[第10回国防講座(完)]
本講座のまとめ~国防は国民の責任~
冨澤 暉 氏(東洋学園大学名誉教授 元陸上幕僚長)

人は一般に、他人から支配されることを好まず、独立(自立)して自由に発展することを望んでいます。しかし、そういう人ばかりが集まり競争社会をつくると、必ず争いが起きて互いに不幸なことになります。そこで人々はそのかたちづくる社会に、適切な秩序(法律、規則、道徳など)をつくり、その範囲内で争いの少ない平和な生活を営もうと努力してきたといえます。

この秩序を支えるものとして、社会構成員を納得させる「秩序の論理と権威」と社会構成員に秩序を強制する「力」の二つが必要になります。

「秩序の論理と権威」には、各社会(国家)の歴史・文化(宗教を含む)に根ざしたものがあり、一般に西欧発の形式をとりながらも、各地方・各国家により実は千差万別です。

秩序を強制する「力」を通常「公権力」といいますが、この公権力は強くなりすぎると社会構成員たる個人の自由・独立を制限し束縛するものとなります。それゆえ、「各国内の秩序・平和」と「個人の独立・自由・発展」とは二律背反の関係にあり、定まりにくくいつも変化します。

 

社会契約説の創始者といわれる英国のトマス・ホッブズは宗教から分離した「個人の自由」を充分に認めたうえで、「そのように自由な個人は自然状態のままにおいておくと、万人が万人の敵となり、殺し合いをして結局は個人がいなくなってしまうから、力に支えられた社会秩序が必要である、それが国王の権力によってもたらされる」と言いました。

しかし彼は、その国王の権力はいずれ化け物のように巨大になり、それはまた「個人の自由」を侵すものになることをも的確に指摘していました。その国王の権力、すなわち公権力の在り方をめぐりジョン・ロック、ジャン・ジャック・ルソー、シャルル・ド・モンテスキューといった人達が社会契約説を発展させ、現代の民主主義社会が成立している、と今の高校教科書は教えています。

その、ホッブズ以下の人々の努力にもかかわらず、日本をも含む現在の世界各国の国内政治は、その国民全員が100パーセント満足する民主制度になっているとはいえないようです。つまり、民主主義はいまだに確立されていない、ということになります。

 

「国家と世界の関係」も、上記の「個人と国家の関係」と概ね同様に発展してきたものですが、各国内の秩序に見られるそれなりの「権威と力」はいまだこの世界には形成されていないといえます。ですから、「世界の秩序・平和」と「各国の独立・自由・発展」の関係は「個人と国家の関係」よりもはるかに未熟であり、ものすごく不安定なものだ、というしかありません。好むと好まざるにかかわらず私達はこのような世界に生きているということを承知しなければなりません。

国際秩序を維持するための力とは、100年前まではほとんど軍事力のことでした。現代ではそれに代わる経済力・文化力、あるいはそれらを含めた「話し合い能力としての外交力」が脚光を浴びているのですが、軍事力の重要性もなお不変です。とはいえ現在の日本では、今なお「軍事力は平和を破壊するものであり、国際秩序(平和)維持のためには不要なのだ」という意見が根強く残っています。

 

「平和とは戦争のない状態をいう」と定義すれば「戦争の道具たる軍事力があるために戦争が起きるのだから、世界中から軍事力をなくせば平和になるのだ」という単純な論理が多くの人に信じられるのも分からないではありません。

しかし、つい20年ほど前のルワンダ民族紛争で10万人以上の人々が棍棒で殺戮された事実をどう解釈したらよいのでしょうか、「棍棒も軍事力なのだ」といわれるのでしたら、人類は「槌や杭や刃物や火」といったあらゆる生活手段をも捨てなければならないこととなります。戦争は軍事力という道具によって闘われますが「その道具をなくせば戦争はなくなる」ということではないのです。

 

「戦争の世紀」といわれる20世紀について考えてみると、人口が25億人程度であったその前半において、第1次世界大戦と第2次世界大戦が起こり、その戦争で亡くなった人は5~6千万人に上るといわれています。世紀後半には世界大戦はなく、代わりに朝鮮戦争、ヴェトナム戦争に代表される「代理・限定・局地戦」といわれる戦争がありましたが、それらの戦争で亡くなった人の数は3千万人以下だと言われています。その間、人口は6~70億人へと増えていることを考えると、20世紀前半よりは、20世紀後半の方が「世界は遥かに平和になった」ともいえるのではないでしょうか。

 

地球上の人類は、20世紀前半の失敗を反省してこの相対的平和を勝ち取ったのかも知れませんが、その間、人類は軍事力を縮小するどころかむしろ増強してきた、という事実も認めなければなりません。そしてナポレオン以来の国民徴兵制度こそ縮小されてはきたものの、どこの国でも平時の軍事予算は極めて高価なものとなりました。

この世紀後半の戦争が世界大戦にならず、「代理・限定・局地戦」にとどまった原因はいろいろに言われていますが、私は「核兵器と(一極または二極の)大国の存在」のためだと分析しています。米ソともに何れも自滅するような核戦争はできませんでした。また核兵器を持たない国が国家間決戦をしかけても世界戦争にしないように、米ソ両軍事大国が通常兵器の威力でそれを押さえ込んでしまいました。皮肉にも聞こえるかも知れませんが、それが、20世紀前半よりも20世紀後半を相対的に平和にした原因だということになります。

 

日本はこの70年間戦争をせず、従って戦争で亡くなった人もおらず、その意味で平和な70年を過ごしてきました。そこで「これは軍隊を持たないという憲法9条のおかげである。したがってこの平和憲法を維持さえすれば、今後とも平和なのだ」という人がおります。果たしてそうなのでしょうか。

憲法にそう書いてあったとしてもこの70年間、本当に日本の軍事力のない時代はなかったということに気づいて欲しいと思います。帝國陸海軍が武器を捨てた時に、それと入れ替えに日本には米軍を中心とした進駐軍という軍隊がきて、それ以降の日本の秩序(平和)を守りました。昭和26年9月にサンフランシスコ講和条約が結ばれた時に、吉田茂首相が米国と日米安全保障条約を結んだため、翌27年4月に日本が独立した後も米軍は日本に居続けることになりました。

昭和25年、朝鮮戦争が始まった時に占領軍司令官マッカーサー元帥の命令で警察予備隊という治安部隊ができたのですが、それが保安隊(昭和27年)になり、自衛隊(昭和29年)となりました。この自衛隊は今もって「軍隊ではない」と言われていますが、外国人からは「明らかな軍隊だ」と言われています。しかも、自衛隊が出来てからも米軍及び朝鮮国連軍のための基地が日本に残り、自衛隊員数よりは少ないながらもアジア地区では一番多い米兵がなお駐屯しています。

 

つまり、第2次世界大戦後も日本の領土周辺に軍隊が居なかったことはなかったということです。ですから「これらの軍隊が存在する状況において、日本は70年間の平和(秩序)を維持してきた」と言うのが正しいのです。「憲法9条により軍隊を持たなかったから、日本は平和だったのだ」という論者は歴史的事実を冷静に見ていない人々だ、ということがお分かりかと思います。問題は「米軍に帰ってもらって、自衛隊だけであの平和を保てなかったのか」ということと「米軍には帰ってもらい、自衛隊なしであの平和を保てなかったのか」を分析検討することなのでしょうが、残念ながらそうしたことに対する説得力ある研究は見たことがありません。

 

そうした中で今、日本の安全保障の在り方が国内外で問題になっております。私たち国民は自らの生命・財産・文化を守るため最も効果的な安全保障手段を検討し、議論し、国民の責任において決定しなければならないのですが、その過程において、国民一人一人が最小限の軍事に関する知識を持つ必要があります。この70年、日本人は「軍事を知らないことが平和への道だ」と誤解してきた向きがあります。無論、平和のためには経済・文化の力の利用が重要ですが、軍事への理解とその活用もまた平和(秩序)維持のために忘れてはならない柱なのです。

国の安全保障は政治家、外交官、自衛官だけが行うものではなく、国民もその責任を担っていかなければなりません。国を守ることは、国の主権者である国民一人一人のかけがえのない責任なのです。

(平成30年7月27日)