「今、なぜ憲法改正が必要か」
麗澤大学教授
八木 秀次 氏

はじめに ~法改正の重要性~

 

 

ご紹介いただきました八木です。
私は大学院の博士課程で憲法を専攻し、修士課程までは法哲学や法思想を学んでいた者です。これは、日本の憲法学者が歩む一つの典型的なパターンです。基礎的な法律の考え方を習得してから憲法の具体的な領域に進むということですが、右でも左でもそのような経歴を経た人は結構います。
私は日頃、大学で憲法を教えつつ法改正の仕事にも携わっています。たまたま今日の新聞に載っていますのでご紹介しますと、「成人年齢18歳閣議決定」、「相続に関する民法改正案で配偶者優遇」などの記事があります。「森友関連の公文書改ざんの問題」を大きく取り上げている一部の新聞でも、第3面には比較的大きく民法改正の記事を掲載しています。成人年齢の引き下げについては、私は関わっていませんが「相続に関する配偶者優遇」という新しい考え方を取り入れた民法改正案は、既に閣議決定されましたので早ければ今国会、遅くとも秋の臨時国会には成立する運びになり、実現すれば40年ぶりの民法改正が行われます。これには私も法務省の作業チームから関わり、法制審議会の部会でも携わりました。

相続に関する民法改正ですが、世の中には、夫が亡くなった後に残された妻と、その子供との親子関係があまり良好ではない家庭があります。場合によっては奥さんと子供の血が繋がっていないという関係もあるわけです。そうすると、夫が亡くなった後の奥さんの相続分を考えてみますと、法定相続分は2分の1ですけれども、東京のように地価が高くて財産が家屋敷しかないという場合は、2分の1を子供が相続することによって奥さんは長く住み慣れた家を売って出ていかなければならなくなります。果たしてこれでいいのかということで改正の運びになり、配偶者の居住権を設け、夫が亡くなった後の妻がその家に住み続けられるという措置を取りました。他にも、例えば夫の両親を介護した奥さんは実の子供ではないので相続権がありません。奥さんも夫の両親からみれば姻族、親族でありますから、法的には相続権はありませんが、別途金銭請求して事実上の財産分与ができるようにしようとしています。これも現実を踏まえた社会的な要請を受けてのことです。
その他、「法律上の結婚を重視する」という考え方も打ち出されています。どういうことかと言いますと、法制審議会でフェミニズムと呼ばれる方たちと議論しましたが、配偶者である妻が居住権等優遇されるのはいいとしても、それでは、そもそも法律上結婚していない人はどうなるのか、内縁関係や事実婚、そのような人たちも保護するべきではないかとか、或いは同性、男同士女同士の関係ですが、このような人たちに対しても相続権を認め保護するべきではないかとかの意見が出ました。最終段階では1対6、当然私が1になり「同性婚を認めろ」、「事実婚の人たちにも相続権を認めろ」と主張する方たちに対して私がいつも反対するという損な役周りを演じてきました。しかし結果として私の意見が通り、法律上の配偶者である妻を保護しようということになりまして、先ほど申しましたように、早ければ今年中にも民法が改正される見込みになりました。家族制度の在り方、家族の精神的な繋がりや縦の関係、それらを守るための制度的な担保をしようということです。

 

日本国憲法に反映されるアメリカの国体観 ~記念日から読み取れる狙い~

防衛関係では、学校の教科書を作成する際の基準になる文部科学省の学習指導要領の中に、領土領海や自衛隊に関する事項をしっかりと記述することに努力してきました。これも大きく改善しました。
本日は、憲法問題の「ど真ん中」ともいえる憲法9条のお話をしようと思います。演題は「今、なぜ憲法改正が必要か」ということですが、「今、なぜ」というよりは「未だに、なぜ憲法改正ができていないのか」と説明した方が正確だろうと思います。そこでまず、「そもそも論」になりますが、今の憲法がどのようにしてできたのかということについて改めて振り返ってみたいと思います。
まず日本国憲法を作るにあたって、連合国軍最高司令部(GHQ)は「日付」というものを非常に重視したということを紹介したいと思います。アメリカ人の性格というか、ヨーロッパの人たちにもそういう感覚があるようですが、欧米の人たちは「日付」を非常に重視し、やたらとこれにこだわります。日本人はそれほどではありません。いまでこそ自分の誕生日を気にしたりしますが、かつてはお正月になって皆さん年を取るわけですので、誕生日についてもそれほどこだわってきませんでした。
欧米の人たちはそうではありません。例えば日本では4日前の3月10日は戦前の陸軍記念日、日露戦争の奉天会戦の勝利の日ですが、戦時中のこの日に何が行われたのかというと、アメリカ軍による東京大空襲が行われました。まさにこの日を狙ったわけですが、彼らにすれば日本の記念日の意義を否定し、別の意味に塗り替えるということなのでしょう。
憲法記念日の5月3日、これは日本国憲法施行の日ですが、5月3日には特に意味がありません。昭和21年11月3日に日本国憲法が公布され、その後6ヶ月間の周知期間を置いたので、5月3日が施行日になったに過ぎませんが、11月3日というのは戦前の「明治節(明治天皇誕生日)」であり、この明治節をピンポイントで狙って新憲法の公布日にしました。「国民の祝日に関する法律」を紐解くと、明治節には一切触れることなく「文化の日」、「日本国憲法の公布日」ということが書かれています。
それから4月29日、昭和天皇の誕生日ですが、昭和21年のこの日を期して極東軍事裁判の起訴状が提出されました。別に4月27日でも28日でも、30日でもよさそうなものですが、敢えてこの日をピンポイントで狙ったということです。
昭和23年12月23日、この日は当時の皇太子殿下、今上天皇のお誕生日ですが、あえてこの日を狙って極東軍事裁判のA級戦犯7名の方々の絞首刑が執行されました。これらの方々の関係者にとっては、この日は天皇誕生日というよりは亡くなった方の命日として亡き姿を思い起こす日になっています。実際に昭和23年12月23日、宮中では朝から息をひそめていたという記録が残っています。

一年の365日の中には、ナショナル・デー(国家の日)としてどの国でも重視されている日があります。比較的歴史の浅い共和制のような国は独立記念日をナショナル・デーとしていますが、君主制の国では君主の誕生日をもってナショナル・デーにするのが一般的です。ナショナル・デー、その国の人にとって聖なる日ともいえますが、これを別の意味を持つ日にすることに、戦後の日本の占領政策を指導したGHQは並々ならぬ熱意を示しました。昭和21年2月4日、日本国憲法原案を起草するGHQ民政局内の初会合で、民政局長官ホイットニー准将が次のように発言しています。「本官は、マッカーサー最高司令官の意志を体して希望を申し述べたい。2月12日はリンカーン誕生記念日である。この日に日本側に草案を示し、2月22日のワシントン誕生日に確定できればその意義はひとしお深いものになるであろう。そのためには、憲法の概案は今週末に完成させるべきである」と。このようにリンカーン誕生記念日、ワシントン誕生記念日などのアメリカ国家の成り立ち或いはアメリカの国民精神に関わる重要な日に合わせて日本国憲法原案の起草が位置付けられていたのです。先ほどの11月3日、4月29日、12月23日など、日本国民の精神形成に影響がある重要な日がどのように扱われてきたかを見てみますと、敗戦国日本の憲法を作るにあたって、戦勝国アメリカは自らの国体観で日本の憲法制定を規定しようとしていることが伺えます。
実際に憲法の英語原案の起草が終了して日本側に示されるのは、1日遅れて2月13日になりました。その際、アメリカが作成した憲法草案を日本側に呑ませるために「もう1発原爆を落とす」、「天皇の身はどうなるか分からない」などの脅しを掛けたということがホイットニー准将の発言から明らかになっています。「最高司令官は、天皇を戦犯として取り調べるべきだという外からの圧力に抗して天皇を断固守ってきました。しかし皆さん、最高司令官といえども万能ではありません。最高司令官はこの憲法草案が受け入れられれば天皇の地位は安泰になるだろうと考えています」というように、まさにやくざの恫喝のような内容であり「親分はいつ怒るか分からないよ」とこのように言っているわけです。それを受けて幣原首相は「GHQの憲法草案を基にしなければならない」、そうしないと「更に何かを失うことになるかもしれない」と考えたわけです。失うものというと、さすがに「原爆の投下」は実際にはできないと思いますが、不慮の事故ということであればそれもあり得るのかも知れません。しかし何より、天皇陛下の地位をどうお守りするのかということが首相の念頭にあったのだろうと思います。

 

憲法9条の出現 ~日本に懲罰的非武装を求めるアメリカ流の理想~

それでは本日のテーマに入っていきたいと思います。「憲法9条の内容については、これを前文にもっていきたい」と当時日本側の憲法作成担当の松本蒸治国務大臣は主張しましたが、それに対して「それはできない。むしろ第1条に明記したい」とGHQは言っています。
そもそも占領の目的は、良くいえば平和構築、悪くいえば懲罰を兼ねて日本を物理的精神的に武装解除することでした。そのあたりは昭和20年9月6日の「初期対日方針」、それから12月15日の「神道指令」からも明らかです。特に「神道指令」では「大東亜戦争」という呼び名が禁じられ「太平洋戦争」と言うように強要されました。戦争の呼称というのは戦争の性格を意味するものですので、「大東亜戦争」という呼称には開戦の詔書に述べられているように自存自衛の戦争であり、アジア解放の戦争という意味がありますが、「太平洋戦争」という呼称には、明らかに民主主義対ファシズムの戦争という意味が込められていて、日本は当然ファシズムの側に入れられて、アメリカを中心とする連合国側は正義の戦争をしたと、「善と悪」を対比させて両者の立場を規定しようとしているわけです。
ちなみに最近では、「アジア太平洋戦争」という共産党関係者による造語が教科書にかなり見られるようになり、大学入試センター試験の日本史Aの問題には「アジア太平洋戦争」という言葉が繰り返し出てきます。「アジア太平洋戦争」という言葉については「日本はアジア太平洋で非常に悪いことをした」、「永久に謝り続けなければならない」という意味があるという説明もなされています。岩波書店から「講座 アジア太平洋戦争」が出版されてからこの言葉が学術用語として定着し、教科書に掲載され、センター試験にも出題されたということです。
ここで昭和天皇が昭和21年の歌会始の際に読まれた御製を紹介します。日本国憲法が作られている時代の雰囲気がよく表現されています。
「ふりつもるみ雪にたへていろかへぬ松ぞををしき人もかくあれ」
降り積もる深雪、それに耐えて松は緑の色を変えない、人もこのようであって欲しいという願いの歌です。非常に厳しい占領初期の時代の雰囲気が表れていると思います。

日本国憲法の草案起草の実務責任者であるチャールズ・ケーディスが後に、30年ぐらい前になりますか、産経新聞の古森義久氏のインタビューに答えて「新憲法の最大の目的は日本を永久に非武装のままにしておくことだった」と明確に述べています。私はこの発言が日本国憲法の性格を表す決定的なものではないかと思います。日本を永久に非武装のままにしておくこと、そのために憲法9条2項「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」が作られたということです。「国の交戦権は、これを認めない」については、日本でも国際法学者が最近「交戦権という概念は国際法上存在しない」と指摘し始めていますが、ケーディスも、日本側から指摘されればこれは外してもよいと考えていたらしいのですが、日本側から何も指摘がなかったのでそのまま通ってしまったということのようです。「国の交戦権」についてはいろいろな議論がありますが、国際的なスタンダードとして「交戦権という概念自体が存在しない」という理解が順当のように思います。
言うまでもありませんが、憲法9条1項は「パリ不戦条約」をなぞったもの、すなわち侵略戦争の否定で、これは特に日本国憲法にだけ存在するようなものではなく、世界の140ヶ国くらいの憲法の中に似たような規定があると指摘されています。日本国憲法については9条2項で「戦力の不保持」ということを規定していることが大きな特徴です。

 

アメリカの誤算、ポツダム体制「非武装」からサンフランシスコ体制「再軍備」へ

 

占領初期の時代、日本を取り巻く国際秩序を「ポツダム体制」と呼ぶ場合があります。これは何かといいますと、戦勝国が作った戦後の国際秩序のことであり、この中で日本は連合国共通の敵として懲罰的に憲法9条2項を押し付けられ、非武装のままの状態で存在することを求められたわけで、国連の中における日本の位置づけとして今なお維持されています。日本国憲法は、ポツダム体制における日本の地位を永久に固定するためのものとして制定されたと言ってもいいかと思います。しかし、この「ポツダム体制」はそう長くは続かず、まもなく東西冷戦が始まり、アジアでは朝鮮戦争が勃発しました。朝鮮戦争は、日本が朝鮮半島から退いたあと、半島が共産主義化されようとしていたのをアメリカが国連軍という名のもとに押し返した戦争ですが、いわば連合国内の分裂であり、日本を占領したアメリカにとっては完全な誤算でありました。そこで日本を戦後一旦は非武装にしたわけですけれども、非武装のままにして置くわけにはいかないということになり、占領政策がここで大きく転換することになるわけです。武装解除から再軍備へという流れがここから始まります。

朝鮮戦争が始まったのは1950年6月25日ですが、翌7月8日にはマッカーサーの指令で警察予備隊の創設が求められ、8月10日には警察予備隊が設置されました。急速に日本の再軍備再武装が進行していき、アメリカの対日認識も大きく変化していきました。日本が唯一の敵だと思っていたところが、そうではなくて連合国内の社会主義陣営の国こそが自由主義陣営の盟主たるアメリカの敵だということが明らかになりました。当時、連合国軍最高司令官マッカーサーまでが「日本が行った戦争は、安全保障のための自衛戦争だった」と言い出しています。1951年、サンフランシスコ講和条約が締結され、同時に日米安保条約が締結されるわけですが、このサンフランシスコ平和会議における吉田首相の受諾演説の中には、日本は悪いことをしましたという発言は一切なく、むしろ「わが国も先の大戦において最も大きな破壊と破滅を受けた一カ国です」と述べており、加害者という意識ではありません。これは堂々たる演説といえます。多くの苦難の中から新しい国への道を歩み出そうとしていることが感じられます。
昭和27年4月28日、日本時間では午後10時、サンフランシスコ講和条約の発効によって主権が回復されるわけですが、翌日は4月29日です。戦後、日本が主権の回復を迎える日が4月29日、天皇誕生日になるというわけです。日本のナショナル・デーにあたりますが、このあたりに占領政策が初期の頃と大きく転換したことが伺えます。
昭和天皇は平和条約発効という日を迎えて5首の御製を作られていますけれども、その中の最初の2首、
「風さゆるみ冬は過ぎてまちにまちし八重桜咲く春となりけり」
「国の春と今こそはなれ霜こほる冬にたへこし民のちからに」
これは単に八重桜が咲く春になったということではなくて、国の春が訪れて主権を回復して独立を獲得した、それは霜凍る冬に耐えてきた国民の力によってなのだと、こういうお歌を詠まれています。

日本国憲法が作られた「ポツダム体制」はそう長くは続かず、「サンフランシスコ体制」と呼ばれる新しい国際秩序というものが西側諸国の自由主義陣営によって形成されました。この中ではもはや日本は敵ではなくてその一員であり、日米は同盟関係になりました。日本国憲法による認識では日本はアメリカの敵なのですが、主権を回復し警察予備隊から保安隊そして自衛隊というように、わが国の防衛組織ができていく過程の中で、日本はアメリカの同盟国であるというふうに変わっていくのです。
昭和28年11月には、当時の副大統領リチャード・ニクソンが来日し、日本国憲法を押しつけたことを後悔する発言をしています。「アメリカは1946年に善意の誤りを犯した」。日本国憲法を押しつけ、日本を非武装の状態にしておこうとしたことを悔いる発言です。「今や日本は共産主義の侵略から自由主義陣営を防衛するため、非常に重要な地位を占めている。日本には優秀な米軍がいるが、これだけでは共産主義の侵略に対して十分とはいえない。日本を守るには、どうしても日本自体の防衛軍を十分な程度まで強化しなければならない」とこう言っております。私はこのときにアメリカが強権を発揮して、9条の改正を強く求めれば良かったのに、と思います。

 

アメリカの枷「厳しい憲法改正条件」に向き合う日本

 

日本国憲法は「ポツダム体制」を前提とし、自衛隊や日米安保条約は「サンフランシスコ体制」を前提としており、それぞれ立脚する原理が違うことになります。本来は主権回復後に努めて早く憲法を改正すべきだったわけで、実際何度か憲法改正が試みられました。昭和29年12月に鳩山一郎内閣が誕生し、それから憲法改正を最大のテーマとした国政選挙が3回行われましたが、いずれも憲法改正に必要な国会における3分の2の議席が取れませんでした。日本国憲法の改正要件というのは非常に厳しいものです。おそらく世界で一番厳しいのでしょう。日本は二院制であり、衆議院、参議院それぞれで3分の2以上の総議員の賛成で憲法改正案を発議して、さらに国民投票で過半数の賛成を得なければなりません。チャールズ・ケーディスの「日本を永久に非武装にしておくことが憲法制定の最大の目的だった」という話をしましたが、永久に非武装のままにしておくというのは、この96条の厳しい改正要件のことをも指しているわけです。この改正要件のもとで改正することは容易にはできません。ですからこれまで一度も改正できていないわけです。

日本国憲法の中には見落としたケアレスミスが幾つかありますが、それすら直すことは未だにできていません。今でもそうですが、護憲派には社会主義共産主義勢力或いはそのシンパが多くいます。そのような社会主義共産主義勢力が3分の1の議席を取れば憲法改正は阻止することができます。今は衆議院、参議院ともに改憲派勢力が3分の2を占め、ただし公明党がどちらなのかは微妙なところがありますが、憲法改正が可能になる状態にあり、そういう中で憲法改正の機運が高まっています。それに反対する勢力の主張するところは以前から同じ内容です。日本が主権を回復した後も憲法改正に反対していた平和問題懇話会の人たち、岩波書店を中心にして活動している知識人によって結成された会ですが、そういういわば護憲派の嫡流が今なお存在し、同じパターンで憲法改正に反対しているということです。「憲法を改正すると軍国主義、徴兵制になる」、「集団自衛権の限定行使が可能になると戦争に巻き込まれる。徴兵制になる」とかそういうことがいつも言われています。
徴兵制については若い世代も含めて全く無関心でいることはできません。私の子供のうちの二人が以前、私立女子高校と区立中学校に通っていたとき、第2次安倍政権が誕生する直前のある日、学校から帰ってきて口を揃えて同じことを言いました。「安倍政権になると私たちは自衛隊に入らなければいけないのでしょ」と。学校の先生が徴兵制に絡めてそのような話をしていたわけです。言うまでもありませんが、現代の戦争形態はその辺の若い人を集めて短期間で訓練して勝てるようなものではなく、しっかり訓練された少数の精鋭部隊でないと対応できません。私の子どもたちにはそのようなことを説明して「お前たちが自衛隊に入ったら、勝てる戦争だって負けるだろう」(笑)、「戦闘機一機いくらするか知っているか?そのような貴重な戦闘機にお前たちを乗せるはずがない」(笑)と言ったら、彼らも「ああそうか」と納得していました。実に荒唐無稽な話です。
ある著名な週刊誌が、第2次安倍政権が始まってまもなく特集を組みまして、その中で徴兵制を取り上げていました。母親たちが徴兵制に恐怖心を持っているという話ですが、体格のいい毎日1リットルの牛乳を飲むような小学校5年生のお子さんを持つお母さんが「うちの子どもは体格がよいので自衛隊に引っ張られるのではないか」と心配しているという内容です。このようにデマとも言える状態が未だに続いています。

 

憲法解釈変更の正当性 ~解釈変更は立憲主義的な国家運営の一つ~

 

集団的自衛権の問題に触れたいと思います。安全保障をめぐってはリアリズム学派とリベラリズム学派の二つの立場があると言われています。リアリズム学派というのは、平和というのは力と力がぶつかってその均衡の中で平和が生じるという考え方です。一方、リベラリズム学派というのは軍事の否定はしませんが、さらに国際機関やNPOなどの平和構築の働きも重視する考え方をとっています。私も門外漢で知らなかったのですが、防衛大学校の先生たちの著作による、ロングセラーとして版を重ねている「安全保障学入門」という本によりますと、日本ではこのリアリズム学派という発想が学校教育に、少なくともほとんどの大学教育の中に取り入れられていないのではないかということです。ですから「憲法9条が大事だ」ということを唱えていれば平和は訪れるという発想になるということです。このようなことは世界の中では極めて稀な現象です。今でこそ抑止力という言葉が一般的に使われるようになってきましたが、つい最近まではその意味すらよく分からなかったわけです。日本が相応の防衛力を備えておくことが戦争につながるという発想になっていたわけです。

マスコミにおける安全保障、防衛問題に関して憲法学者がコメンテーターとして多くの役割を担ってきました。しかし憲法学者といえば、私もその一人ですが、防衛問題の細部についてまで分かっているわけではありません。安保法制に関する問題で衆議院の憲法審議会に呼ばれた憲法学者で「安保法制は憲法違反だ」という発言をされた方がいましたが、朝日新聞で次のように述べています。「法律の現実を作っているのは法律家の共同体のコンセンサスです。国民一般が法律の解釈をするわけにはいかないでしょう」。法律というのは憲法と理解してください。「素っ気ない言い方になりますが、国民には法律家共同体のコンセンサスを受け入れるか受け入れないか、二者択一してもらうしかないのです」と。つまり俺たちの言うことを聞けと、政府解釈は値打ちがない、自分たちの解釈にこそ意味があるのだということを言っているわけです。国民は俺たちの解釈に従えとこのように言っています。しかし憲法学者のいうことを聞いていたら国が滅びかねません。なぜなら安全保障については素人ですから。彼らの言うことを聞いているわけにはいかないということです。
集団的自衛権の限定的行使を可能にした安保法制について、政府が憲法解釈の変更を行ったということですが、これを憲法学者やメディアの多くは「立憲主義を否定するものだ」とこのように批判してきました。しかし私はこの言い分には全く同意できません。なぜかというと、当然のこととして憲法の解釈にはある幅があるのです。他のテーマについても、政府の憲法解釈は時代時代に応じて変わってきています。憲法解釈自体も憲法に沿った国家運営すなわち立憲主義の一つなのだということです。完全に憲法を無視して法律を作ったということであれば、それは立憲主義を否定したということになるでしょうが、丁寧な手続きを踏んで憲法解釈の変更を行うということは、これは立憲主義的な国家運営の一つなのです。

政府の憲法解釈の変更には妥当性があるということについては、何人かの学者が主張しています。一人は藤田宙靖氏、行政法の専門家で最高裁判事を務められた方ですが、「政府が従来の憲法解釈を変更するのは立憲主義に反するという理屈は、それだけではあまりにも粗雑のように思う」と述べています。藤田先生のこの見解は護憲派には甚だ迷惑だったようです。京都大学の大石眞教授は「およそ憲法解釈の変更は許されないという議論はあり得ない。状況に変化があれば解釈が違ってくるのは当然で、だからこそ最高裁でも判例変更が認められています」と述べています。これらは当たり前のことではないかと思います。
過去に行われた憲法解釈変更の例としては吉田首相の場合があります。現行憲法制定時において、吉田首相は初めに「自衛権の発動としての戦争も放棄した」と言っていましたが、その後違うということになり、「わが国において自衛力は否定されていない」、「戦力に至らざる程度においての自衛力を持とうとするのは憲法が否定するものではない」と、吉田内閣の後を継いだ鳩山内閣の統一見解では、憲法9条は独立国としてわが国が自衛権を持つことを認めています。他には憲法9条のもとで許容される自衛の措置について、防衛省・自衛隊のホームページで「集団的自衛権は主権国家として保持はしているが行使はできない」という従来の解釈を変更して「限定行使はできることになった」ということなどがあります。これによって日米の同盟関係は非常に緊密なものになりました。

集団的自衛権行使については、日常的には情報の共有が主体になりますが、緊密な情報共有ができるようになったということです。第2次安倍政権になってから特定秘密保護法が制定されました。特定秘密保護法が先に制定され、そのあと集団的自衛権の限定的行使を可能にしたわけですが、この順番にも深い意味があります。
かつて日本において、政権中枢から機密情報が北朝鮮に筒抜けだったとことがあり、それをアメリカ側から指摘されたということがありました。このように政権中枢から情報がどんどん洩れていたからこそ、特定秘密保護法を制定し、機密が漏えいした場合には懲役10年と罪を重くして防がざるを得ないということです。近い将来、例えば数年後にアメリカと緊密な情報共有を行うにあたり、事前に情報が外に漏れないような法的な措置を取っておかなければいけないということだったと思います。このような経緯があった特定機密保護法の制定に対してもある特定の人たちは猛反対したわけです。当時官邸前にすごいデモが連日起きて、あれも今考えると何だったのかなという思いがします。暗黒社会になるといわれたのですが、今どうでしょうか。報道が規制されるとかも言われましたが、今の新聞は書き放題ともいえる状態ではないでしょうか。

 

9条改正「自衛隊明記」が意味するもの ~自衛隊法から憲法への昇格の意義~

 

日本国憲法の中には改正すべき点はたくさんあります。まず前文は総取り替えすべきだと思います。他にもいろいろありますが、やはり優先順位はまず9条ではないかと思います。本来は9条の2項、ここを改正すべきだと思います。自衛隊は9条2項の制約により軍隊ではないということですが、それによる制約は大きなものがあり、ここを何とかできないかという思いがあります。ついでというわけではありませんが、前文の中に「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という有名な部分があります。これは何なのかというと、国防の当事者意識が私たちにはありませんということを言っているわけです。あたかも他人任せのように、「われらの安全と生存を保持するにあたっては、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼する」ことを決意したということなのです。そのことと9条2項の戦力の不保持とは完全に一体となっていますので、こういうことからも9条2項の戦力の不保持を書き換えることが必要だと思います。

ところで、昨年5月3日、安倍首相が9条の1項、2項をそのままにして、自衛隊を憲法に明記してはどうかという提案をしました。私は4月半ばに、その話を安倍首相本人からではありませんが官邸のある筋から聞いたときに、少し考えましたが「あり得る話だ」と思いました。確かに9条2項の改正というのが理想ではありますが、そのようなことをこれまで何十年も言ってきて1ミリも動いていないわけです。まず自衛隊を憲法に明記することから始めるというのは妥当なことだと思います。
9条1項、2項をそのままにして自衛隊を憲法に明記するということですが、自衛隊を憲法に明記しても自衛隊の権限や任務は何も変わらないわけです。「それでは憲法を変えなくてもいいのではないか」と護憲派や一部新聞では盛んに言われています。しかし私はそこには見落としていることがあるのではないかと思っています。それは何かというと、自衛隊の法的根拠というのは何かという問題です。今の自衛隊の法的根拠は自衛隊法と防衛省設置法、更に細かく言えば、国家行政組織法の別表にあります。しかしこれは法律に過ぎません。法律は国会の衆議院、参議院の過半数で改正或いは廃止できるわけです。国の防衛に当たる自衛隊の廃止が国会の過半数でできるのです。自衛隊の法的根拠はそれだけ脆弱なものに過ぎないというわけです。これを権限や任務は変わらなくても、憲法に位置付けるとどう変わってくるかというと、自衛隊の法的根拠が憲法になります。ちなみに国家の重要機関はだいたい憲法にその名前が明記されています。会計検査院まで書いてありますが、自衛隊は書かれていません。

冒頭でも述べましたが「日本を非武装のままにすること」が目的でしたから、「戦力の保持」との関係もあって、自衛隊は憲法の中に書き込まれていないのです。これが憲法に書き込まれて憲法が法的根拠になることによって、自衛隊を廃止するためには憲法改正が必要になってくるわけです。衆議院、参議院それぞれの総議員の3分の2以上の賛成で憲法改正を発議して、国民投票の過半数の賛成でなければ自衛隊を廃止できなくなります。このように自衛隊が憲法に書き込まれることによって、自衛隊の法的根拠は格段に上がり、確固たる地位が築かれます。国民の大多数は、自衛隊は日本の防衛に不可欠な組織だと思っています。であれば自衛隊を簡単に廃止できるような脆弱な法的根拠に置いていていいのか、それともその法的根拠を強めるのか、ここを国民に問うのです。言い換えれば、自衛隊を「廃止する、廃止しない」ということが簡単にできる組織とするのか、簡単にはできない重要な組織と認識するのか、そこを国民に問うわけです。
このような説明を政府、自民党はするべきだと何回となく発言していますがまだ反応はありません。では憲法に自衛隊をどのように書き込むかということですが、自衛隊法3条「自衛隊の任務」1項、2項、7条「内閣総理大臣の指揮監督権」の規定をそのまま憲法に持ってくればいいのではないかと思います。自衛隊を設置するというのではなく、自衛隊はあるものとしてその任務を明記します。まず1項は「自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略および間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする」です。新しい任務であるPKO等についても、自衛隊法3条2項の規定に「国際連合を中心とした国際平和のための取組への寄与その他の国際協力の推進を通じて我が国を含む国際社会の平和及び安全の維持に資する活動」とありますのでそれを持ってきます。7条「内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有する」も同様です。

自衛隊法から憲法に昇格させることによって自衛隊の法的根拠は格段に高まり、確固たる組織になります。先ほどから言っていますが、国民投票に当たっては「自衛隊廃止の是非、自衛隊は必要か否か」、このような形で問題を簡単にしないと一般の人たちは理解できません。それでは自衛隊法3条と7条の規定を憲法9条のどこに持ってくるかということになりますが、一般的には、憲法9条の1項、2項の後に3項を設けるのか、「9条の2」という形の新しい条文を作るのかということになります。
私はその他に、少し離れ業になりますが、第2章「戦争の放棄」は9条のみから成っていますので、これには一切手をつけずに、憲法の順番からいうと少し問題があるのですが、第9章「改正」の後に第10章「安全保障」という章を設けてそこに記述するということも考えられると思います。そうすると憲法9条には一切手をつける必要はなく、理想を掲げる政治的な宣言ととらえます。憲法の中には政治的な宣言というのは幾つかあります。例えば憲法25条「国民はすべて健康で文化的な生活を営む権利を有する」などは政治的な宣言です。それらと同じような宣言としてとらえて、全く新しい実務的な安全保障に関する章を設けるのも一つの有力な案になるのではないかと思っています。

 

憲法に必要な国民国家としての「国防の義務」

 

最後になりますが、自衛隊を憲法に明記すること、これは完成された形ではないと思っています。やがては、自衛隊を他の国の軍隊と同じような法的な位置づけにしていくことが必要だと思います。同時に自衛隊だけの問題ではなくて、国民に国防の義務を負わせるという規定も必要だろうと思います。世界中の憲法の中で、国防の義務を否定しているのは日本だけです。そのような規定がないのです。他の国はその規定が書き込まれていなくても、解釈の中で国防の義務があるという前提になっていますが、日本では国防義務の概念そのものが頭から無視されています。言うまでもなく近代の国家は国民国家ですから、国防については国民全員がその主体にならなければなりません。近代以前の国家においては特定の身分の人たちが国防を担いましたが、身分の差を解消してすべての人が国民という存在になったときには、その国民が国防の任を負うということになります。近代国家はどこの国でも憲法の中に国防の義務を明記しています。
「国防とは何か」ということを改めて振り返ると、私なりのとらえ方では「国防というのは国民の生命自由財産を守るのみならず、場合によってはそれらを犠牲にしてまで国家の主権、国家の連続性を守ること」と表現できます。国家とは国民共同体のことであり、エドマンド・バークと上杉鷹山の言葉を引用しますが、国民共同体とは、今生きている人のみならず、すでに亡くなった人たち、祖先、それからまだ生まれてない子孫、これら3者によって構成されるものだといえます。国民共同体による国家の連続性を守るために、ある時代のある世代の人たちが、自らの自由生命財産を犠牲にしてまで行う崇高な行為が国防だということです。そのような行為に対して、その後の時代の政府が感謝をするということをしなければ、二度と国のために自らを犠牲にする人はいなくなるだろうということから、各国は戦没者慰霊を非常に重要視しているということでもあります。戦没者慰霊というのは安全保障の精神面を支えるものですから、靖国神社に首相はじめ閣僚が全く参拝しなくなったならば、国のために命を捧げる人はいなくなるわけです。中国、韓国が首相をはじめとする閣僚の靖国神社参拝を執拗に問題視しています。韓国はあまり自覚していないと思いますが、中国はそのあたりを強く自覚しており、日本に対していろいろな働きかけを行っていると思います。
憲法9条の問題は安全保障に加えて、「国家としていかにあるべきか」という観点からトータルとしてとらえるべきだと思っています。
私からの話はこれで終わります。ありがとうございました。

(平成30年3月14日 公益財団法人日本国防協会国防問題講演会講演録より)

(機関誌「日本の国防 平成30年11月 自衛隊記念日号」掲載予定)