激動する朝鮮半島情勢を読む
拓殖大学大学院特任教授
武貞 秀士 氏

ご紹介にあずかりました武貞秀士です。本日、国防問題講演会にお招きをいただき、ありがとうございます。私は防衛研究所に36年間勤め、退官した後も同じような仕事を続け、現在は大学で教鞭を執っています。
今日の演題は「激動する朝鮮半島情勢を読む」です。朝鮮半島と隣接している日本がその激動の渦中で「今、何をなすべきか」について述べます。私がこれから話す内容は、どちらかというと国内では少数意見であり、テレビ・新聞などでこのような議論を展開しておられる方はいないだろうと思います。私は今、大手の左右両方の新聞から敬遠されており、人前で話をする機会は日本国防協会くらいになっています(笑)。といいながらも、一昨日は日テレの「深層ニュース」で西村康稔官房副長官と一緒に出演しまして、現在の朝鮮半島情勢についてコメントしました。官房副長官は立場がありますので、公には「今、日朝は話をする時期ではありません」と仰っておられましたが、控室ではいろいろ有意義な意見交換をさせていただきました。

 

一 北朝鮮をめぐる首脳会談ラッシュと日本の世論

安倍政権は今、厳しい立場におかれていると思います。「前のめりになって日朝関係を拙速に打開しようとするような日朝首脳会談はやってはいけない。北朝鮮の思う壺になるから駄目だ」という「拉致議連」の国会議員及び関係団体の方々の強い意見があります。一方、南北首脳会談は既に文在寅(ムン・ジェイン)大統領と金正恩(キム・ジョンウン)委員長が2回の会談を行っており、9~10月には3回目の会談が行われると見ています。北朝鮮とロシアの首脳会談は今の予定では9月11日、プーチンが「東方経済フォーラム(EEF)」に合わせてウラジオストクに金正恩を招聘していますが、その前の9月9日頃にプーチンが平壌に行くという話が水面下で動いています。
このように9月上旬は首脳会談ラッシュが予想されますが、安倍晋三首相も今のところはウラジオストクに行く方向のようです。しかし、各国との首脳会談に向けて日本が「拉致の問題」、「核とミサイルの問題」そして2002年の小泉純一郎首相と金正日の日朝平壌宣言に基づく「日朝国交正常化」などの問題に対して、すべて解決案を調整、準備するためには日朝間の交渉だけでは難しいものがあります。日朝首脳会談の前に日本は韓国、中国そしてアメリカの首脳の立場に配慮した外交を展開しなければなりませんが、それも8月上旬までだろうと思います。十分な期間はありません。

私は「今は急いで日朝首脳会談を行う時期ではない」という今の日本の世論に対して「果たしてこれでよいのかな」という思いを持っています。「あまり前のめりになってはいけない」という考えの根拠は「北朝鮮は今弱り切って、中国、アメリカ、韓国に助けてくれといって首脳会談を持ちかけている。もう少し待っていれば、北朝鮮は日本に譲歩する形で日朝首脳会談に応じるに違いない。今急いでことを運ぼうとすると北朝鮮の術中に嵌ることになる」という見方です。けれども、これは現状分析がそもそも間違っているわけであって、北朝鮮が中国、アメリカ、韓国の指導者たちの思惑をむしろ逆手に取って「良いとこ取り」の積極外交を去年の春以降展開してきた結果、一連の首脳会談の実現に至ったのです。もはや非核化、拉致の問題は最優先のテーマではなくなりつつあります。このような流れの中、9月にウラジオストクで「東方経済フォーラム」が行われるわけですが、そこでも日本が言うべきことを言う場は少しずつ少なくなっている現状を、日本の世論はもっとしっかり考えるべきだと思っています。

 

二 米朝の非核化協議で始まった朝鮮半島の激動

これから、具体的に話を進めていきたいと思いますが、まず、第一に朝鮮半島の現在の動向です。アメリカは非核化のための協議を北朝鮮と続けています。先日、ポンペオ国務長官が3回目の平壌訪問をしましたが、非核化のロードマップ作りはできませんでした。「これでまた失敗した」という見方も一部にはありますが、いま米朝協議が破綻したらどうなるでしょうか。非核化の問題については、まだ具体的な手順が確定していない段階ですが、北朝鮮と韓国の南北関係は驚くべき勢いで改善されています。文在寅大統領は米朝の協議が破綻しても南北の関係改善を可能な限り進めていく構えです。米朝協議が破綻すると、次に起こることは火を見るよりも明らかです。南北関係の改善、中朝関係の更なる緊密化、プーチン大統領のロシアと北朝鮮との関係緊密化です、北朝鮮の資源開発とインフラ改善のためのさまざまな契約をめぐり、制裁下でも可能なものから進める競争が起こります。その競争に中国、ロシア、韓国が三つ巴で絡んでいく状況が目に見えてきました。

米朝交渉について、ポンペオ長官の訪朝ではロードマップが確定できませんでしたが、ボルトン補佐官は「6ヶ月以内にすべての核関連の装備を国外に運び出す。非核化の完了を2021年1月までにする」と言っています。これは、2020年の大統領選挙を考慮して、非核化の実現は、新しい大統領か或いはトランプ大統領2期目の就任式が行われる2020年1月までに完了しなければならないという意味です。北朝鮮は7月7日の外務省談話の中で「アメリカは『CVID(完全で検証可能かつ不可逆的な非核化)』を言い続けている」と反論しています。不可逆的というのはアメリカが使ってきた言葉ですが、北朝鮮は談話の中で逆に「米韓合同軍事演習を止めるといっても在韓米軍を朝鮮半島に置いておく限り、政治的決断で『軍事演習を行う』ということはいつでもできるわけだから可逆的な措置でしかない。米韓合同演習中止の不可逆的な措置を求める」と言っています。
つまり「在韓米軍は朝鮮半島から出て行ってくれ」ということですが、米朝間のこのようなやり取りからわかるのは、米朝協議決裂というよりも、いよいよ北朝鮮が自国の原則論を全面に出してきたことを示しています。アメリカが使用する「不可逆的」という言葉を借りながら、米韓合同軍事演習の中止、在韓米軍の撤収そしてアメリカの核の傘を縮小することなど、アメリカの朝鮮半島における軍事的プレゼンス或いは核戦略を、北朝鮮の思う方向に持っていくための寝技に入ったと見なければならないのです。北朝鮮の相互的かつ段階的な非核化の意思を確認しただけで今回のポンペオ長官の訪朝は終わったことで、マスコミは「成果がなかった」と批判が多いようです。私は米朝交渉が破綻した時の方が悪夢だと思っていますのでそうは思いません。もっと実務者レベルの会談を積み重ねていかなければなりません。ポンペオ長官が北朝鮮の金英哲(キム・ヨンチョル)副委員長に対して「非核化と米朝関係をどうしたいのか」と平壌で問いただす場面が続けば一つのチャンスが生まれます。ですから日本も例えば西村・官房副長官か谷内正太郎国家安全保障局長が拉致問題を含む日朝間の懸案を解決するために2月以降早い時期に平壌に行って、日本の北朝鮮に対する政策をきちっと説明するようなことをしておくべきだと、言ってきました。

アメリカはこのような交渉を粘り強く続けています。拘束されているアメリカ人3人の解放も、ポンペオ長官がCIA長官のときに話をつけて、国務長官に就任したあと、身柄を引き取ってアメリカに連れて帰りました。ところが日本は拉致の問題についての直接交渉を一切避けてきたわけです。確かに非核化については前進がなく膠着状態が続き、争点のみが浮上しただけですが、北朝鮮問題というのは非核化だけではなく、アメリカ兵の遺骨返還問題とかたくさんの問題を抱えています。また、ロシアと中国は北朝鮮の地下資源開発のことかあるので北朝鮮に対して寛容です。「瀬取り」を黙認しているのかもしれません。中ロは北朝鮮の資源開発を、国連の安保理の制裁圧力の下でも続けてきました。そもそも北朝鮮が核開発を止めないのを何とかしようということで、今回の米朝交渉の流れが生まれてきたわけですが、交渉が一時停滞しているからといって「これで米朝協議が終わりました」というわけにはいかないでしょう。協議を続けながら朝鮮半島での戦争という事態を回避しているという事実を見ても、トランプ政権の対北朝鮮政策は最善とは言えないまでも、次善の策として評価すべきでしょう。

 

三 周辺各国にとっての北朝鮮問題 ~次善の策を求めて動く世界と日本の現実~

関係各国にとり北朝鮮の非核化だけが朝鮮半島問題なのでしょうか。韓国にとっては離散家族の再会問題があります。これは8月下旬に行われますが、6月1日の閣僚会談でこのための合同事務所は開城の工業団地周辺に作るということで南北は合意しています。韓国は非核化という複雑な問題はアメリカにあずけて、「同じ民族同士で今までできなかったことは、非核化の問題が膠着している中でもやっていく」という姿勢です。4月22日の南北首脳会談は「民族」を強調する会議になりました。世界は「北朝鮮の非核化」に政策の優先を置き、「どのように協力するか」ということに注目していますが、関係国は同床異夢なのです。世界の圧力と制裁を受けて、北朝鮮が非核化を最終的にオーケーするまでには時間がかかります。ですから中国、ロシア、韓国、アメリカは「非核化実現よりも次善の策を求めていろいろな外交手段に訴えていく」と考えています。拉致問題解決、離散家族再開、北朝鮮の資源開発、軍事衝突回避、朝鮮半島統一への前進など、いろいろな問題が北朝鮮問題には絡みます。「非核化問題がどうなるか」という一点のみに囚われ多角的にものごとを見ないでいると、日本は蚊帳の外に置かれたままになる可能性があります。

ところで拉致問題解決のために日朝首脳会談の開催を進めていく場合、何よりも日米同盟に配慮しなければなりません。今までの拉致問題の交渉経緯を見てみますと、実は日米同盟、日韓関係を傷つけないようにして日朝協議を進めていくのは非常に難しいことでした。2014年の日朝赤十字協議に始まり、ストックホルム合意などいろいろな形でアメリから日本に対し「勝手なことをするな」と妨害が入ったと聞いています。2002年の小泉首相の訪朝と日朝平壌宣言のときに、カンカンに怒ったのがアメリカ政府でした。1990年代初めの金丸信自民党副総裁の訪朝とその前後においても、日朝間がコンタクトを行うことについてアメリカはいろいろな形で妨害しようとしてきました。ところが今は、非核化をめぐる米朝首脳会談が実現したおかげで、日本と北朝鮮が堂々と首脳会談を行い、拉致問題について日米・日韓関係を損なわないで北朝鮮と丁々発止とやり合う歴史上初めてのチャンスが訪れているわけです。そのような時に「前のめりになってはいけない」と後ずさりばっかりしている国会議員を含めた日本の風潮に対して「何を言っているのか」と私は思っています。ただ、このあたりのところは安倍政権の閣僚の方々はよく分かっておられると思いますので、マスコミをはじめ日本の世論は日本の国益のために「今日本が何をなすべきか」についてしっかりと考えていくべきだと思います。

 

四 北朝鮮の内部体制の現実 ~実は権力闘争は起こっていない~

私は去年の9月7日、北朝鮮のシンクタンクとの交流のため平壌に行ってきました。アントニオ猪木氏と一緒でした。そのとき、外務省管轄の軍縮平和研究所の局長クラス3人と議論し、トップから序列10位までのうちの7人と会う機会もありました。また、前外相で対日・対中外交と対南政策の総責任者の李洙墉(リ・スヨン)党中央委員会副委員長と3時間半懇談をしました。会議に先立ち猪木氏が挨拶をし、自民党大物議員のメッセージを李洙墉氏の前で紹介して、「討論は武貞に任せますから」とおっしゃった。あとは朝鮮語で私が李洙墉氏と懇談するという機会をいただきました。
北朝鮮が安倍政権に対していろいろ誤解していることを指摘しました。拉致問題を政治が利用しているという見方や、北朝鮮の核実験規模の数字を日本政府が政治的意図で修正しているとの解釈は、間違った見方ですと言いました。
帰国後、テレビ局からそのときの話を含めてちょっと話をしないかと言われたので出演しました。ある局の番組では、「なぜこういう時(去年の9月)に平壌に行くのか。2元外交ではないか」と質問されました。私は「外交をするために行ったのではなくて、シンクタンクとの意見討論会に出席し、ついでに要人と会って懇談した」と説明したら、「不要不急の渡航は控えるべきとの自粛令があるでしょう」と詰問口調で言われた。「不要不急といっても、テレビ会社の人がカメラを持って平壌に行き、軍事パレードを映して日本で放映する仕事と同じで、学者としての仕事をしてきただけです」と答えたのですが、30分あまり「武貞糾弾コーナー」みたいになりました。その直後にある大手の週刊誌から電話があり、「武貞さん、北朝鮮から帰ってきて『日朝の対話をするべきだ』と主張しておられますが、向こうで何があったのですか」と一方的に失礼な言い方をされましたので、「最近私の書いたものを読んでおられますか?読んで問題を絞ってから質問していただけますか?」と言ったところ、「一つも読んでいません」ということでしたので「ああそうですか、では読んでから電話してください」と電話を切りました。
事ほど左様に、北朝鮮に行き意見交換して帰ってきたというだけで、ネットの書き込みをはじめ、もの凄い罵詈雑言を浴びせられます。日本における北朝鮮問題の特殊性を示しています。このような状況で日本の国家戦略を立てることはできません。バイアスがかかっているのです。「北朝鮮の体制は放っておけばそのうちに潰れる。放っておけば参ったと言うに違いない」と日本の世論が思っている間に、「そうではない」と見定めた韓国、中国、アメリカがどんどん自分のやり方で北朝鮮と直接対話をして、自分たちの利益を一部実現しているわけです。これはちゃんと見据えなければなりません。

北朝鮮の中で権力抗争というのは実は起きていません。で、起きていないということを日本の社会で言うのは非常に勇気がいります。しかしながら平壌で誰と誰が対立していて、右と左が誰で、どの勢力が挑戦しているかというようなことは誰も説明できません。そういうことはないからです。叔父を粛清し、母の違う兄を暗殺したこと自体、内部の政治抗争が如何に熾烈かということを示すものであるという常識的な見方が日本では蔓延しています。
叔父の張成沢(チャン・ソンテク)の処刑については、中国が北朝鮮の資源を安く買い叩き「安く売ってくれて有り難う」という代金も含めて張成沢個人のグループにお金を振り込んだ結果、朝鮮人民軍と朝鮮労働党の金庫の方にお金が入らなかったということで激怒を買ったわけです。そしてその金庫番をやっていたのが金正男(キム・ジョンナム)氏で、ディズニーランドで捕まったことがありクアラルンプールで命を落とした、背中に入れ墨がある人です。叔父の張成沢の金庫番をやっていたところから、金正男のその後の悲劇が始まっていたと思います。これも権力抗争ではありません。本当に権力抗争なら誰がやったか判らないように消してしまうのでしょう。金正男はマカオにアパートがあって飲み歩くのが好きだったようですから、クアラルンプールの裏通りで消してしまってもよかったのですが、わざわざショピングアーケードで予行演習をして、監視カメラがたくさんついている国際空港のロビーであのような犯行を敢行したというのは、韓国の専門家が去年事件のあった当日に説明していましたが、「見せしめ」だったわけです。
北朝鮮の亡命者達のグループがロンドン、またはワシントンで去年の春、亡命者による亡命政権を作ろうとしていました。そのトップに据えるのは金日成主席のDNAを継いでいる金正男氏がよいということで担がれ、また金正男氏の方も張成沢事件以降、困窮していたこともあり、政治的動機はなかったのですが、脱北者のグループ、韓国・アメリカの情報機関と接触していました。ですから、北朝鮮に不利益なことをするとこういう最期を迎えるという「見せしめ」の事件なのです。そして文字通り見せなければならないわけですので、多くのカメラが設置してある空港ロビーで世界に向けて発信する必要があったという非常に分かり易い事件だったのです。

 

五 非核化実現のプロセスをめぐる米朝の駆け引き ~引き延ばしを図る北朝鮮~

以上、朝鮮半島の現在の動向について述べてきました。各国は別々の方向を向いていますが、非核化を実現しようとする大枠ではみんな一致しています。北朝鮮も以前は非核化というと「アメリカの核の傘がけしからん」と言っていたのを、自国の核兵器の搬出にまで言及し、「非核化について話し合う用意がある」ということを明確に言うようになりました。この点は6ヶ月間の大きな変化といえます。
金日成時代から非核化或いは東アジアの非核地帯の設定を北朝鮮は提案してきましたが、北朝鮮が自国の核兵器の放棄につながる議論の席に着くという事態は初めてのことで、これを見ても、北朝鮮は変わってきたと思います。けれども実際問題として、東アジアでは全然緊張が解けていません。非核化という限りみんなは「非核化に賛成、非核化を目指そう」とは言いますが、具体的な方法論になると中国、ロシア、韓国、アメリカは、全然違う方向を向いているというのが現在の状況です。

ポンペオ長官の訪朝について、彼自身は具体的な進展があったと言っていますし、ナウアート国務省報道官も「米朝双方が、非核化の検証など核心的な事項に関する作業部会の設置を決定した」と発表しています。しかしここはもうひとつ注釈が必要で、本来作業部会というのは米朝で設置すべきだったのですが、昨日アメリカ政府がはっきりと「北朝鮮が設置に応じなかったので、アメリカ政府の中に作業部会を作る」と表明しました。まず作業部会で非核化の対象とする範囲を定めますが、その作業は膨大なものになります。リビアのカダフィ政権の非核化のプロセスは、2004年の数ヶ月で一挙に500トンの装備をアメリカに搬出しました。リビアの場合は核弾頭が5~6個程度のレベルでしたので、まがい物というかでき損ないのような初歩的な核装備の搬出を、カダフィがアメリカとの対決を避けるために命じたわけで、作業そのものは難しくなかったわけです。
北朝鮮の場合は2010年に、ヘッカー・スタンフォード大学教授が北朝鮮の遠心分離機を現地で確認しています。そのことから年に3~4発ぐらいのウラン濃縮型の核弾頭を造っているとみられますので8年間に24発として、それまでに造ったものと合わせて40~50発の核弾頭を北朝鮮は持っているのではないかと思います。2010年の時点で遠心分離機は2000台でしたが、それ以降隠してある遠心分離機も恐らくあるのでしょう。2000年代に核問題の専門家のアメリカの学者になぜ見せたかというと、他に隠しているものがあるから見せることができたと思います。また、核兵器に加えて生物化学兵器も対象にしなければなりません。核技術者がいる限り一旦造ろうと思えば造れるわけです。

その他、短・中・長距離の弾道ミサイルの基地、工場、設計技術者をどうするかという問題があります。ボルトン補佐官は、軍事技術者達が国外に出るということも想定して考えているみたいですが、これは膨大な数に上ります。専門家によっては「1年あればできるのではないか」或いは「2021年までに終わるか」など、いろいろな意見があります。少なくとも対象の範囲を確定するまでには、北朝鮮と交渉して「どこまで見せるのか、どこまでのリストを出すのか」というやり取りをしなければなりませんので、それだけでも相当時間がかかります。このように大変な作業になりますので、金英哲副委員長はポンペオ長官に対し「作業部会を米朝共同で設置することはできない」と拒否してきたものと思われます。アメリカにだけ作業部会を作り、北朝鮮に「検証とリスト作りの現地調査」の要望書を出して「させろ」、「させない」のやり取りを行うだけでも随分と時間がかかりそうです。
北朝鮮は非核化の義務を果たしたとして「体制の保証」、「安全の保証」を求めてきます。しがし、これらの保証を得たとしても、将来それらをゼロ査定にするようなアメリカの次の政権が2021年1月に誕生したら元も子もないわけです。恐らく北朝鮮は次の政権が誕生する2021年まではほとんど何もしないだろうと私は思います。

現在36歳になる北朝鮮の金正恩委員長は、プーチン、習近平、文在寅、トランプ、安倍首相の年齢を見ながら長期的にものを考えているでしょう。これから30~40年、核開発を含めて北朝鮮の将来を担っているのですから、時間を稼いで経済再建のための海外からの投資を誘致しながら、一方非核化に向けての義務はスローダウンしながら果たしていくのでしょう。「確かに非核化はとても大事です」と世界に向けて発信し、各国との協議は継続していくという戦略でしょう。「それならズドンとやってしまえ」というわけにいかないのは、アメリカ自身、軍事的選択肢には限界があるからです。
先日、防衛研究所の先輩の陸自OBから電話があり、「武貞君、テレビでいろいろ発言しているのを見ているが、トランプ大統領が金正恩氏をいい人だ、頭が良いと褒めているのは『褒め殺し』だから、発言するときは気をつけた方がいい」とありがたいアドバイスをいただきました。「褒め殺し」についてはどこかで書いたと思いますが、交渉を担当しているポンペオ長官の「前進があった」という言葉も、ある意味では「褒め殺し」の範疇に入るのでしょう。「北朝鮮はきっと誠意を見せる」、「北朝鮮は本気で非核化ということを考えている」と言い続けるわけです。しかし、北朝鮮は履行しないので、「北朝鮮は嘘をついた」ということが幾つか起きてくると、最後には去年の米朝関係の軍事的緊張状態が再現されることになってしまいます。2017年に緊張を経験し、2018年は緊張の緩和だと思ったのにそうではなかった、いわばみんなが騙されたとなった後は「トランプ政権は軍事的手段を取り易くなる」と、そのための「褒め殺し」だという見方です。

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六 非核化を超えて進む南北統一の動き ~朝鮮民族の悲願成就への熱意~

懐疑的な見方をしている多くの人たちはこのように考えていると思いますが、これには致命的な欠点があると私は思います。というのはこの1ヶ月、朝鮮半島で何が起きているかといえば、本質的な問題は変わりませんが、南北の合同事務所(連絡事務所)がやがて設置されるでしょう。ロシア、北朝鮮、韓国の間で共同の鉄道列車ダイヤを組む話が進み始めています。今まで、国際的な鉄道協力機関である鉄道国際協力機構(OSJD)に韓国が加わっていなかったのは、北朝鮮が反対していたためでしたが、この度北朝鮮の賛成で韓国がメンバーに入りました。釜山発の列車が北朝鮮の中を通ってハサン(ロシアにある北朝鮮とシベリア鉄道の接続点)地区でシベリア鉄道に合流します。レールは全部繋がっていますので、ダイヤを組むというだけですが、シベリアを通って欧州に到着するという鉄道輸送網をどのような形にするのかというのが、9月11日にウラジオストクで開催される「東方経済フォーラム」での首脳会談の議題の一つになるでしょう。北朝鮮・ロシアという鉄道路線もそうですが、中国大陸を横断してモンゴルを通る鉄道路線もシベリア鉄道に繋がります。北朝鮮の一部鉄道の改修については、ロシアが30億ドルの見積書を既に出しています。2000年1月のプーチン政権の第1期のときから鉄道連結構想を打ち上げているのです。30億ドルの見積書については中国が一帯一路の構想のもとで「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」のお金を、韓国枠を使って南北間の経済協力鉄道の連結、ダイヤの組み立て等を含めた費用に使うという話を聞きました。
4月27日の南北会談で、カメラに映っていないところで文在寅大統領が金正恩委員長に「USBメモリー」を渡しました。鉄道構想、地図、グラフが書き込まれているデーターでしょう。私がそれを見ていたのではなくて新聞記者が見ていて「どうして歩いているときに渡したのですか」と訊いたら、その内容について韓国大統領府が「南北のこれからの経済交流、韓国側のインフラ改善の構想、中国も交えたこの地域の経済のあり方、何ができるかも含めて渡した」と説明したということでした。USBメモリーですからギガ数までは分かりませんが、相当大きなデーターが入っていると見なければいけません。

南北協議では非核化の具体的なロードマップは言及されていないし、南北の板門店宣言にも「非核化に向けて努力する」としかありません。6月12日の米朝の共同声明文でも「非核化に向けて努力することを再確認した」という文言が入っただけで、それ以上具体的なものは何もありません。一方、鉄道を含めインフラの分野では北朝鮮、韓国、中国、ロシアの間で財政を含めて「どれだけの年月をかけて何をどうするのか」、「いくらぐらいかかるのか」、「どこをどういうふうに変えるのか」など具体的な話が進んでいるわけです。非核化の米朝交渉の遅れにしびれを切らしたアメリカが「爆撃する」と決断したとき、何とアメリカのミサイルが韓国の技術者の頭の上を飛んで行く事態だってあるわけです。アメリカの軍事選択肢は減っているのです。
6月13日の韓国の統一地方選挙の結果、文在寅が母体である「共に民主党」が圧勝して、朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長は3選を実現しました。その結果、朴元淳は「共に民主党」の文在寅と関係もよく非常に進歩的な方ですが、次の大統領候補として最前線に躍り出ました、統一地方選挙は米朝首脳会談の翌日に行われてこのような結果になったわけですが、文在寅政権はあと4年間続き、その後も今の流れからすると「共に民主党」の中から後継者が出て、さらに5年間文在寅大統領の構想を推進する政権ができるかも知れません。そうすればトータル9年間をかけて、南北は「なだらかな統一」を実現するだろうと思います。「4年以内に市場統合をする」というのは、今の韓国の与党が昨年1月出した分厚い選挙公約の中に出ていますので、4年以内に市場統合、そして「なだらかな統一」に向かってということでしょう。「なだらか」という意味は、軍事境界線を取っ払って、まず今年中に南北間で終戦宣言を行うことから始めるということだと思います。ポンペオ国務長官が北朝鮮に行ったときに、北朝鮮は執拗に「米朝間で朝鮮戦争の終戦宣言をするのがまず初めだ」と主張し、「終戦宣言をずっと後回しにしてしまった誠意のないアメリカ」と、外務省談話でも非難していました。4月27日の板門店宣言で「南北の終戦宣言は今年中に行う」と明記してあります。

 

七 南北統一の影響を受けるアメリカの東アジアの軍事プレゼンス

アメリカは北朝鮮に対して歩み寄ることについて今は慎重な発言をしていますが、南北関係があまりにも進み続けると「アメリカと北朝鮮は戦争し合う関係ではない」という宣言をやがてするようになるかも知れません。そうなっても、在韓米軍は米韓相互防衛条約に基づき、アメリカの東アジア戦略に組み込まれて置かれていますので、北朝鮮の脅威がなくなったといっても容易に撤収することはありません。しかし、全体的な雰囲気として「南と北で戦争することはない」となると、誰を守るための在韓米軍かということが曖昧になってきます。在韓米軍は朝鮮戦争の休戦体制を守るために駐在しているわけです。終戦宣言ということになると「次に休戦協定を平和協定に変えましょう」という話が当然出て来ます。中国、北朝鮮、アメリカそして韓国の4カ国が休戦協定を平和協定に変える、となると「在韓米軍は今の規模でいる必要はない」ということに必ずなります。在韓米軍の撤収が現実味を帯びてくるわけです。

このようなことを発言して、「とんでもないことだ」と韓国で物議を醸した私の友人に、文在寅大統領側近の安保担当で保守派の文正仁(ムン・ジョンイン)延世大学名誉教授がいます。大統領府からも厳しく批判を受けました。けれども、実際問題として南北間で休戦協定が平和協定になり、「では中国も平和協定にしよう」となって、北朝鮮もそれに署名をしたら、当然ですけれども韓国に駐留する米第2歩兵師団は必要ないということになります。アメリカが中国の動向も心配だからそこに「終末高高度防衛ミサイル(THAAD)を置く」と言い続けても、文在寅政権がそれを許すかどうかは分かりません。「もう少し要求を下げてください」という可能性も十分あります。いずれにしても今後を考えると、アメリカの世界戦略上、この地域の軍事プレゼンスは欠かせないとしても、各国の動向を見ていくと「相当な軍事プレゼンスの変化が起きてくる」と見ておかなければなりません。
在日米軍はむしろ逆で、沖縄県知事が「緊張緩和が起きたら沖縄の米軍基地の移転構想も変わり、沖縄の米軍基地は要らなくなる」と言っているようですが、むしろ逆で在韓米軍の編成替えや縮小というものは、むしろ陸上自衛隊の対馬警備隊の強化とか航空自衛隊の美保基地の強化とか、自衛隊の意義が高まる方向にシフトする可能性の方が私は高いと思います。

 

八 南北統一の可能性と韓国・北朝鮮両国の思惑

全体の流れは朝鮮半島を統一する方向に向かっていますが、韓国社会と北朝鮮社会が直ぐに融合するというわけにいかないことは北朝鮮がよく知っています。南北間であれだけ経済力の差がありますので、東西ドイツ統一のようなプロセスとは違うものにならざるを得ません。1989年のベルリンの壁の崩壊から1990年の東西ドイツの統一にいたるまで、さまざまな協議をしながら進めていったプロセスとは違います。南北の貿易額(輸出と輸入の総額)を見ると、韓国の9千億ドルに対して北朝鮮は80億ドルです。120対1ぐらいでしょうか。統一時の東西ドイツの経済力は7対1でした。通貨交換は1対1で行われましたが、思ったほど東ドイツのインフラの使い道がなかったので、西ドイツが騙されたというエピソードがありました。それでも西ドイツは7対1で我慢して東ドイツの面倒を見たわけです。朝鮮半島の場合は120対1という大きな格差がありますので、韓国としてはあまりにも荷物が重すぎると思うのではないでしょうか。それに加えて今の北朝鮮は閉鎖的な体制を保っています。チュチェ(全体)思想で純粋培養され、情報が統制されています。統一となって一挙に軍事境界線を取っ払って、韓国の人が北朝鮮に旅行し、北朝鮮の人たちが韓国を自由に旅行できるということが果たしてできるのでしょうか。ただ、だから統一は難しいということにならないのは、今の文在寅政権は大統領制として史上最高の支持率80パーセントを超えているからなのです。

「このままでは韓国は北朝鮮に譲り過ぎではないか」という韓国の保守勢力の声もあるのですが、譲り過ぎといっても統一地方選挙の圧勝に見られるように、結局、韓国は経済的に圧倒的な力があるので少し余裕を持って対応すれば、北朝鮮はやがて韓国の体制に合流するだろうと見ているのです。それよりも韓国民にとっては、中国、ロシアが北朝鮮の豊かな資源を、分断状態をいいことにして自国のものにしようとしていることが我慢ならないのです。北朝鮮の資源は同じ民族である韓国の資源でもあるということを示したのが、4月27日の板門店宣言におけるUSBメモリーの受け渡しであったわけです。これからは北と南で自主的にやっていきましょうということなのです。
南北首脳会談が行われた当時、私はいくつかのテレビ番組に出まして「ようやく米朝首脳会談の前座としての南北首脳会談が終わりました」と皆さんが言っていたので「いや、それはアメリカ或いは日本の立場から見た見解であって、当事者の南と北は全くそう考えていません。北朝鮮と韓国は『メインディッシュが南北』で、『デザートは米朝』だと考えているのです」と言いましたら、すっかりスタジオが白けてしまいました。「自主的」「統一」という言葉を盛り込んだ板門店宣言は、長い文章の最後のところに「非核化に向けて努力する」という文言が入っただけで、どう読んでも「非核化という時間がかかりそうな米朝間でのもめごとはアメリカにお任せして、あとは南北間でできることをやっていきます」という北朝鮮、韓国両国の意図が表れたものだとしか思えません。

ということで、アメリカにも手出しはさせたくない、南北が同じ民族として話し合うときに邪魔だったら「在韓米軍の数も減らしてもいいではないか」とまで考えるのが、文在寅政権のブレーンです。韓国は、中国、ロシアに北の資源を持ち出される前に韓国の方に取り込みたいと考えています。それで、韓国にのしかかってくるであろう統一した後の負担などは2の次、3の次であって、体制の違いはあっても圧倒的な経済力の差によって統一を目指して進みたいという思いが、韓国の統一地方選挙における与党の圧勝になったわけです。これは論理ではなく感情なのです。
韓国のこれからの歩みは、想像以上に我われの論理的思考を超えたところにあると見ておかなければなりません。「なだらかな統一」がなった後、軍事境界線を取っ払うことをしなくてもいいわけです。北朝鮮が望むのは「軍事的統一」ではなくて「平和的統一」とあるのは本音だと思います。というのは、韓国にある現代自動車の工場とかサムスンの工場はそのままでいて欲しいということです。北朝鮮の体制を温存して、核兵器とミサイルを持っている北朝鮮の政治的影響力を「6」とし、それに対して韓国が「4」という形で「統一コリア」を創りたいと思っているのでしょう。北朝鮮が韓国を軍事手段で取りにいったときの指導者が金正恩氏の祖父の金日成です。1950年6月25日午前4時に怒濤のように朝鮮人民軍が38度線を越えて行き、毛沢東とスターリンが「やれ、やれ」と言って、飛行機のパイロットもソ連の制服を着たまま乗っていたのです。中国の朝鮮族も人民解放軍の制服を着て参戦していました。今がチャンスと、10対0で勝てると思ったあの当時と違って、今は南北の差があって非常に難しいということが分かってきたのです。

北朝鮮はアメリカの軍事介入を避けながら、自国の体制を温存するように努めるのでしょう。そして見事、統一コリアの指導部の中に入ったとしても、北朝鮮のチュチェ思想とか社会主義的な手法を捨てる考えはないでしょう。「チュチェ思想、社会主義を捨てないのに統一ができるか」という問題は確かにありますので、そこに線を引いておいて、簡単に南北で行き来ができないような形であっても名称は「統一コリア連邦制」として、しばらくは「1国2制度」でやっていくという考えがあるのでしょう。金正恩氏は今の韓国経済、現代やサムスンの工場をそのままにして、そこから出てくる利益の一部を北朝鮮が受け取るという選択をしたのではないでしょうか。戦争で台なしにするのではなくて、交渉と対話と協議で統一に向かっていく姿勢を示しながら、経済的な面では実利優先でやっていきたいと思っているのです。

 

九 朝鮮半島情勢を左右する中朝関係の行方 ~「北朝鮮の鄧小平」を自認する金正恩~

今年、金正恩が習近平に会ったときに「自分は北朝鮮の鄧小平になりたい」と言っています。その言葉は、中国にとっては殺し文句だったと思います。鄧小平は16歳のときにパリに行き、パリで共産主義者のトップに立って以来、一度も共産主義者という立場を捨てていません。鄧小平は文化大革命のときに学生たちに囲まれて危うく命を落としかけましたが、そのときに「彼は中国を担う人物だ」として、軟禁されている鄧小平の家に自分の兵隊を送り込んで守ったのが何とあの毛沢東でした。毛沢東は大躍進運動に失敗した後、「黒いネコでも白い猫でも、たくさんねずみを取る猫はよい猫だ」と言った現実路線の鄧小平を中国の改革改造路線を担うことができる人物と見なしたわけです。その鄧小平にならい「北朝鮮の鄧小平になりたい」と言った金正恩氏を中国は、アメリカとの対決路線を守り、社会主義を守り、中朝同盟をしっかり守りながら中国式の改革開放をそのまま導入して中国に恩を感じる男だなと見たと思います。ですから中朝首脳会談が今年になって3回も行われたということなのです。

中朝関係を見誤ってはいけません。1961年の「中朝友好協力相互援助条約」は文言を一切変えずにそのまま、ソ連との間でも同年に締結されました。ソ連とはその後2000年に改正し、今では「自動軍事介入条項」はソ連にとっては重すぎるということで、「ソ朝友好協力相互援助条約」から新しく「善隣友好条約」になっています。
しかし、中朝関係は今でも同盟関係そのままの状態です。中国の環球時報と北朝鮮の労働新聞が互いに批判をして、中朝関係はこんなに良くなった悪くなったと分析している見解を読むことがあります。けれども、中国の学者と議論しているとき、「環球時報と労働新聞を読んで中朝関係を論じていたら大変な間違いを犯します」という話を聞いたことがあります。その通りだと思います。習近平、金正恩は安心しきって相手を皮肉ることがあるでしょう。しかし、中国と北朝鮮は相互補完関係であることを両者は知っています。このような状況で米朝関係が破綻したら、ますます金正恩氏を習近平氏やプーチン氏の方に追いやることになります。破綻した後は大変だといって、文在寅大統領は日米韓の3カ国の連携を強化するよりも同じ民族として北朝鮮との対話を推進していくでしょう。そのような現状に気づいたトランプ大統領は「核兵器放棄のために圧力と制裁を強化して『北朝鮮に参ったと言わせる』路線を放棄した」と6月12日に言ったわけです。このように見なければならないわけです。

 

十 米朝交渉の行方 ~現実を睨みさまざまな「落としどころ」を探るアメリカ~

6月12日の米朝首脳会談についてはマスコミの報道のなかには、「トランプ大統領は北朝鮮に『体制の保証』を与えた」と書いてあるものがあります。しかし、正確には「セキュリティ・ギャランティズ(Security Guarantees)」とあり「安全の保証」と訳さなければなりません。テレビ番組では、安全保障の「保障」が「保証」となっているときには「文字の修正をした方がよいですよ」と言うことにしていますが、そのような間違いはともかく「安全の保証」を「体制の保証」と言ってはいけません。「安全の保証」というのは安全上のいろいろな措置を講ずることです。共同声明文の中に「安全上の保証の措置」とあるのは、「在韓米軍の縮小」、「米韓合同軍事演習の中止」などを言っているのであり、だからこそ複数になっているわけです。アメリカは北朝鮮に「軍事上の脅威を与えることはしない。安全上の保証措置を約束する」と言っていますので「安全の保証」です。金正恩委員長がこれから何を実行するか我われにはなかなか予想がつきませんが、何をするか分からない金正恩体制に保証を与えるときには「レジーム(体制)に対するギャランティを与えた」と正確に言わなければなりません。このように、ランクの低い保証をちょっと言ったに過ぎないのが「セキュリティ・ギャランティズ」ということなのです。朝鮮語の文の方も「『安全の担保をすること』をトランプ大統領は保証した」とあります。そこのところをよく見ておかなければなりません。私はことあるごとに、マスコミのそのような文言に対しては一つひとつ丁寧に説明するようにしていますが、こういうところをしっかり踏まえて、東アジアで今何が起きているのか見ていく必要があります。

非核化について、米朝が次にどんな約束をするかというところだけをじっと観察していても本質的なところは見えてきません。非核化という言葉を使う限り「安心して話し合いは進んでいる」と思うから、アメリカ、中国、韓国、北朝鮮そして日本などもみんな使っているわけですが、実際は各論になると米朝では非核化の具体的な内容については落としどころがないのです。
「アメリカはこれからどうするのか」という点についてですが、ボルトン補佐官は「圧力と制裁を強化して北朝鮮に参ったと言わせる」とまだ考えていると思います。しかし、ポンペオ長官とトランプ大統領は違う考えを持っているようです。多様性がアメリカの政策の特徴です。民間にビジネスの機会を与えようという考えもトランプ大統領にはあります。アメリカ企業の北朝鮮マーケットへの参入などが現実味を帯びてくるでしょう。ですから、6月12日、トランプ大統領は米朝首脳会談の前に4分間のビデオ映像を金正恩に見せて、「核兵器を放棄したらこんなによいことがある」と見せました。平壌にトランプタワー、東海岸にカジノ・リゾート地域まで全部含まれていたかどうかは分かりませんが、アメリカは「このような繁栄が北朝鮮に保証されている」と示したのです。ポンペオも「核を放棄するのならエネルギーやインフラ、そして農業技術の改善にアメリカの民間企業が参入することができる」という発言を公式な場で言っています。そういった支援も絡めていろいろなプロセスを踏みながら、最後の出口のところで核兵器の放棄まで持って行けたらよいなとトランプ大統領は思っているのでしょう。

これはとんでもないことかといえば、アメリカはパキスタン、インド、イスラエルの核についても同じ立場をとっています。「核の廃絶」にはみんな賛成といって手を上げるわけですが、実際に核の廃絶に向けてインド、パキスタン、イスラエルが努力しているようには見えません。使えない核にしておいて、「使わない方がいい」と説得して最後に廃棄してもらえればというプロセスがインド、パキスタン、イスラエルの核問題の現実なのです。そして「その中のカテゴリーの一つに北朝鮮の核兵器を入れよう」という方向にスイッチしたのがトランプ政権だと思えば、矛盾するものは何もないと私は思っています。
このような発言をするものですから、世間の誤解も受けることが多いわけですが、今日会場にお越しの皆さまはどのように思っておられるでしょうか。質問をお受けしてお答えしていきたいと思います。ありがとうございました。

平成三十年七月十一日 公益財団法人日本国防協会 国防問題講演会講演録より