日本の安全保障と今後の課題
前統合幕僚長
河野 克俊 氏

ただ今ご紹介いただきました河野です。本日はオンラインによる講演ということで、慣れないところもありますが、よろしくお願いしたいと思います。

さきほどの紹介にもありましたように、私は平成24年(2012年)から平成31年(2019年)まで、海上幕僚長を経て統合幕僚長の職を務めさせていただきました。その間、さまざまなことを経験しましたが、日本を取り巻く安全保障上の環境についていえば、まず中国、次いで北朝鮮の動向を注視していかなければならないと思います。また、ロシアについても目を離すことができない状況になってきていますので、これらを中心にして、私が現役にいた時との違いも含めながら、これからお話をさせていただきます。

 

一 中国の海軍力の台頭 ~「第1列島線・第2列島線」海軍戦略~

 

中国につきましては、私の現役時代にも頻繁に中国の海警、公船がわが国の領海に侵入し、或いは中国の軍艦が日本の護衛艦・ヘリコプターに対して射撃管制レーダーを照射するという事案が起きていました。当時の状況も非常に切迫していましたが、今、自衛隊を辞めたあと外から見ていて、状況はさらに厳しくなっているのではないかと感じています。

そこでまず、中国がなぜ日本にとって脅威なのかということから考えてみたいと思います。中国建国時、即ち中華人民共和国が成立した1949年には、人民解放軍イコール陸軍ということで、海軍・空軍の戦力は非常に弱小でした。したがって日本にとっても、冷戦中はもっぱらソ連が脅威の主要対象国であり、海洋を挟む中国の脅威というものをそれほど感じていませんでした。

それが、鄧小平が実権を握った1980年代以降、経済改革開放路線で経済発展を進め、これに伴い、海軍力、空軍力が急速に増強され始めました。ここにおいて、日本の防衛力と中国の海軍・空軍力が直に接触するという事態が生起してきたわけです。このとき、海軍力の増強に伴って中国の海軍戦略を打ち立てたのが劉華清中国人民解放軍海軍司令員で、これまで大陸の沿岸海域でオペレーションを行っていた中国海軍を「ブルーウォーターネービー」、即ち大海原に出ていく海軍に育てていきました。1980年代後半には、劉華清は「空母の保有」についても言及しています。

 

彼が提唱した「第1列島線・第2列島線」構想は、中国の海軍戦略としても知られていますが、第1列島線というのは、日本列島から沖縄、南西諸島、フィリッピンを結ぶラインで、第2列島線は、日本列島から沖縄の外側のグアム、オーストラリアと南太平洋に続くラインを言います。そして今、「第3列島線がさらに第2列島線の外側にあるのではないか」と言われており、これが「太平洋2分論」とも憶測されるラインとなっています。

しかし、中国海軍の要人に「第1列島線・第2列島線」という話をしても、我われはそのようなことは知らないと言います。なぜならば、「第1列島線・第2列島線」というのは、中国海軍が公式に発表しているものではなくて、西側の海軍専門家が研究を積み重ねた結果、「中国の海軍戦略ではないか」として導き出したものだからです。ただし、これは全くの荒唐無稽な話ではありません。実際に彼らの行動と「第1列島線・第2列島線」構想を照らし合わせてみると信憑性が高く、その存在が裏付けられるものとなっています。

 

具体的に見てみますと、中国にとって第1列島線は、この内側を自国の内海として完全にコントロールする、いわゆる「絶対国防圏」であり、第1列島線から第2列島線の間はそのための「バッファーゾーン」ということになります。どういうことかと言いますと、もしアメリカとことを構えることになり、アメリカの太平洋艦隊が中国側に進出してきた場合、中国は第1列島線と第2列島線の間の海域でこれを阻止し、それから内側には絶対に入れないということを意味しています。

第1列島線の内側には南シナ海と東シナ海があります。南シナ海についてはご承知のとおり、ベトナム、フィリッピン、マレーシア、台湾などと領有権を争っていましたが、近年、中国が一方的に人工島を造って着々と領土化を進めています。

2015年、習近平国家主席がアメリカを公式訪問したとき、オバマ大統領に対して「南シナ海は軍事化しない」と明言したにもかかわらず、どんどん軍事化を進めているのです。そして、南シナ海に「九段線」を一方的に引いて中国の領海であると宣言し、それにクレームを付けたフィリッピンと国際仲裁裁判所で争いました。国際仲裁裁判所は「中国の主張は国際法違反である」という決定を下したのですが、中国はこれを「紙屑」だと称して無視しているわけです。東シナ海でも同じような状況が続いています。

第1列島線の内側をさらに見ていきますと、これまで中国がコントロールできないとされていた3つの存在、南からいきますと香港、台湾、尖閣があります。

香港については、皆さんすでにご承知のとおり、「50年間、一国二制度を保証する」と言っていたにもかかわらず。これを反故にして法律で抑え込みにかかっています。振り返ってみると、1984年にサッチャー英首相と鄧小平との間で「返還後50年間は一国二制度を維持する」ということで香港の返還が基本合意され、1997年に香港が中国に返還されました。この時点では、鄧小平はサッチャーを騙そうとは思っていなかったのです。その後、状況が変わってきたということでしょう。それは、先ほども触れましたように、1980年以降特に2000年に入ってからすさまじい経済発展を遂げていった中国にとって「第1列島線を維持し、海上権益を確保すること」が絶対に不可欠なものになってきたからです。香港の「一国二制度」を今の時点で認めるわけにはいかないとして、完全に抑え込もうとしているのです。

 

二 「海警法」により一線を越えようとする中国に対し、日本は如何に対応するか

 

次に台湾、尖閣ということになりますが、台湾についてはご承知のとおり、中国が軍事行動を除いてあらゆる手段で攻勢をかけてきています。そして、問題は尖閣です。今の尖閣の状況は、私が現役のときよりは明らかに緊迫の度を増してきています。尖閣における中国の行動の背景には、香港、台湾同様に中国の海軍戦略があります。そういう意味では、台湾と尖閣は連動していますので、今後両者の状況を併せて見ていく必要があります。

尖閣における中国の行動について、特に私が現役のときと大きく変わってきているのは、最近よく報道されていますが、中国の公船に関することです。公船とは国際法上、国家の公権を行使する軍事用、警察用などの船舶を言います。

中国には「海警」という組織があります。中国の中央軍事委員会の下にある武装警察という準軍事組織に属し、組織・装備ともに準海軍という実体をもっています。私が現役のときは、海警はまだ国務院と称される中国政府の下の海警局という一局で、中央軍事委員会の指揮系統から切り離されていましたが、今は完全に統一されています。

そして今、海警が公船を使い、正当な漁を行っている日本の漁船に接近して「不法な漁をしている」という難癖をつけて追いかけ回している事態が頻発しています。これはどういうことかというと、中国が法執行を日本の領海内で行っているということになります。

これは何を意味するかというと、施政権の問題と大きく絡んできます。日本の総理大臣は、外務大臣もそうですが、アメリカ側によく「尖閣諸島は日米安保の適用範囲ですね」という確認を取りますが、バイデン大統領、ブリンケン国務長官は就任後、尖閣問題は日米安保条約の第5条の範囲内ということに言及しています。

日米安保条約というのは、「日本の施政権下にある領域において武力攻撃が加えられたときに、日米共同で反撃する」という建付けになっています。日米安保条約の前提は「日本が施政権を及ぼしている」というところにあるのです。

アメリカはポリシーとして「2国間或いは多国間で争っている領有権については関与しない」という立場をとっていますので、「尖閣諸島が中国のものか、或いは日本のものか」という領有権の問題については言及しません。

 

そこで「施政権とは何か」ということになりますが、具体的に言うと「実際にコントロールしているのはどちらか」ということなのです。例えば竹島の例を見てみますと、残念ながら、現在、竹島は韓国の武装警察が常駐している状態で、日本が施政権を及ぼしているとは客観的に見ても言えない状況になっています。そうなると、竹島については日米安保の対象にはなりません。勿論ロシアが居座っている北方領土もそうです。そのような解釈が国際法上は一般的なので、中国はそこのところを十分承知の上で、今、既成事実を作ろうとして尖閣における活動を活発にしているのです。

そして、尖閣における既成事実化、即ち「中国が尖閣の施政権を握っている」ということをアメリカに突き付けることによって、日米安保の発動を躊躇させることを狙っているのだと思います。当然のことながら、これに併せて日本に対する国内工作も、政財界を問わずいろいろなところで行っています。外科的に、海警を日本の領海内に侵入させて法執行をさせ、これと併せて内科的な日米離間工作という「併せ技」をもってギリギリと、アメリカが関与する可能性を低下させ、そして、アメリカが尖閣については手出しをしないという確証を得たならば「いつでも実力行使に打って出る」と、こういう考えだろうと思います。

それが表に現れたのが、今年2月1日に施行された中国の「海警法」です。中国が管轄権を行使している領域に外国からの侵害があった場合、武器の使用を正当化するというものです。中国は、誰かが尖閣に構造物を立てた場合には武器を使用してでも撤去でき、さらにエスカレートして軍事行動までできるという法律を制定したのです。これによって実際に中国がどのように出てくるかによって異なってきますが、少なくとも国内的な法的根拠は海警に与えたわけです。何しろ、すでに南シナ海の領有権をめぐり、国際法を「紙屑」とも呼んでいる国ですから、今後そのようなこともやりかねないと思っています。

さかのぼれば、中国が尖閣を公式に領海と宣言したのは、1992年に領海法というのを制定し、この中で「尖閣は中国の領土」と規定したことにあります。それから30年経って、ついに武器を使用してでも「実力行使をする」という姿勢を示したことになります。中国は20年、30年スパンで考えて行動しているということなのですが、ここのところを日本はじっくりと見ていかなければなりません。

 

自民党の国防部会、国民民主党でも「尖閣の中国の動きに対してどのように対応するか」ということが議論されているように聞いています。私も今、明確な対応方針を持っているわけではありませんが、ただ問題点を指摘させていただきますと、まず「海警法」の制定により、海警が海上保安庁に対して武器を使用するという行為が中国の国内法で保証されたわけで、これにより、場合によっては実力行使に出てくるかも知れないという状況になっています。海警は中国の軍事組織の中に入っているのですが、対外的には公船という位置づけにしており軍とは称していません。しかし、準海軍として軍事組織に相当する武器は保有しています。一方、海警に対応する海上保安庁は基本的に警察組織ですので、武器の使用にはいろいろと制約がかかっています。したがって、海警と巡視船が衝突するということになると、武器の装備そのものの違いもありますが、海上保安庁に不利に働きます。

それならば、海上自衛隊が出ていけばいいのではないかという議論になります。日本であと残っているのは海上自衛隊しかありませんから。現行の法体系では、「海上警備行動」という命令が海上自衛隊に下されれば、海上自衛隊が出て行って海警に対処することはできないことはありません。ただ、海上自衛隊が出て行ったとしても、武器の使用はどうなのかというと、海上保安庁と同じことになるのです。武器の装備は大きくなりますが、武器の使用については同じ制約を受けます。海上警備行動は警察行動として位置づけられていますので、海上自衛隊は警察行動の延長の行動しかできないわけです。警察行動というのは国民を相手にしますから、武器の使用は非常に制限されています。武器の使用の制限をかけられた海上自衛隊が出て行って、海警を一気に追い出すことができるかというと、なかなか難しいものがあるのです。

 

その上、中国に「我われは軍隊ではないのに、日本は海上自衛隊、軍隊を出してきた」との口実を与えることになります。エスカレーションラダーを一方的に日本が引き上げたとして、国際社会に吹聴するであろうと考えられます。そうなると、中国を利することになるので得策ではないとして、慎重な意見が政界をはじめ各界に広がっていく可能性があります。

となると、今後、日本、海上自衛隊は「どのような対応をすればいいか」ということですが、残された手段は防衛出動しかないわけです。防衛出動であれば、国際法上認められた武器の使用に基づき、警察行動的な制約は殆ど撤廃されますので十分に対応できますが、こうなると完全に戦争状態になります。

このように、準海軍をもって尖閣に介入してきている中国に対して如何に適切に対応できるかという「対応のラダー設定」が、今の日本には抜け落ちているわけです。

この穴を埋めるためには、海上保安庁の武器の使用に柔軟性を持たせるように、法律の改正をするか、海上自衛隊に躊躇なく「エスカレーションラダー」を上げるように指示するか、即ち、これまでは中国に非難の口実を与えないように自重してきたが、もうそういう時代ではないという決断をするか、などの対応が考えられます。

これらについては、今後、法律の専門家も交えて議論されるだろうと思いますが、私は法律家の専門家ではありませんので、ここでは、今述べたような問題があるということを提起させていただきます。

 

アメリカはトランプ大統領からバイデン大統領に代わりました。当初、中国に対してバイデンはオバマのように甘い対応で行くのではないかという見方が、日本の保守派の中に結構あったと思いますが、今は、バイデンが非常に強いメッセージを中国に発していますから「そういう心配はない」という雰囲気になっています。これについては、私は最初からバイデンはオバマの方針は受け継がないと思っていました。なぜならば、時代背景を見れば両者の差は歴然としています。以前は、中国をWTO(世界貿易機関)に入れて「経済が発展すれば民主的な価値観を我われと共有することになるだろう」という希望的観測が、アメリカ、日本を含めて世界にあったのです。その背景を受けて、オバマはあのような甘い対応を取ったのだと思います。トランプでさえ、最初はそうでしたから。明らかにアメリカの方針が違ってきたのは昨年ぐらいからでしょうか。2018年10月にペンス副大統領がハドソン研究所で、対中国の厳しいスピーチを行いました。このペンス演説がきっかけになり「アメリカはもう中国には騙されない」、「中国は我われとは価値観が合わない」と見切りをつけたのです。今は、バイデンもこの流れの中にいますので、絶対に中国に甘い対応をすることはないと思います。

 

三 北朝鮮には断固たる態度で交渉を ~核譲歩を迫る軍事的プレッシャーの必要性~

 

次は北朝鮮になりますが、北朝鮮についてはある強い印象を持っています。私は自衛隊には42年間、防大を入れれば46年間おりましたが、戦争というものをもっとも身近に感じたのは、2017年の朝鮮半島危機のときでした。2017年1月にトランプが大統領に就任しましたが、それを見計らっていたかのように、金正恩総書記がどんどん仕掛けて挑発してきました。それに対してトランプは、言葉での応酬に加えて、米空母3隻の日本海投入、或いはグアムの戦略爆撃機の朝鮮半島上空の飛行等、軍事的プレッシャーをかけて応じました。

そして、日本、韓国もアメリカと連携して軍事的メッセージを発信し、北朝鮮に計算違いを起こさせないようにと、いろいろ手を尽くしました。その時によく「急襲作戦」のことが取り上げられ、「金正恩をはじめ北朝鮮の中枢を狙う」軍事作戦の話が世間でも取りざたされたと思いますが、確かにトランプは、日米首脳会談で「すべてのオプションがテーブルの上にある」と言っていました。すべてのオプションというのは経済制裁も勿論ありますが、当然、軍事オプション、即ち北朝鮮への攻撃も含みます。軍事行動を決定するのは政府ですけれども、「ゴー」がかかればやらなければいけないわけですから、米軍もそれに対して準備をしていたことと思います。

私は当時いろいろな機会を通じて米軍人と接し「この事態を甘く見てはいけない」と強く思い、数字で言うのは憚られますが、正直、ある時期においては、軍事行動の可能性が6割はあるのではないかと思っていました。朝鮮半島における軍事衝突が、少なくとも「フィフティ・フィフティ」以上で起きるという感覚を持った時期があったのです。

最近、ボブ・ウッドワードというジャーナリスト、ワシントンポストの有名な記者でウォーターゲート事件を暴露した方ですが、彼が今、日本経済新聞社から「RAGE(怒り)」という分厚い本を出しています。トランプの4年間を綴った本で、私は面白く読んでいるのですが、その中で当時の朝鮮半島危機のことが出てくるわけで、やはり、軍事行動というのが相当差し迫っていたということが書かれています。私が当時感じていた肌感覚というのは間違っていなかったと、改めて思いました。

 

私は、当時アメリカは金正恩を相当追い詰めていたのだと思います。北朝鮮が最後にICBM(大陸間弾道ミサイル)を打ち上げたのは、2017年の11月29日です。この時、私はアメリカのワシントンにおりましたのでよく覚えているのですが、この日を期して北朝鮮は核保有宣言をしました。次いで、翌年の1月1日の恒例の年頭スピーチで、金正恩は話し合いに応じるというスタンスを打ち出しました。核を放棄するということは言っていませんが、話し合いに応じるという対話路線に舵を切ったのです。私はそれを聞いて、経済制裁も確かに効いたとは思いますけれども、この金正恩の方針転換は、トランプの軍事的プレッシャーの成果だと思いました。なぜならば、経済制裁というのは、いくらずっと締め上げているといっても、ああいう国柄ですから、経済制裁による苦しさは庶民から効いてくるわけで、金正恩を中心とするエリート層を経済制裁が直ちに直撃するというのはちょっと考えにくいと、おそらく、直撃の影響をあまり受けないような社会構造になっているのではないかと思います。

ただ、軍事オペレーションということになりますと、金正恩自身が狙われるということになりますから、このことの脅威を金正恩はひしひしと感じたのだろうと思いました。その後はご承知のとおり、韓国での平昌オリンピックを利用して宣伝に努めたわけです。

そこで、韓国の文大統領が非常に喜んで、自分たちが仲裁するような形にもっていき、自分の部下を金正恩のところに派遣し、そして、その足でワシントンに向かわせて、何とホワイトハウスの前で韓国の代表団が「米朝首脳会談が実施される」と発表するような状況まで出てきたわけです。

トランプは下からの積み上げを受けてというよりは、彼独特の直感でもって「金正恩が会いたいというなら、会ってもいい」ということで、シンガポール、ハノイと米朝首脳会談を重ねました。そしてハノイで物別れになり、その後、トランプは自分の選挙の方にとらわれ、北朝鮮の方には全く関心はなしということで、今また振り出しに戻っているという状況なのです。

 

金正恩の時の朝鮮半島の核危機は、歴史的には第3の核危機ということになります。第1の核危機というのは1995年、クリントン大統領のときです。このときクリントンは北朝鮮爆撃を決断し、韓国の金泳三大統領の反対で止めたのですが、そのぐらいの危機まで至ったのです。第2の核危機は2005年から2006年にかけて、いわゆる6者協議のときです。第1、第2の核危機のときは、いずれも金正日総書記のときですが、結局、北朝鮮に核放棄をさせることはできませんでした。

それはなぜかというと、最初に見返りを与えてしまったからなのです。まあ騙されたということでしょう。したがって、第3の核危機のときは、絶対に最初に見返りを与えないということでスタートしたわけです。その結果、金正恩を相当追い詰めることができたと思います。したがって、2018年に金正雲が行った新年ステートメントに乗らずに、もう一歩軍事的プレッシャーをかけていれば、相当展開は違ってきたのではないかと個人的には思っていますが、トランプは話し合いに乗ってしまいました。

ボルトン元国家安全保障大統領補佐官に言わせると、トランプは経済制裁も緩和しようとしたらしいのです。しかし、金正恩が全面経済制裁解除でないと応じないと言ったので、部分的な経済制裁解除はなくなり、ボルトンが安堵したという話が伝わっています。それに関連して、米韓軍事演習もストップするということなどがあり、ある意味見返りを与えた形になりましたが、その後、米韓軍事演習の規模は縮小の方向に向かい、そして今、ここまできているという状況なのです。

 

バイデンはオバマの副大統領を務めていましたので、オバマが北朝鮮に対して行った、今では誤りとされている「戦略的忍耐」をまた始めるのではないかという懸念が日本の中にあるということは皆さんもお聞きになっていることと思います。しかし私は、バイデンは「戦略的忍耐」を再び採用することはないと思っています。なぜならば、オバマの前の第2の核危機の頃から、「北朝鮮危機説」、即ち、北朝鮮が今のような体制で長く持つわけがないと、そういう評価が結構あったのです。オバマの「戦略的忍耐」のバックボーンには、戦略的に忍耐して見守っていれば、必ず向こうから歩み寄ってくるという見通しがあったのです。今は、金正恩に代わりましたが、「北朝鮮はそうそう崩れることはない」と世界各国が認識しておりますので、北朝鮮が間もなく崩れるということを前提とした戦略的忍耐という発想はもうないと思います。

バイデンはそのような戦略は採用せずに、今新しい戦略を組み立てているところと思いますが、私は、ある程度までは効を奏した「絶対に先に見返りを与えない」という方針のCVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)の原点に立ち戻って進めばいいのではないかと思っています。日本には「北朝鮮は絶対に核を放棄しないだろうから、核のコントロールを進めるべきだ」と主張する方も相当居ますけれども、私はもう一度、この原点に戻って北朝鮮政策は進められるべきだという見方をしています。

 

 

四 日米安保体制の「盾と矛」 ~アメリカにばかり「矛」の役割を任せるのか~

 

最後に、一点申し上げたいことがあります。対北朝鮮の問題に関連して、河野防衛大臣が昨年の6月、イージスアショア計画の取り止めを発表しました。その理由は、発射後の安全のためにミサイルのブースターを演習場内に落とすためには、さらに多額の費用と長い開発期間が掛かるというものでした。ミサイルを発射するという、国の危機的状況のときに「ブースターが演習場外に落ちるかもしれないこと」を理由にして止めるということには、私は今でもちょっと納得はしていないのです。結果として政治判断ということで中止になりましたが、その時、自民党を中心にして「イージスアショアを中止して、本当に防御だけで国は守れるのか」、「攻撃力、いわゆる敵地攻撃の能力を持たないと守れないのではないか」、「原点に立ち返ってもう一度検討すべきではないのか」という議論がありましたので、それなら、イージスアショアをキャンセルするというのも止むを得ないというのが私のスタンスでした。2017年、イージスアショアの導入を決定したときに、私は小野寺大臣の下で統幕長を務めていました。2017年12月に閣議決定をしたのですが、あの時は国民が本当に危機感を持っていて、イージス艦とPAC3だけでミサイル防衛は大丈夫なのかという議論の盛り上がりがあって、イージスアショアではどうかという話が出てきました。現に、翌年の2018年1月の朝日新聞の世論調査において、66パーセントがイージスアショアに賛成という結果が出ていましたが、そのような世論のバックアップを受けて、イージスアショアの導入を決めたのです。

当時、イージスアショアに代わる敵地攻撃については、議論としては自民党内にありましたが、実際の政策として検討するには、まだまだ議論として成熟していませんでした。そこで我われとしては、イージスアショアがベストな政策ということで採用したわけです。

去年の夏、イージスアショアの中止に伴い、もう一回、敵地攻撃について議論を再開するということであれば、私としても十分理解できるところですし、安倍総理も辞められる前に、敵地攻撃の必要性についてステートメントを出されています。

ところが私が懸念していたとおり、今、この話はうやむやになっていまして、イージスアショアの代替をどうするかということについては、イージスシステム搭載の護衛艦を2隻造るということになっています。ただ、これをもって、基本的に24時間・365時間の運用が考えられているイージスアショアの代替ができるかということになると難しいものがあります。

 

このように、北朝鮮からの対ミサイル防衛については、今、ちょっと混迷している状態なので心配していますが、いずれにしても、敵地攻撃というのは「盾と矛」という話なのです。日米安保体制の下、日米で共同対処するときに「盾と矛」という話になると、言うまでもなく、「日本が盾、アメリカが矛」ということになります。専守防衛、或いは憲法9条等の制約があるから、「盾」であればそれらに抵触しないということでホット胸を撫でおろすというのが、これまでの日本の立場でした。

もともと「盾と矛」のイメージというのは、冷戦時代に生まれました。当時の仮想敵国のソ連が北海道に攻めてきたときに、まず自衛隊が頑張って押しとどめますが、それでも限界があるので、アメリカに喉元を攻撃してもらって日本の防衛を達成するというイメージなわけです。時間的スパンで見ると、陸・海・空の自衛隊が何日間か頑張って、その後にアメリカに攻撃してもらうということです。

そこで、今話題の敵地攻撃というのを考えてみますと、北朝鮮ということで限定させてもらいますが、北朝鮮が日本に対して「核弾道ミサイルを撃つかも知れないというタイミング」で攻撃しないと日本の安全は守れないわけです。したがって、冷戦時代の北海道対上陸作戦のようなものとは時間的スパンが全然違うわけです。この大事な瞬間に、タイミングよくアメリカが攻撃してくれるかとなると、それはなかなか分からないわけです。

アメリカにはアメリカの作戦上の都合もあります。恐らく、アメリカとしての優先順位の問題もあるのでしょう。

このように、冷戦時代と今とでは状況が全然違ってきています。このようなことを具体的に考えずに、ただ「盾と矛」の旗を振り続けていて本当にいいのかということを考えるべきところにきているのではないでしょうか。アメリカが準備できなかったら準備できるまで、核弾道ミサイルの1発や2発は我慢しますということにはならないわけです。

とするとやはり、日本の防衛を考えると、自ら敵地攻撃のような手段を持っていなくてはならないという話になります。今は、専守防衛というものをあまりにもギリギリに捉え過ぎているわけです。なぜ自ら、そこまで手を縛るのかということなのです。

日本の自衛のために敵地を攻撃するということは、「憲法上は許される」ことになっていますが、「専守防衛という国是に反するのではないか」という話が必ず蒸し返されてきます。したがって、ここはもう一度ちゃんと整理をする必要があるのです。

日本の防衛のため、「矛」はすべてアメリカにお願いするということを考え直す時期にきているのではないかと思います。

 

最後に付け加えますと、「盾と矛」に秘められている問題というのは、国家の品格に係わってくるのではないかということです。日本を守るためにアメリカは太平洋を越えて来てくれます。そのとき、日本は「盾」ですので、「攻撃してくる敵には脅威は与えません、平和国家という旗印は下ろしません」という自己満足は通用しないのです。

それでも、日本が「専守防衛」を絶対とする、真の平和国家に徹するというのであれば、私は立派だと思いますが、日本は「矛の必要性」を否定していないのです。「攻撃は日本を守るために必要だ」と認めているわけなのです。それにもかかわらず、攻撃を自分ではやらないでアメリカに頼む、自分は手を汚さないでアメリカにやってもらうという生き方は、日本という国家としての品位に係わる話ではないかと思うわけです。このような大切なことは、よくよく考えるべきだと思います。

アメリカでは体制が代わり、バイデンが大統領になって同盟国重視ということを言っていますが、この「盾と矛」の問題について、「矛」の役割はアメリカに任してくれとは、さらさら言っていないのです。同盟国とともに共同でやるというのがバイデンなのです。トランプの場合は、「日本はやらないのか」、「やらないのは不公平だ」と強く言ってきて、その後に「できないのなら、代わりに金を出せ」という話になりましたが、バイデンの場合には、金で解決するようなことにはならないと思います。

となると、真剣に安全保障上の役割を担うということを考えると、もはや「矛はもうごめんです」ということは通用しない時代に入ってきているのではないかと思います。

以上で一応話を終わらしていただきまして、あとご質問があればお受けしたいと思います。有り難うございました。

令和3年2月16日 公益財団法人日本国防協会 オンライン講演