崩しませんので、アメリカを非難するメッセージをいろいろなところで出し始めました。しかし不思議なことに、トランプについての批判は一言もありません。ここが次の会談を見越して配慮している金正恩のしたたかさなのでしょう。

 

七 今後の朝鮮半島を考える「四つのパターン」

そこで「我われは何を考えなくてはいけないか」ということが重要になります。今後の朝鮮半島を見ていく場合、大きく次の4つのパターンがあると思います。キーポイントは核と在韓米軍の動向になります。「一 核が残って、在韓米軍が残る」、「二 核が残って、在韓米軍が撤退する」、「三 核がなくなって、在韓米軍が残る」、「四 核がなくなって、在韓米軍が撤退する」ですが、皆さんはどれが一番よいと思いますか。

「一 核が残って、在韓米軍も残る」ということは現状維持です。今後の進展によっては戦争が起こる可能性は多分にあります。アメリカと中露の対立も激化していくでしょう。

「二 核が残って、在韓米軍が撤退する」、これは常識で考えたらあり得ないのですが、トランプ政権だったらあるかも知れません。朝鮮戦争の終戦が宣言されると国連軍は留まる必要がなくなります。在韓米軍が残るかどうかというのは韓国国民の意志によるわけです。終戦宣言して平和協定を結んで在韓米軍が撤退するということになりますと、もう北朝鮮に対する攻撃などはできません。この場合、核を保有した反日の統一政権ができるということになりますが、日本にとっては最悪の事態です。

「三 核がなくなって、在韓米軍が残る」ということは日本にとっては望ましい事態です。中国に対して睨みを利かすことができますが、これは中国にとっては最悪となりますので、中国は体を張って抵抗してくるでしょう。金正恩も自分自身を守る手段がなくなるわけですから、同意することはないでしょう。トランプの後にどのような政権になるのか分かりませんし、反人道的行為などを取りあげられさまざまな要求を出されても、頼みの核とミサイルがなくなって拒否できない場合には、金王朝は崩壊してしまいます。

「四 核がなくなって、在韓米軍が撤退する」、これは一見よいのではないかと思われますが、戦略家のエドワード・ルトワックは最悪だと言っております。核をなくして在韓米軍がいなくなると、朝鮮半島全部が中国の影響下に置かれることになり、これはアメリカにとっては耐えられません。日本にとっても、アメリカと中国のパワーバランスのラインが対馬海峡になってしまうわけですので大変なことになります。中国の影響力の真っただ中におかれた朝鮮半島は非常に不安定な情勢になります。これに比べれば、再びルトワックの言葉に戻りますが「『核を持っていて、在韓米軍が留まる』という状態はそんなに悪くない」ということになります。アメリカにとっては「核を持っていても、それがアメリカに脅威とならなければ」ということで北朝鮮と妥協する余地があるということです。何しろ「アメリカ・ファースト」ですから。

日本としてはこのように、北朝鮮が核を持ちアメリカがそれを容認したらどうなるかということを考えておかなければなりません。アメリカとしては「北朝鮮が核を持っていれば、主体思想に基づきロシアと中国の影響をはねつけることもできるだろう」という考えも「よし」とするのでしょうが、日本にとっては勘弁してもらいたいところです。在韓米軍の撤退については、文在寅政権下であれば、十分に可能性があるとみておかねばなりません。

 

八 日本は核の恫喝にどのように対処するのか

「北朝鮮の核が容認されたらどうなるのか」ということを我われも真剣に考えなければいけません。ある歴史家が次のように言っています。「独裁国家が強力な破壊力を持つ軍事技術を有した場合、それを使わなかった歴史的事実を見出すことはできない。必ず使う」と。しかしながら核はあまりにも破壊力が強いので本当に使えるかという問題があります。ルトワックは「使えない兵器」とはっきり言っています。では必要ないかというとそうではなく、ルトワックのパラドックス「核は使われない限り有効である」という言葉が生きてきます。核は威嚇や恫喝する場合にはものすごく威力を発揮するのです。そしてその威嚇、恫喝というのは、それを行う国のリーダーが正気でないことが確証されたときにますます効果的となります。叔父さんを殺し、お兄さんをも殺すような金正恩が正気であるとはとても言えないわけです。

日本は威嚇、恫喝に対しては強い姿勢を堅持しなければなりません。そのためにはどうすればいいのでしょうか。まずは抑止ですが、抑止は能力とクレディビリティ(確実性)に左右されます。学問的には「拒否的抑止」、「懲罰的抑止」、そして「報償的抑止」があります。「報償的抑止」というのはすでに失敗しています。「お金をやるから核兵器をつくるな」といっても「分かった。分かった」となるわけがありません。「拒否的抑止」というのは相手の政治的意思を拒否するということです。「そのようなことを言うと撃つぞ」、「金を出せ、金を出さないと撃つぞ」と恫喝されたときに「撃つなら撃ってみろ」と言い返せる態勢です。これを独立国として「国の防衛」という観点から見た場合、「ミサイル防衛」となるわけです。ミサイル防衛とは「わが国に飛んでくるミサイルを落とすこと」ですが、ミサイルがくると分かっていたら、撃たれる前に撃破するのが一番やさしい方法です。自民党では「敵基地反撃能力」と言っています。その他「ある程度の被害は出るとしても大部分が守られ十分対抗できる」というのもあります。スウェーデンは全国民が入れるシェルターがありますし、イングランドでもそうです。このように対抗し得るものを持っていることで、相手が強要してくる意志を拒否できるのです。

「懲罰的抑止」は憲法で禁止されています。相手を壊滅させるような兵器は持つことはできません。「1発撃たれたら、百発にして返す」ことが抑止力になるのですが、こちらについてはアメリカに依存しています。これから考えていかなければならないのは「核の傘は引き続き有効なのですか」ということです。「非核3原則を2原則にしなくてもいいですか」、「核武装はできるのですか」、「核シェアリングというのはないのですか」、「ポラリス潜水艦、戦略原潜をレンタルするということもないのですか」、このようなことを議論していかなければなりません。

「デカップリング(切り離し)」も重要な問題です。1970年代、ソ連は中距離核戦力(INF)をモスクワ周辺に配備し、ヨーロッパを射程に収めます。アメリカには達しません。それでヨーロッパはパニックになったわけです。「はたしてアメリカはわざわざ自分たちを犠牲にしてまでヨーロッパを守ってくれるのか」と疑念を生じます。アメリカはヨーロッパを「デカップリング(切り離し)」するのではないかということです。それに対してアメリカは地上発射型巡航ミサイルパーシングⅡをヨーロッパに配備してソ連とのパワーバランスを図りヨーロッパの信頼を取り戻しました。その後紆余曲折を経て500~5500キロメートルの中距離核弾道ミサイルを廃棄するINF(中距離核戦力全廃条約)が締結されましたが、今トランプがこれを廃棄しようとしています。この条約で一番得をしたのは中国で、この条約に入っていませんから、今どんどん作っている状態です。トランプはこの状況を見逃せないのでしょう。

 

九 日本のBMD(弾道ミサイル防衛)構想

北朝鮮がミサイルを撃つと赤道3万キロメートル上空のアメリカの早期探知衛星DSPが見つけて、その情報がコロラド経由で横田に入ってきます。それが全国に展開しているレーダサイトやイージスに届きます。レーダサイトは日本に4つあるガメラレーダと在来のレーダで待ち受けるわけですが。地球は丸いので水平線から上がってきたところを捉えて弾道を計算し、ミサイルを撃つということになります。ミッドコースフェーズでSM-3.そしてそれを打ち漏らしたらPAC-3で対応するという態勢です。弾道ミサイル防衛ではイージス艦が重要な役割を果たしますが、「今4隻しかないのに常時日本海に置いておくのか」ということが議論になり、今後陸上にこのシステムを入れようとしています。これがイージス・アショアで山口県と秋田県に配置する予定です。

「敵地攻撃能力」について詳しく述べますと、「ブーストフェーズ」で撃つか、「ミッドコースフェーズ」か、それとも「ターミナルフェーズ」で撃つかということになります。ブーストフェーズとは、敵基地でブースターが燃えているときですが、今、ブーストフェーズで撃ち落とすことのできる兵器は米国にもありません。現行法制では「わが国に飛来する」と判っているミサイルを撃破の対象としますが、ブーストフェーズは着弾地点が分かりません。最も簡単なのは発射前の地上にあるミサイルを撃破することです。この問題点は、撃つ前ですから日本を狙っているかどうか分からないという事です。しかしながら一発でも日本に撃たれた後であれば、2発目以降のミサイルもわが国に飛来する」という判断は合理的です。いずれにしろ、ここではっきりさせたいのは「日本に発射する前のミサイルを地上で叩くのはミサイル防衛の範疇」であるということです。それを「敵基地攻撃能力」などと言い出すと、「パブロフの犬」のように条件反射的に「憲法違反だ」という意見が出てくるのは間違っているのです。

発射前のミサイル撃破はミサイル防衛の範疇というのは、私がいうだけでなく、アメリカもこのように定義しているのです。昨年12月にできた「国家安全保障戦略」の中で「弾道ミサイル防衛システムは発射前のミサイルの脅威を破壊するのを含める」と書いてあります。それではガイドラインではどうなっているかというと「ミサイル防衛は日本が主体的に実施する」、「アメリカはこれを支援補完する」とあります。ですから「発射前ミサイルの撃破」は日本が主体的に実施しなければならないのです。日本ではこのことについての正しい議論がなされていないのです。政治家も然り、またメディもそうです。

マスメディアは他にもミスリードしています。「イージス・アショアは米朝で非核化の議論が進んでいるから必要ないのではないか」、大手の全国紙がこのように書いているので、私はJBプレスで「目の前の事象だけを捉えるのではなく、今後の方向を見てから論評すべきだ」と反論しました。防衛力整備というのは10年単位で行われます。10年後のことを考えて今打てる手を打っておかなければいけません。一方、政権の意図というのは一夜にして変わるわけです。現在、実際に非核化がどのくらい進んでいるのでしょうか。非核化が全く進んでいないといってもいい状況の中で、イージス・アショアは要らないということが言えるわけがないのです。国民はもっと怒らなくてはいけません。2020年代半ばの安全保障環境を誰が今、的確に予想できるでしょうか。危機管理の要諦というのは最悪を予想しなければならず、今はイージス・アショアが高いとか安いとか、そのような議論をしているときではありません。

 

十 結 言

最後に締めくくりをしたいと思います。これからの時代、日本が戦争を放棄しても、戦争の方が日本を放棄してくれません。そういう時代になっています。何と言っても冒頭申し上げました「オストリッチ・ファッション」、これはそろそろ止めなければなりません。「核の脅威は見なかったことにしよう」といって安心している姿、穴に首を突っ込むオストリッチ(ダチョウ)ではなく、脅威に対してはしっかりと正面から見据える、敢えて挑戦的になる必要はないと思いますが、脅威の実態を正確に判断して冷静に議論していく必要があると思います。

「リアリティ」の追求が大切です。机上の空論ではしょうがありません。日本というのは弱い国です。弱さを自覚しなければいけません。ですから、アメリカにお願いするところと自分ができるところをよく考えて、戦略的に行動していかなければなりません。今の時代、平和と安全は一国では保つことはできません。残念ながら日本は5つの傘でアメリカに守ってもらっています。核、攻撃力、情報、シーレーン、軍事技術、これらすべてについてというのは私も不本意ですが、これが実態です。日本の国益のためにアメリカを利用するしかありません。いわば活米の知恵です。今アメリカは尻込みしてモンロー主義に戻ろうとしていますので、アメリカを巻き込んでいくことが重要になります。何かあると日本のメディアは「アメリカの戦略に巻き込まれる」とオウムの繰り返しのように言っていますが、そういう時代ではありません。「アメリカを如何に日本の戦略に巻き込むか」が求められているのです。

危機管理というのは自助、共助、公助からなります。自分自身は自分で守る。少なくとも安全保障をワシントンに丸投げする時代は終わったと思います。わが国を守るのは我われ日本人であり、一人ひとりが安全保障を考えることが大切だと思います。

「ペンタゴンペーパー2025」という報告書があります。1989年に書かれたものですが、それには「2015年までに在韓米軍は撤退する。2025年までに在日米軍も撤退する」と書いてあります。「当たらずとも遠からず」でしょうか、在韓米軍の議論が最近起こってきました。となると2025年、2030年、オリンピックが終わった後、在日米軍撤退論が出てくるかも知れません。そのときに日本がとり得る選択肢は、ペンタゴンペーパーにも書いてありますが「アメリカとより強い同盟を結ぶか」、「日本が核武装するか」、「中国に帰属するか」、このうちどれを取るかということを皆さんにも考えていただきたいと思います。

以上、本日の講演を終えるにあたり、大英帝国の海洋覇権を支えたパーマストン卿が述べた「永遠の同盟も永遠の敵もありません。永遠にあるのは国益でありまして、これを追及するのが我われの責務である」という言葉を紹介したいと思います。

ご清聴ありがとうございました。

平成三十年十二月六日 公益財団法人日本国防協会 国防問題講演会講演録より