文在寅政権下の韓国で何が起きているか~反日差別主義に基づく反米従北革命の危険性~
麗澤大学客員教授
西岡 力 氏

ご紹介いただきました西岡です。
私が初めて韓国に留学したのは昭和52年、ちょうど横田めぐみさんが拉致された年です。朝鮮半島ではそれからいろいろなことがありましたので、普通のことでは驚かないのですが、ここのところ、アメリカの大統領が板門店で北朝鮮の独裁者と握手するとか、同盟国であるはずの日韓関係がここまで悪くなるとか、従来では予測できないようなことが続けて起こっています。
本日は韓国の内政を中心にして「韓国の反米従北革命」についてお話ししたいと思います。日本が3つの半導体素材について韓国に対する優遇措置を止めたということで、日韓関係は戦後最悪と言われるまでに悪化しているわけですが、まず今回の措置の背景、そして背後にある韓国の変化について説明したいと思います。

 

一 韓国に対する半導体素材輸出優遇措置取り消しの背景

報道では、日本政府が韓国に対して半導体製造に必要なフッ化水素など3つの素材について輸出を規制したので、韓国は輸出の2割を占めている半導体製造が難しくなり経済に大きな打撃を受けると言われていますが、それは少し事実と違っています。フッ化水素などはたしかに半導体を作るのに使いますが、ウランを濃縮するときにも使います。北朝鮮の核兵器はウラン濃縮で作っているのでフッ化水素が必要になります。また、神経ガスを作るときにも使われるので、フッ化水素は大量破壊兵器に係る戦略物資ということで、世界中の国が輸出制限をかけていますが、韓国はアメリカの同盟国でもあり、このような戦略物資を横流しすることはないだろうということで、日本はアジアの国では唯一、韓国に対して優遇措置として包括的な輸出許可を与えています。それを取り消すということは「一括して許可しないで、一つひとつの契約について提出書類に基づき審査・検査を行っているASEAN諸国など他のアジアの国並みにする」ということなのです。一つひとつ審査すると最長で3ヶ月ぐらい時間がかかります。韓国の半導体自体の在庫は1ヶ月ぐらいですので半導体製造に影響が出ると言われていますが、中には短く済むものもありますし、半導体の輸出が完全に止まって韓国経済が大変なことになるところまでは行かないだろうと思われます。また、韓国から半導体を輸入している日本経済への影響もそんなに大きくはないと思います。
政府は韓国に対する優遇措置廃止について「経済制裁措置ではなく安全保障上の措置」と説明しています。すなわちフッ化水素など、大量破壊兵器生産に転用される戦略物資の貿易管理について韓国という国の信頼性が落ちたので、優遇措置を取り消して他の国と同じ扱いにするということなのです。

では、なぜ韓国を信頼できなくなったかというと、政府は2つの理由をあげています。一つには、徴用工問題などに見られるように「韓国の約束履行」に信頼が置けないというものです。昨年10月、韓国の最高裁判所は1965年の日韓請求権協定で解決している戦時労働者の補償について日本企業に賠償を命じる判決を下しました。「外国との条約や協定は締結国の国内法を拘束する」ということは国際法の常識ですが、それを無視する不当な判決だったわけです。無償3億ドル、有償2億ドルを韓国に供与した根拠となる請求権協定には「協定の解釈に齟齬が生じた場合は外交的な話し合いで解決する」という条文がありますが、今回、韓国司法の判決を受けて日本側が韓国政府に対し「外交上で話し合いをしたい」と要求したにも拘わらず、韓国は応じませんでした。
さらに協定上では「両国の話し合いで解決できなかった場合は、日本、韓国、第三国から代表を一人ずつ出して調停委員会を作る」とありますので、韓国に対し代表の選出を要求し、その期限をG20(金融世界経済に関する首脳外交)の開催前としました。G20までに韓国が応じて「調停委員会で話し合う」という合意ができれば、この問題の解決は事務レベルに任せて首脳会談を開催することができたわけです。首脳会談で安倍晋三総理が文在寅大統領に直接抗議をすることもなく、より重要な問題を話し合うことができたわけですが、韓国側はそれに乗ってきませんでした。それどころか、韓国政府は日本と交渉していることをアピールするため、「日本企業と韓国企業の双方で基金を作り、判決で勝訴した原告に賠償する」という案を出してきましたが、日本側としては「日本企業がお金を出すこと」を前提とすることは論外ですので当然断りました。
このような日韓のやり取りは秘密交渉で行われており、日本側はただ断って終わりではなく、韓国から次の案が出てくるのを待っていたのでしょうが、韓国側は「解決案を日本側に提案したが拒否された」と一方的に公表したのです。自分たちは努力しているのに日本が受けつけず、G20の議長国なのに首脳会談を拒否したと印象づけるためでしょうか。結局、国内での司法判決を盾にとって政府としてするべきことをせず、しかも請求権協定に基づく外交交渉にも応じないということで、日本は韓国に対する信頼をなくしていったのです。

二つめの理由は、半導体素材に関する貿易において韓国に不適切な事例があったということです。具体的な内容については明らかにされていませんが、一部で言われているのは、フッ化水素などが半導体の生産に使われないで、第三国に横流しされたのではないかという疑惑です。実際に朝鮮日報は今年の5月に次のような記事を報道しています。「大量破壊兵器に転用可能な戦略物資、韓国からの違法輸出が急増。3年でおよそ3倍、生物化学兵器系列が70件で最多。第三国を経由し北朝鮮、イランに運ばれた可能性も」という見出しの記事です。2015年の朴槿恵政権時、密輸が摘発されたのは14件、金額でいうと540万ドルだったのが、文政権が誕生した2年後の2017年には3倍の48件になり、金額では24倍の約1億3000万ドルになっています。そして、2018年は41件、2019年は1月から3月までだけで31件と急増しているのです。
この記事の出典となる韓国政府の資料によると、その中にはウラン濃縮に使う遠心分離機がロシア、インドネシアに、原子炉の炉心に使われるジルコニウムが中国に、生物化学兵器の原料となるジイソプロピルアミンがマレーシアにそれぞれ輸出されています。ジイソプロピルアミンというのは、金正男がマレーシアのクアラルンプール国際空港で暗殺されたときに使われた神経ガスVXの材料にもなっています。さらには北朝鮮と武器取引を行っているシリアやイランにフッ化ナトリウムなどが密輸されていることが判ります。また、今回日本が貿易管理を厳しくしたフッ化水素がベトナム、アラブ首長国連邦に密輸されています。もちろんこれが日本産かどうかはこの資料からは読み取れません。韓国政府は「日本製ではない」と発表しました。しかし、フッ化水素は日本が世界シェアの8割近くを占め、韓国も日本から多くを輸入していることからすれば、これから日本製が韓国から第三国に密輸される危険性が否定できないということです。

日本が韓国に対して戦略物資の輸出を一括許可で認める優遇措置を行っている前提は、「安全保障の観点から、貿易管理については両国が実務レベルで情報交換、協議をする」というところにありますが、この3年間つまり文政権になってから、このような情報交換、協議に韓国側は応じていません。そしてその一方で、戦略物資の密輸が急増しているという事実があるわけです。
このような状況の中、もしかしてフッ化水素が、日本から韓国を経由して第三国に流されて神経ガス製造に使われ、テロに係わったということになると、国際社会に対して責任を果たしていないということになります。輸出の禁止とまではいかなくても、相手の企業から使用目的を明記した書類を出してもらって、一件一件しっかり審査して輸出許可を与えることに改めたというのは極めて合理的なことなのです。
先ほどの朝鮮日報の記事は、実は韓国の保守野党の趙源震という国会議員が政府に請求して出させた資料です。「文政権が戦略物資の取り締まりを甘くしているのではないか」、「戦略物資が第三国経由で北朝鮮に運ばれた可能性があるのではないか」などの疑惑が、日韓の問題となる前にすでに韓国国内で議論されているのです。

 

二 変わりつつある韓国 ~主体思想派の台頭~

韓国は変わりつつあります。裁判所も警察も左傾化しつつあるのです。従来のアメリカの同盟国、日本の友好国、日米と連携して中国や北朝鮮の脅威に対抗するという国ではなくなりつつあるのです。
韓国の保守派は、今の政権のことを主体思想派政権と言っています。主体思想派、略称主思派、チュサバです。主体思想とはマルクス・レーニン主義を朝鮮の現実に合わせて発展させた、金日成が作った思想と言われています。そして1980年代、過激な革命を目指す学生運動家や労働運動家たちがこの思想を信奉し地下でセクトを作りました。日本でいうと中核派、核マル派みたいなもので、韓国では主体思想派と純粋マルクス・レーニン主義派と二つの2大セクトが激しく争っていたのですが、そのうち、北朝鮮からお金が流れ、頻繁に北から理論の指導も受けていた主体思想派が優勢になりました。
主体思想派で革命運動を行っていた人たちの多くは転向することなく、その後、国会議員になったり、学会に行って左傾化した教科書を書いたり、教育界に行って日教組のような組織を作ったり、マスコミに入ったり、司法試験を受けて裁判官、検事、弁護士になっていきました。そして今、このような人たちが文大統領の周りに集まってきているのです。大統領官邸の秘書官の半分が主体思想派出身で、公開の席で転向宣言をしていない人たちなのです。任鍾晳秘書室長、今は辞めて国会議員に出る準備をしていますが、彼が国会に呼ばれて保守野党の議員から、秘書一人ひとりの名前をあげられ「主体思想家ではないか」、「スパイ容疑で懲役を受けたのではないか」、「北朝鮮を支持する過激派ではないか」、「転向宣言はしたのか」と質問されました。そのとき彼は「80年代、先生が何をしていたかは知りませんが、私たちは恥ずかしい青春は送りませんでした」と答えたのです。つまり「自分たちが民主化運動をやって韓国を民主化させた」と、「軍事政権と闘ったのは自分たちだ」と堂々と答えているのです。そして「あなたたちはいまだに公開的に転向していない主体思想派ではないですか」と問われて転向しました。しかし今、「自由民主主義派である」とは言っていません。

北朝鮮から見たら日韓関係は悪くなればなるほどいいのです。北朝鮮から亡命した最高位の人は黃長燁朝鮮労働党書記ですが、私も3回ぐらい会ったことがあります。彼が伝えている金日成の言葉に「韓国を倒すには冠の紐を切ればよい」というのがあります。「冠紐論」です。李朝時代、両班は冠を被り両紐で結んでいたのですが、「韓国という国は冠で、二つの紐が日本とアメリカだ。この紐を切れば冠すなわち韓国は飛んでいく。だから日韓関係と米韓関係を悪くすれば韓国はこっちに来る」ということを口癖のように言っていたと言うのです。そしてこれは金日成がすごいところですが、1970年にチリにアジェンデ政権が誕生したのを見て「革命は選挙でもできる」と気付いたことです。それまでは武力革命です。韓国に地下組織を作って武装蜂起を狙っていたわけですが、もちろんその準備も並行して行うにしても、合法の仮面を被った革命ができると考え、学生運動をやっている優秀な指導者たちに学生運動を止めて司法試験を受けろと指令を出しました。「まず司法だ。検事と判事になれ」ということです。それが70年代のことです。例えば盧武鉉大統領、文在寅大統領は弁護士出身です。特に盧武鉉大統領は貧乏で高卒だったのですが、1年仕事を休んで司法試験の勉強をしたと自叙伝に書いてあります。いったい誰がお金を出したのでしょうか。「金日成奨学金」というものが存在しました。10数年前、月刊正論で対談した韓国の保守派の大学教授が「70年代に司法試験を受けろといって北朝鮮から金日成奨学金をもらったうちの一人が盧武鉉かも知れない」と述べていました。

 

三 徴用工問題から見える韓国の左傾化 ~韓国から失われる自由民主主義~

今問題になっている徴用工問題ですが、これは90年代に日本の弁護士や運動家たちが、朝鮮人強制連行があったと信じ込んで「日本で裁判しましょう。お金は全部私たちがもちます」と言ったことに端を発しています。元労働者の人たちは時々日本に呼ばれ、講演などをして温泉に入って帰るわけですが、日本の運動家たちは一生懸命資金を集め、そして三菱や新日鉄の前で抗議活動を行い、株主総会に出席しては「どうするのだ」と声高に非難してきたわけですが、日本の司法では負けたので、韓国で裁判を起こしましたが韓国でも負け続けていました。ところが2012年に韓国で最高裁まで行ったところ、判事に変わり者がいて小法廷で「逆転差し戻し判決」が出てしまいました。その後、高裁で「逆転原告勝訴。日本企業が敗訴」の判決が出て、もう一度最高裁に行ったときに朴政権になったわけです。「国際法は国内法に優先する。条約を結んだ以上、条約は司法も拘束する」ということで、朴大統領は「日本企業にお金を払え」という判決が出たら韓国が国際社会の笑いものになると考えて司法に働きかけました。当時の最高裁長官もそのことを理解し、「国際司法裁判所に行ったら負けます」という外務省の意見書も参考にして、慎重に検討しなくてはいけないということで確定判決を出しませんでした。
ところが文政権になってから、この最高裁長官が退任後に逮捕されてしまいました。文政権が任命した後任の長官が、最高裁の中にブラックリストがあり、それに基づいて左翼の判事の人事を不利にしていると考え、調査委員会を作って徹底的に調べたのですが何も見つかりませんでした。ところが、調べていくうちに朴統領と最高裁の間でのやり取りが判明し、「これは司法取引だ。行政府による司法への関与を許した」、「本来なら労働者への判決は早く出すべきだったのに出さなかった」ということで逮捕されてしまったわけです。
韓国の最高裁判事の任期は6年です。6年経つと次々と代わるわけですが、ちょうど文政権に替わったときに長官の任期がきていたので、文大統領が江原道の地方裁判所長官を務めていた左翼の判事、最高裁判事の経験もない人を長官に指名したわけです。左派の判事たちのサークル「ウリ法律研究会」の会長を務めていた人物です。
同様にして任期が終わった判事が次々と左翼の判事に代わり最高裁の過半数に達した昨年の夏に突然、保留されていた徴用工の審理が始まり、10月に「原告勝訴、日本企業敗訴」の判決が出ました。文大統領は口では「3権分立で司法の判断を守らなくてはいけない」と言っていますが、今の最高裁長官を任命したときから結果は決まっていたわけです。
徴用工に端を発して今直面している問題の本質は、民族感情の対立からくるさまざまな事案などではなく、金日成が「合法を装った革命ができる」と判断して、70年代からさまざまな分野に革命派を入れ、ついに大統領官邸秘書官の半数を主体思想派が占めた結果、韓国が自由民主義陣営から抜けようとしているところにあるのです。南北関係が急速に接近していく中、日韓関係、米韓関係がおかしくなっているのです。韓国の自由民主主義、反共主義という国是自体がおかしくなりつつあるのです

 

四 民主主義と結びつく主体思想に支配される韓国 ~忍び寄る北朝鮮の影~

主体思想派が韓国社会でここまで蔓延った理由は「民族主義を悪用したからだ」と韓国の保守派は言っています。本来、共産主義者というのは民族よりも階級を大切にします。「立て、万国の労働者」のスローガンに見るようにインターナショナルなわけです。ソ連時代、モスクワに共産主義インターナショナル(コミンテルン)の本部があったとき、日本共産党はコミンテルン日本支部でした。戦後も1955年に朝鮮総連ができるまでは在日朝鮮人は日本共産党に入っていたのです。金日成も民族より階級を選んで満州に行き、中国共産党に入り同党が主導する抗日武装闘争に参加していました。当時は別に民族への裏切りなどではなく共産主義者としては当たり前だったわけです。
南北朝鮮の経済力は1970年代になってクロスしますが、それ以前は北の方が上だったのです。ですから「社会主義が素晴らしい」という宣伝ができたのです。ところが、1965年の日韓基本条約で、日本から政府資金5億ドル、民間支援3億ドルのお金が韓国にわたり、またベトナム特需もあり、それを基に朴正熙大統領が輸出主導の工業化を行って成功しました。1965年から1975年の韓国の経済成長は国連統計でも世界一位となり「漢江の奇跡」と言われました。

韓国が順調に発展を続ける中、金日成の「民族主義を利用しろ」という指令の下、80年代の韓国の主体思想派の人たちは、表向きは民族主義的な主張をするようになりました。日本の核マル派は身体に日の丸を巻いては出て来ませんが、韓国の学生運動の指導者は太極旗を巻いて現れたのです。韓国の右翼の弱みというのは、韓国は儒教国家で中心となる核が今一つ明確でないということです。日本で右翼というと「皇室を中心とする日本の国体を守る」という明確な理念がありますが、韓国の右翼にそのようなものはありません。今から100年前、「3・1独立運動」が起こり、その後上海に臨時政府と称する団体が成立しましたが、そこで宣言されたのは共和制なのです。朝鮮王朝の復活と再興ではなかった朝鮮は南北ともに儒教の教えが根強く易姓革命の国でもあります。「李氏朝鮮の時代は終わった」と多くの人が思うようになっても不思議ではないのです。
民族主義の立場で見ると、アメリカの軍隊が韓国に駐留している事実は占領のイメージと重なり「民族にとっては屈辱だ」と言われると「あー、そうかな」となるわけです。そして「韓国という国は生まれたときから穢れた国だ」という反韓史観が80年代に広まっていったわけです。李承晩がアメリカに行って独立運動をしていたと言っても、それは外交活動であって銃の一発も撃っていないと、そして戻ってきて大韓民国を建国したものの、経済官僚、警察官、軍人もみんな日本統治に協力した親日派を活用しており「民族の精気は汚されたままだ」と言うわけです。それに比べて「北朝鮮の金日成は銃を取って日本と戦った」と思っているわけです。本当は愛国者というよりも中国共産党員の立場を優先して行動しているわけですがそうは言わないわけです。
70年代、金日成は平壌にパリの凱旋門より3メートルほど高い門を建設しました。金日成将軍が日本軍国主義を蹴散らして凱旋した門と言いたいのでしょうが、実際は中国からソ連に逃れ、戦後ソ連軍と一緒に帰ってきただけなのです。それでも今北朝鮮では「金日成が日本と戦って朝鮮の北半分を回復した」と教えているわけです。このような歴史観に基づいて韓国の主体思想派は「李承晩よりは金日成が偉い」、「北朝鮮では地主など親日派をすべて処断した」と教えられました。韓国ではその後に朴正熙将軍がクーデターで政権を握って日韓国交正常化を図り経済復興を成し遂げるわけですが、主体思想派は「日本の陸軍士官学校に留学した朴正熙こそが親日派の親玉」だとして非難し、親日派だから慰安婦問題や徴用工問題できちんとした清算を日本に要求しなかったと言っているわけです。

このような歴史観を地下のサークルで育みながら、韓国が次第に豊かになっていく中でちょっと自信もついてきた活動家の人たちが主体思想派となっていったのです。そういう人たちが学会を支配して親北左翼の近現代史を書き、それに基づいて韓国の教科書が書かれています。ですから、今韓国の小学校の歴史教科書では「1948年8月に大韓民国政府樹立」、「1948年9月に朝鮮人民共和国樹立」と書いてあります。北を「朝鮮人民共和国樹立」として建国と書きながら、南は「大韓民国樹立」とせず「政府樹立」として格下げしているのです。韓国の歴史教科書は民主化に伴い「国定」から「検定」に変わりましたが、するとどうしても左翼の意見が強くなり、徴兵で入隊する兵士の士気にも影響するということで、朴大統領が「国定」に変えました。歴史観を正さないと韓国は大変なことになると思ったのです。ところが、朴大統領が弾劾で退任させられ文大統領が選任されると、まだ内閣も組閣せず、教育大臣も選んでいないのに最初に行ったのが国定教科書廃止だったのです。歴史観を支配するものが勝つということをよく知っているわけです。
主体思想は民族主義と深く結びついています。反日を媒介にして反米そして反韓と続き、韓国という国を否定すると、結果として自然と北朝鮮の地位が上がるというわけです。民族主義だから冷戦が終わってソ連、東ヨーロッパの国々が崩壊しても、主体思想派はほとんど動揺しませんでした。マルクス・レーニン主義派は敗北にショックを受けたわけですが、主体思想派は意気軒昂、民族主義の立場から「アメリカと日本の支配を受けている韓国を解放しなくてはいけない」と主張しているわけです。

 

五 立ち上がる韓国の保守派 ~反日民族主義に反対する集会の開催~

韓国人の感情的な民族主義、歴史問題からくる反日主義は深く韓国社会に根を張っており、今は左派が率先して主導している現状ですが、主体思想派が専横の度を強める中、韓国の保守派の人たちが立ち上がってきています。「反日民族主義は我われが克服しなければならない課題だ」と主張する学者、運動家たちが街頭に出てきて啓蒙活動を始めました。今年の6月5日、ソウルの中心部で「慰安婦少女像、労働者像設置反対集会」が開催されました。中心人物の一人、李宇衍博士は私の友人ですが、「今日、ソウルで反日民族主義に反対する集会を、韓国の歴史の上で初めて開くに至ったということを誇らしく思います」と堂々と演説していました。主催団体は「慰安婦と労務労働者銅像設置に反対する会」、「反日民族主義に反対する会」、「韓国近現代史研究会」、「国史教科書研究会」などでした。そして声明文は金基洙弁護士が読みました。
声明文の内容は極めて常識的で将来の展望を見据え、日韓関係の未来に光明をもたらすものと思われますので、ここで要点を紹介したいと思います。
「歴史の流れを逆に戻そうとする無知と狂気がこの国を蔽っている。慰安婦少女像と労働者像を建てようとする試みは決して進歩でも民主でもない。これらの像は歴史認識を歪曲し、もっとも近い友好国日本との大切な関係を根底から壊そうという企てだ」
「日帝時代に日本に働きに行った我われの祖先たちが奴隷のような強制労働に苦しんだというのは徹底した歪曲だ。『進歩を売り物にする輩』は日本人労働者の写真を朝鮮人として、映画の一画面を実際の写真だと主張するなどでたらめを流して反日感情を煽ってきた」
韓国の教科書には、1920年代の北海道で奴隷のように労働させられていた日本人の写真が韓国徴用工の写真として掲載されていましたが、抗議を受けて今その写真には白いシールを張るということになっています。
映画の一場面というのは、1965年に朝鮮総連が日韓国交正常化に反対するために作った宣伝映画の一部で、炭鉱の壁に「お母さんに会いたい。お腹がすいた」と朝鮮語で書いて撮影したのですが、それがいつの間にか、実際に徴用工が描いたものとなり、その写真が韓国の博物館に陳列されていました。

「韓国の裁判所による強制徴用工賠償判決と日本企業に対する差し押さえ措置は、大韓民国の近代化と経済発展に寄与した韓日親善交流を根底から脅かしている。文在寅政権の愚かで無責任な外交的自害行為である。韓日親善交流を毀損しようとするこの執拗な試みの真の意図は何なのか、その背後にどのような勢力がいるのかを徹底的に究明してその責任を問わなければならない。韓日関係が動揺すれば韓米関係が危うくなる。韓日、韓米関係が危うくなることを『のどを飯が通らないほど』切実に願っている者が誰なのか、すべての国民がしっかりと直視しなければならない」
私の従来の主張と同じく、韓国における反日運動の背後に北朝鮮の影を見ているのです。
日本人は何かを望むとき、「のどから手が出るほど」と言いますが、韓国では「のどを飯が通らないほど」と言っています。

「労働者像設置を主導している全国民主労働組合総連盟(民労総)は不法暴力行為を尖鋭化させ、労使協議の相手の企業役員に暴行し、労働者像を撤去した釜山市長を脅迫している。彼らは法律と国民の上に君臨する占領軍なのか。自由に振る舞うことのできる新しい両班、貴族階級なのか。彼らが主張する『労働者を主人とする世の中』とは金氏朝鮮のように、労働者の自発性や福祉を無視し、世襲貴族による強制徴用が日常化している世界を言うのであろうか」
ここで言っている民労総は本当に暴力的な労働組合なのです。警察も手をつけられません。それに正面切って反対しているということは暴力に見舞われる恐れもあるわけです。私はこれを読んで李宇衍氏と金基洙氏に「大丈夫なのか。このようなことを書いて暴力を受けないのか」と聞いたら、「いや、今のところ無視されています。本当は来て欲しいのですが」と言って笑っていました。

集会には50人ぐらいが集まりましたが、保守派だけではなく左派も参加しています。主体思想派の左派ではなく純粋マルクス・レーニン主義派で、その中の労働運動に40年携わっている人が「民労総は偽善者だ。大企業が中小企業を踏みつけている実態がある。民族主義が韓国の労働運動をおかしくした」と訴えたのを皮切りに、あとの発言者に次々とマイクが渡されました。今までも文章で発表することは一部であったのですが、保守派だけではなく左派も一緒になって「主体思想派がやっている反日煽動はおかしい」ということを公然と言い始めたのです。
彼らの話の中には、私たちからしても「その通り」と思える意見もありましたので紹介します。
「韓国は1965年の韓日基本条約で日本から5億ドルを供与されて工業化を実現しグローバル国家となった。今、慰安婦少女像や労働者像を設置しようとするのは、以前一括交渉で8億ドルをもらいながら、再び要求して謝罪や賠償を求めようとする行為で正しいとは言えない」
「慰安婦はとても胸が痛い話だが、すでに日本から賠償を受け取り、韓国は今これだけ豊かになったのだから、何人かしか残っていないお婆さんたちを十分にお世話して不自由なく生活してもらうことは私たちで十分にできるのではないか。いつまでも日本にお金をくれと要求するのは恥ずかしくないのか」

 

六 日韓に差し込む光明 ~韓国社会で生まれる「反日」から脱却しようとする新たな動き~

韓国のマスコミは今、主体思想派の影響を大きく受けています。ただ、日本と同じようにネット社会が進行していて、地上波のテレビは嘘をつくからと言って、ユー・チューブテレビに人気が集まっています。スタジオを構え、30万から50万、最高で80万人の登録者を抱えた10近いテレビ局がテレビを運営しています。そういうところに、悪化する日韓関係を憂慮する人たちが出演して、これまでなかなか言えなかった「日本の言っていることは正しい」、「韓国という国を建て直すためには、韓国の反日を克服しなくてはならない」などと言い始めているのです。
韓国の経済発展、近代化には日本との友好関係が大きく貢献してきた事実を踏まえ、韓国の将来には日本とアメリカの協力が必要だと再認識してきているのです。
最近「大韓民国の危機の根源 反日種族主義」という本が出ました。李宇衍氏の師でソウル大学において教鞭を執っていた李栄薫先生が書いた本ですが、グループで書いているので李氏も入っています。要旨として「韓国の今の民族主義は近代的、合理的とは言えず種族主義だ」と言っているわけです。分かり難い言葉使いですが、あまりにも感情的で理性的ではないということでしょう。また、従軍慰安婦は性奴隷ではなく軍が管理した公娼制度であり、李朝時代にもそのような制度はあり、日本の統治が終わったあとの韓国にもそういうものがあったとはっきり記しています。
さらに徴用工についても触れています。戦時労働者は奴隷労働ではなく給料をもらっており、日本人との差別もなく、給料の差別があったと主張する人がいるが、それは間違いだとはっきり言っています。日本人と朝鮮人の給料の平均を数字で見ると日本人の方が多くなっていますが、炭鉱の労働は歩合制で、たくさん採った人、勤続年数が長い人ほど自然に給料は高くなり、戦時に働き始めた朝鮮人はどうしても勤続年数が日本人に比して短かったから給料が低かった、同じ勤続年数で朝鮮人と日本人を比べると差はなかったと言っています。当時、朝鮮人はお金を稼ぐため、自発的意思により玄界灘を渡ったのであり、就職競争はとても熾烈で、誰でも働けるわけではなく、就職した後には正常に賃金が支給されていました。
戦後の1965年、朴政権は日本から受け取った請求金資金で戦時労働者に補償しています。次の補償は盧武鉉政権のときです。朴政権の補償は十分ではなかったが、これは日本に改めて求めるものではなく韓国政府の責任だとして補償が行われました。今回また補償を受け取ると3回目になります。一度の労働ですでに給料は受け取りながらさらに3回も補償を貰うのはおかしいということもこの本の中に書かれています。来週この本の出版記念会があるので、私もソウルまで行って参加しようと思っています。近くこの本は日本語で文芸春秋から出るということなので楽しみにしています。

主体思想派は80年代から、反日感情を利用して韓国という国を根底から覆そうとして活動してきましたが、文政権の誕生で主体思想派が政権を取り、この動きをさらに進めようとしています。しかし今、「主体思想は民族主義と結びつき、この民族主義には反日感情が悪用されていること」に韓国の人たちが気づき始めました。それも日本統治時代を経験した世代ではなく、若い世代の中から現れてきているのです。
どちらが勝つのか、主体思想派が80年代から活動を始めたことを見れば、勝負はそう簡単にはつかないと思われます。しかも、相手はすでに権力を持ちマスコミも掌握しているのでなかなか大変です。

 

七 切り離せない朝鮮半島と日本の絆 ~求められる日本の覚悟~

高麗時代、朝鮮社会に武士階級が出てきて、日本の鎌倉幕府のようなものを作ろうとする動きがありましたが、そのとき大陸からモンゴルが侵攻して来ましたので中断し、その後ずっと中央集権的な王朝が続きました。ところが当時、その武士勢力は済州島に立て籠もってモンゴルに抵抗していたのです。三別抄の乱です。モンゴルは船を簡単に作れませんから、済州島はなかなか落ちなかったのですが、最終的にモンゴルの支援を受けた高麗に鎮圧され、その後に、モンゴル、高麗は連合軍として日本に来襲して来たのです。
ですから私は韓国の友人に「あなたたちは三別抄だよ」と言っています。彼らが負けたら、次は半島全体が反日勢力の手に落ちて、韓国と日本が対馬を挟んで睨み合う状態になるということです。最悪のシナリオは、核を持ったまま反日勢力によって半島が統一され、拉致被害者も帰ってくることはないというものです。
少し良いシナリオは、まずアメリカの圧力を活用しながら北朝鮮との話し合いにより、核を止めさせ、そして拉致被害者を取り戻すことでしょうか。その後に韓国がおかしくなって、半島が反日勢力によって統一されることがあるかも知れませんが。
余り悪くないシナリオは、韓国で保守勢力が再び政権を取り、韓国が正常化して日米と連携し、北としっかりと向かい合うというもので、一番良いシナリオは、保守勢力が北進して北朝鮮を自由化し、北朝鮮の住民を解放することだと思います。
半島の情勢は大きく変わりつつありますが、今の感じとしては、南北の38度線が釜山のすぐ近くあたりまで下がって来ようとしている気がしています。朝鮮線戦争のときには、釜山橋頭堡から仁川逆上陸作戦を行って勢を挽回していきましたが、現状は混沌としていて楽観は許されないものがあります。

日本はまず、日米同盟を強固にすると同時に自衛力を強化して抑止力を高めなくてはいけません。憲法改正を急ぐ理由はそこにあると思っています。明治時代ではありませんが「富国強兵」しかないと思っています。地政学的、歴史的に見て、日本人は朝鮮半島が反日勢力の手に落ちると大変なことになるということが分かっています。「白村江の戦い」で負けたときは、北九州に長大な水城を作り、防人を全国各地から集めました。元寇を撃退したのは神風もさりながら、何より鎌倉武士たちの力が大きかったわけです。日清・日露の戦争は朝鮮半島を反日勢力に渡さないための戦いであり、特にロシアとの戦争は国力の差が天と地の違いほどありましたが果敢に挑み、薄氷の勝利を収めました。 
朝鮮戦争のときは、アメリカは当初朝鮮半島への介入を逡巡していましたが、日本を守るためには朝鮮半島が赤化されるのは認められないとして、本格的に参戦していくわけです。中国軍が介入してきたときには、マッカーサーは原爆の使用許可まで求めて阻止しようとしました。日本の防衛、アジア太平洋の防衛のためにも朝鮮半島の確保は揺るがせにできなかったわけです。
翻ってわが国の現状を見ると、今の日本人には過去の人たちが抱いてきたような朝鮮半島に対する地政学的な危機感というものは見られません。朝鮮半島の情勢が激変し、韓国国内で自由民主主義勢力がこんなにも追い詰められていたら、明治の日本人であれば直ちに対抗措置を取ったと思いますが、今の人たちはいまだに「安全保障はアメリカがやってくれる」という幻想に支配されているのです。
今の日本において、いまだに憲法改正ができないでいるということを見ても、危機が目の前に来ているのにも拘わらず、それが危機だということに気付いていないことに「危機の本質」があるのではないかと思っています。
韓国の保守派の友人がこのように言っています。「韓国の保守がこんなにも駄目になった理由は、アメリカに国防を任せたためだ」と。保守の仕事は利益の分配だけだと考えてきたのでこんな状態になってしまったということでしょうが、「それは日本も同じではないか」と強く思う次第です。
以上で私の話を終わります。有り難うございました。
令和元年七月十日 公益財団法人日本国防協会 国防問題講演会講演録より