「憲法改正の課題-憲法9条に『自衛隊』を明記する案について-」
福山市立大学講師
安保 克也 氏

 

はじめに

北朝鮮の核やミサイル問題、中国による海洋進出など、日本を取り巻く安全保障環境は厳しい。そのため、政府は地上配備型迎撃システム「イージスアショア」の導入予定である。我が国の防衛に重要な問題がある時期に、何故、「憲法9条に自衛隊を明記」する憲法議論を行うのか、私にはまったく理解ができない。本来であれば、自衛隊明記よりも、厳しい安全保障環境を考えれば、憲法9条2項の問題に着手する憲法議論をすべきだと考えるからである。しかし、「憲法9条に『自衛隊』を明記する案」(自民党憲法改正推進本部)が改正案である以上、憲法改正に賛成の立場から、自衛隊の明記案に対して批判的な考察とその対応について検討を行いたい。

阪田雅裕は、「今の自衛隊を変えずに発議するのならこうなるのではないか、という発信をもう少ししていただきたいと私は思います。ただ変えることに反対だというのではなく、ごまかして変えるのはダメだと。もし総理がおっしゃるようにするというならこうでしょうと。それなら我々もどうしても発議してはいかんとは言いませんよ(1)」と述べる。井上達夫も、「安倍さんが危ないから安倍政権下では改憲しないほうがいいというのはまったくナンセンスだと思っています(2)」と主張する。

 

1.今、自衛隊明記を議論している場合か否かについて

 井上達夫によれば、「朝鮮半島情勢が、これだけ緊迫していますね。そんな中で、私が一番心配しているのは、・・・自称『右』の連中の危機感が実はゼロだということなのです。彼らは、護憲派を平和ボケと呼んできたけど、本当は平和ボケがひどいのは『右』と称する連中で、そのことは安倍首相のあの改憲案にも現れている。・・・日本の領土・領海のうちで武力衝突が起こる可能性がこれだけ高まっていて、しかも日本の迎撃能力は大してない。というよりもミサイル迎撃態勢ははっきりいってザルです。だとしたら、こんな中途半端なことではだめだと、右の側が安倍首相を叱らなければいけない。・・・安倍を叱らなきゃいけないはずの『右』が、もうまったくその役割を果たそうとしない。相変わらず自衛隊は戦力でないからOKという虚構に浸り、軍事衝突の危険への対処という現実的問題と向き合うことから逃避している(3)」と批判をする。続けて、井上は、「『自衛隊は戦力でない』と言い張ったところで、仮に北朝鮮と軍事衝突があった場合、国際法上は交戦法規が適用される。『交戦ではない』と主張することはできない。自衛隊の存在は明らかに憲法を無視している。九条二項を残しておきながら、自衛隊を保持しようとするのは立憲主義の否定そのものと言うべきです(4)」と述べる。

また、小山常実は、「安倍首相は、一定程度普遍的な規定である第九条第一項だけではなく、全く世界に類例のない規定である第二項をそのまま護持する『日本国憲法』改正構想を発表した。・・・さて、第九条第一項第二項を維持するとはどういうことか。国防の大枠が現状通りということである。・・・これまで改憲派は、一貫して『奴僕国家』から普通の独立国家になるために、第九条第二項の削除を訴えてきた。・・・しかし、⑤交戦国として持つ諸権利を持たないという問題については、ほとんど議論されてこなかったように思う。『日本国憲法』成立過程史の研究者である筆者も、⑤の問題を詳しく追及したことは(5)」なかった、と述べる。続けて、小山は、「こんな『憲法』改正案が通れば、日本は二度と立ち上がれなくなるのではないか。憲法改正は何のために行うのか。外国から侵略されない独立国家を作ることではなかったのか。これでは、アメリカが衰退していけば、いや衰退しなくても、必然的に中国に占領される事態を招来するのではないか(6)」と指摘をする。

さらに、伊勢崎賢治によれば、「日本の領海領空領土を脅かす敵が現れたとして、その際、必然的に起こる『戦闘』での誤射、誤爆。例えば、その前線が、隣国と係争中の領海で、その敵の真横に、敵に属する民間船や民間施設があって、自衛隊の一撃が当たってしまったら?こういう国際人道法違反を審理できない、つまり、『撃った後』に責任を持てない国家は、法治国家であるなれば、単純に、撃てないのである。どんな高価な武器で武装しても、撃てないハリボテなのである。北朝鮮への敵地攻撃なんて、勇ましいことを軽々しく言うべきではない。その際に発生する全ての誤爆の責は、現在の日本の法体系では、『武力の行使』ではなく『武器の使用』として自衛隊員が負うのである。安倍加憲は、撃てない国家が、撃てない国家のまま、自衛隊を明文化することによって、個々の自衛隊員にもっと撃て、と言うことである(7)」と述べる。

 

2.憲法に明記されていない自衛隊について

『憲法9条と自衛隊明記Q&A』によれば(8)、「Q19 自衛隊の憲法明記については、自衛隊関係者の中にも賛否両論があるとのことですが、・・・全体的にみると賛成者の方が多いと聞きますが」という設問に対して、「A 確かに、賛否両論あり、・・・しかし、全体的には賛成論のほうが多く、憲法明記によって現在の曖昧な地位を解消することに賛成していると思われます」と答える。著者の百地章は、「まず、注目したいのが、現役の自衛隊統合幕僚長・河野克俊海将の次の発言でした。『憲法は非常に高度な政治的問題なので、統幕長の立場で申し上げるのは適当でないと考えている。ただし、一自衛官として申し上げるなら、自衛隊の根拠規定が憲法に明記されることになれば、非常にありがたいと思う』(9)」という毎日新聞の記事を引用し説明をする。

まず、私が疑問に思うのは、「聞きますが」、「思われます」という主観的な表現で、読者を自衛隊明記に賛成するように誘導しているように感じる点なのである。この点について、<憲法9条改正で1項2項と自衛隊明記の両立は可能なのか?!改憲派・護憲派激論『憲法9条と憲法改正議論の在り方!』論理矛盾の「石川健治」氏に「」大激怒!>『プライムニュース』(BSフジ)で(10)、井上達夫は百地章に対して、「根拠は」、「推測ですか」という質問を投げかけた。百地は、色々と弁解をしていたが、結局は、「私なりの感触ですが」という返答をした。井上は、「学者が政治運動をするのもいい。だけれど、学者たちが、学者の命である知的廉直性、正直であることをかなぐり捨て、自分たちの政治的目的を追求する手段(11)」とすることを批判する。この井上の指摘は、今の改憲問題を考える上でのキーフレーズだと考える。また、伊勢崎賢治は、「『自衛隊は合憲』と言われて自衛官は喜ぶと思ったら大間違いですよ。シラけている、もしくは、ふざけるなと思っているはずです。それを前面にださないだけです(12)」と述べ、百地とは正反対の主張をする見解は、普段、聞く機会の少ない見解だけに重要であろう。

私自身、自衛官達の見解は半々だと推測するので、賛否の見解が異なる問題を議論する際、自説の補強のために、「自衛官は」とか「自衛隊は」という主張は慎むべきだと考える。なぜならば、客観的な賛成反対の見解を論理的に述べるにとどめるのが、論争でのフェアーな態度だと思うからである。

 河野の発言に対して、松竹伸幸は、「現在の自衛隊に対する国民的な支持は、憲法に明記されていない自衛隊はどうあるべきかと探求してきた努力の結果の積み重ねが生み出したものであることも忘れてはなりません。専守防衛という政策もその一つです。あるいは、政治的な問題に距離を置き、争いのある問題では発言しないという気風もそのなかで生まれました。・・・河野克俊統合幕僚長が、安倍首相の加憲提案を受けて、『自衛隊の根拠規定が憲法に明記されることになれば非常にありがたいと思う』と述べました。率直な気持ちだと思いますが、国論が二分している問題で自衛隊の最高幹部が一方の側に加担するというのは、戦後の自衛隊のあり方を否定するものです。そういう自衛隊を果たして国民の多数が支持をするでしょうか(13)」と述べる。

柳澤協二は、「安倍首相は、『自衛隊を違憲という憲法学者もいるから今のままでは自衛隊がかわいそう』という説明もしています。本当にそうでしょうか。自衛隊は、すでに何度も海外の治安の悪いところに派遣されています。その際、やむを得ず自分の身を守るために武器を使う権限を与えられてきました。・・・ところが自衛隊は、部隊として交戦する

のではなく、個人として武器を使うことしかできません。安保法制の条文上も、『自衛隊は』

ではなく『自衛官は』合理的に必要な範囲で武器を使うことができるが、正当防衛・緊急避難(刑法三六・三七条)に該当する場合でなければ相手を傷つけてはいけないことになっています。これは、警察官が国内で犯罪の防止や犯人逮捕のために武器を使う条件と同じです(14)」と述べる。続けて、柳澤は、「そういうことを自衛隊にやらせることが前提であれば、自衛隊を書き込むだけの憲法改正は、あまりにも無責任です。堂々と、『軍隊にします。』と言わなければなりません。しかし、それでは国民が反対するだろうから、軍隊とは言えないのです。安倍総理大臣は、『憲法に書いてやらならければ自衛隊がかわいそう』と言いますが、中途半端な書き方をすれば、かえって自衛隊がかわいそうですし、『軍隊にする』と言えば、国民はかわいそう、ということです(15)」とも述べる。

 

3.「9条の2」に自衛隊を明記する自民党素案について

この論点は、自衛隊明記における最大の論点であるが、「自衛隊の明記」批判に比べて、賛成する立場からの文献が少なかったため、バランスを欠いてしまった。この点、井上達夫は、「今の日本ではナショナリズムやリベラリズムなどの概念が混乱していますよね。何が『右』で何が『左』かも定かではない。もともと、メディアで当たり前のように流通している『右対左』『保守対リベラル』という色分け自体が、思想的な根拠に基づくものではなかったんですよ。いろいろな歴史的偶然や政治的な野合を反映しているだけで、そこにはまともな原理や原則はない(16)」と述べる。

(1) 改憲的な立場からの主張について

高乗正臣は、「憲法改正問題の核心は、国の安全保障のあり方を定める憲法九条をどうするかにあることは明らかである。その意味から言えば、今回の安倍首相の発言は評価できるものといえよう。しかし、その中身は疑問だらけである。首相のメッセージは、現在の憲法九条の一項と二項はそのままにして、新たに三項を設けて自衛隊の存在を明記するというものである。・・・自衛隊ないし自衛軍の存在を憲法の上に明記するということには全く異論はないが、問題は『現行の一項と二項をそのままにして』というところである。周知のとおり、九条二項は前文の趣旨と相まって徹底した非武装主義を法規範として明示している。『陸海空軍はその他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。』という極めて明確な規定がこれである。その規定はそのまま残して、三項に自衛隊の存在を明記したらどうなるというのだろうか。自衛隊は二項で保持を禁じられている戦力ではないのか、軍隊ではないのかという、あのバカバカしい議論をまた蒸し返すつもりだろうか(17)」という疑問を投げかける。

また、小林節は安倍首相の発言に対して、「『専守防衛は平和主義です』とか『専守防衛の方針はぜんぜん変わりません。一項二項はそのままです』と言ったそばから第二項を否定する条文案を何の説明もなしにスッと出してくる。このトリッキーで姑息な態度が、私に言わせれば、『裏口入学をしようとしている』ということです。これでは、本質の議論に持ちこたえることは到底できません(18)」と述べる。

さらに、慶野義雄によれば、「九条二項は、戦力不保持に加え、交戦権を否認してダメを押している。交戦権とは、戦争をする権利、あるいは戦闘を行う権利と解釈できる。さらに、交戦権を交戦国に認められた国際法上の権利、地位と解することも可能であるが、二項をそのままにしてということになれば、自衛隊は手足を縛られて他国の軍隊よりもずっと不利な条件で戦わなければならないことになる。・・・新たに定義される『戦力でない自衛隊』は、消防隊とか警察、災害救助隊のようなイメージになり、国防を担う自衛隊員の誇りは、ずたずたに切り裂かれるだろう・・・残るのは混乱と欺瞞のみ(19)」と主張する。

(2) 賛成する立場の主張について

百地章によれば、「①憲法9条2項が『戦力の不保持』を定めているにもかかわらず、『9条の2』で『自衛隊の保持』を明記するのは矛盾ではないか、という批判があります。しかし、そのような批判は当たってはいません。というのは、現在でも自衛隊は9条2項の下で、『戦力』に当たらない『自衛のための必要最小限度の実力』として保持が認められている(政府解釈)からです。その自衛隊を法律から憲法に格上げするだけで、なぜ9条2項と矛盾するのでしょうか。②この点、『後法優位の原則』を持ち出して、もし『9条の2』で『自衛隊の保持』が明記されれば、『前法』である『9条2項』が否定され、『空文化』されてしまわないか、と批判する人がいます。しかし、これも誤解であって、『後法優位の原則』というのは『前法』つまり先に制定された法律と、『後法』つまり後で制定された法律がもし矛盾した場合には、『後法』の方が優先する、というだけです。したがって、そもそも、同じ憲法の条文である『9条』と『9条の2』との間では、『前法』と『後法』といった関係は成立しません。両者は別の法律ではないからです。しかも『9条』と『9条の2』は矛盾しないのですから、『後法優位の原則』とは無関係です。それ故、『9条の2』では『自衛隊の保持』を明記したからといって、9条2項が空文化してしまうことなどありません』(20)」と主張する。

(3) 護憲的な立場からの主張について

伊藤真は、自民党改憲条文素案に対して、「この案では、戦力の不保持・交戦権の否認は自衛隊に及ばなくなり、戦力拡大への歯止めがなくなる。法の世界には『後法は前法を破る』というローマ法以来の原則がある。9条に手を付けなくても、9条の2が加えられれば、9条が書き換えられたとの同じことになるのである(21)」と主張する。

また、谷次郎は、まず、「自民党の9条『加憲』案の規定では、・・・自衛隊は、憲法9条1項、2項の例外になりますので、『我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置』という名目であれば、憲法9条1項の禁じる国際紛争を解決する手段としての戦争、武力による威嚇、武力行使を行うことも可能ですし、自衛隊が『陸海空軍その他の戦力』であったとしても問題がない、ということになる(22)」と指摘をする。続けて、「条文の規定の仕方からする説明とは別に、法の基本原理である『後法優先の原則』・・・によって、9条『加憲』によって憲法9条1項、2項の規定の制約がなくなる、という説明も可能です(23)」とも述べる。

長谷部恭男によれば、「『神は細部に宿ります』。ほんとうに変わらないのかどうかは、・・・たとえば1項2項はそのままで、『自衛隊を置くことをさまたげない』といった条項が新たに付け加えられるとしましょう。これでは、現状のそのままの体制を書き込んだことになるかどうか全く分からない。そこで言う『自衛隊』がどういう権限を持つどういう組織かは、憲法の条文を読んだだけでは不明だからです。悪くすると、自衛隊の権限と組織は、すべて国会のつくる法律の定めに丸投げ、ということにもなりかねない。他方、単に『わが国を防衛するための実力組織を置くことができる』と書くと、自衛権を行使できることを前提としていることは分かります。ただそこで言う自衛権が、日本が直接攻撃を受けた時の個別的自衛権だけなのか、あるいは他の国を助けるための集団的自衛権を含むのか、自衛隊はいったい何ができて何ができないのか。やはり、憲法のその条文を読んだだけでは分からないんです。・・・『後法は前法を優先する』という原理を・・いうのですが、いくら1項2項に立派なことが書いてあっても、それと矛盾抵触する新しい3項ができたらそちらが優先される。だから1項2項が残っていてもその意味がなくなってしまうんですね。安倍さんは、1項2項が残る限り、フルスペックの集団的自衛権が認められることはないと言い張っているようですが、そんな保証はありません(24)」と述べる。

(4) 現自衛隊と改憲後の自衛隊について

松竹伸幸は、「加憲案によって憲法に明記される自衛隊は、国民の多くが支持する専守防衛の自衛隊ではないということです。集団的自衛権の行使を一部であれ認められた自衛隊だということ(25)」だと主張する。この点につき、青井美帆は、「日本国憲法は、軍隊が存在しないことを前提に、権力を憲法上の機関に配分しているのですから、これを変えるのなら、権限の配分の適正さも検討しなければなりません(26)」と述べる。

同様に、井上武史も、「『自衛隊』は固有名詞です。・・・固有名詞で存在する組織を憲法に書くのは不適切です。新しく憲法上の組織を創設することになる。その組織に何をやらせるのか、他の国家機関との関係を整理しなければいけない。組織名を憲法に書くことは『現状の自衛隊』を抜本的に変化させることになるのです。・・・『自衛隊』と憲法に書きたいのであれば、・・・例えば憲法七二条に記されている『行政各部』として『自衛隊』を明確に位置付ける必要も出てくる(27)」と述べる。

(5) 小括

私見では、自民党の改憲条文素案を見てみると、長谷部が指摘するように、9条の2第1項では、実力組織を法律の定めに丸投げしていることが分かる。ということは、9条2項は事実上、空文化することになるだろう。もし空文化しないと百地が主張するならば、最低限、自衛隊の権限と組織を9条の2第1項に書き込まなければ、様々な角度からの批判からは止まないのである。ただし、このような作業をおこなえば、何も変わらないという安倍首相の発言は崩れる。

 

4.自衛隊の明記案を国民投票で否決した場合について

(1) 自衛隊は廃止できるのか否かについて

自衛隊を憲法に明記する理由として、八木秀次は、「自衛隊を『廃止する、廃止しない』ということが簡単にできる組織とするのか、簡単にはできない重要な組織と認識するのか、そこを国民に問うわけです(28)」と述べる。

伊勢崎賢治によれば、「『戦力』の過失を審理し統制する法体系を持たないことは、国際人道法の観点から『非人道的』なのである。繰り返すが、国際人道法の違反が、いわゆる『戦争犯罪』だからである。そういう法体系は、『戦力』を自覚しない限り、生まれない。だから、『戦力』であることを自覚しない『戦力』は『非人道的』なのである。・・・自衛隊は、もはや政治的に武装解除できない。自衛隊に限らず軍事力そのものの放棄を夢想するのは結構であるが、9条による『非人道性』は、現在の政治リアリティーである(29)」と述べる。自衛隊が廃止される可能性があると、煽る論調に対して明確な批判となる(30)

 また、井上達夫は、自衛隊を憲法違反と主張する学者らの欺瞞について、「彼らの欺瞞――だからといって何もしない、ということ。自衛隊を廃止せよ、という運動もしていません。日米安保反対運動を国民的規模で組織しようという動きも、一九六〇年の安保反対運動の終焉以来ありません(31)」と述べる。続けて、井上は、限定的な集団的自衛権「のように、専守防衛の枠を超えた自衛隊・安保強化の動きがあると、そこだけちょっと反対をする。かつてのPKOのときみたいに。しかし、それだけですね(32)」と指摘する。

(2) 自衛隊明記案に反対した場合について

 そこで、自衛隊を明記する案に反対の場合、どういう理由で反対していくのかについて、高橋源一郎によれば、「ひとつは9条2項に『戦力を保持しない』と書いてある、自衛隊は誰がどうみても現実的に戦力だから、この2項は取りましょうという考え方。もうひとつは、憲法で規定しているんだから自衛隊のほうを取る、つまり軍隊をなくすという考え方です。ところが憲法9条の解釈に関してはいろいろな説があり、・・・それに対していろいろな方が多種多様な案を出していますが、・・・関わりたくなかったからこそ、日本は軍隊の問題に直面せずに利益を受けてきたとも言えます(33)」と述べる。

長谷部恭男によれば、「たとえば大学教育を無償化しましょうといったような憲法改正の提案が否決されたら、有償である現状に戻ればいいだけの話ですが、『自衛隊の現状』を憲法に書き込む提案が否決されてしまうと、『自衛隊の現状』を主権者たる国民が否定したと受け止めることが素直でしょう。そうなると、自衛隊をどうすればいいのか。現状が否定された以上、戻るべきところが分からなくなってしまう。いろいろな回答が考えられますが、集団的自衛権の部分行使を認めない、武力が行使できるのは日本が直接攻撃を受けた時の個別的自衛権のみ、そこまで戻るのもひとつの考え方ですし、そもそもPKOのような海外での活動を自衛隊がすることもやめるべきだという議論になるかもしれません。もっとハードコアな人は、そもそも9条の下で武力を行使する組織を置くことなんて許されない、武力を行使する権限はすべてなくしてしまうところまで戻そう。災害救助のような活動だけでいいではないかと言い出すかもしれません。とにかく大変な大混乱が起こりそうな話なんですが、安倍政権がそういうリスクをどこまで真剣に考えて憲法改正の話をしているのか分かりませんね(34)」と述べる。なお、否決の場合については、安倍首相の政治的責任で決着をつけるべきと考える。続けて、長谷部は、法的な側面からみた自衛隊の現状の意味について、「自衛隊という組織に何ができて何ができないのかという線をどこに引くのか、ということです。しかも考え方のちがいによって、その線が大きく動くことになります(35)」と述べる。

 

(3) 小括

自衛隊明記の案を本気で通そうと考えているならば、長谷部からの批判は、自衛隊の明記を目指す推進者にとっては想定の範囲内かと思われる。その理由は、自衛隊員の貢献的な災害救助に対して国民が抱いているリスペクト(尊敬)、すなわち、自衛隊に対しての高い支持率があるからだ。自衛隊に対しての高支持率があるからこそ、否決はされないと考えているかと推測する。この点、小林節は、「災害救助に行った自衛隊を皆、素晴らしいと言うけれど、自衛隊は災害救助隊ではないのです。災害救助というのは、あくまでも総務省の消防庁および各地方公共団体の管轄ですよ。自衛隊の本質は、災害救助では使わなかったけれど、普段背負っている鉄砲にあるんですよ。自衛隊は戦争屋さんなんですよ。これを共産党が『人殺し』と言って党勢が失速した。人殺しじゃない。人殺しも辞さずしてわが国を襲ってくる外国の軍隊を蹴散らす戦争屋さんなんです。だから災害救助で活躍した自衛隊を見て、そこから話をそらして好意を持たせるトリックなんですよ。・・・つまり、自衛隊というのは戦争をするプロフェッショナルです。戦争というのは、まず敵味方が攻撃し合って、相手の国土をメチャクチャに破壊しながら進み合う。だから、インフラがなくなった状態で自己完結型に生活を守りながら進軍や退却ができる組織をいう。この能力が災害救助に利用されただけなんですよ。要するに、自己充足組織ってヤツです。だから、自衛隊は災害救助のために用意されているわけではないんです。戦争のために用意されているから、『災害救助によってその能力を提供できた』というだけのことです(36)」と主張する。

私見では、国民投票になった場合に備えて、長谷部が指摘するように、安倍首相が国民投票で否決されても自衛隊合憲に変わりはない、との説明に対しての対策は絶対に備えておく必要がある。すなわち、否決した場合、自衛隊の現状をどこに戻すのかという点を決めておかなければ、否決後の憲法改正について説明がつかなくなるからである。前述の高橋が述べるように、「9条2項に『戦力を保持しない』と書いてある、自衛隊は誰がどうみても現実的に戦力だから、この2項は取りましょうという考え方(37)」に戻るのが、自衛隊および自衛隊員が傷つかない方策だと思われる。それは具体的に、限定的な集団的自衛権の行使容認を決めた閣議決定前まで戻るべき、と考える。

そこで、芹川洋一と御厨貴の対談では、興味深いエピソードが述べられているのを紹介する。芹川は、「(憲法改正の)本丸は本来9条ですよね。ところが、閣議決定で集団的自衛権を認めてしまったので9条改正ができなくなった。変なことをやってしまったんですね(38)」と主張する。それに対して、御厨は、「安保法制が成立したあと、関係した連中がみんな安倍官邸に呼ばれて感謝の会食が開かれたときに、北岡伸一・・・さんが、『何をみんな喜んで拍手などしているのか、これは自民党の敗北だ。これで憲法改正ができなくなったではないか。あなたが悪い』と安倍さんを難詰したという噂がある(39)」と述べる。

さらに、伊勢崎賢治は、「僕が知る心ある元自衛隊幹部経験者の多くは『安倍加憲』に問題ありと思っていても、『護憲』との二者選択を迫られたら、『変化』のためだけに前者の支持に向かうでしょう。安全保障に精通していて安倍政権に対して冷静な批判能力がある専門家層だけではなく、『護憲』への閉塞感から安倍加憲を第一歩と考える一般の浮動層は確実にあるでしょうか。このままでは確実に負けると思います。もし立憲的改憲で野党がまとまらず『護憲』で対抗することにして国民投票に突入したら、僕自身も安倍加憲に投票するかもしれませんよ(40)」と述べる。私も伊勢崎や元自衛隊幹部経験者と同様の気持ちである。国民感情としては、年齢が若くなるほど、護憲はもう勘弁して欲しい、という気持ちが多くなると思われる。

だからこそ、自衛隊の明記案を国民投票で否決したならば、戻るべき自衛隊の現状は事前に決めておかなければならないと考える。そこで、揺れる国民感情を救済するためにも、限定的な集団的自衛権の行使容認を決めた閣議決定前までに戻る、ということを私見として提案をしたい。ただし、閣議決定前までに戻るからといって、即、限定的な集団的自衛権の行使容認を取消しとすると、外交上、軍事上の観点から混乱するから、一定の期間を設けて立法改正をする、という内容が良いと考える。期間を設けることによって、国民が自衛隊の明記案という憲法改正提案と解釈改憲による限定的な集団的自衛権の行使容認という問題を分離し、国民自身が、再度、考える時間が必要だ、と考えるからである。

小林節によれば、「私のいちばんの不満は、正攻法ではなく、トリックでいこうとするから安倍政権はダメだということなのです(41)」と述べる。続けて、小林は、「たとえば九条についてはこういう議論があります。敗戦は、あれは『時の運』で負けた。世界で唯一、異常な国家として自衛権まで制約された。このことは、冷戦期に米軍が事実上占領していたから日本は安全地帯であったし、経済復興の足しにはなった。しかし、あらためて考えた時、日本は、たとえば国連に対する貢献度合いの割には発言権がない。やはり、一種の属国扱い、半人前扱いされている。一人前になることは、たいへんな覚悟と責任と危険が伴うけれども、まずは普通の国家となり、使い間違えないという前提で、国家である以上は自衛権を行使するようにしよう。自衛権とは交戦権のことに他ならない。必要に応じて個別的自衛も集団的自衛も行使する。本当に必要な場合に応じて、我々の覚悟をもって、海外派兵もできる国になることがまずは大事なのではないか。こういう誠実な議論をすれば、国民投票で過半数までいくかどうかは別として、国民の理解は非常に深まると思います(42)」と述べる。さらに、小林は、「私は昔から言っていますが、堂々と正面突破すれば、自民党による改憲はありうる。私は今の提案には反対だけど(43)」と主張する。

したがって、小林のような議論をした上で、「自衛隊の明記」案では自衛隊違憲論は止まないので、自衛隊違憲論から解放されるためにも「9条2項削除論」という対案を用意しておくことが、現時点では最良かと考える。自衛隊違憲論は、戦力との関係で主張される以上、自衛隊を憲法に明記したところで克服はできないからである。その意味では、何も変わらないと言う安倍発言は正しいのである。なお、自衛隊違憲論は、憲法学者が言っているのではなく、正しくは、文部省が『あたらしい憲法の話(44)』で述べているのである。

 

おわりに

憲法改正は1回で終わるものではないが、憲法改正は通常の法改正とは比較にならないほど厖大なエネルギーと政治的資源を必要とする。自衛隊の明記による改憲という結果で決着するならば、より本格的な憲法改正は遠のくであろう。自衛隊を明記したい者達は、二段階改正論という根拠なき無責任な論調を発信する。本稿では、自衛隊の明記に関する主要な論点について批判をし、さらに、国民投票で否決した場合の対応策についても論じてみた(45)

私見では、現状と何も変わらないという無責任極まりない改憲案に対しては反対であるが、賛成反対に関わらず、憲法改正のための国民投票は実施すべきだと考える。最後に、「残念ながら、『安倍加憲案』ありきの憲法改正では、『自衛隊ありがとう』の空疎なスローガンが響くばかりで、この国の外交・安全政策の道筋をいかに描くか、命を賭けて国民を守る自衛隊にどこまで何を託すのか、という真に成熟した国民的議論はなしえない。そして、国民の意識に支えられた国家ビジョンが全く見えない安倍加憲案は、この国初めての憲法改正にふさわしい(46)」とは考えられない。

 

(1) 阪田雅裕の発言より。阪田雅裕、山尾志桜里「自民党改憲案の急所」山尾志桜里『立憲的改憲論(ちくま新書)』(筑摩書房、2018年)65頁。

(2) 井上達夫の発言より。前掲書(1)、井上達夫、山尾志桜里「国民を信じ、憲法の力を信じる」273頁。

(3) 井上達夫の発言より。井上達夫、香山リカ『憲法の裏側』(ぷねうま舎、2017年)34頁。

(4) 井上達夫の発言より。前掲書(2)、269頁。

(5) 小山常実『自衛戦力と交戦権を肯定せよ』(自由社、平成29年)30-31頁。交戦権の否認に対する影響について具体的に論じたのは、江藤淳である。江藤淳『一九四六年憲法(文春文藝ライブラリー)』(文藝春秋、平成27年)98-99頁を参照。

(6) 前掲書(5)、3頁。

(7) 伊勢崎賢治「『戦力』による人道法違反を裁く法体系を」伊勢崎賢治、伊藤真、松竹伸幸、山尾志桜里「9条『加憲』案への対抗軸を探る」(かもがわ出版、2018年)22-23頁。

(8) 百地章『憲法9条と自衛隊明記Q&A』(明成社、平成30年)40頁。

(9) 前掲書(8)、41頁。

(10) 2017年6月13日に、「yuma jpn」『YouTube』で【百地章×井上達夫×石川健治】の対談を公開。本稿で指摘した箇所は、33分45秒-34分50秒のあたりである。なお、この対談に関しては、前掲書(3)、34-45頁に、井上達夫の発言として紹介されている。https://www.youtube.com/watch?v= gdIjbJcg_

TU&t=28s(平成30年8月6日、21:32にアクセス)。

(11) 井上達夫『憲法の涙』(毎日新聞社、2016年)31頁。

(12) 伊勢崎賢治の発言より。前掲書(7)、145頁。

(13) 松竹信幸『改憲的護憲論』(集英社、2017年)48頁。

(14) 柳澤協二「日本人が向き合うべき戦争と平和のあり方」石川健治、杉田敦、山口二郎、木村草太、青井未帆、中野晃一、柳澤協二、西谷修「『改憲』の論点(集英社新書)」(集英社、2018年)103-104頁。

(15) 柳澤協二「平和に生きるために考える『戦争』と『憲法』」あすかわ(明日の自由を守る若手弁護士の会)+柳澤協二編『憲法カフェで語ろう 9条・自衛隊・加憲』(かもがわ出版、2018年)57頁。

(16) 井上達夫の発言より。井上達夫、小林よしのり『ザ・議論』(毎日新聞出版、2016年)192頁。

(17) 高乗正臣「自衛隊は九条二項が保持を禁ずる軍隊である」慶野義雄、高乗正臣『亡国の憲法九条 保守派憲法学者の自衛隊違憲論』(展転社、平成30年)128頁。

(18) 小林節の発言より。小林節、竹田恒泰『憲法の真髄』(KKベストセラーズ、2018年)206頁。

(19) 前掲書(17)、慶野義雄「混迷する改憲論」12-13頁。

(20) 前掲書(8)、18-19頁。

(21) 前掲書(7)、伊藤真の発言より。伊藤真「自衛隊違憲論には立憲的意義がある」30頁。

(22) 前掲書(15)、谷次郎「ここが問題 9条『加憲』論」20頁。

(23) 同上、20頁。

(24) 長谷部恭男の発言より。長谷部恭男「憲法問題こそ、『法の解釈』が問われる」高橋源一郎編『憲法が変わるかもしれない社会』(文藝春秋、2018年)26-27頁。

(25) 前掲書(13)、56頁。

(26) 前掲書(14)、青井未帆「『新九条論―リベラル改憲論』の問題点」66頁。

(27) 井上武史の発言より。前掲書(1)、井上武史、山尾志桜里「その改憲に理念はあるのか」110頁。

(28) 八木秀次「今、なぜ憲法改正が必要か」『日本国防協会』のHPより。

https://www.kokubou-league.com/opinion/545/(平成30年8月10日、22:43にアクセス)。

(29) 前掲書(7)、20頁。

(30) 前掲書(8)、9頁。

(31) 前掲書(11)、37頁。

(32) 同上(31)、37頁。

(33) 高橋源一郎の発言より。前掲書(24)、29頁。

(34) 長谷部恭男の発言より。前掲書(24)、27-28頁。

(35) 長谷部恭男『憲法の良識(朝日新書)』(朝日新聞出版、2018年)104頁。

(36) 小林節「女子高生が憲法学者小林節に聞いてみた。『憲法ってナニ!?』(ベストブック、2018年)130-131頁。

(37) 高橋源一郎の発言より。前掲書(24)、29頁。

(38) 芹川洋一の発言より。芹川洋一、御厨貴『政治が危ない』(日本経済新聞社、2016年)150頁。

(39) 御厨貴の発言より。前掲書(38)、151頁。

(40) 伊勢崎賢治の発言より。前掲書(1)、伊勢崎賢治、山尾志桜里「日本に“主権”はあるのか?――九条と安全保障」211‐212頁。

(41) 小林節の発言より。前掲書(18)204頁。

(42) 小林節の発言より。前掲書(18)205-206頁。

(43) 小林節の発言より。前掲書(18)204頁。

(44) 青空文庫などで読める。https://www.aozora.gr.jp/cards/001128/ files/43037_15804.

html(平成30年8月11日、23:56にアクセス)。

(45) 本稿で触れなかった他の論点については、「憲法改正の課題―9条について―」防衛法学会『防衛法研究(42号)』(内外出版、9月1日発刊予定)で論じている。

(46) 前掲書(7)、山尾志桜里「『立憲的改憲』