「現行憲法改正に思う」
森 勉(日本国防協会理事長)
平成30年1月

自由民主党は結党以来自主憲法制定を党是とし地道な努力を行ってきた。しかしながら、戦後のわが国の世論は護憲・改憲に分裂し激しく対立してきた。最近では北東アジア情勢の緊張もあってか、平成12年には衆参両院に憲法調査会の設置、平成22年には憲法改正国民投票法の施行、平成24年には自由民主党が「日本国憲法改正草案」を発表する等現行憲法改正の議論が活性化してきた。

安倍政権は現行憲法の改正に前向きに取り組んでおり、やや唐突であったが昨年5月の憲法記念日に、現行憲法9条1項・2項をそのままにして3項に自衛隊の存在を銘記し、根強く存在する自衛隊違憲論を払拭する案を提示した。又先の衆議院選挙においても現行憲法改正が主要な論点となり、現行憲法改正議論の必要性を認める与党等は現行憲法改正発議に必要な国会議員の3分の2の議席を確保した。現行憲法改正の機運・条件は整いつつあるように見えるが現行憲法改正に対する各政党・各国会議員の思惑はかなり異なっておりその実現には紆余曲折がありそうである。さりながら、私が自衛隊に入隊したころには現行憲法改正を口にする事すら憚れたことを思うと昔日の感がする。

現行憲法改正に関する主要な論点は三点である。その一つは、わが国が大東亜戦争に敗北し連合国の占領統治下でわが国の主権が相当程度制限された下で制定された現行憲法に正統性があるのか。その二つは、現代社会は急激に変化しているにもかかわらず現行憲法は戦後約70年一言一句改正されたこともなく不磨の大典化しているのではないか。その三つは、現行憲法前文と戦争放棄を規定する現行憲法9条の平和主義の解釈が非武装平和主義から実力は保持するが戦力は保持しない平和主義の間で意見に大きな隔たりがあり国民的合意が得られていないのではないか。

 

最初に「現行憲法の正統性に関する疑義」について、我が国が昭和20年夏先の大戦に敗北してから昭和27年4月28日サンフランシスコ講和条約が発効し主権を回復するまでの間、わが国の主権が制限されていたことについては歴史的事実であり疑いの余地はない。些細な1~2のエピソードを紹介する。現行憲法は、戦後帝国憲法(明治憲法)73条に基づき帝国議会において承認され改正された。現行憲法が帝国憲法(明治憲法)の73条の改正にあたるかどうか疑義があることは論点の一つではあるがそれはさておき、そもそも帝国憲法(明治憲法)・帝国議会において女性参政権は認められていたのか?女性の国会議員は存在していたのか?連合国最高司令官マッカーサー元帥の日本民主化五大改革指令(秘密警察の廃止、労働組合の結成奨励、婦人の開放、学校教育の自由化、経済の民主化)に基づき、敗戦直後の混乱の中昭和20年12月衆議院議員選挙法が帝国議会で改正され、女性参政権が認められた。翌年昭和21年4月帝国議会最後の衆議院選挙において初めて女性が参政権を行使し36人の女性衆議院議員が誕生した。又その選挙において勝利した自由党党首は鳩山一郎氏であったが連合国最高司令官マッカーサー元帥によって公職追放された。鳩山一郎氏は急遽吉田茂氏に後継総裁へ就任を要請した。女性参政権が認められたことは大変良いことではあるが、現行憲法改正の正統性を確保するためわが国自らの意志ではく連合国最高司令官マッカーサー元帥の指示により、短期即製の形式的な男女平等の帝国議会で現行憲法が改正されたとすれば大変残念なことである。又選挙の結果当然首相になるであろうと思われた鳩山一郎氏が公職追放される等わが国の主権が相当程度制限されていたことは明らかである。本来昭和27年サンフランシスコ講和条約が発効しわが国が主権を回復した時点で自主憲法が制定され現行憲法は失効するべきであった。日本人独特の寛容性と曖昧性のためか、約70年も続いた現行憲法の正統性を今更議論しても建設的でないという意見が現在では主流ではあるが、現行憲法の基本的矛盾を放置していることこそが日本人の寛容性と曖昧性を助長しているのではなかろうか。

 

次に「不磨の大典化」についてである。情報の伝達速度、人・物の移動速度は幾何級数的に向上しており現代社会は想像を絶する速度で劇的に変化している。世界の国々は国内外社会の変化の要請に即して憲法を改正している。ちなみに先の大戦以降、アメリカは6回・フランスは27回・イタリアが16回ドイツに至っては59回も憲法を改正している。現代社会は終戦直後のわが国の混乱した社会とは比較することもできない程大きく変化している。如何に社会が変化しても改正する必要のない現行憲法は時空を超えた極めて普遍的なものであるのか、今現在国民が幸せであれば将来の為に額に汗して努力することはないという政治(国民)の怠慢であるのかの何れかである。帝国憲法(明治憲法)はわが国としては初めての近代的な憲法であり必ずしも完璧なものではなかった。元老制が機能している間は何とか運用の妙で帝国憲法(明治憲法)の欠点を補いながら国家を運営することができたが明治維新の元勲たちがこの世を去り元老制が機能しなくなってその矛盾・欠点が国家の運営を困難としてしまった。統帥権の独立はその代表であり政治が軍を統制できなくなり戦争が拡大し国家を破滅へ追いやった。不磨の大典であった帝国憲法(明治憲法)でさえ約40年間しか維持できなかったのに現行憲法は既に約70年間一言一句改正されていない。まさに不磨の大典である。歴史に学び帝国憲法(明治憲法)の轍を踏んではならない。

 

最後に「平和主義」について、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するものであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」等現行憲法前文で平和主義を高らかに謳いあげ、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争解決の手段としては、永久にこれを放棄する。二項、前項の目的を達成するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」という現行憲法9条一項で戦争の放棄、二項前段で戦力の不保持、二項後段で交戦権の否認等が規定されている。現行憲法前文はさておき、現行憲法9条の解釈は理想(条文)と現実(政治)の間で様々な解釈・学説があり長年にわたって微に入り細にいる訓詁学的不毛な議論が継続している。

現行憲法9条と自衛権の関係について一例を紹介する。現行憲法9条は自衛権を放棄しているという自衛権放棄説と自衛権留保説があり自衛権留保説の中には、現行憲法9条は自衛権を放棄していないが軍事力を伴わない手段に限られるという自衛力なき自衛権説(非武装自衛権説)、現行憲法9条は自衛権を放棄しておらず戦力に至らない程度の実力の範囲において自衛権が認められているという自衛力による自衛権説(自衛力肯定説)これは政府の公式見解でもある、現行憲法9条は自衛戦争のための戦力を否定していないという自衛戦力による自衛権説(自衛戦力肯定説)がある。ユーラシア大陸の東の果ての小さな島国で地形的戦略縦深は極めて浅いというわが国の地政学上の特性、大国中国とロソアに隣接しその中間の朝鮮半島には北朝鮮・韓国が緩衝地帯のように存在し、唯一の超大国米国は太平洋で遠く隔てられている等わが国を取り巻く北東アジアの戦略環境を考慮すればわが国の安全保障上の選択肢は極めて限定されたものにもかかわらず、正に百花繚乱である。

現行憲法に正統性の無いことは自明の理であり、時代の変化による要請に対応して憲法を改正することは当然であり、非武装平和主義は非現実的であることは常識である。何故このような常識では考えられない不毛な議論が戦後70年以上継続するのであろうか。

建国以来1500年以上を超える世界で最も長いわが国の歴史の中で、663年の朝鮮半島南西部(百済)白村江における唐・新羅連合軍に対する壊滅的敗戦、1274年の文永の役・1281年の弘安の役(元寇)における元軍の侵略の撃破、1853年ペリーが率いる米国海軍の艦船(黒船)来航から1945年先の大戦の敗北に至る西欧列強の植民地政策への対抗、僅かこの3回しかわが国に危機はなかった。

日清戦争、日露戦争、大東亜戦争と戦争を繰り返したのは明治時代の中葉からの僅か半世紀の間だけであった。この期間を除けば我が国は世界にまれにみる長い間平和で安全な国であった。平和ボケ(肯定的な意味で)は当然であろう。一方先の大戦で、広島・長崎を非人道的な原爆で攻撃され、全国主要都市が戦争法規違反の無差別爆撃により攻撃され国土が焦土となり、国内外で300万人を超える人が犠牲になり、外地から600万人を超える人々が着の身着のままで帰還した。そして建国以降初めて外国軍に占領され約7年間支配・統治された衝撃は戦争を知らない現代人には想像出来ない程強烈なものであった。この衝撃を克服するには今後なお数世代の歳月が必要ではなかろうか。このような衝撃が癒えない中、また革命や国家の滅亡の危機といった国難のない中で、与党をはじめとする多くの政党の努力により現行憲法の主要な理念の一つである非武装平和主義から軽武装平和主義への改正が、両院の国会議員の2/3以上の賛成で発議され、国民投票で過半数の賛成により平和裏に実現したならば民主主義の偉大なそして奇跡的な勝利になるであろう。

 

(平成30年1月)