[第7回国防講座]
対北朝鮮には脅威対抗力を考える ~対中・ロ・米等には基盤的防衛力で~
冨澤 暉 氏(東洋学園大学名誉教授、元陸上幕僚長)

1.脅威対抗防衛力(所要防衛力)と基盤的防衛力について

昨今の中国の軍事力増強の動きは確かにめざましい。これに対抗するため、「防衛計画の大綱で、中国軍の軍拡に対応した防衛力整備を明記する必要がある」という意見が根強くある。しかし、ここはいたずらに隣国からの脅威のみを煽るのではなく冷静に考えていかなければならない。現在の世界の先進国で、特定国を脅威(敵)とし脅威対抗論で防衛力整備をしている国は皆無である。米国は中国・ロシア・インドを「戦略的岐路にある国」として注意喚起はしているものの、それらを決して脅威(敵)とは呼んでいない。中国が先進国かどうかは別としても、彼らも特定国(米・ロ・日等)を目標として軍備をするなどとは決して言っていない。

脅威対抗論というのは本来、軍事運用計画のためのものであって、軍事力整備のためのものではない。米国は日清戦争直後から対日戦略プログラム(オレンジ)を練っていたというが、それは決して軍事力整備計画ではなかった。約50年後に開花したオレンジプランの策定当初には、まともな海兵隊すらなく、無論、空母・上陸用舟艇もなかったのである。一方、日本は日露戦争後、仮想敵を「陸軍はロシア、海軍は米国」と定め、脅威対抗論で50個師団とか八八艦隊とかいう軍備構想を建てた。結果として両者とも相手を見誤ったのは承知のとおりである。勿論、陸と海とで脅威認識が異なったことも大問題だが、脅威対抗論による軍備そのものが間違っていたのではないか。

さらに現代にと考察に及べば、脅威対抗論とは「敵味方ともに独力」という仮定の上にのみ成立するものである。「彼我ともに複数」の公算の高い国際化時代に、防衛力整備のために脅威対抗論を持ち出すのは、そもそも時代錯誤なのではないか。

 

基盤的防衛力構想というのは、毎年大幅な伸びを続けた防衛予算を抑制するために考案されたものといわれている。①デタントの時代、当分戦争はないであろう、②戦争の危険が出てきたらその時点で防衛力を拡張(エキスパンド)すればよい、③今はその基盤だけを整備すればよい、④周辺に軍事空白を作らず世界平和に寄与する。そのような理屈で政府は国民に説明した。2000年代に入り、朝鮮半島や台湾海峡をめぐって不透明・不確実な要素があるとし、新たな脅威や多様な事態に実効的に対応する防衛力(ミサイル防衛・ゲリラ対処等)を表に出し、基盤的防衛力は一部継承されるも次第に軽視され、一方不透明・不確実な相手に対する脅威対抗防衛力もまた不透明・不確実なものとなった。

現代の軍事力は戦うためにあるのではなく政治・外交の背景(基盤)として存在する。また、外交は特定国家を対象にするのではなく、世界を冷静に見て、その世界を相手に行われるべきものである。基盤的防衛力とは人間の血中にある白血球と同様の抵抗力のことであり、世界の常識にしたがえばGDP2~3%が健康な国としての基準値である。白血球が基準値に満たない人間は半病人で同情すべきだが、こういう人とはまともな付き合いはできない。各国並みの基盤的防衛力を身に付けた上で外交をするのが「健康な普通の国」なのである。

 

2.北朝鮮と中国、どちらが軍事的脅威か

防衛にとって何を軍事的な脅威とみなすかは非常に大事な問題である。昔は軍事というと仮想敵を決めて、あの敵が怖いから、あの敵がやって来たならばそれにどう対応するかということを考えていた。ご承知のとおり、日露戦争の頃はロシアが来るのが怖いから、ロシアに対して陸海軍が一緒になって対応しようとしたわけである。しかし、日露戦争のあとは仮想敵が陸軍と海軍で異なり、陸軍は「引き続きロシアだ」ということで北を向き、海軍は「これからの敵はアメリカだ」ということで、軍事力を整備し訓練をしていた。一つの国において陸軍と海軍で仮想敵が異なるというのは実におかしな話で、あの戦争に負けた大元も全部そこにあると思われる。であるから、自分たちの脅威が何であるか、自分たちは一体何をしようとしているのか、それを明確に決めることが大事である。そこが明確でないと、あの戦争のようなことになるのである。

それでは日本にとって今の脅威は何であろうか。最早、特定の国を軍事的脅威とみなすようなことはない。日本だけではなく、現在はどの国も「この国がわが国の敵国、脅威である」とは言っていない。軍事的脅威の対象は特定国ではなく「核拡散とテロ・ゲリラ」となっている。昔と今とでは時代が全く変わったのである。日本の現在の「国家安全保障戦略」においても「核拡散とテロ・ゲリラが脅威である」と言っている。

今、世界の秩序を壊しているもの、その一つが核の拡散である。最初はアメリカだけが核を持ち、次にソ連が持って二つの国で何とかやっていたが、その後、イギリス、フランス、中国が持ち、だんだん増えてきて、インド、イスラエル、パキスタン、そして今は北朝鮮が持ってしまった。小さな国が核兵器を持ち始めて核兵器が乱立してくると、核兵器の秩序維持が非常にアンバランスになって危なくてしようがない。小さな核でも核は核であり、世界中が混乱してしまう。北朝鮮のような国が出てくるわけである。そこで、これを大きくならないうちに摘み取ってしまわないと世界秩序が大変になるということで、現在、核兵器を持っている国も合わせて、国際社会が結束して努力しているのが現状である。

 

私は2017年の春まで、陸上自衛隊の幹部学校において、幹部学生を相手に教育をしていた。そこで学生に対して「現在、日本に対する軍事的脅威として、北朝鮮と中国とどちらが重要だと考えるか」と質問をすると、7割ぐらいは「中国の方が重要だ」と答える。しかし私個人、それは間違いだと思っている。なぜなら、中国も核保有国として秩序を守る立場にあるからである。

中国は核を保有している五大国の一つであり、核拡散には絶対に反対のはずなのである。核保有国が増えてくると中国の核の能力が相対的に下がるので、核拡散に反対し、そういう意味では、ロシアやアメリカと平仄を合わせてくる。中国にはテロ・ゲリラの能力はあるものの、今、日本にテロ・ゲリラを仕掛けてくる公算は非常に少ない。現在、日本に武力が及ぶとすれば、北朝鮮の武力行使の公算が高いと思われる。

 

3.防衛の現場から北朝鮮問題を考える

(1)北朝鮮の核・ミサイル問題

さてここで、近年脅威の度合いを増している北朝鮮からの脅威、核・ミサイル問題について考えてみたい。ミサイルディフェンスについて結論からいうと、無いよりはあったほうがよいが、それで万全を期すことはできないということである。その一番の理由は、ミサイル防衛機器は基本的に「待ち受け兵器」であり、局地防衛はできても広域防衛には不可であるということである。

ミサイルディフェンスで相手のミサイルを撃墜できる理論は、比例航法(プロポーショナルナヴィゲーション)といわれるものである。ウサギが右に走っていき、犬が下の方からある関係(目標への相対方位角)を保って走っていけば、必ず未来公会点で出会う、即ちミサイルに必ず当たるという理論である。ただし、この理論はウサギよりも犬の方が足の速いということが前提になっている。ここで、犬がスピードの遅いカメだったらどうなるのであろうか。可能性がないとは言えない。ウサギが右の方に行かないで、カメの方に向かって走って来れば、カメはじっと待ちうけていて、ウサギが近くまできたときに鎌首をグッと持ちあげてパクッと食いつくのである。つまり、こちらに向かってくる場合には、こちらの速度が遅くても当たるということであるが、実際に問題となるのは、飛んでくるミサイルの速度と、こちらの打ち上げるミサイルの速度の差ということになる。

最近、北朝鮮のミサイルが襟裳岬の上を越え、3700キロメートルを飛んだ事例があったが、問題は、向こうのミサイルの方が速いということである。この中距離弾道ミサイルは1秒間に5キロメートル以上の速さで飛行し、これに対し、イージス艦のミサイルは秒速が4キロメートルといわれており、向こうの方が速いわけなので、後ろから追いかけるのでは絶対に追いつけない。

そこでもっといい方法はないかという話になるが、結論は、遠いところでロックオンし、待ち受ければいいということになる。軍事機密に関わる事項でよく分からないものの、自分が撃ったミサイルをコントロールできるのは500キロメートル以内という話がある。これに基づくと、自分の真上にくる手前の500キロメートル先のところでロックオンし、秒速5キロメートルとすると100秒ぐらいかかるので、その間に相手の弾道ミサイルの動きを確定できないと、弾道ミサイルがイージス艦の真上にきたとき、我の要撃ミサイルは未だ空気中にあり高度が届かないということになる。ところが、日本から500キロメートル先というと、日本海のど真ん中あたりになる。全部で1000キロメートルほど飛ぶので、半分くらいの500キロメートルで掴んで標的に向かって撃っても間に合わない。その場合には前を向いて撃つのではなく、後ろを向いて撃ち弾道ミサイルに追いついて当てなければならないことになるが、果たして百発百中とは可能なのであろうか。

米海軍と海上自衛隊は、命中率は90何パーセントとか、80何パーセントだと言っているが、どのようなシチュエーションでこの実験をやっているのかは我われには分からない。しかし、私の乏しい理科学の能力で考えると、そう簡単に当たるものではないということである。

 

(2)テロ・ゲリラ問題

核拡散とともにテロ・ゲリラは非常に大きな問題である。しかし、テロ・ゲリラへの対処は日本では警察がすることになっていて、自衛隊はやらなくてもよいということになっている。自衛隊法の中に自衛隊が対処すべきものとして間接侵略というものがあり、これがテロ・ゲリラ対処にあたると思われるが、これも本格的な戦争を想定したものではない。防衛出動の出ない範囲のものは治安出動ということになり、治安出動においては自衛隊は警察の予備である。警察が事態を持てあましたときに、警察と同じ権限でもってやるということになる。全国には警察官が28~30万人いると思うが、それに対して陸上自衛隊は14万人なので、警察の半分くらいの予備兵力に過ぎない。しかも武力行使ができないわけなので、テロ・ゲリラ対策においては、自衛隊にはあまり大したことはできないということになっている。自衛隊にもっとやらせろという話もあったが、警察がそれを断り、現在、テロ・ゲリラ対処は警察に任せるということで喧嘩別れのような形になっている。

ただ、テロ・ゲリラ対策は、とてもではないが、警察ではお手上げになることは間違いない。ゲリラといっても、現在は機関銃や携帯型ロケット砲など、重火器を持っているからである。北朝鮮を超えるテロ・ゲリラ能力を有する中国は、220万人の軍隊以外に、150万人の武装警察と800万人の民兵を持っている。中国と同じ人口比率で持つのだとしたら、日本は15万人の武装警察を持たなければならない。さらに対テロ・ゲリラをやるときに一番大切なものは情報である。「この付近に村人でない人がいる」というようなことを知るには、地元に詳しい民兵が必要である。今、日本には消防団が80万人いるが、それに民兵の役割を負わせ、テロ・ゲリラ対策を行うのがよいと思われる。

 

結論的にいうと、北朝鮮が核ミサイルを最も使用し易い国が日本であることは間違いない。しかし、核兵器は使われぬ時にのみ意味のある兵器である。いかに孤立した金正恩でも日本にファーストストライクをかけることはない筈である。これに対する抑止力は米国核の報復抑止しかない。ミサイルディフェンスは無いよりはあった方がよいと思うものの、新装備を米国から購入することも、外交のためにある程度必要ではあるが、実質的な費用対効果を十分に検討する必要がある。また、これら輸入兵器のために、より大事な基盤的防衛力を落とさないように着意すべきである。

 

4.金正恩・トランプ会談のもたらすもの

5月に予定される米朝首脳会談の行方を世界中が注視している。多くの人々がいうように、会談が決裂して再び元の木阿弥に戻る可能性は結構残っている、と私も考えている。そうなった時には、日本政府が言うように「日米韓を含む世界の連繋を強化して経済制裁を強め、統連合軍事力を更に強化して北朝鮮の自滅を待つしかない。だが、この会談が成功裏に終わった場合には日韓両国にとってそれ以上の大問題が生起する。無論、米国大統領が「核は凍結でよいが、対米ミサイルだけは許さない」などという筈もなく、彼は「核の全廃、及び核開発の禁止」を徹底して要求するだろう。そして、金委員長がそれを受ける、というのが会談成功の姿であるが、その時、北朝鮮側は必ず「国連軍の解散と米軍の撤退」を要求し、米側は意外にもそれをあっさりと呑むのではないかという心配を私は持っている。もし、そうなった場合に、日本は米朝韓各国に「それは許さない」と抗議する理屈も力も持ち合わせていない。

北朝鮮にとって核兵器のない状態は、1950年の朝鮮戦争以前の時代に戻るだけのことである。しかも当時の李承晩政権よりも現文在寅政権の方が御し易い。近代兵器の南北比較についてはいろいろあろうが、テロ・ゲリラ戦について北側は圧倒的な力を持ち、またサイバーについても相当な力を持つと言われている。

現在の自衛隊はテロ・ゲリラやサイバーの領域に関し国家を代表する任務を持たず、当然その予算も能力も保有していない。本会談が成功裏に終わった時にこそ、「日本の新たな危機が始まる」と承知すべきである。

(平成30年4月27日)

 

「逆説の軍事論」引用

隊友会機関紙「隊友」引用

「防衛の現場から北朝鮮問題を考える」引用

偕行社機関誌「偕行」引用