[第8回国防講座]
日本国憲法について ~条約・国際法の遵守を~
冨澤 暉 氏(東洋学園大学名誉教授、元陸上幕僚長)

昨年、平成29年5月、安倍晋三自民党総裁が「憲法9条の1項、2項は変更せず、新たに3項に自衛隊を明記し、2020年を新憲法発布の年にしたい」と新聞記事とビデオ談話で発表し、国内外に波紋をもたらした。発言の真意については憶測するしかないが、「与野党の改憲論議を盛り上げ、結果として国民全員が参加したかたちの憲法をつくるための呼び水にする」ということであれば結構だが、もし「自民党憲法改正草案は廃案にして、ともかく現状維持を保障する憲法改正の実績をつくるだけ」とすれば、賛成するわけにはいかない。憲法改正は国民投票によって決められるものなので、国民レベルでの議論が必要である。そして、その代表者たる政治家

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[第7回国防講座]
対北朝鮮には脅威対抗力を考える ~対中・ロ・米等には基盤的防衛力で~
冨澤 暉 氏(東洋学園大学名誉教授、元陸上幕僚長)

1.脅威対抗防衛力(所要防衛力)と基盤的防衛力について 昨今の中国の軍事力増強の動きは確かにめざましい。これに対抗するため、「防衛計画の大綱で、中国軍の軍拡に対応した防衛力整備を明記する必要がある」という意見が根強くある。しかし、ここはいたずらに隣国からの脅威のみを煽るのではなく冷静に考えていかなければならない。現在の世界の先進国で、特定国を脅威(敵)とし脅威対抗論で防衛力整備をしている国は皆無である。米国は中国・ロシア・インドを「戦略的岐路にある国」として注意喚起はしているものの、それらを決して脅威(敵)とは呼んでいない。中国が先進国かどうかは別としても、彼らも特定国(米・ロ・日等)を目標と

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[第6回国防講座]
武力行使とは何か ~集団的自衛権より集団安全保障を~
冨澤 暉 氏(東洋学園大学名誉教授、元陸上幕僚長)

国際法(国連憲章等)からいえば、加盟各国は自衛(個別的・集団的自衛を含む)行動において認定された武力行使が許され、集団安全保障における武力制裁に参加することができるとされている。「集団的自衛と集団的安全保障」については、第3回国防講座「安全保障とその手段~国家安全保障と国際安全保障~」の「2.国家安全保障から国際安全保障へ (5)集団的自衛(共助)と集団的安全保障(公助)の違い」のところで、「共助」と「公助」の観点から考察したが、ここでは事例等委をもってさらに具体的に説明していきたいと思う。   1.集団的自衛権行使と集団安全保障措置の相違 ①集団的自衛権行使について 自国が襲われた

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[第5回国防講座]
核兵器と通常兵器の役割 ~shaping・decisive・sustaining・Operation~
冨澤 暉 氏(東洋学園大学名誉教授、元陸上幕僚長)

2016年10月、国連総会において、「核兵器禁止条約の交渉の開始」を決めたオーストラリア・メキシコなどが主導する決議を123カ国の賛成多数で採択した。核保有国の米英仏露の他、日本を含む38カ国が反対、中国を含む16カ国が棄権した。他方、日本主導の「核兵器廃絶決議」もその同日に167カ国の賛成を得て採択された。「核廃絶」を主導しながら「核兵器禁止条約交渉開始」に反対する日本の態度について日本の識者の意見は割れたが。平和安保法制審議時に比べるとデモなどもなく、一般国民は静かであった。「日本の反対票」に国民は暗黙の了解を与えた、ともとれるが、本当に国民は本問題の本質を理解していたのだろうか。 &nb

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[第4回国防講座]
軍事の変遷 ~国家間決戦なき時代の軍事~
冨澤 暉 氏(東洋学園大学名誉教授、元陸上幕僚長)

1.20世紀の軍事とその時代区分 いうまでもなく、第2次大戦までの世界は多極時代であった。その時々により、何がしかのランキングはあったが、各国とも努力次第ではそのトップに立つことも夢ではないと考え、互いに鎬を削っていた時代である。無論、単独での戦争は難しいので、いわゆる合従連衡を繰り返してはいたが、現今の同盟とは意味が異なり、「昨日の敵は今日の友」でありその逆もまたあり、というものであった。 1945年、第2次大戦終了後は米国中心の一極時代がやってきた。勝者連合の一員であるソ連、中華民国、イギリス、フランスなども疲労困憊の体で本当の勝者とはいえなかった。当時の経済・軍事・技術のあらゆる分野にお

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[第3回国防講座]
安全保障とその手段 ~国家安全保障と国際安全保障~
冨澤 暉 氏(東洋学園大学名誉教授、元陸上幕僚長)

 1.安全保障とは 前回の講座で「安全保障とは何か」について見てきたが、本日は一部重複するのを厭わず、更に詳細に考察していきたい。まず、安全保障手段の大分類としては次の4つが考えられる。一つには「価値を獲得・保有しない(失うべきものを持たない)」。個人なら出家・世捨て人、国家なら鎖国となるが、現代に鎖国はあり得ない。二つには「脅威(敵)をなくすか、またはその力・意思を弱める」。通常、武力によって実行されるもので、現代でも各国の安全保障手段の主力であり、抑止概念をも含みこれを一般に「軍事・防衛」という。三つには「被害を最小限にし、更に回復する準備をしておく」。危機の発生に備えて常に準備されるべき

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[第2回国防講座]
個人と国家と世界 ~独立(自由)と平和(秩序)~
冨澤 暉 氏(東洋学園大学名誉教授、元陸上幕僚長)

 1.個人の「自由と平和」を守るために国家(社会秩序)が存在する 人間(個人)は誰でも、他人から支配されることを好まず、「独立」して「自由」に自ら発展することを望む。しかし、そういう人ばかりが集まり競争社会をつくると、必ず争いが起きて互いに不幸なことになる。そこで人間は、その形づくる社会に、適切な「秩序(法律、規則、道徳など)」をつくり、その範囲内での争いの少ない「平和」な生活を営もうとする。 この秩序を支えるものとして、構成員を納得させることのできる「論理と権威」と構成員に強制する「力」の二つが必要である。論理と権威には、各社会(国家)の歴史・文化に根ざしたものがあり、一般に西欧発の形式をと

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[第1回国防講座]
これからの世界・日本のための「コモンセンス」
冨澤 暉 氏(東洋学園大学名誉教授、元陸上幕僚長)

1.「国家間決戦」は消滅した 第2次大戦終結以降、日本が連合国と戦った戦争即ち「国家間決戦」は世界から消えてしまった。クラウゼヴィッツのいう「絶対的戦争」即ち、敵国の首都まで進撃し、敵国土をわが物にするか賠償をとり二度と刃向わないと約束させるかという戦争である。 「国家間決戦」の消滅は「核兵器」と「超大国」の出現によってもたらされた。「核兵器」を持つ二国が対立すると「共倒れ」になるため「国家間決戦」はできなくなった。 「核兵器」を持たない国同士が「国家間決戦」をすることはあり得るが、彼らに影響力を持つ「超大国」が干渉するためそれもできなくなる。朝鮮戦争・ベトナム戦争・中東戦争という戦争もあった

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