「東アジア情勢と日本の安全保障」
潮匡人氏(評論家)
平成29年6月

東アジア情勢と日本の安全保障

評論家     潮 匡人

 

皆さまこんにちは。ご紹介いただきました潮でございます。このような講演会にお招きいただき恐縮しております。本日は、朝鮮半島情勢に論点を絞ってお話をさせていただきたいと思います。そしてその中で、文春新書で発売中の「安全保障は感情で動く」、来月新潮新書から出版予定の「誰も知らない憲法9条」などの内容に触れながら、私の考えをできるだけ分かりやすく話していきたいと思っております。「安全保障は感情で動く」という本の第3章のタイトルは「第2次朝鮮戦争が始まる」となっています。これにつきましては多くの方が「そうではない」と考えておられるのではないかと思っておりますが、今日は、なぜそのような考えに至ったのかということもお話しさせていただきます。

 

安全保障は感情で動く

まず、今年に入ってからの朝鮮半島の動きをおさらいしますと、残念ながらメディアの報道は、朝鮮半島情勢の本質を的確に国民に伝えていないのではないかと懸念しております。このような傾向については、PHP新書から「なぜ、日本の政治報道は「嘘八百」なのか」という刺激的なタイトルの本の中で書かせていただきました。

今年の元日に、金正恩が「大陸間弾道ミサイル(ICBM)が発射試験の最終段階にある」ということを、公式に年頭の辞として世界に向けて表明しました。このこと自体が重要なファクトであり、深く検証しなければいけなかった筈なのですが、世界各国では、いわばスルーされてしまいました。その最大の理由は、トランプ次期大統領が得意のツイッターで「イット・ウォント・ハップン」、つまり北朝鮮によるICBMの試射は起らない、起こり得ない、起こさせないと投稿したことにあります。なぜか皆さんはそのことを真に受けてほっと胸を撫でおろしたわけで、「それはそうだ。北朝鮮にそんなことはできない」と、大方の見方を支配づけてしまったのではないかと受け止めております。

私自身の考えは正反対で、「北朝鮮のこのような行動により歴史が覆るだろう」と思っています。見方によっては「すでに発射が行われた」という意見もありますが、「ICBMというのにはまだ早い」という通説的な見方を取るにしても、「年内には起るだろう」と私は高い蓋然性をもって言うことができます。アメリカの大統領となる人が断言したことが覆るということになりますが、考えてみれば、このこと自体が世界の安全保障環境に重大な影響を与えることになるのではないかと思っています。大統領といっても人間ですから、感情によって動かされている部分があります。現実を見れば、このような主観的な判断により物事は動いていくという側面を忘れてはいけないと思い、「安全保障は感情で動く」というタイトルの本を書かせていただいたわけであります。現在は地政学、即ち地理の「地」に国際政治の「政」の学問が一大ブームでありまして、「にわか地政学者」も含めて多くの方がそれぞれの立場で縦横に論じておられます。このような地政学的知見、つまり「地理という100年、1000年経っても変わらない普遍的なファクターに着目して安全保障を考える」という考え方を否定しているわけではありませんが、反面、そのようなブームによって主観的な側面がなおざりにされているのではないかと懸念しています。実は、この「主観的な側面」の事例を最近のトランプ政権の動きの中に見ることができます。今年の四月、米軍がシリアに対し59発のトマホークをもって攻撃しました。トランプ大統領の決断と言われていますが、なぜそのような決断に至ったのかといえば、化学兵器使用によって犠牲になった現地住民の幼い子の悲惨な姿を目の当たりにしたのが原因と言われています。大統領報道官や首席補佐官の言葉をそのまま借りれば「大統領はひどく心を動かされたようだった」ということですが、まさに一人の人間としての感情が大きな影響を与えた例ではないかと思います。

同じようなことが朝鮮半島でも起きるのでしょか。両者の安全保障環境が異なるので一概に言えないにしても、そのような感情的な側面がもたらす影響を無視することはできないという強い思いを持っています。何よりも大方の予想を覆してトランプ政権が誕生したということ自体が、人間の感情によって今、世界が大きく動いているということを示しているのではないでしょうか。

 

朝鮮半島では、金正恩が元日にICBMの完成を強く示唆し。翌日米国の次期大統領がそれを否定した後、2月になって北極星2号という新型の弾道ミサイルが打ち上げられました。その後、5月のミサイル発射の際には、NHKでもトップニュースで性能などを詳しく報じたわけですが、残念ながら、このミサイルの性能に関する説明は的を得ていないと思っております。5月になってから皆さん大騒ぎをしましたが、北朝鮮はそもそも同じものを2月に発射しているわけです。どうして2月の時に大騒ぎをしなかったかといえば、その理由は簡単で、翌日にもっと耳目を引く大きな事件が起きたからです。北朝鮮が最高指導者の実の兄を国外の空港で殺害した事件です。事件発生後、容疑者が次々に特定され、北朝鮮大使館員も追及されるニュースで、日本のテレビは約1ヶ月にわたり毎日埋め尽くされていました。

ここで、この金正男殺害事件について少し述べてみたいと思います。マスコミの報道については、「事件後、どうして容疑者が極めて早い段階で次々に特定されていくのか」という素朴な質問に対する答えが見られなかったのを残念に思っています。私の意見を申しあげれば、実は報道で公表されている以上に多くのそして高いランクの北朝鮮脱北者が韓国に滞在し、関係当局に協力をしているからこそ、このようなことが次々に判るのではないかと思っています。容疑者の顔を見ただけで、例えば「彼は保衛部の誰それだ」というように、上司だった脱北者が見れば直ぐに判るということだと思います。金正男が高額の現金を所持していたということですが、そうであるとすれば、隣国当局との接触があったのではないかと疑われるわけで、だからこそ暗殺されたというふうに考えると話の辻褄は合ってきます。これらのことから、「今の金正恩体制がはたしてこのまま続くのか」という問いに対してはネガティブな見方が出てきます。現在公表されているのは大佐クラスの亡命ですが、実際にはそれよりも高位のランク、日本でいえば三つ星、二つ星を付けた将官或いは国家保衛部等治安機関のハイランクの人が次々に亡命していると言われており、このことが事実であるとすると、体制が内部から崩壊する確率が昨年よりも高まってきていると思っております。

 

北朝鮮の弾道ミサイルと日本の対応

北朝鮮は2月の弾道ミサイル発射に続き4月にも発射して、こちらは失敗していると思われますが、この間、日本のマスコミが反応することはありませんでしたが、5月の弾道ミサイル発射になってからやっと、弾道ミサイルの性能などを取りあげてきました。この報道には大きく二つありまして、一つは皆さんご承知のとおり長距離飛行が可能な個体燃料を使っているということです。もう一つの報道は、NHKニュースで10分間にわたって解説していた「この弾道ミサイルは移動式の発射台に搭載され、どこからでも撃てる」というものでした。しかし、移動式ミサイルといえば、スカッドA、スカッドB、スカッドC、スカッドER、ノドン、ムスダンその他全部そうなっているわけです。「北極星2号は移動発射台に載っているから新たな脅威だ」と報道しているのは、ことの本質をしっかり把握していないからではないかとさまざまなところで批判させていただきました。

実は、この「北極星2号」にはその他にも顕著な特徴があり、移動式発射台は通常であれば普通のタイヤで移動するわけですが、このタイプのものはキャタピラーになっており、舗装されていない山岳地帯でも戦車のように移動することができます。その他、政府は事実関係を認めていませんが、もはや2月の段階で弾頭部分が複数に分かれたという話を洩れ伝え聞いております。それが本当かどうかはよく分かりませんが、北朝鮮自身が「2月の発射によって、敵の迎撃を回避する弾道ミサイルの性能を証明した」と誇らしげに語っているのを見て「これは厄介なことになったな」と個人的に強く懸念しています。

 

今年3月に、「スカッドER」が4連射で次々に発射される映像が公開されてからようやく日本のマスコミでも「何か大変なことになるのではないか」と、多少危機感が高まってきたのではないかと思います。スカッドERというのは、今回が初めてではなく、昨年まで何発も発射しています。スカッドA、スカッドB、スカッドCと進化してきて、距離「レンジ」を延伸「エクステンド」したということです。エクステンドのEとレンジのRです。延伸型弾道ミサイルを4発同時に発射した映像は、北朝鮮にとっては「飽和攻撃(相手の戦闘&防御能力以上の数で相手を攻撃すること)」の能力を見せつけたという軍事上の大きな意義があるわけです。また、発射時の映像はさまざまな角度から劇的な効果を狙って撮られており、これは金正恩の妹の金与正(キム・ヨジョン)が担当したと言われていますが、国際政治上の効果も狙って行ったものです。

スカッドERの報道については、「同時に撃たれたら、何発まで迎撃できるのか」、「ミサイルの迎撃は高い確率で期待できるのか」などについてきちんとした議論がなされるべきだと思いますが、そのような議論は一切されていません。海上自衛隊の元将官がNHKの報道番組において「北朝鮮の現有の能力では4発同時に撃たれても、我われは迎撃できる」と発言したことで、国民は安心しホッと胸を撫でおろしたでしょうが、その後は深く議論もされずに今日に至っています。いろいろなケースが考えられるとは思いますが、実際の問題として100パーセント迎撃ということはあり得ないと思っています。であるからこそ、日本は現在、ミサイルディフェンス可能なイージス艦をすべて海上に展開し、それでも数が足りないからアメリカ軍にも協力をお願いして、現在は合計で10隻ぐらいが展開しているのではないでしょうか。

 

そして、このような状況の中、万一アメリカの艦船が攻撃された場合、海上自衛隊のイージス艦が指をくわえて黙って見ていたら日米同盟が崩壊してしまいますので、「自衛隊法第95条の2」という新たな条文が昨年の平和安全法制で新設され、その実施要領が昨年の12月26日に安全保障会議で決定されています。このことは首相官邸ホームページに載っていますが、ジャーナリズムの方々はそこには注目していませんでした。要するに、日本はいざとなったら、新たな規定を根拠にしてアメリカの艦船を防護する腹を決め、その上でアメリカに対し協力を要請し、今も一緒に警戒にあたっているということです。

最近、この「自衛隊法第95条2」に光が当たっています。政府が堂々とこの条文を適用する姿勢を見せる中、米空母に併走する日本の海上自衛隊の護衛艦の姿を掲載して、これが「第95条2」による「初の米艦防護」という見出しで、NHKをはじめ朝日からサンケイまで思想上の立場を問わず報道していました。しかしながら、細かな法律論を言えば、「防護」というのは実際に武器を使用した時の法的な概念ですので、武器の使用が行われていないとすると、まだ「防護」は行われておらず、正しくいえば「警護」ということになります。

それでは、「法律論は別にしても、それは単なる言葉の違いだ」と感じられる方がいらっしゃると思いますが、以前「9.11(アメリカにおける同時多発テロ)」が起きた直後に、横須賀にいた米艦が退避をしました。その時、海上自衛隊の護衛艦が護衛をしましたが、今回の防護とやっていることは同じで、違っているのは、いざという時に武器を使用する際の自衛隊法上の根拠が異なっているということです。あの時点では「第95条の2」はまだなく、調査研究業務の一環などという苦しい答弁をせざるを得ませんでした。私は別に政府やマスコミを批判しているわけではなく、「9.11」の直後に朝日新聞で述べたのは「調査研究業務云々ではなく、正々堂々と、警護なり護衛なりと言うべきだ。それがもし法的な問題で言えないのであれば、法的整備をきちんとするべきだ」ということでした。現場においては、さまざまな状況の下で任務が遂行されていきますが、その行動にしっかりした法的な根拠を与えるのが大切なことなのです。

 

北極星2号もさることながら、日本の安産保障にとっては「火星12号」という新型ミサイルの出現が新たな問題を生起させています。このミサイルが高度2、000キロメートル以上まで飛んだことは日本の防衛大臣も認めております。2、000キロメートルというと、人工衛星が回っているところよりもはるかに高いところまで飛んでいるということになります。ロフテッド軌道という言葉がNHKニュースなどで知られるようになりましたが、ロフト付マンションのように、高く打ち上げられてロフテッドの弾道を描くということです。そして、地球の回転、引力を利用するため、回っている方向即ち日本、アメリカの方に向けて飛ばせば、もっと遠くまで飛ぶだろうということになります。どのくらいかといいますと、日本のマスコミでは4、000キロメートルと報道していますが、韓国国防省が射程5、000キロメートルもあり得るとし、数字がずるずると増えたりしていますが、私は7、000~8、000キロメートルと言われても驚きません。

 

ミサイルの射程距離についていえば、韓国では、射程「中長距離」の弾道ミサイルというふうに正確に報道しています。今日ここでお話をするために改めて調べてみましたが、読売新聞の記事の中で「中長距離」というふうに表現しているのを見つけました。それ以外は朝日からサンケイまですべて「中距離弾道ミサイル」と報道しています。つまり「長距離ではない、ICBMではない」と勝手に決めつけて報道しているということです。

火星12号の発射は5月でしたけれども、日本のマスコミはそれ以前から、4月15日と4月25日という日付の意義を声高に喧伝しつつ、それぞれにXデー(アメリカ軍の作戦開始日)という名を付けて報道し、同時にレッドラインという言葉が何回もNHKその他で流れたのではないでしょうか。そして、4月にこれだけ騒いでいながら、5月になって「中長距離の弾道ミサイルを発射した」と北朝鮮が表明したのにもかかわらず、日本のマスコミは「長」の字だけ削って「中距離です」、「4、000キロメートルです」と言っていたわけです。これは誤報といようなものではありません。何のためにこんなことをしているのでしょうか。国民を安心させたいとか、そのような深い意図があるのでしょうか。NHKは未だに「中距離」という報道を続けていますが、私は「なぜ長距離ではないのか、その論拠を示せ」ということをネットも含めずっと主張しています。

 

ダチョウの平和

(以下、機関誌「日本の国防」平成30年1月新年号に掲載)