「アメリカ新政権下の日米同盟」
川上高司氏(拓殖大学海外事情研究所教授・所長)
平成29年3月

アメリカ新政権下の日米同盟

拓殖大学海外事情研究所教授・所長 川上 高司

 

ただ今ご紹介にあずかりました川上です。今日はトランプ政権が発足して1ヶ月位経ちましたので、トランプ政権はどこに向かっているのか、そして、それがどのように日本に影響をもたらすのかということを整理してお話をしていきたいと思います。実は先日、ニューヨークタイムスから「北朝鮮に対してアメリカはどう出るのか」、昨日はロイターから「中国の軍事費増強についてどう思うか」などという電話インタビューを受けました。今は、アメリカ国民もトランプ政権がどこに向かうのか分からない状況ですが、北朝鮮に関しては今ほどアメリカが先制攻撃の機を狙っている時期はないと思います。非常に緊迫度が高まっています。新鋭の航空機を擁する空母を2隻展開し、いつでも北朝鮮に対して攻撃が出来る準備を整えようとしています。その後はトランプ大統領の決断を待つということなのでしょう。

「今しかチャンスはない」、国防長官ジェームズ・マティスの戦略でもあります。北朝鮮がアメリカに到達する大陸間弾道ミサイル(ICBM)並びに潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を開発する前に彼らを叩く必要があるという進言をするに違いありません。ニューヨークタイムスのインタビューに対する私の回答は最右翼に位置し、他の先生方はもう少し楽観的な考え方を述べておられますが、私の友人の将軍たちからは非常に緊張感が高まった話が聞こえてきます。日本ではあまり論議になっていませんが、アメリカではトランプ大統領を筆頭に何名か戦略家が「日本にも核武装させるべきだ」ということを言っています。さらに「先制攻撃のチャンスは中小諸国の場合、彼らが核を持つまでの間までで、一旦持ってしまったら厳しくなる」と考える識者がアメリカには大勢います。特にネオコン、「ネオコンサーバティブ(新保守主義)」、ブッシュ政権のときに多くいましたが、そういう方々がトランプ政権の周りに集まってきてアドバイスをしている節があると言われています。私はこのような兆候は危険だと思っています。

 

トランプ政権の出だし ~オバマ政権との違い~

まず、トランプ政権の1ヶ月を追ってみますと、何といってもポピュリズムの傾向が目につきます。古くローマ時代ではシーザーはポピュリストではなかったのかということが学術的に論議されており、日本では橋下さんとか昔の小沢さん、若しくは小池さんがポピュリズムに乗っかって政権をとるかも知れないと言われています。今、世界中でこのような流れになっていますが、この流れを見ていないとアメリカの政策特に対ヨーロッパ政策というものはわかりません。本屋に行きますとトランプの本が山積みになっており、私も遅ればせながら仲間たちとトランプ政権についての本を東洋経済社から出版する予定ですが、そこでの論点は単なる話題性だけではなく、もう少し大きく見て思想的な流れも捉えていかなければいけないと考えています。そのようなことも踏まえて今日は「トランプの価値観は」、「トランプの安全保障政策とは」、そして「日米同盟はどうなるのか」、その結果「日本の活路はどのようにして切り拓くのか」などについてお話をしていきたいと思います。

トランプは自分の著作の中で、「最後は自分自身の直感で決める」、「自分は取引を楽しみながら、判断にあたってはその時の状況を見て自ら決定する」ということを言っていますが、実際彼が出した大統領令などを見てみますと、確かにそうなのかなという感じがしてきます。よく「一寸先は闇」といわれますが、それでも今日はトランプ問題についてできるだけ読み解いていきたいと思っています。

 

トランプ政権の1ヶ月間に行われた会談や大統領令などはオバマ政権と一体どう違うのでしょうか。日米同盟については先日、マティス国防長官が日本に来て日米安全保障条約の第5条を適用する旨を表明し、日米安全保障条約の重要性を訴えました。その後、安倍総理がワシントンに飛んで日米首脳会談を行い、一見何かすごいことをやったような感じがしましたが、中身を開けてみたらほとんどオバマ政権の時と変わらない内容です。

しかし、トランプは北朝鮮に対しては先制攻撃をもって戦術核のボタンを押すかも知れません。また昨年の暮、アメリカは西海岸で「バンカーバスター(地中貫通爆弾)」の実験を行いました。バンカーバスターというのは50メートルから100メートル位の地下深くに撃ち込んで爆発させるものです。北朝鮮の地下深くにあるトンネルもその威力でかなり吹き飛ばせるのではないかと言われています。アメリカでは随分前から国防戦略に組み込まれ、私が防衛研究所にいる時ですから、10年前のブッシュ政権のときから実験を重ねてきています。

トランプ大統領は昨年の大統領選挙で勝利をした後、台湾の蔡英文総統と電話会談を行い、イギリスのメイ首相と会い、安倍総理と会談をしました。また、今後のヨーロッパの動きも注目点です。ニューズウィーク、フォーリンアフェアーズなどの雑誌でポピュリストの特集をしていますが、3月にはオランダで総選挙があり極右政党の党首が選ばれるかも知れません。4月から5月にかけてはフランスに極右のルペン党首が出てくるかも知れません。9月にはドイツ総選挙でメルケル首相が苦戦を強いられるかも知れないというように、もしかするとトランプのような最右翼の大統領が次々に現れてヨーロッパは一気に変わり、EUは崩壊するかも知れないという状況に今なっているわけです。

振り返ってみますと、トランプは権力を一部のエリート支配層から「忘れられた白人達」へ取り戻すことに焦点をあてて大統領選挙を勝ち取ったわけです。「1パーセント問題」とよく言われます。「世界の1パーセントの富裕層が世界全体の富の約半分を占めている」という問題ですが、アメリカにおいても上位10パーセントの人たちで所得は国民全体の50パーセント、資産は70パーセントを占めていると言われています。そこに彼らの不満があります。

 

アメリカを覆うポピュリズム

アメリカのポピュリズムについては、第7代大統領のアンドリュー・ジャクソンの時代に、トゥクビルというフランスの政治思想家がアメリカを旅行して「アメリカンデモクラシー」という本を書いています。ジャクソンは白人貧困層のパワーを結集して大統領になり、彼らに参政権を与えて、いわゆる「ジャクソニアンデモクラシー」をつくり上げた人物ですが、これに対して、トゥクビルは「このような動きは、独裁者若しくは専制政治が現れる兆しである」と著書の中で述べています。アメリカの民主制について150年以上も前にトゥクビルはその危険性を予見しているのです。

トランプ政権を語るキーワードも結局はポピュリズムにあるという感じがしていますが、その大きな要因として難民・移民問題があります。アメリカでは雇用環境は好転していますが欧州では失業率が高まっています。特にシリア情勢が不安定のため中東から大量の難民が国外に流出し、世界中では6、500万人の難民がいると言われています。移民は世界で2億5、000万人位、欧州には7、600万人位の移民がいて、欧州諸国の人たちが「もうこれ以上は無理だ」と思い始めたところにテロが起こりました。2015年11月のフランス同時多発テロですが、中東から流れ込んだ難民の中にテロリストが混じっていてテロを起こしました。日本も他人ごとではなくて、2020年に開催される東京オリンピックにおいてテロリストが混じってテロを起こす可能性も十分にあります。このような不安が今世界中に漂ってきていると思います。

このような兆しはアメリカの大統領選挙においてすでに表れていました。CNN報道の選挙結果によりますと「移民に対して何とかしてくれ」という人たちの64パーセントはトランプ支持です。トランプが提唱した「メキシコ国境に壁を造る」という話に期待する人は本当に多いのです。一方、クリントン候補の方は32パーセントしかありませんでした。日本では理不尽に思えるかも知れませんが、イスラム諸国からの一時難民若しくはイスラム国の国籍を持っている人たちのアメリカへの入国禁止というのはこのような64パーセントのトランプ支持者に応えたものなのです。そこのところを大きく見誤ってはいけないと思います。しかし、メキシコ国境に壁を造るためにはお金が必要になりますので、アメリカ議会の上院・下院での立法措置が必要になります。今トランプは「忘れられた白人達」の支持者に焦点を合わせて、選挙期間中に言ってきたことについて、いわば手形を落としている状況にあると思われます。

最近は、ツイッター、フェイスブック、ラインなどのSNSによるコミュニケーション手段が大きなウェイトを占めてきています。ポピュリストの色彩の強い政権指導者、独裁者は「これからはもうマスコミは要らない」と思っています。トランプ大統領は、ワシントンポスト、ニューヨークタイムス、CNNなどを会見場から締め出して「お前たちは要らない」、「俺は直接ツイッターで囁くのだ」とまるで喧嘩を売っています。なぜ喧嘩を売っているかというと、「忘れられた白人達」からみると「マスコミ=(イコール)エリート」というイメージがありますので、マスコミを叩くということは自分を応援してくれる人たちの喝采を得るということなのです。一見無茶なことをしているようですが、トランプの頭の中ではまさに理にかなっているわけです。したがって、このようなマスコミ対応はトランプが大統領である間は続くのではないかと思われます。マスコミの方はマスコミの方で大変です。いわば、自分たちの職を奪われるわけですから必死になってトランプと対抗していくでしょう。

 

アメリカの人口問題を見てみますと、白人は人口の70パーセント、黒人が10パーセント、ヒスパニックが10パーセント、残りがアジア系やネイティブアメリカンとなっていますが、白人有権者の多くはトランプを支持しています。最近、白人の45歳から54歳の人たちの死亡率が高くなってきていますので、これから先2050年位には白人層が少なくなって、黒人、ヒスパニック、アジア系の人たちが多くなりアメリカ社会が変わってしまいますので、それに対して危機感を感じた白人たちが今回の大統領選挙でトランプを支持したということです。白人の女性票も42パーセントを獲得しています。有権者の比率からみて白人票を多く取ったものが勝ちでしたが、トランプはその大多数を取ったということで、クリントンの選挙戦術の失敗だったということも言えると思います。言い換えると白人至上主義が復活したということかも知れません。「ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント(WASP)」、いわゆる白人でアングロサクソン(イギリス)系、そして宗教がプロテスタントというような社会、いわば1980年の社会に後戻りしてしまったといえるかも知れません。私は大統領選挙前にアメリカに行ってきましたが、その時、何か殺伐としたものを感じました。いつもですと、トランプグッズとかクリントングッズを買って、たとえば「トランプの帽子」をかぶって気軽に歩くのですが、「そのようなことをすれば殴られるから止めておけ」と友人から言われるぐらいでした。近いうちまた訪米しようと思っていますが、前回よりももっと殺伐しているのではないかと思われます。

 

アメリカでは政権交代にともない、ホワイトハウス、国務省、国防総省、CIAなど国の機関において約4、100人のポストが入れ替わります。「ポリティカル・アポインティ(政治任用)」という制度です。4、100の人を新しい大統領が任命するのですが、現在それらのポストはまだ十分に埋まっていません。これには2つの理由がありまして、1つには、本来ならば新しく共和党の大統領になったわけですから多くのポストには待ちに待ったシンクタンクの連中が就くのですが、このような人たちはエリートで「ベスト・アンド・ブライテスト(最良の最も聡明な人々)」ですので、彼らが「トランプ大統領になっても政権運営を担うのは拒否する」という血判状を回して政権参加を拒否しているのです。トランプの方も「そのようなエリートたちを自分の部下にはできないよ」といって対抗しています。したがって、今のホワイトハウスやアメリカの行政機関は今までと違い十分に機能していません。

また宗教右派が台頭してきています。大統領選挙の有権者の70パーセントがプロテスタント、カトリック、モルモン教などのキリスト教ですが、それらのほとんどの票がトランプの方に流れたと言われています。ホワイト・アングロサクソン・プロテスタントの世界が戻ってきたわけです。古き良きアメリカ、いうならばブッシュ時代を牛耳っていたネオコンたちが再び現れてきたというようなところです。私は防衛研究所に在職中はアメリカを担当していて、アメリカの国防戦略やそれを裏付ける軍事予算措置などをずっと見てきましたが、どちらかといえばオバマの時の8年間が異常だったのであり、極左政権がオバマで、極右とはいわないまでもトランプ政権は昔のレーガン・ブッシュ時代に近いという印象を持っています。したがって、トランプ大統領の出現はそれほど驚くことではありません。しかし、最終決定者のトランプ大統領は政治的な経験もなくワシントンのこともよく知らず、またレーガンやブッシュと違い、民主主義が重要だとか、神を信じるとかというのも全くありません。今まで我われが見てきたアメリカ大統領のような基準で物ごとを判断するのではないということが推測されます。北朝鮮を先制攻撃するかも知れないし、中国とは逆に取引をして米中関係がかえってよくなり、米ロ中の三国協商ができあがるかもしれません。我われはトランプ大統領の出現とともに先入観念をなくし、頭を真っさらにして考えなくてはいけない時代に突入したわけです。

 

現在見られるアメリカ国内の分裂は、今後4年間は間違いなく続くと思われます。今も大統領令が出るたびにアメリカ中でデモが起きていますし、トランプが大統領に選ばれた時にカルフォルニアでは独立しようとする動きまでありました。今後の進展はワシントンのエスタブリッシュメントたち、いわゆる非常に頭のいい人たちがどこまでトランプに協力するかによりますがあまり期待はできません。ハリッウドやマスコミの人たちは「ノー」と言っています。私の友人などは「これ以上分裂が拡がると将来アメリカは、南北戦争のときのように本当に荒れてしまう。」と言っています。

一方、経営者の人たちからは、トランプはレーガノミックス、つまり1980年代に景気を良くしたレーガン大統領のやり方を踏襲すると見られています。インフラ投資であり、減税であり、それから軍拡ということになります。そうなると、アメリカの経済はバブルの様相を帯びて一面明るくなるということも言われますが、もう少し見ていかないとこれはわかりません。しかしこの間、世界の情勢は待ったをしてはくれません。朝鮮半島で戦争が始まるか若しくは北朝鮮が崩壊したり、米中関係が悪化したり逆に進展したり、さらに米ロ関係で進展をみたり、いろいろなことが考えられますのでこれからのトランプの一挙手一投足は片時も見逃さないようにしなければなりません。

 

トランプの価値観

(以下、機関誌「日本の国防」平成30年1月新年号に掲載)