東アジア情勢と日本の安全保障
評論家
潮 匡人 氏

皆さまこんにちは。ご紹介いただきました潮でございます。このような講演会にお招きいただき恐縮しております。本日は、朝鮮半島情勢に論点を絞ってお話をさせていただきたいと思います。そしてその中で、文春新書で発売中の「安全保障は感情で動く」、来月新潮新書から出版予定の「誰も知らない憲法9条」などの内容に触れながら、私の考えをできるだけ分かりやすく話していきたいと思っております。「安全保障は感情で動く」という本の第3章のタイトルは「第2次朝鮮戦争が始まる」となっています。これにつきましては多くの方が「そうではない」と考えておられるのではないかと思っておりますが、今日は、なぜそのような考えに至ったのかということもお話しさせていただきます。

 

一 安全保障は感情で動く

まず、今年に入ってからの朝鮮半島の動きをおさらいしますと、残念ながらメディアの報道は、朝鮮半島情勢の本質を的確に国民に伝えていないのではないかと懸念しております。このような傾向については、PHP新書から「なぜ、日本の政治報道は「嘘八百」なのか」という刺激的なタイトルの本の中で書かせていただきました。
今年の元日に、金正恩が「大陸間弾道ミサイル(ICBM)が発射試験の最終段階にある」ということを、公式に年頭の辞として世界に向けて表明しました。このこと自体が重要なファクトであり、深く検証しなければいけなかった筈なのですが、世界各国では、いわばスルーされてしまいました。その最大の理由は、トランプ次期大統領が得意のツイッターで「イット・ウォント・ハップン」、つまり北朝鮮によるICBMの試射は起らない、起こり得ない、起こさせないと投稿したことにあります。なぜか皆さんはそのことを真に受けてほっと胸を撫でおろしたわけで、「それはそうだ。北朝鮮にそんなことはできない」と、大方の見方を支配づけてしまったのではないかと受け止めております。

私自身の考えは正反対で、「北朝鮮のこのような行動により歴史が覆るだろう」と思っています。見方によっては「すでに発射が行われた」という意見もありますが、「ICBMというのにはまだ早い」という通説的な見方を取るにしても、「年内には起るだろう」と私は高い蓋然性をもって言うことができます。アメリカの大統領となる人が断言したことが覆るということになりますが、考えてみれば、このこと自体が世界の安全保障環境に重大な影響を与えることになるのではないかと思っています。大統領といっても人間ですから、感情によって動かされている部分があります。現実を見れば、このような主観的な判断により物事は動いていくという側面を忘れてはいけないと思い、「安全保障は感情で動く」というタイトルの本を書かせていただいたわけであります。現在は地政学、即ち地理の「地」に国際政治の「政」の学問が一大ブームでありまして、「にわか地政学者」も含めて多くの方がそれぞれの立場で縦横に論じておられます。このような地政学的知見、つまり「地理という100年、1000年経っても変わらない普遍的なファクターに着目して安全保障を考える」という考え方を否定しているわけではありませんが、反面、そのようなブームによって主観的な側面がなおざりにされているのではないかと懸念しています。実は、この「主観的な側面」の事例を最近のトランプ政権の動きの中に見ることができます。今年の四月、米軍がシリアに対し59発のトマホークをもって攻撃しました。トランプ大統領の決断と言われていますが、なぜそのような決断に至ったのかといえば、化学兵器使用によって犠牲になった現地住民の幼い子の悲惨な姿を目の当たりにしたのが原因と言われています。大統領報道官や首席補佐官の言葉をそのまま借りれば「大統領はひどく心を動かされたようだった」ということですが、まさに一人の人間としての感情が大きな影響を与えた例ではないかと思います。

同じようなことが朝鮮半島でも起きるのでしょか。両者の安全保障環境が異なるので一概に言えないにしても、そのような感情的な側面がもたらす影響を無視することはできないという強い思いを持っています。何よりも大方の予想を覆してトランプ政権が誕生したということ自体が、人間の感情によって今、世界が大きく動いているということを示しているのではないでしょうか。

朝鮮半島では、金正恩が元日にICBMの完成を強く示唆し。翌日米国の次期大統領がそれを否定した後、2月になって北極星2号という新型の弾道ミサイルが打ち上げられました。その後、5月のミサイル発射の際には、NHKでもトップニュースで性能などを詳しく報じたわけですが、残念ながら、このミサイルの性能に関する説明は的を得ていないと思っております。5月になってから皆さん大騒ぎをしましたが、北朝鮮はそもそも同じものを2月に発射しているわけです。どうして2月の時に大騒ぎをしなかったかといえば、その理由は簡単で、翌日にもっと耳目を引く大きな事件が起きたからです。北朝鮮が最高指導者の実の兄を国外の空港で殺害した事件です。事件発生後、容疑者が次々に特定され、北朝鮮大使館員も追及されるニュースで、日本のテレビは約1ヶ月にわたり毎日埋め尽くされていました。

ここで、この金正男殺害事件について少し述べてみたいと思います。マスコミの報道については、「事件後、どうして容疑者が極めて早い段階で次々に特定されていくのか」という素朴な質問に対する答えが見られなかったのを残念に思っています。私の意見を申しあげれば、実は報道で公表されている以上に多くのそして高いランクの北朝鮮脱北者が韓国に滞在し、関係当局に協力をしているからこそ、このようなことが次々に判るのではないかと思っています。容疑者の顔を見ただけで、例えば「彼は保衛部の誰それだ」というように、上司だった脱北者が見れば直ぐに判るということだと思います。金正男が高額の現金を所持していたということですが、そうであるとすれば、隣国当局との接触があったのではないかと疑われるわけで、だからこそ暗殺されたというふうに考えると話の辻褄は合ってきます。これらのことから、「今の金正恩体制がはたしてこのまま続くのか」という問いに対してはネガティブな見方が出てきます。現在公表されているのは大佐クラスの亡命ですが、実際にはそれよりも高位のランク、日本でいえば三つ星、二つ星を付けた将官或いは国家保衛部等治安機関のハイランクの人が次々に亡命していると言われており、このことが事実であるとすると、体制が内部から崩壊する確率が昨年よりも高まってきていると思っております。

 

二 北朝鮮の弾道ミサイルと日本の対応

北朝鮮は2月の弾道ミサイル発射に続き4月にも発射して、こちらは失敗していると思われますが、この間、日本のマスコミが反応することはありませんでしたが、5月の弾道ミサイル発射になってからやっと、弾道ミサイルの性能などを取りあげてきました。この報道には大きく二つありまして、一つは皆さんご承知のとおり長距離飛行が可能な個体燃料を使っているということです。もう一つの報道は、NHKニュースで10分間にわたって解説していた「この弾道ミサイルは移動式の発射台に搭載され、どこからでも撃てる」というものでした。しかし、移動式ミサイルといえば、スカッドA、スカッドB、スカッドC、スカッドER、ノドン、ムスダンその他全部そうなっているわけです。「北極星2号は移動発射台に載っているから新たな脅威だ」と報道しているのは、ことの本質をしっかり把握していないからではないかとさまざまなところで批判させていただきました。

実は、この「北極星2号」にはその他にも顕著な特徴があり、移動式発射台は通常であれば普通のタイヤで移動するわけですが、このタイプのものはキャタピラーになっており、舗装されていない山岳地帯でも戦車のように移動することができます。その他、政府は事実関係を認めていませんが、もはや2月の段階で弾頭部分が複数に分かれたという話を洩れ伝え聞いております。それが本当かどうかはよく分かりませんが、北朝鮮自身が「2月の発射によって、敵の迎撃を回避する弾道ミサイルの性能を証明した」と誇らしげに語っているのを見て「これは厄介なことになったな」と個人的に強く懸念しています。

今年3月に、「スカッドER」が4連射で次々に発射される映像が公開されてからようやく日本のマスコミでも「何か大変なことになるのではないか」と、多少危機感が高まってきたのではないかと思います。スカッドERというのは、今回が初めてではなく、昨年まで何発も発射しています。スカッドA、スカッドB、スカッドCと進化してきて、距離「レンジ」を延伸「エクステンド」したということです。エクステンドのEとレンジのRです。延伸型弾道ミサイルを4発同時に発射した映像は、北朝鮮にとっては「飽和攻撃(相手の戦闘&防御能力以上の数で相手を攻撃すること)」の能力を見せつけたという軍事上の大きな意義があるわけです。また、発射時の映像はさまざまな角度から劇的な効果を狙って撮られており、これは金正恩の妹の金与正(キム・ヨジョン)が担当したと言われていますが、国際政治上の効果も狙って行ったものです。

スカッドERの報道については、「同時に撃たれたら、何発まで迎撃できるのか」、「ミサイルの迎撃は高い確率で期待できるのか」などについてきちんとした議論がなされるべきだと思いますが、そのような議論は一切されていません。海上自衛隊の元将官がNHKの報道番組において「北朝鮮の現有の能力では4発同時に撃たれても、我われは迎撃できる」と発言したことで、国民は安心しホッと胸を撫でおろしたでしょうが、その後は深く議論もされずに今日に至っています。いろいろなケースが考えられるとは思いますが、実際の問題として100パーセント迎撃ということはあり得ないと思っています。であるからこそ、日本は現在、ミサイルディフェンス可能なイージス艦をすべて海上に展開し、それでも数が足りないからアメリカ軍にも協力をお願いして、現在は合計で10隻ぐらいが展開しているのではないでしょうか。

そして、このような状況の中、万一アメリカの艦船が攻撃された場合、海上自衛隊のイージス艦が指をくわえて黙って見ていたら日米同盟が崩壊してしまいますので、「自衛隊法第95条の2」という新たな条文が昨年の平和安全法制で新設され、その実施要領が昨年の12月26日に安全保障会議で決定されています。このことは首相官邸ホームページに載っていますが、ジャーナリズムの方々はそこには注目していませんでした。要するに、日本はいざとなったら、新たな規定を根拠にしてアメリカの艦船を防護する腹を決め、その上でアメリカに対し協力を要請し、今も一緒に警戒にあたっているということです。

最近、この「自衛隊法第95条2」に光が当たっています。政府が堂々とこの条文を適用する姿勢を見せる中、米空母に併走する日本の海上自衛隊の護衛艦の姿を掲載して、これが「第95条2」による「初の米艦防護」という見出しで、NHKをはじめ朝日からサンケイまで思想上の立場を問わず報道していました。しかしながら、細かな法律論を言えば、「防護」というのは実際に武器を使用した時の法的な概念ですので、武器の使用が行われていないとすると、まだ「防護」は行われておらず、正しくいえば「警護」ということになります。

それでは、「法律論は別にしても、それは単なる言葉の違いだ」と感じられる方がいらっしゃると思いますが、以前「9.11(アメリカにおける同時多発テロ)」が起きた直後に、横須賀にいた米艦が退避をしました。その時、海上自衛隊の護衛艦が護衛をしましたが、今回の防護とやっていることは同じで、違っているのは、いざという時に武器を使用する際の自衛隊法上の根拠が異なっているということです。あの時点では「第95条の2」はまだなく、調査研究業務の一環などという苦しい答弁をせざるを得ませんでした。私は別に政府やマスコミを批判しているわけではなく、「9.11」の直後に朝日新聞で述べたのは「調査研究業務云々ではなく、正々堂々と、警護なり護衛なりと言うべきだ。それがもし法的な問題で言えないのであれば、法的整備をきちんとするべきだ」ということでした。現場においては、さまざまな状況の下で任務が遂行されていきますが、その行動にしっかりした法的な根拠を与えるのが大切なことなのです。

北極星2号もさることながら、日本の安産保障にとっては「火星12号」という新型ミサイルの出現が新たな問題を生起させています。このミサイルが高度2、000キロメートル以上まで飛んだことは日本の防衛大臣も認めております。2、000キロメートルというと、人工衛星が回っているところよりもはるかに高いところまで飛んでいるということになります。ロフテッド軌道という言葉がNHKニュースなどで知られるようになりましたが、ロフト付マンションのように、高く打ち上げられてロフテッドの弾道を描くということです。そして、地球の回転、引力を利用するため、回っている方向即ち日本、アメリカの方に向けて飛ばせば、もっと遠くまで飛ぶだろうということになります。どのくらいかといいますと、日本のマスコミでは4、000キロメートルと報道していますが、韓国国防省が射程5、000キロメートルもあり得るとし、数字がずるずると増えたりしていますが、私は7、000~8、000キロメートルと言われても驚きません。

ミサイルの射程距離についていえば、韓国では、射程「中長距離」の弾道ミサイルというふうに正確に報道しています。今日ここでお話をするために改めて調べてみましたが、読売新聞の記事の中で「中長距離」というふうに表現しているのを見つけました。それ以外は朝日からサンケイまですべて「中距離弾道ミサイル」と報道しています。つまり「長距離ではない、ICBMではない」と勝手に決めつけて報道しているということです。

火星12号の発射は5月でしたけれども、日本のマスコミはそれ以前から、4月15日と4月25日という日付の意義を声高に喧伝しつつ、それぞれにXデー(アメリカ軍の作戦開始日)という名を付けて報道し、同時にレッドラインという言葉が何回もNHKその他で流れたのではないでしょうか。そして、4月にこれだけ騒いでいながら、5月になって「中長距離の弾道ミサイルを発射した」と北朝鮮が表明したのにもかかわらず、日本のマスコミは「長」の字だけ削って「中距離です」、「4、000キロメートルです」と言っていたわけです。これは誤報といようなものではありません。何のためにこんなことをしているのでしょうか。国民を安心させたいとか、そのような深い意図があるのでしょうか。NHKは未だに「中距離」という報道を続けていますが、私は「なぜ長距離ではないのか、その論拠を示せ」ということをネットも含めずっと主張しています。

 

三 ダチョウの平和

その後、北朝鮮は、精密誘導弾、誤差7メートルの新型ミサイル或いは巡航ミサイルなどを打ち上げていると見られています。ミサイルには大別すると、弾道ミサイル、例えば人間がボールを遠くに投げるのと同じような軌道を辿るタイプの弾道ミサイルと、低高度をあっちに行ったりこっちに行ったり、英語では「クルーズ」といって最終的に攻撃目標に正確に着弾する巡航ミサイルがあります。アメリカが持っているトマホーク巡航ミサイルがその代表です。ここで問題が一つ出てきています。弾道ミサイルは普通、そんなに正確に当たるものではありません。ボールを遠いところに投げて正確に落着させるというのは難しいです。しかし、北朝鮮は「新しい誘導技術を使い、誤差7メートルで正確に当たりました」と主張しています。この主張を必ずしも額面どおり受け止めるべきだとは思いませんが、その発表を受けて日本では、NHK以下全メディアが「そのようなことはあり得ない」と否定しました。マスコミが「北朝鮮にそんな能力はない」と言い、それを聞いて国民が皆安心しきっている状況には何となく釈然としないものがあります。
確かに、高速度で落下する弾頭部分を7mの誤差に収めることはそんなに簡単なことではないので、「北朝鮮はまだその段階に至っていない」という専門家の見立てに対して、別に異を唱えているわけではありませんが、年明けの金正恩の演説から今日に至るまで、北朝鮮がやってきたこと或いは言ったことに対して、政府もマスコミもそれをダウングレード、過小評価して「今はまだ無理だ。そのようなことはできない」と、皆で脅威をきちんと直視しようとしないのが今の日本の状況なのです。

私は「ダチョウの平和」と言っていますが、ダチョウは目の前に敵が迫ってきたら、自分の頭を砂の中に突っ込んで危害が去るのをひたすら待つ習性があると言われています。英語には「ダチョウの平和」という言葉もありますが、私は、日本が今まさにそのような状態になっているのではないかという強い懸念を持っています。そのような思いも含めて「安全保障は感情で動く」という本の中で「第3章第2次朝鮮戦争が始まる」と書かせていただきました。それに対して「潮君、それは何でも言い過ぎだろう」と、多くの先輩から後ほどご指摘をいただくものと覚悟しております。今は一般に言われているよりも、危機乃至脅威の度合いは高くなっているということを強く感じています。今年だけでも北朝鮮の動きは緊迫の度を増していますし、昨年も夏頃には、毎週のように弾道ミサイルを撃っていたわけで、韓国大統領のスキャンダルがなければ、もっと緊張度が高まっていたのではないかと思っています。しかし、今の日本ではそのようには受け取られず、地政学などという言葉を使ってうやむやにしているのではないかと私は危惧しています。日本の経済ニュースでは昨日も今日も「地政学的リスクの減少を受けて、東証株価が2万円台を回復しました」と言っていましたが、地政学的リスクというのは、そのような時間単位で上がったり下がったりするものではありません。100年経っても変わらないから地政学というのであって、一石を投じようと私なりに警鐘を鳴らし、批判の矢面に立とうということで敢えて挑発的とも思える内容となってしまいました。

 

四 第2次朝鮮戦争が始まる

北朝鮮の弾道ミサイル乃至核ミサイルについては、私は昨年から核小型化、核弾頭化に至っている可能性をずっと主張してまいりました。なぜかといいますと、科学的、客観的なデータ分析等の議論とは別に、「金正恩がどう思っているか」ということが極めて重要だという視点に立っているからです。北朝鮮から流れる映像から次のことが窺い知れます。「元帥閣下、核の小型化・弾頭化に成功しました」、「元帥閣下、ご覧のとおり海の中から潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射に成功しました」、「元帥閣下、地上改良型北極星2号の発射に成功しました」、「元帥閣下。ご覧ください。今度は火星12号です」と次々にこのように言う部下たちと金正恩があのように嬉しそうな顔をして抱き合っているのです。あの姿は真実で、本当にあのように喜んでいるのだろうと私は思っています。これに関連して、防衛白書にも「北朝鮮の最高指導者が、アメリカに対する核抑止力を持つに至ったという過信或いは誤認を持った場合、地域の安全保障に対し重大な影響を与える懸念がある」とさらっと書いてあります。私が「安全保障は感情で動く」という本一冊かけて主張したかったのは、まさにそういうことなのです。実際には、まだ北朝鮮は核の小型化・弾頭化までは至っていないかも知れません。専門家の方は「北朝鮮はミサイルの再突入技術は持っていない。」とまだ言っていますが、どうして、2、000キロメートル以上も飛んできたものがそのまま現物の形で落ちてくるのでしょうか。金正恩は「再突入の技術は獲得した」と高らかに言っていますが、これは今年になって初めて言ったわけではなく去年から言い続けています。にもかかわらず、政府もマスコミも「まだ持ってない」と、何を根拠にしているかよく分かりませんけれどもそう言っていますが、問題は、金正恩が再突入技術を含めて「核ミサイルを我々はすでに保有しており、いつでもどこからでも運用できる」と思っているところにあります。そうであれば金正恩が「我われが韓国に向けて南進しても、我々の核ミサイルが怖いからアメリカは手出しできないだろう」と思うとか、或いは「アメリカの空母機動部隊がわが国の周辺に近づいても、対艦巡航ミサイルで全部撃破できる」とか本気で思っているとすれば、アメリカ軍の軍事行動は抑止効果を発揮しないのみならず、それどころか、相手を挑発させてしまう逆効果になるのではないかと思われます。

もう一つの大きなポイントは、北朝鮮の体制が内部崩壊する確率が高まってきていることです。先ほど金正男殺害事件のところで申しあげましたが、はたして今の体制が年を越せるのかなというふうに思っています。「ミニクーデター」、「暗殺未遂事件」などは現体制下で何度も起こっています。例えば、北朝鮮労働新聞に、交通整理の婦人警察官が突然勲章を貰った記事が載りました。日本でいえば勲一等にあたるすごい勲章を、たまたま交通整理をしていただけの婦人警官がそう簡単に貰える筈がありません。おそらく、たまたま暗殺者を見つけて阻止したとかそのような功績としか考えられません。そして実際にその直後に金正恩の警護体制が飛躍的に高まったということは、関係各国で認識が一致しています。
そもそも金正恩が最高指導者になった時に父親の棺を担いでいた高官が、今は誰も政権内にいません。粛清、暗殺されたということになっています。軍の将軍でさえ、星が四つから二つに減り、或いは減るどころか刑務所に入れられたり、しかしも半年過ぎたらまた戻ってきて復活したり、実際にめちゃくちゃなことになっているわけであって、このような状況で、体制が維持できているとは到底思えないというのが常識的な判断でしょう。しかも今年に入ってからは、実の兄まで殺害していますが、複数の近親者も含めて体制をこれまで支えていた高位高官を多数粛清し殺害していながら、このような体制がこのまま続くというふうに考えるほうがどうかしているのではないかと私は素直に思っています。

北朝鮮が体制崩壊に至った場合、米韓、特にアメリカが何をするのかといえば、まずその時点で金正恩が生きていれば制圧行動、断首作戦と呼ばれる行動に移るのは当たり前のことだと思います。なぜなら、そうしないとさらにひどい戦争が長期間にわたって続きます。独裁者が支配している国ですから、最高指導者を制圧するのは当然です。余力があれば、妹のヨジョンその他を含めて後継になりそうな者は一掃したほうがよいと、私は個人的に思います。
今年の四月時点では、日本では、Xデー、レッドラインなどの言葉を使ってアメリカ軍の攻撃の可能性について連日テレビで報道していましたが、結局、4月15日にも4月25日にも何も起きませんでした。ここでは、軍事的な細かいことは省いて、一般の方々にご理解いただける点を一つ申しあげます。私がテレビ東京の番組で「何かあるとすれば4月26日だ」と言ったことなのですが、その日、北朝鮮では、200門ぐらいの長射程砲を海岸に並べて実射訓練を行い、そこに金正恩が立ち寄って視察したと言われています。もし本当に視察があったとすればアメリカ軍はそこを爆撃すればよかったのです。米韓にとって一番厄介なものは長射程砲で、古い90年代の防衛白書でも合計1、000門以上と書いてありますが、これらが38度線に配置されて一斉に火を噴けば、文字通りソウルは火の海になるわけですので、それをわざわざ海岸に集めてくれたわけですから、金正恩もろとも爆撃すれば一挙に問題が片付いたかも知れません。私が責任者だったらあそこでゴーサインを出しています。

他方、もし私が北の指導者であれば必ずこう言います。「あれは替え玉だ。元帥閣下はまだ生きておられる」と。そして「南の傀儡政権と米帝国主義を叩き潰すまで、最後の一兵まで戦う」と言って徹底抗戦します。これは当たり前のことで、アメリカもそうなってしまうとまずいと考えて政治的な判断が働いたと思いますが、オサマ・ビン・ラディンの場合も、そのような攻撃をしていいのであれば仕留められるチャンスは過去に何度もあったのです。ところがそうしなかった理由は大きく分けると二つ、一つには、本当にオサマ・ビン・ラディン本人なのかと大統領から問われたときに「100パーセント断言することはできません」と担当者が答えたように、完璧を期すことはなかなか難しいものがあります。もう一つは、無人攻撃機、トマホークなどで遺体もろとも吹っ飛ばしてしまっても、あれはオサマ・ビン・ラディンではないということになり、徹底抗戦が続いてしまうということで、やはり身柄を押さえるしか仕方がないという結論になったということです。最後はやはり陸軍の出番だということになります。結局は海軍の特殊部隊が投入されたということですけれども、いずれにせよ、実際には身体を確保してDNAで確認をしたのでしょう。ビン・ラディン側も本人でないとは言っていないので、あれがやはり本人だったということになったのでしょう。したがって今回も、アメリカとしてはそのような形で金正恩をきちんと仕留めたいというふうに思っているでしょうから、4月15日にトマホークを発射するということはあり得ないと私は思っていました。

いずれにせよ、北朝鮮体制の内部崩壊にともない、方法の如何を問わず、最高指導部を制圧すると同時に、核・化学・生物兵器等を含む大量破壊兵器、その関連施設等を制圧するというこの二つのことを同時に行うということが、アメリカ軍の作戦計画の中での主要な項目になっているというふうに思います。米韓の共同作戦計画5029ではそのように書かれているそうです。勿論本物を見られる立場にはありませんが、過去に韓国の国防大臣が韓国の国会でそのように答弁しておりました。説得力のある話ですので、そのまま受けとってもよいのではないかと思っています。アメリカ軍は38度線を速やかに越えて北朝鮮の領内に入り、兵士や兵器を制圧するということになります。いわゆる戦争行為です。つまり、金正恩が過信や誤認をして一線を越えようが内部から崩壊しようが、第2次朝鮮戦争は始まるということになります。それなのにどうして「あと何年経ってもそのようなことは起きない」と思っているとしか考えられない報道が続いているのでしょうか。昨日もNHKニュースのトップはパンダでした。パンダの子供が生まれたといって10何分間もずっとそのことを報道しているのが日本の現状なのです。

 

五 近く到来する戦争に備える平和安全法制の再改正の必要性

一方政府は、第2次朝鮮戦争と私が呼ぶところの事態になってもおそらく、それを戦争とは言わないで、「重要影響事態」と認定することでしょう。昔の法律では周辺事態と言われていたものが、平和安全法制によって重要影響事態と言う名前に変わっただけで中身はほとんど変わっていません。あえていえば、前の法律だったらアメリカ軍だけでしたが、例えばオーストラリア軍に対しても協力できるようになったこと、前の法律ではできなかった戦闘準備中の航空機に対する燃料補給、空中給油などができるようになったことぐらいでしょうか。軍事的には意味がある変更もいくつかありますが、根本的にはあまり大きく変わっていません。名前が変わっても重要影響事態法は、戦闘行為においては何一つ有効な後方支援ができないという、法律上の根本的な欠陥、制約がいまだに残っているのです。第2次朝鮮戦争が始まると「重要影響事態」に政府は認定し、頑張ってアメリカ軍に空中給油などはするのでしょうが、それから先は何もできないということです。

しかし、航空自衛隊が米軍機に空中給油をしている現場に、北朝鮮からミサイルが飛んできたら、これは戦闘行為になります。南スーダンで日本のPKO日報に戦闘と書いてあったのが「戦闘ではない」と防衛大臣が言い張れるのは、法律用語の戦闘というのは「国際的な武力紛争の一貫として行われる人を殺傷し物を破壊する行為」ということだからです。「南スーダンという一つの国の中の紛争なので、国際的な武力紛争ではありません」という理屈なのです。しかしながら、日本海上空で北朝鮮や中国からミサイルが飛んできたら、もうそうは言えなくなります。日本海という公海で明らかに国際的な武力紛争の一貫として行われているので、直ちに戦闘行為と認定されますが、今のままだと防衛大臣は同盟軍に対する空中給油をはじめとする協力活動を中止しなければなりません。或いは、国連安保理決議に基づく臨検行為、船舶検査乃至貨物検査などがありますが、これらは日本の法律でも常に整備されており、平和安全法制で改正されて少し強化されていますけれども、根本的な問題は何一つ変わっていません。例えば、船の積荷の検査をするためにはその船の中に立ち入らないと何を積んでいるのか判りませんが、立ち入りをするためには、その船の船長の同意が必要になります。北朝鮮の武器などを積んでいる船の船長が、海上自衛隊の立入検査に同意するかといえばそれは考えられません。同意しない場合に法律的に認められる行動とは「北朝鮮の船に随伴していい、ずっと追いかけていい」と書いてあるだけなのです。つまり「止まれ、止まらないと撃つぞ」とも言えないのです。勿論、撃つことも出来ません。警告射撃もできないのです。

したがってこの際、しっかりと危機を直視して、本当に今のこのままの法律でいいのかと、平和安全法制の再改正を早急に国会で議論すべきではないのかと強く思っています。先日、夕刊フジでも発言させていただきましたけれども、日本の高校生や中学生がどうして修学旅行で今韓国に行くのかよく分かりません。今でも韓国には邦人が5万人も滞在しているのに、これ以上多くなったら、いざとなった時にどうやって日本に輸送するのか、その数は減らしておいたほうがいいのではないかと思っています。もう一言余計なことかも知れませんが、ビジネスや観光といった目的のため、いわば自己責任でソウルなどにいる日本人の安全よりも、例えば当時まだ中学生で無理やり拉致された拉致被害者がピョンヤンなどにいるとすれば、そちらの安全確保の方が日本国政府として優先課題になるのが当然ではないかと思います。ところが、日本国の総理はそのことについては、国会でも日米首脳会談でもきちんと協力を確認しあったと、情報は提供していると胸を張って仰っていますが、どうして自衛隊の投入を考えないのかと思います。一部野党に詰め寄られても、憲法上それはできないというふうに答え、それで話は終わっています。

私が一番懸念しているのは、先ほど申し上げた内部崩壊に至るケースです。現時点では、南進その他の純然たる戦争が始まるケースの可能性がかなり高まっていると思っていますが、内部崩壊に至った場合、あの国の中でわが国の政府が真っ先に安全を確保すべきなのは、言うまでもなく拉致被害者なわけです。米韓連合作戦計画5029のどこにもそのことは書いてないのでしょうが、拉致被害者の名簿はアメリカ側に渡しているのかも知れません。でも、具体的にはどのように救出作戦を行うのでしょうか。現場のアメリカ兵で日本語が話せる人はそういないでしょうし、私が10年間言ってきたことですが、そのような事態に陥った時には、ソウルに今いる日本の防衛駐在官が米韓連合軍に随伴し、施設にそれらしき人がいれば「あなたは横田めぐみさんですか。あなたの安全を我われが保護します」ということを言えるぐらいの方策をなぜ検討しておかないのでしょうか。そうした方法を取るかどうかはともかく、まさに今、朝鮮半島の南北において邦人の安全保護ということを、従来にもまして真剣に検討すべき段階に既に至っていると思っています。

 

六 アメリカが決断するとき

最初の論点のICBMの話に戻らせていただきますと、「あなたは、ICBMの発射は来年も再来年もないと考えていますか」と私は反問をしたいと思っています。4年経っても「ない」と考えている人はアメリカの政府高官のなかには誰もいないと思いますけど、日本政府は本気でそう思っているのではないでしょうか。4年後といえば、アメリカの大統領選挙の年ですが、再選を狙ってトランプ大統領が出馬すれば、私が民主党の対抗馬であれば必ずこう言います。「北朝鮮にICBMの保有を許したのは、あの時『イット・ウォント・ハップン』とか言って、結局指を咥えて見ていたあなたのせいではないか。オバマの戦略的忍耐を非難しながら、この3年間してきたことはそれよりもひどい」と。そのような批判に対しトランプ大統領は耐えられるのでしょうか。結局「何もしなかったので、北朝鮮にアメリカに届く核ミサイルの保有を許してしまった」ということになり、アメリカの憲政史上重大な汚名・汚点を残すことになるわけです。したがって、彼はどこかで北朝鮮に対する断固とした行動を決断するのでしょう。日本では最近まで、レッドラインという言葉が語られてきましたが、私は北朝鮮に対して明確な線を引くことなどできないと思っています。仮にどこかに線があるとしたら、金正恩とすれば、その線のぎりぎりのところまでやるぞということになるわけです。或いはアメリカとすれば、その線を踏み越えられてしまったら、自動的に戦争を始めなければいけなくなるということになります。例えば、北朝鮮の6回目の核実験がレッドラインに当たるのではないかとか、或いはアメリカまで届くICBMの開発成功だとか言われていますが、私はそのいずれのケースにおいても「アメリカが行動を起こすことはない」とこの2、3ヶ月間ずっと一貫して申しあげています。

なぜかというと、例えば、6回目の核実験をしてもそれが過去5回の核実験の延長線上でしか評価できない性能・規模だとすれば「別にどうということはない」という話になります。人が死ぬわけではありません。核実験に成功しても、或いはICBMを発射してそれがアラスカ沖に落ちたとしても、別に誰も死なないわけです。ですから、それはレッドラインにはならないというのは私の見解です。冒頭に申し上げたとおり、アメリカのシリアに対するトマホーク攻撃を思い出していただきたいのですが、実際に現地の子どもが焼きただれながら、泣き叫びながら、神に祈りを求めて死んでいくというあのむごたらしい映像を見て、トランプ大統領は直ちに決断したわけです。シリアの攻撃が行われてから二日後に、米中首脳会談のさなかに発射を命じています。見事な判断だったと評価できると思います。私に言わせれば、むごたらしい映像がレッドラインだったということです。もしあそこで犠牲者が生まれていなかったら、トマホークによる攻撃には至っていないと思います。化学兵器の使用がレッドラインだと豪語したオバマ政権の時代、実際には化学兵器は何度も使用されたにもかかわらず、結局何もしなかったわけです。今から振り返れば、あの時点の「化学兵器の使用はレッドラインだ」と言ったオバマの言葉は間違いだったということです。つまり、それはレッドラインではなかったということです。このように、本人がそうだといっても必ずしもそうなるとは限りませんので、どこかに明確なレッドラインを設けるというのも絶対的なものではないであろうということです。もしあるとすれば、実際に人間が死んであのような悲惨な映像が流れるかどうかということです。

一番起こり得るのは、2010年の北朝鮮の砲台射撃の事態のようなことです。伏線として、韓国海軍の天安という船が原因不明で沈没したというできごとがありました。北朝鮮の潜水艦攻撃説と韓国海軍のミスによるものとする説の両方がありますが、いずれにせよ、その約半年後に今度は紛れもなく北朝鮮の砲台から韓国の延坪島(ヨンピョンド)に、雨霰のように大砲の弾が降ってきて、その時に2人を含む4人が犠牲になりました。このときの米韓軍の対応というのは、撃ってきた北朝鮮の砲台を粉々にしただけなのです。当然、韓国軍はいきり立っていました。その半年前には天安が沈められて70人以上も死んでいるわけです。今度は陸軍も2人殺され、民間人まで犠牲者が出て「許すことはできない」ということで、大規模な航空攻撃をいくつかの地域にやろうとしたらアメリカに止められました。アメリカ大統領、統合参謀本部議長、国防長官、国務長官、当時の国務長官はヒラリー・クリントンですが、彼らが電話をかけ「そのようなことをすれば本当に戦争になる」といって説得に奔走しました。このことは、当時の国防長官が後になって回顧録を出していますが、その中で自慢話として書かれています。「我われがこのように努力して第2次朝鮮戦争を止めた」といって誇らしげに語っていますが、当時現場にいた韓国軍兵士と話す機会がありましたが彼らはそうは思っていません。彼らは怒っていました。

ヨンピョンドと同じことが、今日明日に起きても私は全く驚きません。ありそうなことというと、来月4日あたりは一番危ないのではないかと思います。アメリカの独立記念日ですから。韓国人の多くはキリスト教徒ですので、教会で祈りをささげていた5才の女の子が焼けただれながら、神に救いの祈りをささげながら死んでいく。その映像がCNNで流れたらトランプは決断するのではないかと思っています。このようなことが、今一番懸念されることであり、現時点でのレッドラインではないかと、そして実は起こり得ることではないかと思います。ヨンピョン島砲撃事件は、2010年ですので金正日政権下で起こったできごとだったのですが、あの作戦は金正恩が指導したというふうに報道されています。後継者として、若くて何もできないという見方に対して、自分の才能を世界に示したくて行ったと言われています。その時に実際に砲撃した砲台は粉々にされましたが、「これぐらいで済むのだったら」とか、「アメリカもそう簡単には攻撃などの強行的手段には訴えない」とかというふうに、彼の記憶の中に刻まれている可能性があります。もし、過信や誤認も含めて、彼がそのように思っていたら2010年と同じことを今年行う可能性があるのではないでしょうか。アメリカはもうオバマ政権ではなくトランプ政権の時代です。よくも悪くも感情で動いていくと私は思いますので、第2次朝鮮戦争が起こる可能性は高いのではないかと強く懸念しています。

北朝鮮のアメリカに対する挑発行為は、北朝鮮自らの理由、例えば大事な記念日、イベントとかで行われたことは一度もありません。2006年、2009年、2013年などの核実験も、2006年、2009年などのテポドン2発射も、全部アメリカの祝祭日、でなければオバマ前大統領の重要な演説日でした。後にノーベル平和賞をとったプラハでの演説、その日の朝に行っています。なぜ私が、4月25日でなく4月26日だと言ったのかといえば。26日はキリスト教の復活祭(イースター)だからです。また、どうして新型ミサイルを5月の最終月曜日に発射したかといいうと、それがアメリカのメモリアルデー、戦没者追悼記念日だったからです。このような一定の法則をもって北朝鮮の挑発行動を推し測ってみると、すべて今のところ当てはまっていますので、次に危ないのは7月4日ではないかと先ほど申しあげたわけですけれども。仮にその日付であろうがなかろうが、極めて近い将来に、私が強く懸念しているような展開は十分起こり得るのではないかと言う思いで「安全保障は感情で動く」という本を書かせていただきました。

 

七 誰も知らない憲法9条

以上で本日のテーマでもあります東アジア情勢就中北朝鮮の話を一段落させていただきますが、続きまして、あと「誰も知らない憲法9条」という本の中からいくつか紹介をさせていただきます。皆さんご承知のように、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し、われらの安全と生存を保持しようと決意した等」という文章があります。そしてそれを日本国憲法の前文だというふうに、護憲派もそれが大事だといって大切にしようと言って、改憲派もここが一番のガンなのだと言いながら論争していますが、本物を見ていただければ判りますが、原典で「前文」と書かれているわけではありません。また、皆さんが前文と思っている文章の前には「上諭」と言われている「朕は・・・・・」から始まる文章がちゃんとあり、そこでは「枢密顧問の諮訽・・・及び帝国議会の議決・・・」という文章があります。
そこで枢密顧問とありますが、私の曽祖父の弟、潮恵之輔が最後の枢密院副議長を務めており、憲法審査委員会の委員長として現代憲法に対して事実上の責任を持っていますので、私は潮家の末裔として私の代までにこの問題を決着させるべきだとずっと申しあげてきました。そしてついにその声が天聴ならぬ官邸に達したらしく、総理がこの際自衛隊という名称でもいいから憲法に明記させようということを仰いました。私は総理とはこの件に関して、何のコミュニケーションもはかっておりませんが、もしかしたら以心伝心だったのか、或いは人を介して伝わったのか、朝日新聞はその意見を西岡力氏が伝えたということで先月取材をしたわけですが、西岡さんは「いやいやあれは僕の意見ではなくて潮君の意見です。経緯を潮君に聞いた方がいいよ」と言われたものですから、私は朝日新聞に「いつでも取材していいよ」と言っているのですが、私を恐れているのか、一切取材には見えていません。
自民党の憲法草案に記載されている国防軍は石波茂氏が指導したというふうに一般に評価されています。私は石波茂のブレーンというようにウィキペディアなどには書かれておりますが、草案作成のプロセスにも強くコミットしております。また、自民党の憲法改正草案に、自衛隊の名称を国防軍とすることと同時に軍法会議の規定が大まかに書いてありますが、私が自衛隊に在職中、大学院で法務官として必要な法律を勉強した成果といえば言えないこともありません。

本の中でも書かせていただきましたが、自民党の憲法改正草案のとおりに9条を改正するのは、現実には不可能というか無理だと私は思っています。問題は名称を別にしても、軍法会議の設置ということにあります。私は設置したほうがいいと思いますが、難しいハードルがあります。軍法会議は日本以外の国のすべての軍隊にありますが、そこでは、裁判官、検察官、弁護士はすべて軍人です。日本でも同じような構成で軍法会議をつくろうというのが、自民党の憲法改正草案の国防軍設置ということです。確かにつくるのが理想とは思いますが、朝日新聞のコラムには絶対に無理と書かせていただきました。なぜかというと、自衛官で法律家、つまり判事、検事、弁護士になり得る資格を持っている人が何人いるのでしょうか。そもそも、法廷を構成できるほど適任者が揃うのでしょうか。それなら、会社における中途入社のように、資格を有する人を自衛官として採用すればいいのではないかという話になりますが、確かに不可能ではないかも知れませんが、そのようなことでいいのなら、名ばかりの軍法会議ということでしょう。軍人でなければ、武器をとり敵の脅威を前にする現場での行動を理解できる者でなければ、あれは仕方がなかった、或いはそれは不適切であるという判断はできないと思います。各国の軍法会議と同じものを日本につくろうとするときに、昨日まで人権派弁護士だったという人を連れてきても、それでは軍法会議にならないでしょうというふうに思います。端的にいえば、幹部自衛官の母体になっている防衛大学校にはロースクールはおろか法学部もないのです。憲法改正については、2020年の試行を目指していました。ということは、2019年には公布していることになり、そのためには、来年の通常国会では発議されていないと無理なスケジュールになります。ですから、さきほど実務上の観点からも申しあげたとおり、改正草案国防軍は理想であったとしても、現実的ではないと思います。やはり、自衛隊ということでしかあり得ないだろうと思います、
私は今回この本を書くにあたって、小学校の教科書全部読みました。どの教科書を読んでも、自衛隊は憲法違反ではないかという強い疑念を抱くような記述しかありません。そうではないという記述は、中学の新しい教科書の特定2社だけです。それ以外は、小学校から高校まで、全教科書が自衛隊は憲法9条に照らして問題があると受け取られるような記述になっています。このような状態をこれ以上放置することに合理性があるとは思えません。

これまで縷々申しあげてきた朝鮮半島の情勢を見ても、実際に自衛官が「事に臨んでは危険を顧みず」と誓約した当時の任務を遂行しなければならない可能性が高くなっています。蛇足ながら、私の娘は今防衛大学校生ですけれども、だからこそ、私の子供の世代にこのような不合理を引き継がせては絶対にいけないと思います。今の私のこの世代で、今の憲法と自衛隊の問題は絶対に解決すべきだという強い思いをこの一年間申しあげてきたことが、きっと安倍総理の心に達したのだろうなというふうに思います。以上で私の今日の話を終わりたいと思います。
それでは、残された時間、先輩方からのご叱責を受けたいと思います。よろしくお願いします。

平成二十九年六月十四日 公益財団法人日本国防協会 国防問題講演会講演録より