現下の世界情勢と日本の歩むべき道
第8代ユネスコ事務局長
松浦 晃一郎 氏

 

一.はじめに

皆さんこんにちは。ご丁寧なご紹介をいただき恐縮に思っています。
今日は「現下の世界情勢と日本の歩むべき道」ということでお話をさせていただきます。これまでの国防問題講演会の一覧を拝見しますと、ちょうど4年前に、外務省の先輩の岡崎久彦氏が「現下の国際情勢と日本外交」という演題でお話しになっておられます。残念ながら、どういうお話をされたか詳しくは存じませんが、岡崎さんは私の尊敬する先輩の一人で、安倍総理にも近い方で、きっと立派なお話をされたと思います。
今回、私はあえて「日本の歩むべき道」という表題にさせていただきました。出だしの「現下の世界情勢」というところは、岡崎さんの「国際情勢」と同じですが、そのあと、私は敢えて「日本外交」ではなく「日本の歩むべき道」とさせてもらいました。なぜかと申しますと、一般に外交というと、政府或いはその時の政権が中心になって、世論の動き更には国会議論等いろいろな点を踏まえて推進するということになり、まさに私自身外務省に40年間奉職し、そういう外交に携わっていたわけです。しかし今の時代は、政府が行う外交を中核としながらも、もっと広く捉えて「日本全体をどういう方向に持っていくのか」ということが重要になります。そして、そのために「日本国民一人ひとりにどのような問題意識を持ってもらうのか」を明らかにしながら、これから皆さんとともに「日本の歩むべき道」について考えていきたいと思います。

 

 

二.第二次大戦後の世界情勢の推移

第1フェーズ「東西冷戦」、第2フェーズ「アメリカ一強」から第3のフェーズへ
はじめに世界情勢の分析を行い、それを踏まえて「日本の歩むべき道」ということについて私の考えをお話ししていきたいと思います。
第2次世界大戦が終わって70年になりますが、第1フェーズ「東西冷戦」、第2フェーズ「アメリカ一強」から今まさに第3のフェーズに入り、世界の情勢が流動化してきています。そして、その次の新しい国際秩序がなかなか見えてこないのが、今の状況ではないかと思います。そういう中で日本の歩むべき道を考えていくわけですが、世界情勢については不確定な要素が多く、そう簡単なことではありません。非常に難しい時代に入ってきていると思っています。

「東西冷戦」は第2次世界大戦後の1947年に始まり、89年にベルリンの壁が崩れて、1991年ソ連邦が崩壊するまで続きます。大雑把に言えば、アメリカとその同盟国、ソ連とその同盟国の両者の間で、情報戦、第三国を通じて行う代理戦争などを除き、本格的な熱い戦いが無かった状態を冷戦と言っていました。もちろん国際的平和という観点からは望ましい状態ではなく、実際に周辺地域での紛争は起こっていましたが、世界的に見ればそれなりに国際秩序は保たれていました。
第2フェーズ「アメリカ一強」の時代に移る過程で、ソ連邦、ユーゴスラビア連邦の解体などが続いて生起するなど、混乱の時期がかなり続きました。ベルリンの壁が崩れた時、私は外務省に籍をおいており、ソ連邦解体の直前に西ドイツの村田大使と意見を交換しましたが、「この先、どのように情勢が展開していくのか」、将来の予測が難しかったことを覚えています。
今、第2のフェーズが終わろうとしている中、2010年代から始まった第3のフェーズは、全体として流動的な様相を示しています。その特徴を分析しますと、次の5つに分類できると思います。いわば「5つの混乱要素」です。

 

 

三.混乱している世界情勢

第1の混乱要素 ~アメリカ一強時代の終焉~

第1の混乱要素は、何といっても「アメリカ一強の時代」が崩れたことです。トランプ大統領は「アメリカファースト」を掲げ、アメリカ国民の支持を得て政権を獲得しました。
申しあげるまでもありませんが、アメリカの大統領予備選挙が始まった段階では、アメリカの政治評論家は「ドナルド・トランプ氏はどこかで消える」と見ていました。アメリカでは予備選挙のピークは3月初めになりますので、「去年の3月初め頃までにはトランプは消える」と思っていたわけです。更に言えば「トランプが共和党の候補になる可能性はない」というのが一致した見方でもあったわけですが、ご承知のように、逆にどんどん力をつけてきて共和党の候補になってしまいました。
続いて「対立候補の民主党のヒラリー・クリントン氏に勝つということ」もまた予測できませんでした。クリントンにまつわるエピソードはいろいろありますが、私に言わせれば、何といってもアメリカ国民、少なくとも白人を中心としたアメリカ国民が、それまでのアメリカの在り方に対して疑問を持ったことが、トランプがクリントンに勝った大きな要因です。クリントンはいわばエスタブリッシュメントの代表であり、それに対してトランプはアンチ・エスタブリッシュメントと見られており、「従来と異なる新しい考えでアメリカを立て直して欲しい」と、多くのアメリカ国民が思いはじめたことが、トランプ大統領の実現につながったと思っています。

大統領就任後のトランプ大統領については、マスコミ報道その他でご存じだと思いますが、選挙戦を通じ或いは大統領就任早々から言ってきたことについてどんどん軌道修正がなされています。議会の共和党指導者たちともなかなか意見の一致を見ることができず、アメリカは議会の力が強いですから、その結果、軌道修正を余儀なくされていると思われます。しかし、このような軌道修正にもかかわらず、トランプ大統領がまだそれなりの支持を得て大統領の職務を遂行しておりますのは、彼の基本的姿勢はかなり多くの国民から支持されているということでしょう。
どういうことかと申しますと、これまでのように、世界の秩序を維持するために、アメリカが世界各地に軍事力を展開して人とお金を注ぎ込むということは、もはやアメリカ国民の支持を得られなくなってきています。アメリカの経済力は相対的に下がってきています。私は警察国家という言葉はあまり使いたくないのですが、「アメリカは世界の警察国家」ということに対するアメリカ国民の不満が相当大きくなってきていると思います。アメリカが人やお金など大きなエネルギーを投入しても、「中東では却って混乱をもたしているのではないか」、「アメリカは一体何のためにしているのか」などというアメリカ国民の反感が燃えあがってきています。世界秩序のためというアメリカの対外活動が内政にも跳ね返ってきているのです。このような事情が、当初よりはトランプ大統領の人気に翳りが見えてきていますが、トランプ大統領が掲げている「アメリカファースト」という考えにアメリカの白人を中心とした国民が賛同し、トランプ大統領がまだ支持されている理由ではないでしょうか。

 

第2の混乱要素 ~西欧の変化~

アメリカは以上のような状況ですが、2番目の混乱要素として挙げられるのは「西欧の変化」です。実は、「アメリカ一強」を支えてきたのは、マーストリヒト条約で象徴される「EUの拡大と深化」にあったと私は思っています。
西欧は近現代において、仏独戦争、第1次世界大戦、第2次世界大戦といずれもフランスとドイツの対立を中心に多くの戦争を経験してきましたが、大戦後、仏独は対立を克服して和解し、まず6ヶ国による欧州石炭鉄鋼共同体という自由貿易共同体を作ったところから始めて、現在28ヶ国から成るEUに拡大しています。なかでも、ソ連邦圏の崩壊に伴い誕生した東欧の多くの国々、またバルト三国の参加などは、EUの拡大・深化を象徴する重要なできごとだったと思われます。
一方昨年は、EUにとって将来をも左右しかねない大きなできごとがありました。ご承知のように「ブレグジット(英国のEU離脱)」ということで、イギリスがEUから脱退することになりました。2年間の交渉期間がありますが、現在EUとイギリスの離脱交渉は難航しています。イギリス国内のみならず政権の中でも意見が分かれている状態ですので、EUとイギリスの関係がどうなるのか心配です。離脱交渉が円滑に進展して全ての問題が解決し、双方が納得する新しい形でEUとイギリスの経済提携が構築されるシナリオの実現はそう簡単ではありません。逆に「ハード・ブレグジット」、即ち、両者の間で合意ができないまま2年の交渉期間が過ぎ、イギリスとEU各国との間で新しい経済関係をどのようにするかということが決まらず、「イギリスがEUの単一市場へのアクセスを失う」状態に陥る可能性がかなり高まってきたのではないかと思います。

これまでの「EUの拡大と進化」は、西欧というものを一つにまとめて、アメリカと手を結んで「アメリカ一強」を支えてきましたが、それが今は「ブレグジット」の大きな影響を受けようとしています。今、EUには2つの現象が起こっています。
皆さんもお気付きなように、EUの主要メンバー特にドイツとフランスでは極右勢力が台頭してきています。この極右勢力というのは、トランプ大統領が提唱している「アメリカファースト」にも似た考えです。そのうち象徴的なものが「移民の排除」になりますが、そこまで行かなくても、もっと広範な分野でそれぞれ自分の国の国益をまず第一に考えようというものです。私に言わせれば「アメリカファースト」もそうですが、EUの極右勢力が言っているような「国益ファースト」は、国益というものを非常に短期的に狭く定義して考えているのではないかと思えてなりません。アメリカファーストについても、「多人種国家であるアメリカという国は、皆がまとまって中期的なアメリカの利益を追求する」という観点から見れば、トランプ大統領の一連の発言が矛盾しているということは歴然としていると思います。短期的にみると移民の抑制などは、今のアメリカ国民、特に白人中心の人たちには受け入れられても、中期的には人材の補給という面で経済的発展にも影響が及んでくると思われます。同じようなことが、EUの主要国における極右勢力の台頭についても当てはまると思います。

もう一つの現象は、まだEU全体には広がっていませんが、最近新聞で、スペインのカタルーニャ州独立問題が報道されているように、EUの一部地域の独立問題です。私はユネスコ時代に、何度かカタルーニャ地方を訪れたことがあります。カタルーニャ州では、スペイン語(カスティーリャ語)とカタルーニャ語が公用語とされています。私はスペイン語ができますので、スペイン語でスピーチを用意して行ったら、「スペイン語でのスピーチは止めてほしい」と言われました。スペイン語でスピーチでなく、英語かフランス語でやってくれということです。スペイン語は元々ラテン語から生まれた、カスティーリャというマドリードを中心とした地域の言葉です。ですから、カタルーニャの人たちから見れば、スペイン語というのはカタルーニャとは異なるカスティーリャの言葉であり、スペイン全体の言葉ではないという思いが強いわけです。そこでせっかくスペイン語で用意していたのですが、急遽カタルーニャ語を教わって、よく意味は分かりませんでしたが、最初はカタルーニャ語でスピーチをして、あとはフランス語に切り替えたのを覚えています。もう15年も前になりますが、カタルーニャの人たちが、カタルーニャ語に誇りを持ち、スペイン語よりも優先していることを強く感じました。それが今回の独立運動にもつながっているのでしょう。民衆の意見は真二つに割れているようです。
同じような動きがイギリスのスコットランドにも見られます。スコットランドについては、この間の総選挙でスコットランド民族党がかなり票を失いましたから、今はちょっと下火になっています。さらにブレグジットに関連して北アイルランドの問題があります。日本ではあまり報道されていませんが、北アイルランドはご承知のように、アイルランドと一緒になるべきだと主張するカトリック教徒と、イギリスと結びついていくべきだというプロテスタントの対立が続いています。北アイルランドの動向にも注意が必要です。そのようなことで、西欧もブレグジット、極右勢力の台頭、一部地域の独立運動など多くの問題を抱えています。

 

第3の混乱要素 ~中国の急激な台頭~

3番目は何といってもアジア太平洋における中国の急激な台頭です。経済力では2010年にGDPで日本を追い越して、その後日本との差はどんどん開く一方で、いずれアメリカをも追い越すのではないかと言われています。それに伴い、軍事力の増強にも力を入れ、中国は伝統的に大陸国家ですけれども、今では海洋国家として海軍力を強化してきています。 少し前になりますが、アメリカと中国の首脳会談で「太平洋をアメリカと中国で半分にしよう」という信じがたい話が中国側から真面目に提案されるような事態にまでなっています。アジア太平洋においては、そのような中国の経済力・軍事力を背景にした政治力というものがどんどん高まってきていますが、新しい秩序はまだ見えてきていません。もちろんその過程では、中国によるASEAN諸国の取り込みも行われるのでしょう。最近は「一帯一路」ということで、海路もふくめて中国とヨーロッパを繋ぐ「シルクロード構想」が提唱されています。新興国も含めて、シルクロードに関係する国との提携強化ということで、中国は活発な活動を行っています。
さらに言えば、中国は国際的にも発言権を高めてきています。私のユネスコ時代の話になりますが、当時は日本の力が強く、ユネスコをしっかりと支えてもらいましたが、次第に中国も経済力をつけてきまして、ユネスコ関係も含めて、大きな国際会合の場に中国を招くということが多くなりました。そして、ユネスコの各国代表の招待外交の活発化、これは日本が一時期盛んに行っていました。更にはユネスコ事務局への中国人の登用などですが、当時は中国にはそのような人材はそんなにおりませんでした。いずれにせよ中国は、日本のマスコミで報道されている以上に、アジア太平洋地域のみならずグローバルに勢力を拡大し活動を活発化させてきています。中国の進出といえばよくアフリカの例が紹介されていましたが、今ではアフリカのみならずオセアニア、カリブ海などいろいろなところに中国の姿が見えます。このように経済力を背景に、中国政府は大きな資金力を活用して世界の舞台で急速に台頭してきてはいますが、先ほどのアジア太平洋地域と同様に、中国を含めた新しい国際秩序というものはまだ見えてきていません。

 

第4の混乱要素 ~北朝鮮の核開発~

4番目は申し上げるまでもなく、東アジアの緊張、北朝鮮の核開発の進展という問題です。私もユネスコ時代に2度北朝鮮に参りました。日本のパスポートは使えませんので、国連発行の「レセパセ(パスポート)」を使用して渡航し、主として北朝鮮の文化遺産保全活動のためにユネスコとして協力したことがあります。いずれも金正日体制の時代ですが、その時は南北朝鮮対話が行われていまして、私が最初に行ったのは2000年で、ちょうど南北サミットが開かれて、金大中大統領が訪問された2週間後のことでした。北朝鮮では丁重に扱っていただき、迎賓館では金大中大統領が宿泊した部屋に泊めていただきました。
その後金正恩体制になって、ご承知のように益々北朝鮮の動きが予測不可能になってきました。核開発問題については、「対話で核武装を止めさせるのか」、「圧力で止めさせるのか」といろいろ議論されていますが、私の見るところ、金正恩体制が続く限り、北朝鮮が核兵器を放棄することは考えられないと思っています。にもかかわらず私は、圧力をかけながらも同時に対話が必要だと思っています。圧力だけでは問題はなかなか解決しません。中国・ロシアの態度を見てもお分かりのように、特に最近ロシアが北朝鮮問題に力を入れてきていますから、両国の支援により国際的な制裁といえども残念ながら限界があり、北朝鮮はその制裁を乗り越えて核戦力を強めていく体制を深めていると思っています。かといって、武力行使で金正恩体制を崩すということは、私は取るべきではないと思っています。圧力をかけながらも、対話により東アジアの緊張の高まりをどうやって解決していくのか、引き続き努力を継続していかなければなりませんが、残念ながら今の段階では確とした見通しは得られていません。

 

第5の混乱要素 ~中東の混乱~

最後の5番目は中東になりますが、この地域では混乱が続いています。中東には3つの対立があります。1つは国家間の対立です。典型的なのは、サウジアラビア対トルコ・イランの対立です。トルコは厳密には中東と言えないところもありますが、歴史的にイランと良好な関係があり、サウジアラビアとは対立関係にあります。
国家間の対立に加えて民族対立があります。アラブ人、イラン人(ペルシャ人)、クルド人、トルコ人などの民族対立に加えて、宗教対立、特に回教徒の中のスンニ派とシーア派の対立が事態を深刻にしています。また、イスラエル問題は今それほど表面化していませんが、イスラエルを含めてキリスト教と回教の対立も依然として存在しています。いずれにしても、中東での混乱も見通しは立っていません。(注:その後トランプ大統領がイスラエルの首都をイスラエルの主張どおりにエルサレムであることを認め、そのエルサレムにアメリカの大使館をテルアビブより移籍することを発表して以来、アラブ諸国とイスラエルの緊張関係が高まっています。)
少し前、北アフリカにおいては「アラブの春」と言われた民主化要求運動が起きました。しかしながら、私は「アラブの春」という言葉自体は間違っていると思います。私はたまたまユネスコ時代にチュニジア、リビア、エジプトは何度も訪れました。その中で、リビアのカダフィ大佐とは個人的にも親交していましたが、カダフィ氏の軍事政権による強権的な「カダフィ体制」は批判されてもやむを得ませんが、彼が行った国内政策は間違っていなかったと思っています。彼が政権を取る前は、国内は東西に分裂して対立している状態でしたが、それを一本化することに成功しました。彼は石油で個人的に資産を作ったということは全くありません。私が最初に行ったときは、庭の中でテント生活をしており、その中で会談をしました。2度目は自宅の図書館でお会いし、その後もいろいろなところでお会いしました。内政においては、彼はそれまでの王政時代の政治を一変させ、まず石油事業を国有化して、その収入をもって国民生活の向上を実現し、国内のインフラを整備していきました。あまり報道されていませんが、リビア砂漠の地下を深く掘削して地下水を汲み、水道として配管するということに力を入れていました。決して「カダフィ体制」を弁護するつもりはありませんが、内政で国民生活向上には成果をあげていたのを、「アラブの春」と呼ばれる政治の波で問答無用と一方的に倒してしまったことには、私は引っかかりを覚えています。現に今でもリビアでは混乱が続いています。
現在、チュニジアは何とか収まっていますが、エジプトでは逆に反動が起こっています。リビアも含めてこれらの国の状況を見るにつけて、民主化要求運動は評価しますが、「アラブの春」の「春」という言葉自体には大きな違和感を持っています。
しかし、何といっても状況がもっとも深刻なのはシリアとイラクです。先ほど申し上げた国家、民族、宗教の一連の対立が持ち込まれて混乱は続いており、回復の見通しも立っていません。

 

以上、「アメリカ一強」の第2フェーズから第3のフェーズに移る過程の中の「5つの混乱要素」について見てきました。第1フェーズの「東西冷戦」が終わって「アメリカ一強の時代」に移行するときにも混乱は生じましたが、次はアメリカの一強体制になるだろうということは予測できたわけで、それに伴いどのような情勢が生起してくるかということもかなり見通すことができました。しかし、「アメリカ一強の時代」から次のフェーズに移っていく現在の過程においては、新しい建物が何を柱にして、どのような土壌に建てられていくのか、まだ明確にはなっていません。さきほど述べました「5つの混乱要素」、特にアメリカの立ち位置がもう少しはっきりしないと確かなことは言えません。
1年後にはアメリカの中間選挙がありますが、共和党の上院、下院の指導者もトランプ大統領とは足並みが少しずつ違ってきているように思われます。次期大統領選挙は今から5年後になります。アメリカについては内政の動きに特に注意をして、アメリカが今後どういう方向に進んでいくのか見ていくことが大切です。
先ほど、西欧社会における混乱を示すものとして、3つの問題に触れましたが、中でも重要なのは何といっても、「ブレグジット」によりEUとイギリスの関係がどうなっていくのかということです。今はまだお互いの警戒感が続いていますが、それが終わって交渉が進展していくのか、または「ハード・ブレグジット」で完全な喧嘩状態に入っていくのか、これから注目していかなければいけません。
中国の台頭については、アメリカを追い越すと言われている経済力を背景にし、海洋国家としての海軍力を強化してアジア太平洋に進出するなど、中国が如何にグローバルパワーを確立し、どのような政策を打ち出していくのかが注目点です。
北朝鮮に対する見通しは更に難しいものがあります。そして中東の動向も踏まえて、そのような中で「日本がどういう道を歩むべきか」を考察する前提として、現在の世界情勢における焦点と今後の注目点についてお話ししてきましたが、それでは次に、「日本の歩むべき道」について、具体的に考えていきたいと思います。

 

 

四.日本の歩むべき道

内政と外交の連携

内政と外交というのは互いに緊密に関連しているということはよく言われますが、このような時代ですから、内政の動向は外交に、そして更には国の対外関係に大きな影響を及ぼしていきます。従来は外交といえば政府が中心になっていましたが、国の対外関係として捉えた場合、今の時代には政府のみならず地方自治体、各種の諸団体、大学、民間企業、更には個々人なども含めて、全体として捉えていくことが重要になってきています。国内の動きと国の対外関係が密接に結びついている時代であることを深く認識しておくことが大切になってきます。
私は「ポピュリズム」という言葉は好きではありませんが、国民全体が世界情勢というものを、歴史的考察を踏まえてしっかりと分析し、日本の進むべき道をもっと議論していって欲しいと思っています。今は衆議院選挙の最中で、私も丁寧に報道を見ています。ある意味当然ではありますが、どちらかというと与党も野党も内政問題に重点を置いています。北朝鮮の問題もその中で出てはきていますが、外交問題の議論というのはなかなか難しく、選挙戦でどういう風に取り上げるかも難しいところがありますが、私としては、もう少し議論して欲しいと思っています。いずれにしても、外交や国の対外関係というものは、しっかりした政権がないと進めて行くことはできませんので、総選挙の結果、安定した信頼できる政権が誕生するのを望んでいます。

 

日米同盟の深化

私は外務省時代、北米1課長、北米局長を経験しましたが、やはり何といっても重要なのは日米同盟です。「同盟」という言葉についていえば、ご承知のように1980年代初めの鈴木内閣までは「日米同盟」という言葉はタブーで使うことすらできなかったわけです。それが私の北米局長時代は、国会でも使うことができるようになってきましたので、核の持ち込み問題などの難問に対して、「日米同盟というのが日本外交の中核である」と政府委員として国会答弁の中で堂々と言うことができました。
いずれにしても、先ほど申しあげた混乱状態の中で、日本がしっかりした道を歩むためにも、対外関係では日米同盟の堅持が何よりも大切になります。そういう意味では、いろいろ野党から批判があるようですけれども、安倍内閣が進めてきた総合的な安全保障体制は重要な第一歩だと思います。
第1次湾岸戦争のときの話になりますが、当時まだ外務省に総合外交政策局が無かったものですから、最初は中近東アフリカ局が担当しましたが、途中から北米局長ということで私が手を挙げて担当することになりました。そのとき感じたことは「日米同盟」という言葉は使えるようになりましたが、同盟関係を裏付ける日本側の体制がしっかりできていないということでした。アメリカは当時、初めは日本に多国籍軍に入って欲しいと思っていましたが、これは問題があるということで、それならば後方支援をお願いしたいということに変わりました。例えば一般市民の人たちに対する治療に加えて、負傷した将兵を治療する病院に自衛隊の医者と看護婦を派遣して欲しいということなどです。ところがそのような後方支援ですらも武力行使に当たるというのが当時の内閣法制局の解釈で、いくら話しても納得してもらえませんでした。その後「第2次湾岸戦争(イラク戦争)」のときは幸いにして、もっと解釈が柔軟になりましたので弾力的な運用が可能になりましたが、第1次湾岸戦争の時は、結果的に資金協力だけで終わることになり本当に残念でした。人道的な協力をしようとしても自衛隊は一切使えない状態で、それで当時、民間のお医者さんと看護師さんに派遣をお願いする話が持ちあがりました。当時の法制局の回答は「自衛隊の医者と看護師が病院で多国籍軍の負傷した将兵を治療するのは武力行使にあたる」ということでしたが、市民を治療するのはよいけれども、負傷した将兵の治療は武力行使にあたるという話には、私は本当に納得できず、そのような考えが罷り通る時代を本当に残念に思ったのを覚えています。その後、民間の医者と看護師を派遣しようとして駆けずり回りましたが結局実現はできませんでした。
このように、第1次湾岸戦争では人的な貢献ができず、戦争が終わってから海上自衛隊の協力により機雷の除去、これはもう戦闘が終わりましたから武力行使に当たらないということで行ってもらい、感謝したのを覚えています。その後第2次湾岸戦争においては、お陰さまでそれなりの貢献ができたと思っています。まだまだ改善すべき点はありますが、このような総合的な安全保障体制が充実していき、日米同盟の実効性を裏付ける体制ができつつあることは非常に好ましいと思っています。

 

中国、ロシアとの対話

「中国の台頭」については、中国としっかり対話をしていかなければいけません。実際に尖閣諸島問題をはじめ、なかなか妥協できない問題は残っていますが、中国との意思の疎通を図っていくことが大切です。そういう意味では今年、あまり言われてはいませんが、日中国交正常化45周年・中華人民共和国成立68周年記念レセプションに安倍総理が出席して挨拶を述べ、程永華駐日中国大使と親交を深めたのは、象徴的な意味でもよかったと思っています。ただ残念なのは、同じようなことが北京では起こっていないことですが、北朝鮮の問題を含めてもっといろいろな問題について、それがどこまで具体的な成果を生むかという予測は難しいものがありますが、日中の対話を続けていく努力が必要です。
ロシアとの関係も非常に重要です。ロシアとの外交関係では北方領土の問題を避けては通れません。北方領土の問題については、外務省の中でも、「原則的に四島返還という看板を降ろすべきではない」というグループと、「二島プラスアルファで妥協すべきである」という2つのグループの意見があります。「アルファ」については交渉次第ということになり、大きく期待できるかというと残念ながら疑問のところもあります。
前者の四島返還の意見は看板としては立派ですが、これでは、未来永劫領土問題は解決しません。唯一のチャンスは90年代にありました。当時、二島プラスアルファのアルファが、現在獲得できるものよりも大きなものになるのではないかと思われたこともありましたが、結局実現には至りませんでした。既に過ぎたことでもあり、過去のことを言っても始まりません。ロシアとしては、1956年の日ソ共同宣言の趣旨を受けて、まず講和条約を結んでから二島の返還ということを主張していますが、日本側としては「二島プラスアルファ」のラインで手を打って、早期に合意に結びつけることが現実的なように思います。
日本の外交の中心課題として、「日米基軸」、「中国対応」そして「ロシア関係」の3つの重要性は変わることがありません。第2次安倍内閣は2012年以来、グローバルな外交を進めています。今の内閣においても、河野外務大臣は着任早々ではありますが、まず中東5ヶ国を訪問しています。ヨルダン国王は米国のジョージタウン大学での同級生でもあります。その後、アフリカのモザンビーク、エチオピアを訪れ、モザンビークでは「アフリカ開発会議(TICAD)」の閣僚会合に出席しています。
いずれにせよ、グローバルな外交をしっかり進めていくということが必要だと思います。
そして、アメリカとの同盟を大切にし、中国やロシアとの対話を進めながら、それ以外のアジア、中東、アフリカなどグローバルな外交を展開していく体制を、国民がしっかりと支援していくことが必要になります。

 

国内問題の解決 ~外国人労働力の活用~

次いで、先程来申しあげている「国内問題と対外関係が表裏一体化している」ということについて触れてみたいと思います。「国内問題」については、現代の日本社会において「少子化・高齢化」が急速に進んでいることが言われて久しくなりますが、日本の経済力は残念ながらアベノミクスで少しは伸びているとはいえ、かつての時代のような迫力はありません。それは当たり前で、人口が減ってきていますから、生産性の向上が労働力の減少によって相殺され、潜在成長率が0.5パーセントと言われているわけです。ですから生産性の向上を図るためには、労働人口の問題を解決する必要がありますが、これには、「人工知能(AI)」、女性の参加などいろいろ考えられますが、それに加え私は外国人の労働力活用というものが重要だと思います。しかしこの問題についてはまだあまり真剣には議論されていません。
「移民」という言葉を私は避けたいと思っていますが、確かに移民については、治安の問題と絡めて「受け入れるべきではない」という考えもあり、プラスとマイナスの両面があります。私はむしろ、「限定的なマイナス」はあっても対策を施していきながら、もっと積極的かつ総合的に外国人労働力の活用を図っていく必要があると思います。例えば、外国人の実習研修生の問題について、滞在期間を5年から3年にするとか、対象範囲を拡げるとかいろいろ行っていますが、私から見れば「あまりにも小刻みに考え過ぎているのではないか」と思われます。総合的な外国人労働力の活用ということについては、もっと専門家の意見を聞く必要があり、審議会を設けて立派な提言が出るようにして欲しいと思っています。
このように、労働力の減少に伴い低下していく潜在成長率を上げるためには、人工知能の活用、女性参加、出生率のアップ等いろいろな対策が必要ですが、まず第一に外国人労働力の活用について、戦略的に考えて対策を打ち出していくことが重要です。

 

対外関係の積極的推進 ~日本の文化力の発揮、日本モデルの発信~

「対外関係」については、「日本の文化力の活用」ということを強調したいと思います。世界においては「フランスが国の文化力を一番積極的に外交に活用している」と言われています。文化力の活用に関しては、「パブリック・ディプロマシー」という言葉がよく用いられます。外交といえば外交折衝で相手国の政府と交渉することが中核になりますが、それとは異なり、「パブリック・ディプロマシー」というのは、広報外交、文化外交とも連携しながら、相手国の国民、世論に働きかけていくことですが、フランスはこれに非常に力を入れています。フランスの文化力を支えているのは、ローマ時代以来のラテン文化を受け継ぎ、人間の自由、平等、博愛を基礎として、文学・芸術、社会科学、自然科学などの広範な分野で世界に影響を与えているフランスの文化です。
日本の文化力の発信ということを考えた場合、日本に関心を持っていない人にいくら日本の考えを売り込もうとしても、単に聞き流されてしまうか、或いはそもそもそういうところに来てはくれません。やはり、日本に関心を持っている人が耳を傾けてくれるわけですから、まずはじめは、日本に関心を持ってもらうことが必要になりますが、そのためにはフランスの例を見るまでもなく、日本の文化というものが大切になります。
日本の伝統的な文化といえば、最近は日本食それからアニメというものが外国人の若い世代に受け入れられています。特に日本食に関していえば、日本レストランが海外で増えているのはうれしく思っています。私が最初にフランスに行ったのは、1968年ですが、その頃パリには3軒ぐらいしか日本レストランはありませんでした。ロンドンはゼロで、後でその頃バンコクにいた日本の方に聞くとバンコクもゼロだということでした。今は、パリでは700軒から800軒、バンコクには1700軒の日本レストランがあり人気を博しています。外国の人が日本食を好きになり日本食に関心を持つようになれば、日本の政治的立場についてそういう人たちに訴え時、それなりに関心を持って聞いてくれると思われます。ところが、日本と全然接点がない人、日本に関心がない人にいくら日本の政治問題、或いは外交問題についての立場を説明しても、よく聞いては貰えません。このように「パブリック・ディプロマシー」の推進のためには、日本の文化力を発揮することが何よりも大切になってきます。

そして、地球上の課題に対して、政府として取り組むだけではなく、民間も含めて国としてしっかり取り組んでいくことが重要です。世界では今、「持続可能な開発目標(SDGs)」ということがよく言われています。私たちの後の世代が同じような生活スタイルを維持できるように、持続可能な社会を築くこと、そのための持続可能な開発について、日本としてもしっかりしたモデルを作っていき、そのようなモデルを外国に発信していく努力が重要になってくると思います。
先程来申し上げているように、日本に関心を持ってもらうことは、そのための第一歩であると思っています。
最後になりますが、本日「日本の歩むべき道」ということで私が申しあげた一つひとつは、皆さんには特に目新しいことではなかったかと思いますが、これらを全体として総合的に捉えて議論して詰めていくことによって、世界が今、第2のフェーズから第3のフェーズに移っていく混乱の過程において、日本という国の立ち位置をしっかりと定めて進んで行くことができると思います。繰り返しになりますが、日本国民全体が問題意識を持って国の在り方をしっかり議論していくことが何よりも望まれています。

ここで一旦、お話を終わらせていただき、皆さんからのご質問に対してお答えしていきたいと思います。ありがとうございました。

平成二十九年十月十一日 公益財団法人日本国防協会 国防問題講演会講演録より