現代防人(さきもり)論考   ~「現代の防人、自衛隊」を襲う高齢化、今こそ求められる国民の支え~
公益財団法人日本国防協会理事
上村 邁

Ⅰ はじめに

 

尖閣諸島に対する中国からの脅威が急を告げています。中国の脅威といえば嫌でも、千数百年前、「白村江の戦い」において大敗し、唐の脅威に対して九州防衛のために創設した「防人(さきもり)の制度」を想起せざるを得ません。

万葉集の「防人歌」で知られる防人は、次第に、代わって創設された「一人を以て百人に当たる強兵」を募る「健児(こんでい)の制」に起源をもつ地方武士団に国土防衛の任を譲っていきます。13世紀、文永・弘安の役で来襲した蒙古(元)軍を撃退したのは、神風などではなくこれらの武士団でした。

翻って現代、近年南シナ海に地歩を確立してわが国の領土に触手を伸ばす中国の脅威に対抗する、「現代の防人」とも称される自衛隊は、蒙古襲来から国を守った鎌倉武士団に比肩し得る、確かな存在となっているのでしょうか。

 

米国、ロシア、中国、インドに次ぐ軍事力を有する自衛隊は、平成26年(2014年)、政府の憲法解釈により、国外における集団的自衛権の行使が容認されましたが、国内ではいまだに軍隊と認められずに、世界有数の装備を持ちながらも、組織・制度自体に「脆弱さ」を抱えています。どうして、そのようなことになっているのでしょうか。

本稿では、まず「現代の防人、自衛隊」が抱える最大の問題、即ち「高齢化の現状と課題」を明らかにし、次いで自衛隊の成立とその後の進展に大きな影響を与えている「平和憲法の意義」を考察し、そして、平和憲法下、「如何に高齢化の課題を解決していくか」について論考していきます。

 

Ⅱ 自衛隊の高齢化の現状と課題

 

一 平和憲法の光と影

 

先の大戦が終わり、日本は、「戦力は持たない。交戦権は認めない」という憲法9条2項を掲げる平和憲法を擁して国際社会への復帰を企図しました。平和憲法により、世界に向けて「新生日本」を誓う、わが国の決意を表明したのです。

昭和21年(1946年)、吉田茂首相は議会において、共産党の野坂参三の「侵略戦争に対して自国を防衛する自衛戦争は正義の戦争であり、すべての戦争を放棄する必要はない」との主張に対して、「日本が戦争放棄を宣言して世界の信を得つつあるとき、自衛権を論ずることは無益である。憲法は一切の軍備と交戦権を認めない」と答えました。吉田は「国際社会への復帰」を最優先と考え、敢えてこのような発言を行ったのでしょう。その選択が間違っていなかったことは、現在、世界が日本に抱く「平和国家のイメージ」に表れていますが、他方国内では、幾多の課題を残すことになりました。

 

自衛隊創設後間もない昭和32年(1957年)、防衛大学校の卒業式において吉田茂元首相は卒業生を前にして、「君たちは自衛隊在職中、決して国民から感謝されたりすることはないかも知れない。自衛隊が国民から歓迎されるときとは、わが国が攻撃される場合など、国家が混乱に直面しているときだけである」と訓示しています。

「国民から感謝されない」という吉田の懸念はみごとに的中しますが、国民の反応はそれをはるかに上回り、「憲法違反」、「税金泥棒」との声が巷に溢れかえりました。

政治もそれらの声を無視することはできず、自衛隊は物心ともに十分な体制を整えることなく、国土防衛の任を担っていきます。しかし、国際政治の現実には嫌でも向き合わざるを得ず、「戦力は持たない」という平和憲法の制約の下、自衛隊は外面の防衛力を着実に整備していきますが、装備と両輪をなす「内面、即ち組織・制度」は平和憲法の影に蔽われ、深刻な課題を抱えたまま放置されてきました。

 

二 高齢化に拍車がかかる自衛隊

 

自衛隊は今、高齢化により「精強さ」が失われる、即ち、戦う組織として必須の「ピラミッド」型年齢構成の喪失という大きな課題を抱えています。

軍隊は将校・下士官・兵という階層からなっています。この中で、下士官は第一線において将校の命令を受け、率先して兵を指揮する重要な役割を担っています。

出典は不明ですが、「最強の軍隊は、アメリカの将軍がドイツの参謀(将校)を使って日本の下士官・兵を率いる軍隊だ」とよく言われています。「精強」と世界にも認められた「日本の下士官・兵」即ち「自衛隊の曹・士」は今、どのような状況にあるのでしょうか。

 

次の図は、「1990年、2017年の自衛隊の幹・曹・士の階層別年齢構成の資料(引用:亀井洋志 週刊朝日)」に基づいて、「曹・士」の年齢構成の推移を図形化したものです。年代の推移に伴って、「ピラミッド」型から「正方形」型、そして「縦長の長方形」型へと変わっていくさまが一目瞭然です。

 

実力組織である自衛隊の中核をなす「曹・士」はどんどん高齢化しています。事実、この流れを裏付けるように、防衛省は平成30年(2018年)、自衛官候補生、「士から曹」へ昇格する一般曹候補生の採用年齢を26歳から32歳へと引き上げ、令和2年(2020年)には、「曹長・1曹」の定年年齢を54歳から55歳に延長し、さらに、これに止まることなく、定年年齢の引き上げは他の階級にも及ぼうとしています。

高齢化という現象に拍車がかかり、自衛隊を直撃しようとしているのです。高齢化が進み、組織として必要な「精強さ」が失われ、さらに進行して「より縦に長く、より横に短い」型の高齢者集団になると、もはや存続そのものが危ぶまれることになります。

 

高齢化をもたらす主要な原因は、言うまでもなく「入隊応募者の減少」にあります。最近の自衛隊の支持率向上に見られるように、国民が自衛隊に信頼を寄せているのは間違いありませんが、同時に「曹・士」の年齢構成の土台をなす、自衛官候補生即ち「任期制隊員たる士」の応募者数は年々減ってきています。平成29年(2017年)、「士」の充足率は69.5パーセントに過ぎません。一体、何が応募者減少の原因となっているのでしょうか。

 

三 自衛官は「防人としての職責」に見合う処遇を受けているか

 

自衛隊への応募者が減少している理由として、よく、規律ある営内居住生活への敬遠が取り上げられ、また最近は、メディアの発達により災害派遣で苦戦奮闘する姿を目の当たりにすることが却って逆効果ではないかとも言われていますが、現代の若者は、幾らかは眼の前の苦楽・損得に心を奪われるとしても、人生80年と言われ、「年金受給開始年齢が現在の65歳から70歳に延長される」と取りざたされる今、職業の選択にあたってはもっと深く、幅広く慎重に考えていくのでしょう。

単に任期制期間内の処遇だけではなく、もし「任期のない定年まで勤務できる曹」になったとしても、若年定年制の下、退職後、経済的に生涯にわたり十分に保障される職業なのか、どうか、などと。自衛隊は、若者本人の選択だけではなく、友人が一目置き、家族・親類が喜んで送りだし、近所・地域の人たちがこぞって推奨する、「真に将来を託すに足る職業」になっているのでしょうか。

 

自衛官、特に「曹」の処遇について見てみます。自衛隊は列国同様に、精強維持のため若年定年制を採用しています。一般公務員の60歳に比し、 自衛官は早ければ53歳(2・3曹)で退職しますが、年金は一般公務員と同様の扱いですので、65歳まで受け取ることはできません。また、退職自衛官には、米国の退役軍人が受けているような福利厚生支援、即ち医療給付支援、住宅ローン支援などはありません。

 

それでは再就職の状況はどうでしょうか。退職後、民間企業に未経験者として入社する場合、一般に、受け取る給与は、入社して間もない20~24歳の平均給与が基準になります。ただし、退職自衛官の場合は、組織として就職援護の支援を行いますので、一般の未経験50歳代の人たちの転職活動と比べると、処遇等において恵まれているとは思いますが、それでも給与は、退職時の給与(平均月給40万円)の50~70パーセントぐらいで、年収は300~400万円(月給20~25万円)ぐらいの間になると言われています(引用:クロサワエンジニアリング)。個人差もありますが、子弟教育等に多大な金銭が必要になる年齢で、現役時の半額と言われる給与で再就職し、生活していかなければならないわけです。

平成2年(1990年)、若年で退職する自衛官の特殊性が認められ、退職時に「若年給付金」が上乗せされますが、根本的な解決にはなっていません。確かに、若年退職自衛官の不利益軽減の手助けにはなっているものの、前掲の図からも明らかなように、支給され始めてから30年、若者の入隊応募者の減少はとどまる所を知りません。

 

四 自衛隊は、若者の「スキル重視、多様性重視の就業意識」に応えているか

 

さらに、自衛隊への応募者減少の原因として、現代の若者の就業意識の問題があります。人生80年時代、就労期が長期化する中、若者には、最初に就職した先に一生世話になるのではなく、自分の能力を磨くことでキャリアを切り開く、「スキル重視、多様性重視」の意識が高まってきています。もはや「終身雇用制」もかつての魅力を失くしつつあり、「生涯一職業」絶対の時代ではなくなってきています。

自衛隊で数年間の勤務を終えた任期制隊員は社会に復帰します。その時点でのスキルは社会で通用するには十分とは言えません。しかし米国と異なり、彼らには、米退役軍人が受けているような教育支援、職業リハビリテーションなどはないのです。

任期制でなくても入隊後、10年、20年と自衛隊で十分な経験を積み、その後必要なスキルを習得してステップアップを図り、新たに社会に復帰し活躍するという、多様性重視の新しい時代に若者が抱く「期待、夢」に、自衛隊は応えることができないのです。

一度自衛隊に入隊したら、「数年の任期終了で社会に戻るか」、或いは「一生自衛隊に留まるか」という二つの選択肢しか、入隊応募者には与えられていません。

新しい時代を迎え、社会全体が「流動性、多様性」を帯びてきている中、入隊応募者の源泉は社会にあるにもかかわらず、社会と自衛隊の相互の人材交流は開かれていないのです。現在、自衛隊においては、一旦定年で退職した自衛官を再度採用する「退職自衛官の再任用」も具体的な検討に入っていると言われていますが、高齢化にさらに拍車がかかり、社会との人材交流をもたらす「オープン」化に逆行する、「クローズド」化の道を進むより他に方策は残されていないのでしょうか。

 

防衛省が長きにわたり、自衛隊の高齢化対策として、営内居住環境改善等の魅力化、メディアを活用する広報活動の強化、そして募集組織の拡充等、自衛官募集に多大な努力をしてきたことは言うまでもありません。

しかし、少子化は社会現象として避けようがなく、「若者の意識、価値観の変化」も時代の流れであるとすると、問題は「構造的な様相」を帯びてきており、現行の自衛隊の組織・制度の枠内における任期制隊員の処遇等、当面の対策で済む話ではなくなってきています。新しい時代の到来を迎え、自衛隊の「組織・制度の改革」も視野に入れた、もっと長期の視点に立ち、もっと広く深く「社会全体と自衛隊の結びつき」を強めるような、抜本的な施策が必要なのです。

 

それでは、自衛隊の「組織・制度の改革」は、どのように進めていったらよいでしょうか。これまで、自衛隊をめぐっては「憲法9条を改正し、自衛隊を軍隊と位置付ける」、「憲法9条2項と自衛隊を並記する」という憲法改正案が取りざたされていますが、どちらも総論であり、各論には触れていません。いずれにしても、まず憲法を改正することを優先し、その後で必要なことを是正するという立場なのでしょう。

しかし、日本の周囲をめぐる緊迫した国際情勢はそのような猶予を与えません。そもそも、自衛隊が抱える組織・制度をめぐる問題は、本当に憲法を改正しなければ解決できないことなのでしょうか。

憲法は「国が国民に守ることを促す」法律とは異なり、国民が「国のあり方」を求めるものです。古来、日本人が求めてきた「平和な国」とはどのようなものだったのでしょうか。そして今、日本人は平和憲法をとおして国に何を求めているのでしょうか。

 

Ⅲ 日本人にとっての平和憲法とは ~平和主義と軍事の二重構造の歴史的課題~

 

戦後、平和憲法が抵抗なく受け入れられ、かつ熱烈に支持されてきたのには、日本固有の地理的、歴史的要因が大きく係わっています。日本は周囲を海に囲まれ、自然の力によって外敵から守られています。市民が剣や銃を取って独立を勝ち取り国土を守ってきた欧米諸国と異なり、人々は自ら剣を手にすることなく長い年月を平和に暮らしてきました。「平和は与えられる。平和を唱えていれば平和が訪れる」という平和への絶対的信奉者を生みだす土壌があるのです。

実際に、唐に対抗するため「防人の制度」を創設した古代中央政権は、唐の脅威が薄れた百余年後、東北の蝦夷対応のための「健児」など一部を除き、もはや外敵の脅威は無くなったとして、軍団制兵士等廃止の全面軍縮に踏み切っています。

「平和がくれば、あとは島国日本が我われを守ってくれる。軍備はいらない」という平和思想は、何も戦後初めて生まれたものではないのです。

 

未曽有の国難とも言える蒙古襲来は、軍備空白の「平安時代」ではなく、精強な武士団が待つ、すぐ後の「鎌倉時代」のときにやってきました。歴史的な僥倖なのでしょう。

武家の登場により成立した鎌倉政権は、「朝廷と武家の二重構造」体制をもって、蒙古の来襲を防ぎ、次いで、戦国時代末期、日本は世界の大航海時代に巻き込まれて被植民地化の危機を迎えますが、織田・豊臣政権はよくこれを凌ぎ、最終的には徳川政権が江戸幕府を開き、外敵をも睨んで全国の「武(軍事力)」を統制し、内には平和を象徴し「文」を司る天皇を戴き、「朝廷と武家、文と武、平和主義と軍事の二重構造」による防衛体制を完成させ、わが国に300年の太平をもたらしました。

幕末、黒船の来航とともに、日本は再び外国の脅威に曝されます。仏英のそれぞれと組んだ幕府と薩摩・長州は戊辰戦争を戦いますが、最終的には外国の介入を許すことなく相互の話し合いをもって戦いを終結します。このとき、「尊王」の名の下、天皇が国内統一に果たした役割は極めて大きいものがありました。そして、欧米の先進文明に驚愕した明治の元勲たちは、これに対抗するため、天皇を押し立て「文」と「武」を一つにし、「平和主義と軍事の二重構造」を解消するという、歴史上の大転換を行います。軍人は天皇の直属となり、統帥権の名の下に議会の統制から離れ、その結果、「文」と「武」は相互の牽制力を失い、国を挙げて先の大戦まで突っ走って行きました。

300万人の同胞を失った人々が、戦後、平和憲法の名の下、「かつての争いのない平和な世界」にひたすら引き籠ろうとした心情も分からないわけではありません。現在提唱されている憲法改正案、「平和憲法における自衛隊明記」は、戦前の「文と武が結合した姿」と重なって見えるのかも知れません。

100年を過ぎてなお、簡単には解決し得ない歴史上の課題なのではないでしょうか。

 

憲法への自衛隊明記を急ぐときではありません。自衛隊の支持率が国民の90パーセントを超えると言われる中、有力メディアが行ったアンケートでは、「自衛隊明記」を謳っているにもかかわらず、憲法9条改正については、「しない方がよい」の69.0パーセントが、「する方がよい」の29.9パーセントを大きく上回っています(引用:時事通信)。多くの国民は、「平和主義と軍事、平和憲法と自衛隊の共存」を望んでいるのです。

中国は令和3年2月、「海警法」を制定しました。管轄権があると自称する海域における武器使用に法的根拠を与えたのです。今後の展開は予断を許しません。今は、憲法9条改正に時間と労力を費やすのではなく、まずは自衛隊の根本的な課題を是正し、一刻も早く中国の脅威に対抗できる態勢を整えることが求められているのです。

現に戦後の日本は、「戦力は持たない」という平和憲法の制約の下、憲法を改正しなくても着実に防衛力を整備して国の平和と安全を保ってきました。

そして戦後一度は、「戦力は持たない」として「平和主義」一本による道を求めましたが、政治の叡智と国民の良識は、国際情勢を考慮して「軍事、自衛隊」の意義を認め、完全な姿とは言えないにしても、「平和主義と軍事の二重構造」を復活させ、両者相まって日本の発展を支えてきました。今、その二重構造の一端を担う「軍事、自衛隊」の「精強さ」が高齢化により脅かされようとしているのです。

 

Ⅳ 高齢化からの脱却、自衛隊の「組織・制度の改革」

 

一 高齢化を阻止し精強な軍隊を支えている、米国の「軍人年金制度」と「退役軍人省」

 

米国では、軍隊の「ピラミッド」型年齢構成は厳格に保たれています。将校の場合は、22歳で少尉に任官したとすると、各階級の上限年齢(昇級確率)は少佐が32歳(80パーセント)、中佐が38歳(70パーセント)、大佐は44歳(50パーセント)となっています。米国固有の「軍人年金制度」と「退役軍人省」が軍隊の高齢化を阻止しているのです。

公的年金制度は、会社員、公務員等に強制加入を義務付け、社会保険料を負担させ、66歳から年金受給開始というように、日本の年金制度とほとんど変わりませんが、大きく異なるのは、「軍人年金制度」を公的年金制度とは別に設けていることです。

軍人年金は全額国庫負担であり、国防省の人件費の20パーセントを占める3兆円以上が充当されています。米軍人は年齢ではなく、20年以上勤務の退役直後から、退役時給与の約半額が年金として支給されます。早ければ40歳前後から退役後の生活が保障され、余裕をもって再就職に挑戦し、社会に復帰して新しい人生に踏み出すことができます。

 

また、国務省、財務省、国防総省など14の省と並んで「退役軍人省」が設けられています。28万人の職員と年間9兆円の予算を抱え、国防総省に次いで連邦政府2番目の規模を有し、退役軍人に対して教育支援、医療給付、医療施設によるサポート、傷害補償、住宅ローンなどの支援を行っています。在勤20年になる前に退役して年金を受け取ることができない人たちにも、人生再スタートのサポートを行っているのです。

多くの退役軍人が「軍人年金制度」と「退役軍人省」の支援の下、社会に活躍の場を求め、退役までの長い軍隊経験を十分に活かし、新たな職場での識能も獲得、発揮して、社会のあらゆる層で活躍しています。社会の各世代に退役軍人の価値を知らしめるとともに、若者に身をもってその存在をアピールしているのです。

そして、社会もそれに応えて軍人志望の若者を軍隊に次々と送り込んでいます。国防上忽せにできない「精強な軍隊」を、国と社会が一体となって支えているのです。

 

二 自衛官の年金制度改革 ~特例の設定、自衛官年金特例法(仮称)の制定~

 

入隊応募者の減少に対処し、自衛隊の高齢化を阻止するためには、まず、若者に「自衛隊は退職後の安定した生活を保障し将来を託すに足る」と信頼されること、次いで、若者の「期待、夢」、即ち「自衛隊での経験を十分に生かして社会でも再び活躍できること」に応えることが必要となり、さらに、若年退職自衛官を活用する「新しい募集環境」の構築により、若者の立場、目線に立った自衛官募集を行うことが重要になります。

これらを達成するためには、どのようにしたらよいでしょうか。本来は、米国のような「軍人年金制度」と「退役軍人省」を両輪とする体制が理想ですが、そのまま踏襲するには、国情があまりにも違いすぎます。わが国の歴史的経緯及び現在の体制を踏まえて、どのように取り込んでいくかについて熟考していかなければなりません。

 

まず、年金制度については現在、米国と異なり、独立した「自衛官年金制度」というものはなく、公的年金制度に統一されています。米国並みに独立した年金制度の創設も考えられますが、戦前から続く恩給制度との整合性、均等・同一性を重視する民族性などを考慮した場合、新たに「自衛官年金制度」を設けるのは現実的ではありません。

それでは、戦前の恩給制度では、軍人はどのように扱われていたのでしょうか。恩給制度は、明治8年(1875年)の「海軍退隠令」と翌年の「陸軍恩給令」に始まり、その後、官吏、教職員などの制度が制定されますが、大正12年(1923年)に「旧恩給法」が制定されて制度の一本化が図られました。そこでは、年金については「文官在職15年、武官在職11年、教職員在職15年以上で退職した者に支給される」というように、職域に応じて文官、武官、教職員に異なる配慮がなされていました。

しかし、現在の年金制度では「旧恩給法」とは異なり、軍人に代わる自衛官は若年定年制の下にありながらも、他の公務員と同様の扱いを受けており、「特別」な配慮をされることはありません。

 

以上の経緯を考慮すると、自衛官の年金制度の改革にあたっては、現在の公的年金制度の枠内で、戦前の恩給制度で武官に考慮されていたような「特例」、現在で例えれば「年金の早期受給」、「社会保険料の一部国庫負担」などなど、さまざまなパターンを視野に入れて検討していくことが必要ではないでしょうか。

そして、現行の年金制度を支える基本法、「厚生年金保険法」、「国家公務員共済組合法」、「国民年金法」等に加え、年金の早期受給を定めた「自衛官年金特例法(仮称)」の新たな制定を図るべきではないでしょうか。

問題は簡単ではありません。「特例」を広く国民に認めてもらう必要があります。戦前の「武官」、「文官」の区別を知らず、「自衛官は他と同じ公務員」との認識が深く浸透している中、多くの時間と労力がかかるのは間違いありません。

しかし、「若年給付金」に例を見るように、単に「一般公務員との格差を是正する」のではなく、明確に「職務上、特例として優遇する」ということでなければ、少子化の時代、そしてスキル重視・多様性重視の時代、他にも選択肢が多数ある中、「3K(きつい、きたない、きけん)」に加え、退職後に「経済的不安」を残す自衛隊に応募する若者はいません。

 

三 社会と自衛隊の人材交流の活発化 ~再スタート支援と新しい募集環境の構築~

 

どのようにしたら、米国の「退役軍人省」が行っている退役軍人への各種サポートと同様の「社会への再スタート支援策」を退職自衛官に対して適用できるのでしょうか。内容は教育支援、職業リハビリテーション、医療支援など広範囲にわたり、所掌は文部科学省、厚生労働省などの複数の省にまたがります。

先に見た、「年金制度の特例」と同様に広範な議論が必要になり、サポートの種類、程度をめぐり多くの調整、取り決めを行っていくことになります。個々の法律で対処するのではなく、自衛官の援護に関する「一括した法律」の制定も必要になるでしょう。そして、実行に当たっては、各省を横断する専門の「実行推進機関」が不可欠になります。米国のように「省」とは言えないまでも、各省と緊密に連携する「局・課」レベルの組織を中央に新設することが必要になるのです。

現場の業務については、現在の賞勲手続きのように、退職した自衛官が最後に勤めた陸海空自衛隊の各駐屯地・基地の業務隊・群が当たることになります。こちらは、既存の組織を活用することにより、十分な対応が可能と思われます。

 

また、若年退職自衛官に対する処遇改善の「特例」は、現在の現役自衛官を中心とする募集態勢に新しい風を吹き込み、新たな募集環境を構築することができます。

自衛官の存在が各世代に受け入れられるためには、退職自衛官と社会との頻繁な交流が大切になります。現状では、任期終了に伴い社会に復帰する若者は別として、定年で退職する自衛官が50歳代半ばと、社会との交流が十分とは言えません。

このような中、若者が身近で交流することができる「自衛隊を具現する存在」として、若年で退職する自衛官は大きな可能性を秘めています。退職自衛官の年金受給開始年齢を早めるか、或いは社会への再スタート支援を充実することにより、米国同様に、30歳、40歳代から有為な人材を社会に送り込み、各世代との交流を強めることができます。

社会の中で活躍の場を得、周囲の信頼をかち得た彼らが「強力な募集広報官」として身をもって、「魅力ある職場としての自衛隊」をアピールし、一人ひとりが、数倍の若者を自衛隊に誘うのです。

今でも、自衛隊の高齢化は世界で際立っています。高齢化対策を「定年延長」から「退職自衛官の処遇改善・社会活用」へと転換していくことにより、自衛隊は「高齢者集団」から「社会と互換性を有する若い集団」へと生まれ変わることができるのです。

 

Ⅴ 国民を巻き込む議論を喚起することの重要性

 

過去数年にわたり、自衛隊をめぐっては国民の間で、「自衛隊明記」の憲法改正案をはじめ「集団的自衛権」、「平和安全法制」、「イージス艦、イージス・アショア」、「敵地攻撃能力」などの専門的な防衛問題が議論されてきましたが、これらに続いて、今度は自衛隊そのものの組織・制度について、国民にとっても関心が高く、身近でイメージしやすい「高齢化問題」、さらには「年金、福利厚生問題」等を議論してもらい、より一層、地に足のついた安全保障論議を国民の間で進めていくのです。

 

入隊応募者を確保し、高齢化を阻止するための対策は広範多岐にわたりますが、最終的には、若者に如何に「防衛に関する問題意識」、「自衛隊に対する親近感」を持ってもらうかに懸かってきます。そのためにも、国民を巻き込む議論を喚起することが大切になります。自衛隊支持率は向上しているものの、入隊応募者は減少しています。「自衛隊は必要だ」と考えている若者、そして若者を取り囲む人たちに、「自衛隊は自分事なのだ」と思ってもらうためにも、今の自衛隊の「高齢化の現状」を訴えるとともに、将来の自衛隊の「新しい姿」を掲げることが必要なのです。

 

Ⅵ 結言

 

自衛官は、迫る中国の脅威に対して国を守るため、今まで以上に身を挺して危険に立ち向かっていかなければなりません。国際法上は既に、列国並みに「軍隊の構成員」として扱われていますが、気概においても、「公務員、即ち公共サービスを行う人」ではなく、「身をもって国を守る防人」としての覚悟をもって職務に臨んでいます。

そもそも、「公務員」という用語は、明治34年(1901年)、帝国議会における法改正において、すでに使用されていた「軍人」という言葉とは別に、「公務員は官吏、公吏、法令により公務に従事する議員・職員・その他」と定義されたことをはじめとします。

その後、戦前の「旧恩給法」でこそ官吏、教職員と並ぶ公務員として取り扱われますが、それでも、軍人はその立場を「武官」として十分尊重され、処遇されてきました。

戦後、自衛官は何ら「特別」な処遇を享受することなく、本来別個に存在していた「公務員の法体系」の中に、日本学術会議会員、裁判所・国会職員と並んで、「国家公務員特別職」の名をもって一律に閉じ込められたことが、今に至る「自衛隊が抱える問題」の原因となっているのです。組織の高齢化という問題に直面し、これまで平和憲法の影にかくれてきた組織・制度の改革に一歩を踏み出す機が熟しているのです。

 

「国のあり方」に係わる憲法改正論議は勿論大切ですが、「戦力は持たない」とする平和憲法と自衛隊との真の融合は、国民感情を考慮すると一朝一夕にはなりません。

中世の鎌倉時代以降続いてきた長い伝統を有する「平和主義と軍事の二重構造」を、将来に向けてどのような形にしていくのか、丁寧な論議を積み重ねていくことが求められています。

一方、国連憲章で規定しているように、国際法上、「自衛権行使のための軍隊」即ち自衛隊を持つことは認められています。自衛隊の存在は既に国会で承認を受け、国民の明確な支持を得ているのです。自衛官の処遇改善に憲法改正は必要ありません。法律上の対応で済む話なのです。

戦後、国の平和と安全を保つため、憲法の理想と国際社会の現実との整合を図り、着実に防衛力を整備してきた政治の叡智と国民の良識を今一度、今度は自衛隊の「組織・制度の改革」において発揮することが求められています。今こそ、国と一体となった「国民の揺るぎない支え」が求められているのです。

元寇から700年余を経た今、中国からの脅威を再び前にして、「現代の防人、自衛隊」が、高齢化の淵から健全な姿で甦ることを願って止みません。 (2021年5月17日)