アメリカ帝国の挫折~日本、今に続く憲法問題~
評論家
西部 邁 氏

ご紹介をいただき有り難うございます。僕も来年、年が明ければ78歳です。だいたい人間80歳を過ぎますと、女性には100歳でもご自由に生きてくださいと思っているけど、人間の雄として精神能力や戦闘能力を失くせば生きていること自体の意味もあまりなくて、さっさといなくなればと、もしくは自分で死になさいというのが僕の信条で、僕は55歳のときにそのような本を書いています。死生論で、それ以来一切意見を変えていません。 僕は今、身体は4分の3ぐらい死んで、頭が5分の1ほど耄碌しているのでしょうが、残念で無念だなと思うのは、威張って言っているのではないのですが、僕がずいぶん前から孤立無縁になっても言っていたように

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【研修・見学者参加レポート】
原発事故と中央特殊武器防護隊〜陸上自衛隊化学学校見学
日本国防協会会員

過去の見学会については、参加者ご本人のご了解を頂き、報告レポートを掲載しています。 渡米前、防衛団体の研修会で陸上自衛隊大宮駐屯地に行ってまいりました。 大宮駐屯地は知る人ぞ知るさいたま市の西方4キロの住宅地に囲まれた基地で、 終戦までは旧陸軍の造兵廠大宮製造所があり、戦後は進駐軍の接収を経て 化学学校 通信補給処 武器補給処 などが開設されました。 施設の市ヶ谷移転に伴い、ここには埼玉県全体の防災警備を担当する 第32普通科連隊が移駐してきて現在に至ります。 本日の研修目的は、陸自化学学校の見学。 皆さんは、あの東日本大震災の時、メルトダウンを起こした福島第一原発に 注水作業をした陸自の部隊

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「古野繁實海軍少佐 七十五周年慰霊祭 追悼の辞」
日本国防協会評議員
水崎 勝彦

平成二十八年十二月八日、七十五年前の真珠湾攻撃と同じ日に、福岡県遠賀町において、真珠湾攻撃に参加して戦死した「特殊潜航艇特別攻撃隊員 古野繁實海軍少佐 七十五周年慰霊祭」が行われました。   古野繁實海軍中尉(当時)は遠賀町に生まれ、長じて海軍兵学校に入校し、卒業後は戦艦の乗組員をへて、真珠湾攻撃特殊潜航艇の艇長として潜水艦「伊18」から出撃し戦死されました。   ここに、故古野繁實海軍少佐の七十五周年慰霊祭において、公益財団法人日本国防協会評議員の水崎勝彦氏が捧げた「追悼の辞」を紹介します。     「今を去る七十五年前の今日、わが国はハワイのオアフ島

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